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ONE ~輝く季節へ~

http://nexton-net.jp/~nexton/one_full/

独り善がりな主人公に腹が立つ作品だった。ぶっちゃけ「現実逃避をしていた主人公にヒロインが振り回される話」なので、この点を割り切るか綺麗な表現に誤魔化されてしまうかしないと没入できないんじゃないか。私はあまり出来なかった。茜のシナリオだけは良かったけど、それでも主人公が自分勝手だという印象は変わらなかった。

ただ、終盤に浩平の存在感が希薄になってみんなから忘れられていくところはいかにも Key っぽいし、後の Key 作品の原点だという実感が得られて妙に感慨深いものがあった。そういう楽しみ方が出来るのは「今」プレイしたからこそ。

絵に関しては絵よりも塗りが気になった。でも当時はこれが普通だったのかもしれない。システムも今と比べて使いにくいのは当然のこととして、最低限の機能はあるし普通にプレイ出来るので問題なし。文章は「永遠の世界」の描写に多かったけど、観念的な表現が用いられているのは雰囲気があってよかった。「永遠の世界」についても詳細が語られるわけじゃないんだけど、押しつけがましくなくふわっとしていて、それでもあまり気にならない空気を作っているあたりはさすが。音楽も折戸氏が関わっているだけあって名曲がいくつかあったし、特に茜のテーマや空き地に佇んでいる時の曲は印象的。

総評としては納得のいかない部分は多かったし隅から隅まで楽しめたとは言い難いけど、それは今になって私がプレイしたことも影響しているんだろうし、この作品が世に生まれたから今の ADV 界隈があるのは事実で、そういった作品をプレイ出来ただけでも得られるものはそれなりにあった。いわゆる元祖名作ってのはそういうものかなと。

折原浩平

「永遠の世界」ってのは浩平が現実逃避で逃げ込んだ空想の世界だと認識したので、そんなもののために浩平と関係を持った女の子が一年も待たされなきゃならないのかと思うと納得がいかなかった。各ヒロインには、可哀想な自分に酔いしれているだけの男を待つのはやめて新しい恋をして幸せになったほうがいい、と言いたかった。しかし茜にだけは、そんな言葉すら茜をより一層傷つけることにしかならないのが残酷。

長森瑞佳 (CV:木村あやか)

鬼畜ルートだった。浩平の瑞佳への所業も酷かったが、それ以上に浩平が瑞佳に対して酷く接する選択肢をクリスマスまで延々選び続けないと結末に到達出来ない仕様になっているのが鬼畜。つまり読者は健気な幼馴染みとのハッピーエンドを見るために、わざわざその幼馴染みを傷つけるような道を選んでいかなければならない。そうした行動を浩平が取らなければならない理由があればまだいいけど、冗談で告白したら本気で受け止められて戸惑った、というだけでは弱い。いつも一緒にいたからこそ瑞佳との関係が急に変わったことで動揺する浩平の気持ちはわかるし、もっと言ってしまえば急に彼女ぶるようになった瑞佳を疎ましく思う気持ちも正直わからないでもない。「毎朝起こしに来てくれる幼馴染みヒロイン」に対し、主人公が起こされることを厭うようになる展開も面白い切り口だと思う。でも瑞佳が健気なだけに見ていて辛い。クリスマス以降の浩平は特に酷かった。自分からクリスマスの約束をしておいてすっぽかし、そのことを謝罪してクリスマスのやり直しを提案したかと思えば、今度は瑞佳を他の男に強姦させようとしていたんだから呆れる。ここでようやく浩平は瑞佳が好きだったことに気づくが、どんなに酷いことをしても自分を信じてくれる瑞佳からの愛を確かめたくてやっただけ、という理由もピンと来なかった。まー浩平は普段から瑞佳に甘えっぱなしだったしそれが最悪の形で出てしまった印象もあるが、ここまでやると意味のないただの子供なだけのクズじゃないのかなあ。そしてあっさり許す瑞佳にも問題はある。というわけでその後はラブラブ状態で盛り上がっていたが、こちらは冷めた目で二人を見ることとなってしまった。

ところで浩平が「永遠の世界」に囚われるきっかけになった少女が瑞佳っぽいので、そのあたり詳細が語られるかと思いきやなかった。すべてのルートでお菓子の国を例えにした「永遠の世界」の成り立ちとルールについて瑞佳とのやり取りが入るが、その反応を見るに瑞佳は何も知らないらしい。つまり瑞佳の「永遠はあるよ」という言葉に他意はなく、単に浩平が重く受け止めてしまっただけらしい。「永遠の世界」には幼い瑞佳に似た女の子がいるが、「永遠の世界」に飲み込まれたきっかけとなった人物を、浩平がそのまま無意識に反映させただけっぽい。なんか紛らわしいな……。

