Antipyretic

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咎狗の血

http://www.nitrochiral.com/pc/togainu/

いい意味でも悪い意味でも荒削りな作品だけど、その若く荒々しい面が悪いところを含めて良かった。多分好みに合致したんだろうなあ。欠点は多いんだけど、私はこの作品がかなり気に入ったらしい。

序盤はアルビトロの城に行くまでが退屈だが、それ以降は大きく話が動いて一気に ED まで辿り着ける。ただ、せっかく練られている設定が放置されてたり、CFC や日興連の説明不足など残念な部分もある。というかこの二つの組織は中身が薄っぺらいのに設定だけは壮大なせいで物語に安っぽい印象を与えているので、なくても良かったよーな。終盤で物語を畳みにかかるための装置と化してるのもアレ。物語の根幹にある血の設定も浅く、あまり美味しくはない。イグラも試合描写が殆どないから「トシマはかなり治安の悪い街」くらいの印象しかないのがちょっとな。終盤には失速し、突然現れたエマによる大立ち回りで真相がほとんど解明されるなど結末も小さく纏まってしまったし、テンポのいい中盤が一番楽しかった。

システムはいちいちメニューを呼びださなければならないのが面倒なのと、バックログから音声を再生できないのが気になった。まー Nitro+ のエンジンは昔から微妙だったし、CHiRAL も同様のものを使っているからエンジンが改善されない限りはずっと微妙なままなんだろうなあ。せめて強制スキップは Ctrl オンリーで出来るようにしてほしい。

たたな氏による絵は美麗で女性向けにしては比較的ハードな内容にも合ってるし、ここぞという場面で CG が用意されているのも嬉しい。特に手の描き方がツボで、男性特有の骨ばったフォルムに色気を感じるし、アキラにもそういった部分が描かれていて男の子らしさが感じられる。ただ、塗りはあんま好みじゃなかった。文章は淡々としていて読みやすかったが、それがハードな世界観を軽くしてしまった原因の一つになってる気も。

結局、『咎狗』は設定自体は尖ってるんだけど、展開は普通のボーイズラブに作品だったのが私には物足りなかったのかもしれない。だからこそ人気が出たんだろうけど、Nitro+ の作品をプレイしていた私が期待していたものとはだいぶズレがあった。萌えもあったし中の人の演技も素晴らしかったし先にも書いたように中盤は面白いんだけど、やっぱり残念な部分もたくさんある。あとちょっとで名作になりそうだっただけに惜しいな。

アキラ (CV:先割れスプーン)

流されるばかりで主体性がなく、精神的にも未熟で幼稚な面が目立ち、そのせいか最後まで好きになれなかった。一応成長もしてはいるんだけども。攻略対象を好きになっていく過程もほぼ描かれないので、本当に相手を好きなのか見えて来ないシナリオが多い。何より戦闘能力を買われてトシマに投入されたはずなのに、不意打ちを食らったり押し倒されてばっかなのがちょっとなあ……。BL ゲームの受け役なので仕方がないとも言えるが、あまりにも姫状態だったのでもーちょい頑張ってほしかった。男として。

しかしこのゲームのセックスはほぼ暴力の一環として行われることが多いので、ろくに慣らされないまま性器を突っ込まれるアキラは可哀想だった。お疲れさまでした。

シキ (CV:緑川光)

独自の道を行き、突拍子もない言動で笑いを提供してくれるキャラクタ。何故かその笑いが萌えに昇華されるのが特徴で、作品世界から浮くこともなく不思議とハマっているのが面白い人だ。他のルートじゃほとんど出てこないのにシキルートに入った途端に何度も遭遇することになるんだけど、何故かそれだけで笑いがこみあげてくるから困る。更に結果的にケイスケを殺してしまって荒れるアキラをいきなり姫抱っこしたり、所有者の証としてアキラの臍にピアスを通したり、終盤のアキラのピンチには駆けつけて王子様のように颯爽と登場したりでもう萌えていいのか笑っていいのか……いや笑ったけど。

ただ笑えはするが、シナリオの出来はよろしくない。中盤まではアキラがシキとのエンカウントぶりに戦くだけだったし、シキに軟禁されてからは嬲られるだけで展開としてはわかりやすい山や谷がないので退屈。ところで軟禁状態の時、シキはアキラを散々甚振った後は鍵をかけずにアキラを残して外出することが多かったらしいが、大きなチャンスなのにアキラは何故かうだうだとよくわからない理由を作って脱出しようともしないので、イライラするとともに『君望』のマナマナルートを思い出してしまった。ていうかこれは恋愛ではなくストックホルム症候群じゃないのか……。

