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『Kanon』感想

http://key.visualarts.gr.jp/product/kanon/

CLANNAD』が面白かったのでやってみた。相変わらず日常描写でダレないのはすごい。Key 作品で一番優れている点は泣き要素ではなくここだよな。独特の口癖と好きな食べ物をアピールすることでヒロインの個性を表現するのも特徴で、個性的なキャラクタ同士のやり取りを見るのが楽しかった。ただ、一部の個別シナリオに入ると失速してしまう。それが名雪ルートと舞ルートだった。

音楽は相変わらず最高レベル。タイトル画面の BGM でまずぐっと来たし、物語を食いかねない勢いでとメロディが主張しているのに邪魔にならず、耳に心地よかった。

いたる氏の絵については口の位置が高めなのが気になったくらいで、むしろ結構好きな絵柄かもしれない。確かによく言われるようにデッサンの崩れた絵もあるけど、私が重視するのは絵の上手さよりも作品との親和性の高さにあって、その点においても『Kanon』にいたる絵は必要不可欠なんじゃないかなと。背景も美しく塗りも綺麗。

正直に言うとプレイ中は期待しすぎたかな、と落胆したこともあったけど、真琴ルートは満足出来た。真琴ルートが良すぎて他は今一歩及ばず平均点は高くないが、例え頭が弱かろーがあざとかろーが「うぐぅ」や「あぅーっ」には初めこそ引いたもののなんだかんだで私の心に残る台詞になったし、終わってみれば『Kanon』は好きな作品になっていた。

相沢祐一

皮肉屋でツッコミ役でちょっと意地悪で、でも優しい。端的に言えばテンプレエロゲ主人公。イライラさせられるような面もなく嫌いな主人公ではなかったけど、逆にこれといった個性があるわけでもなく、敢えて言えば良くも悪くも普通。あゆが重傷を負った時のショックから七年前の記憶を封じていた、という設定があるにも関わらず、彼に関しては語れることがあまりない。

月宮あゆ

名雪ルートの秋子さんと栞ルートの栞は、あゆのおかげでなんとかなっていた。つまりあゆは自分のルート以外では意識不明のままなんだろう。あゆルートではあゆに奇跡が起きるが、栞は回復しないし、舞は夜の校舎で自分と戦ったままだし、真琴は消滅するし、名雪も恋心を秘めたまま終わる。要するに全員が幸せになれるシナリオは存在しない。『Kanon』のこういう大団円にはならないところが、私はものすごく好きだな。

ところで私はボクっ娘が苦手なんだけど、あゆは何故か受け入れられた。あざとい「うぐぅ」という口癖やボクっ娘のダブルパンチで苦手なキャラクタになってもおかしくないのに、序盤ですでに可愛いと思えたのがすごい。自分でも意外だった。

しかしシナリオは刺さらなかった。あゆルートを最後にプレイして、最後に奇跡が起きることが読めてしまったせいもある。あゆが自分の現実の状態を思い出してからの急展開に差し掛かってからは先が気になったけど、「ボクの事…忘れて下さい……」というあゆの最後の願いごとを聞くシーンで涙腺を刺激されることはなかった。あゆとの切ない別れの直後にエピローグに飛んでしまい、余韻を感じる時間がなかったのも原因の一つかな。舞ルートほど置いてけぼりにはされないし、栞ルートほどツッコミどころ満載でもなかったし、名雪ルートよりは盛り上がったが、真琴ルートのような丁寧な悲壮感があゆルートには足りなかった。

水瀬名雪

「えっこれで終わり?」と驚くほどに呆気なかった。中盤までは共通ルートのノリで日常を過ごす祐一と名雪の様子が描かれていて面白かったんだけど、終盤は唐突に祐一が名雪への恋心を自覚して、その晩には名雪が祐一に告白していた過去が蘇り、そうして二人は恋人になる。あっという間でポカーンとするしかなかったけど、以降は更に加速していく。二人が幸せを満喫していたところに秋子さんが事故で重傷を負い、名雪が心を閉ざすも祐一の説得により復活し、秋子さんはあゆの奇跡の力で帰還。正直、次から次へとリズミカルに色んなイベントを発生させただけのように感じて、どこで盛り上がればいいのかよくわからないシナリオだった。街を嫌いになるような出来事が七年前の祐一にはあり、その時の祐一の拒絶が祐一と名雪にとっての重要なエピソードとして繋がっていたはずなのに、あゆルートとの兼ね合いもあったのか名雪ルートではそのあたりが曖昧に描かれるのも薄っぺらになってしまった原因の一つなんだろな。名雪は好きなヒロインだっただけに残念。