もう一つ謎なのは、二度目のクリスマスのやり直しを提案し、雨の中で浩平がずっと待たなければならないほどに瑞佳が遅れた件。あのシーンに関することはほぼ語られず、それは薄ら寒いくらいだったけど、もしかして瑞佳はこの時点で浩平に関する記憶が薄れていたのか。その後何らかのきっかけで浩平のことを思い出したとか? だとしたら、その後にまた忘れることになることを思うと彼女は二度も浩平を忘れてしまったということになる。それでも二度ちゃんと思い出しているあたりはさすが幼馴染み、かな。横断歩道でのシーンはベタながらも結構好きだなあ。あの「やっと捕まえたっ…」という台詞は、浩平のことだけではなく浩平に関する記憶のことを含んでいるのだとしたらぐっと来る。

七瀬留美 (CV:日下千鶴)

七瀬は好きになれるか不安だったけど、浩平の悪戯にいつも反応してしまうところや繭のために自分の服を渋々ながらも貸してあげる優しさを持っているところなど、七瀬の良さが出てくるようになってからは一気に好きになれた。七瀬ルートに入ってからも広瀬の一方的な嫌がらせに対して自分から歩み寄ろうとしていたあたりに人の良さが出ていたし、浩平に惹かれてからは恋する乙女として必死に頑張っていたのが健気で可愛かった。

シナリオは第一印象が最悪だった二人が恋人になるまでを描く王道物語なんだけど、浩平は最初の衝突がきっかけで七瀬の本来のキャラクタを知っており、それでも「乙女」に拘る七瀬のために七瀬の素がクラスメイトにバレてしまわないように協力する。つまりこれは七瀬の本来の性格を知っている異性は浩平だけ、という状況を作っているとも言える。もちろん浩平にそんな意図はなかっただろうけど、結果的にはそうなった。そして広瀬からの嫌がらせを受けている時に庇われたことで七瀬が浩平に恋に落ち、今度は七瀬が本当に「乙女」になってしまい、本来の性格を唯一知っている異性である浩平はそのギャップにやられることになった、という図がたまらなくいい。サラッと眺めてみると本当に王道のなんでもない恋愛物語だけど、大局を眺めてみると面白い流れだったなあと。

ラストの待ち合わせは、七瀬が浩平を待っている間に木を見上げて「あれ……?」と呟く意味深長なシーンの後にスタッフロールが流れるのが気になった。その後に恐らく続きが描写されているが、あそこで敢えて一度切ってスタッフロールを流すのは作者に意図があるんだろう。でもそれは私にはわからなかった。それでも王子様役を自覚して七瀬に応えた浩平と、乙女として頑張っていた七瀬の可愛さは堪能したのでそれで満足した。

川名みさき (CV:須本綾奈)

盲目なのにそれを感じさせない振る舞いがいかにも創作の世界だな、と舐めてかかってたらそれも伏線だったらしい。盲目になる前に校内をしょっちゅう探検していて知り尽くしていたからほぼ自由に動くことが出来た。だからこそみさきは学校という小さな箱庭の中でしか動けなかったし、みんなが喜ぶ放課後の到来も自分の孤独を感じさせられるだけのものでしかなかった。そんなみさきを浩平が外に引っ張り出して広い世界を教え、みさきとの時間が浩平と現実に繋ぎ止めたのはいいなあと思ったけど、ただ外の世界に怯えていたみさきをようやく引っ張り出したのに、自分がこの後に消えることを知っていて外に置き去りにしてしまう浩平は結構残酷なことをするなあ、とも。このルートに限った話ではないんだけど、もしかしたら浩平が消えたことで外の世界はやはり恐ろしいものとしてみさきに新たな恐怖を植えつける可能性もあったんじゃないか。目が見えないために浩平が消えたことにも気付かず、一人で浩平に話しかけるみさきの姿は痛々しかった。でもそうはならずに浩平を信じて待ち続けられたということは、浩平だけではなくみさきにとっても二人の時間がそれだけ大きなものだった、てことか。やはりこれは氷上が言うように人との絆が奇跡を起こす話なんだろう。

ところで私の中でカレー先輩と言えばシエル先輩だったんだけど、みさきもカレーを大量に食べる先輩だったということで調べてみたところこちらが元祖カレー先輩であることを知った。でもどっちも魅力的な先輩だったし、なんというかカレーの力はすごいな?

里村茜 (CV:みる)

一番良かったシナリオというか唯一感動出来たシナリオ。茜のキャラとビジュアルも好みだったので、茜は私にとってお気に入りのキャラクタになった。もともと雨というシチュエーションが好みだったせいもある。雨の中で今はもういない恋した男の子の帰りを信じて佇む少女、という光景は哀しいけれど哀しいからこそ美しかった。

だからこそ浩平が一方的に取りつけたデートの約束の日に、茜が遅れながらもやって来た時は感動した。あの日に雨が降ったのは偶然に過ぎないが、晴天では意味がなかった。雨の日は過去の幼馴染みを思って空き地に立たなければならないと思い込んでいた茜だからこそ、雨の中を走ってまで浩平を選択したのが重要だった。