三つの ED のうち一番好きなのは TRUE ED。n を殺したことで自分の生きる意味を失い、腑抜けて人形のようになってしまったシキが切ない――かと思いきやシキみたいな恰好をしていたアキラに吹いた。不意打ちだった。もうシキ周辺から笑いは離せないのか。この ED は n がシキの心を奪って行ったも同然で、それをアキラが取り返せばシキの自我が戻る可能性もあるが、そういう意味ではアキラ VS n とも取れなくもない。シキルートでのアキラはお姫様だったけど、この ED ではシキが姫のポジションについているのが何気に美味しい。もうシキ受けでいいんじゃないですかね(本音)。

残り二つの結末はどちらもシキが n の誘惑に負けて Nicole の血を受け入れ、適合者になることで第二の n になるんだけど、シキに血を飲ませようとした n の狙いがわからない。更に言うと肝心の ED の内容はどちらも私のツボから見事に外れていた。軍人 ED のアキラは敬語を使い出して別人状態で萌えないし、なんか普通の BL 世界の軍人パロを見せられているようで短絡というか安易というか、とにかく落胆した。軍服という萌えアイテムでまったく萌えられないのがすごい。アキラが魔性の男と化す ED はまだマシだけど、こちらも特に好みでもなかった。私は多分、アキラにはシキに対して完全に従順なキャラクタになって欲しくなかったんだろう。だからどちらも気に入らないんだな。

シキの正体=イル・レ設定はいらなかった気が。あと私が一番好きな武器である日本刀を獲物としているのに、戦闘シーンが少なかったのは残念。

ケイスケ (CV:何武者)

内に溜め込んできたものを綺麗にネジが外れたかのように放出して一変する、ラインを飲んでからのケイスケの強烈さは中の人の演技によるところが大きい。どこか不安定な抑揚のつけ方や哄笑もお見事だけど、特に壊れているのに甘えたように「アキラァ……」と呼ぶ擦れ声には深い狂気を感じてゾクゾクさせられた。

ケイスケがラインに手を出すきっかけとなったアキラとのすれ違いについては、序盤のケイスケには私もイライラしたのでアキラの気持ちに共感出来なくもなかったが、ケイスケもケイスケなりに必死だったことが伝わっていたのでどちらがどちらとも言えずもやもやした気持ちを抱くことになった。それでもケイスケがラインに手を出すまで追い込まれていたとは思わなかったが、しかしこのことで皮肉にもアキラは未熟な己に気づき、あやふやだった死生観からも脱出して生きる実感を得ることに繋がったんだから、アキラにとってケイスケの存在が大きかったのは確かなんだろう。それは恋愛感情ではなかったと思うが、少なくてもアキラに自分の言動を振り返るきっかけを与えたのは「自分のよく知っているケイスケの喪失」という事実だった。拒絶しておいて本当はあんなこと言いたいわけじゃなかったんだ、とケイスケに伝えるアキラのシーンは、もうすでに何人もの人間を死に至らしめた後に言われてもケイスケには残酷な言葉でしかなく、ここはさすがにケイスケに同情してしまった。アキラの事情もわからないではないんだけど、アキラはなんかイライラさせられるんだよなあ。嫌いな主人公とは言わないけど好きにはなれない。

恋愛に関しては、ケイスケはアキラへの恋を自覚した過去が簡潔に描かれていたけど、アキラはよくわからない。アキラはケイスケに恋愛感情を抱いていたわけじゃなかったしトシマでの二人に恋愛に結びつくよーな何かがあったとも思えなかったから、いきなりエロシーンに雪崩れ込んだ時は我が目を疑った。普段はツンケンしてるのに何故アキラはここであっさり流されたのか。ただ、セックスシーンの CG は良かった。何度も「ごめん」を繰り返し、アキラと結ばれたことが嬉しくて泣きじゃくりながらアキラの体に夢中になるケイスケの表情がいいんだよなあ。そいや中盤にドライバーぶっ刺しプレイがあったんだけど、痛々しそうに見えつつも笑ってしまった。あれはなんか笑う。ドライバーて。

結末は BAD ED が一番しっくり来た。グロ云々はさておいて、TRUE ED はあれだけ大量のラインを摂取していたケイスケが復帰出来た理由がわからないし、それなら壊れたままアキラを殺してしまう展開が一番無理もなく納得も行く。ケイスケは他のルートではよく死ぬのが可哀想だと思うし、好きなキャラなので幸せになって欲しいけど、それにはまずケイスケがラインの衝動から脱出することが前提となるのにこれといった解決方法も見当たらず、それならもう腸 ED かドライバープレイ周辺の BAD ED くらいしかない。せめてケイスケが亜種であることをもうちょっと掘り下げてくれればなんとかなったかもしれないけど、トシマでそういった本格的な調査が出来るとも思えないので八方塞。

リン (CV:鬼龍院隼人)