沢渡真琴

秀逸なシナリオだった。初対面で祐一に憎悪を剥き出しにして襲いかかり、それ以降も水瀬家に住み着いて祐一にシャレにならないレベルの悪戯を繰り返す真琴が鬱陶しくて仕方がなかった分、中盤以降に静かになっていく真琴との対比が嫌でも胸に刺さって来る。こけたり箸を持てなくなったり歯磨きができなくなったり本が読めなくなったりと、人としての機能が徐々に失われていく真琴の描写が、丁寧かつ不思議な静謐もあって目から離せなかった。プリントシールや鈴などの伏線やガジェットが効果的に使われていたし、水瀬家全員でのプリントシールの撮影や、名前を辛抱強く優しく問いかける天野と真琴の出会い、真琴が水瀬家を出る時に最後に秋子に言葉をかける時など印象的なシーンも多い。真琴ルートだけでも『Kanon』をプレイ出来て良かったと思えた。

最後の CG の意味は読み取れなかったけど、私としては真琴はあのまま消えた、と解釈するほうが美しく纏まっていて好みだな。ただ、この作品のテーマが「奇跡」にあるのなら、やはり真琴は復活したと考えるべきなのか。

美坂栞

栞は可愛かったけど、重い病に命を蝕まれているはずの栞からはそういった気配が感じられず、後半の展開にも説得力がない。何しろ寒空の下で長時間立ったり走ったり、更にはセックスもしてしまうんだから。いやエロゲなんだからセックスは仕方がないとしても、結構走るシーンが多いのでそのたびにハラハラさせられたし、しかし栞が倒れたりするようなイベントはなかった。もーちょい病人らしい悲壮感が欲しかったな。

重要人物であるはずの香里の出番も多くないし、妹が重病なのに栞とのエピソードもあっさりしたもので驚いた。まだあゆとの接点のほうが多かったくらいだ。あゆももーちょい祐一と栞に絡ませられたのでは、という気がしないでもないんだけど、これでも香里よりはまだ扱いがいい。それにしても、自分ではない別の女の子に恋をして頑張っている祐一を見たときのあゆの気持ちを思うと、なんていうか切なくて胸に来る。

川澄舞

舞との出会いからいきなり雰囲気が変わるので戸惑うが、夜のエピソードはともかく昼のエピソードは佐祐理さんの存在もあり、共通ルートと同じ空気を纏ったまま進んでいくのが良かった。一方、夜の学校で魔物と戦う舞とのやり取りには最後までついていけなかった。魔物の姿が一切見えないのと、舞とのやり取りを終えたら祐一があっさり帰宅して次の朝にはスイッチを切り替えたかのようにいつもの日常が始まるため、狐につままれたよーな感覚でポカーンと眺めることになったのが主な原因。ラストも一気に話が卒業式まで飛んでハッピーエンドを見せられるので、何がなんだかわからなかった。どうやら舞の超能力によって舞が復活したっぽいけど、でも自殺した舞の見ている夢という解釈も出来なくもないよーな……。なんにせよ舞のシナリオは難解で、私には理解出来なかったし好みでもなかった。

美坂香里

ビジュアルは一番好みだったんだけど、毎朝ちょっと会話していた印象しかない。栞の姉なのに栞ルートでもこれといった活躍がないし、親友の名雪ルートでもあまり関わってこない。良さげなキャラクタなのにもったいないな。

倉田佐祐理

話についていけなかった舞ルートを最後までプレイ出来たのは、独特の魅力的を持つ佐祐理さんの存在が大きい。大らかなのに一筋縄では行かないところが可愛い。

佐祐理さんルートは短い上に、これといった感想も持てなかったので書くことがあまりない。ただ一つ言うなら、一弥が死んでしまったのは佐祐理さんのせいではなく、親の責任じゃないかな。自分が一弥を死なせてしまったのだと佐祐理さんが自分を責めてしまうのもわからなくはないけど、そうして佐祐理さんを追い込んだのも親で、佐祐理さんも被害者であり可哀想な子供だった。

水瀬秋子

一番好きなキャラクタは、と問われたら断然秋子さんです。当然攻略は出来ないが、いつも穏やかで心が広くて料理が上手く、何よりも聡明かつミステリアスなのがいい。そして大抵のことには動じない秋子さんが、真琴との別れでは悲しみを堪えて辛そうな顔を見せていたのが印象的で忘れられない。