しかし茜の新たな恋は、また茜を同じ絶望に叩き落としていく。この作品は背中を見せる立ち絵が用意されているが、詩子が「この人……茜の、知り合い?」と浩平に言った瞬間の茜の気持ちを表現するのに背を向ける茜の立ち絵が使われていて、それが何よりも茜の絶望を感じさせて切なかった。この時に雨が降り出したのもいい演出。しかし浩平のほうには最初はそんなつもりがなかったとはいえ、帰って来ない男を一人で待ち続ける茜を見てきたのに同じことを自分がやってしまうのが残酷。浩平の心を蝕む「永遠の世界」が外的要因で発生したのであれば好きな女の子をそんな目に遇わせなければならなくなった浩平のほうも可哀想だなと思えるけど、「永遠の世界」は浩平が作って出来た世界だろう。浩平本人だけの問題ですむなら「自業自得」で終われるのに、相手の女の子をも巻き込んでしまうのがどーにも……。特に茜は同じ絶望を味わうんだからえぐい。

浩平が空想の世界に囚われてゆく人間であることを茜が知ったのが詩子の台詞からだったから、浩平の帰還を茜が知ったのも同じく詩子の台詞からだった、てのはぐっと来た。物語が雨上がりの天気で終わっていたのも、茜の明るい未来を感じさせてとてもよかった。

上月澪

一番印象に残らなかったシナリオ。携帯電話が普及してない時代の作品なので、話すことが出来ない澪の伝達手段であるスケッチブックでのやり取りが携帯電話というかメールのような機能を果たしていたのは面白かったけどそれくらいで、他に敢えて書きたくなるような感想がない。妹を亡くした浩平にとって妹のような存在である澪との交流は特別なものになるのかと思いきや、みさおとのことをオーバーラップさせて来るわけでもない。そして澪との交流がスケッチブックに限定されているせいか澪の心情が伝わりづらく、浩平が拘っていた「過去に交わしたけど守られなかった澪との約束」も、澪はまったく気にしてないように思える。現に澪が「約束」に言及しているシーンはなかったよーな。

椎名繭 (CV:芹園みや)

繭が「他人に迷惑をかける我侭で未熟な子供」として描かれていたのがキツかった。繭の年齢は明記されなかったが、義務教育中の学生だろうと思わせるくらいに幼いので、彼女が例え何かをやらかしたとしてもそこは一方的に責めるのではなく叱って教えてあげることが大事なのはわかるけど、それでも読んでいてイライラさせられた。

そんな繭を浩平が自分の学校に無断で通わせる滅茶苦茶な展開には唖然となった。制服を七瀬に借りてまで教室に居座っているのにクラスメイトは歓迎しているし、教師も一人増えたくらいでは気付かない。しかしこの展開を受け入れないと始まらないので、「そういう世界観なんだろう」と自分を納得させて読んだけど、その後も七瀬の髪を引っ張るわハンバーガーを大量に買い込むわでやはり繭に苛立ちを感じる場面が続き、話は一向に面白くならない。浩平が繭に厳しく接するのも唐突に感じる。そもそも浩平が繭に構うのは、フェレットを亡くして塞ぎ込む繭の姿に妹を亡くして塞ぎ込んでいたかつての自分を重ねたからなんだろうけど、「永遠の世界」に逃げ込んだ浩平が偉そうに指導する立場にいるのもどうなんだ、と白けた目で見てしまった。更に浩平は繭を妹ですらない娘のような女の子として接していたのに、その繭とセックスをしてしまうんだから印象は悪化。

ただ、終盤までイライラさせられた分、繭の成長を感じた時は感動出来たのも事実。特に迷子の犬の飼い主を一人で探すシーンは先が読めていても素直に感動出来た。麻枝氏によるシンプルな描写が良かったんだろう。その後「永遠の世界」に囚われていなくなった浩平のことを思い、今まで我侭で泣いてきた繭が我侭ではどうにもならないことを本能で悟り、初めて母親に縋りついて泣き出すシーンも良かったんじゃないでしょーか。

氷上シュン (CV:津波嵐)

氷上は読者に「永遠の世界」についてのヒントを与えるキャラクタ。私は先に『Kanon』をプレイしていたので本来なら歩くこともままならないはずの氷上が校内にいた、というところであゆを思い出した。雰囲気や話し方からは渚カヲルを連想したけど。

氷上の発言で一番印象に残ったのが「だって、キミはもう取り返しの付かない選択をしたんだから」。氷上と過ごした時間は僅かなものだったけど絆は生まれ、そして浩平に影響を与え過ぎた責任を取るために現実に帰ることを選んだ氷上のことを思うと切なくなる。彼の言葉は観念的で理解出来ないことも多かったけど、氷上に現実と向き合う決断をさせたのは浩平との時間であり、浩平に現実と向き合う決断をさせたのは氷上?

住井護 (CV:中澤アユム)

Key の作品に出て来る友人系キャラクタは強烈な子が多かったけど、住井は悪戯好きな点以外は普通の男子だったのが面白かった(『ONE』は Key 作品ではないけど)。