リンの本性を露にしたときの CG には見惚れた。氷のような冷たく研ぎ澄まされた空気が漂っていて、リンが美少女のような外見であることも相俟って美しさが一層際立つ。

リンがアキラのタグを奪おうと牙を向くまでに裏切りフラグはちらほら出てくるが、なんだかんだでアキラとケイスケの面倒を見てくれたり忠告をくれるあたりは親切だし、アキラへの接し方にも嘘はなかったんだろう。でもアキラがカズイに似ていなかったら、この子ならスルーしてたんだろうなあとも思う。ただ、アキラとリンの関係変化はやはり唐突でよくわからない。元々好きだった男の面影をアキラに見ていたリンはともかく、アキラがリンに惚れるにはちょっと無理があるよーな……。リンもアキラとのあれこれよりもシキとの最後の対決のほうが印象的だった。冷たいように見えたシキもリンがやって来ることを予想していたし、怪我を堪えてでもリンとの決着のために待っていたんだから、なんだかんだで弟のことを見ていたんじゃないかなこのお兄ちゃんは。

結末で会える成長したリンは美味しかった。むしろこのリンとトシマを駆け抜けたかったなあ。やっぱり異母兄弟とはいえシキとは血が繋がっているだけあって似ている。

源泉 (CV:一条和矢)

どのルートでも源泉が出てきた瞬間の安心感がブレないのはすごい。アキラも源泉の前では素直になるし、アキラを可愛いと思えたのはこのルートだけだった。結末も読後感が良く、アキラの穏やかな笑顔が眩しい。ただアキラは源泉に父性を求めていたように感じたので、いきなりセックスに突入した時は驚いた。息子と同年代の男子に源泉が欲情するのが悪いとは思わないけど、それは惹かれるまでの過程が描かれていればの話で、この二人が結ばれるのはちょい唐突じゃないかなあ。恋愛描写が唐突な作品は多いが、これは恋愛云々もすっ飛ばしていきなりエロシーンに突入した印象がある。とはいえ本作のような世界観に恋愛描写を入れられるよーな隙間なんてのはあまりないんだけども。

正直、源泉がアキラとセックスをしたのは「溜まっていたところにちょうど綺麗な男の子がそばにいたからやった」だけにしか見えなかった。しかしこうした理由のほうがまだ納得出来たというか、もうこれで良かった気がする。『咎狗』は「男とセックスするのも無理はない」世界観になってるんだから、別に愛だのなんだのを無理に引っ張ってこなくても良かったんじゃないか。ボーイズ「ラブ」ではなくなるけど私はこのほうが好み。

アルビトロ (CV:菱勝)

出番は少ないのにインパクトが大きいのは、中の人の演技がハマっていたからだろう。それでも物足りなさは残る。トシマで行われているのが茶番劇だと知っている数少ない人物として、もっと狡猾に暗躍して欲しかったというか。変態なのは大いに結構なんだけど、それしか印象がないんですよこの人。あと欲を言えばアルビトロ受けも見たかった。苛め甲斐がありそうなのに失禁だけだなんてもったいないなあ。

キリヲ (CV:富士爆発) & グンジ (CV:杉崎和哉)

処刑人てなんでビトロの部下なんてやってたん? ビトロに忠誠を誓っているわけでもないし、基本的に「俺がやりたいことをやりたい時にやる」ってスタンスの人たちだと思うので謎。ED も一応それぞれ用意されてはいるもののどちらも強姦して終了・エンドだし、二人とも掘り下げると美味しそうな気配だけは漂ってくるだけに惜しいなあ。そんな中でも面白かったのはキリヲがその場で犯しても殺しはせず持ち帰ったのに対し、グンジはその場で犯してそのまま殺してしまったらしいことか。似た者同士だけど性格は正反対な二人ならではの違いが出ているようで、さり気ないながらも面白かった。

ところでキリヲの武器のミツコさんって名前の由来が気になる。最初に殺した人間の名前をつけたとかそんなんでしょーか。

n (CV:Prof.紫龍)

ケイスケルートで言われていた「n にも分かり合える相手がいたら、また何か違っていたのかも知れない」が実現されたルート。アキラは元々あまりしゃべるほうじゃないし、n も謎かけのような言葉を吐くだけなのでやたら静かな組み合わせだな、と思ってたらいきなり温室でアキラが襲われて吹いた。とはいえこの前後から挿入される黒猫と白猫のエピソードは違和感なく n の問題に絡めてあったし、他のルートでは流されるばかりだったアキラが主体性を持ち、n に意志を持つことの重要さを伝えるまでになったのは良かったんじゃないか。しかし二人の血は特殊だから正反対の原液同士で交じり合うと何かが起こるのかもしれない、と構えてたら特に何もなく、そこは拍子抜けした。

ED の「STILL」が入るタイミングは一番素晴らしかったけど、その後のエピローグはいらなかったなあ。せっかくの余韻が台無しにされた気がして残念。