Antipyretic

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『AIR』感想

http://key.visualarts.gr.jp/product/air/

泣きゲーと名高い作品だけあって確かに泣けた。理解出来なかった個所もあるし、感性だけで書いているとしか思えないよーな文章のせいで難解ではあるんだけど、観鈴が気に入ったこともあってなんだかんだで楽しめたし、予想以上に好きな作品になった。

欠点もある。特に共通ルートでの中だるみがしんどかった。あと『AIR』のギャグシーンはなんか面白くない。いや面白くないわけじゃないんだけど、『CLANNAD』や『Kanon』に比べると幾分か大人しくなった。それでもこんな長い作品を最後まで読み切ったのは、Key 作品の日常描写が私の肌に合っているのと、夏の田舎の空気が好みだったのが影響しているんだろう。特に後者は都会生まれで都会育ちな私には憧れもあり、『AIR』のそうした空気は理想に近かった。

音楽も素晴らしい。Key の音楽は前作もそうだったように、主張が強いのにシナリオを食い潰すことがない。シナリオにそれだけ自信があるからなんでしょーか。特に「夏影」はイントロから鷲掴みにされた。いたる氏の絵も進化しており、背景などで発揮される彩色技術もすごい。画面に見惚れることも多かった。

結論を言うと、私が『AIR』を気に入ったのはシナリオや泣き要素よりも、作品の空気と観鈴と音楽の力によるところが大きい。特に観鈴というヒロインに出会えたのは本当に嬉しかった。同時に苦しかった。彼女が苦しんでいる姿のほうが、私の記憶にしっかり根付いてしまったから。

国崎往人

やたらカラスの出てくる作品だなとは思っていたが、まさか「AIR」開始早々に往人がカラスに転生するとはさすがに予想出来なかった。空にいる翼を持った少女を探している往人が観鈴に行き着いて、使命は関係なく、孤独な観鈴を笑顔にさせてあげたい一心で法術を限界まで使い切って消滅した。そうして死ぬはずだった観鈴の延命に繋がり、観鈴のそばにいたいという往人の願いが転生させたのかな、とはなんとなく察することは出来る。私としては転生云々についてはそこまで重視してないし結構どうでもいいと思ってるんだけど、何故カラスだったのか、その一点だけは気になった。往人がいつも黒シャツを着ているからカラスになったのだ、とかそんないい加減な理由ではなさそーだけども。真面目に考えると、いつも独りでいるしかなかった観鈴のそばにいられるのはカラスだけだったから、とかそんな理由かな。だったら哀しすぎるな。

結局、往人は観鈴を延命させただけで終わるのか、と終盤まで気になってたんだけど、観鈴が往人から与えられた僅かな時間は、神尾母娘にとってはこれまでの数年間よりも得難いものになったし、何よりカラスには神奈に「幸せな記憶」を届けるという重要な仕事があり、最後にもちゃんと主人公らしい活躍をしていた。晴子も言っていたように、人間には羽根がないから空にいる少女には届けられないけれど、カラスになった往人なら飛べる。だからこそ、往人の転生先は鳥じゃなければならなかったのかな。

わからないのは「DREAM」と「AIR」の関係。パラレルワールドになっているのか、それとも往人が転生してやり直していることで上書きされているのか。捉え方の違いで、最後のエピローグで見れる少年と少女の「彼らには、過酷な日々を」という意味深長な台詞の意味も大きく変わってくると思うんだけど、私の中で答えは出ていない。

往人のキャラクタには好感が持てた。態度は悪いし、みちるを殴るし、ポテトを蹴るし、ちょっと人形を動かしたくらいで見物料を求めるあたりはアレなんだけど、ぶっきらぼうに見えて優しいところもあるのが良かった。なんだかんだで好きな主人公。

神尾観鈴

観鈴が好きな私でも、「にはは」はともかく「が、がお…」は引いた。『Kanon』でもキャラクタの個性を表現するためのあざとい口癖は装備されていたけど、観鈴のこれはちょっとな……。観鈴が恐竜好きな背景はちゃんとあるけど、そこで「がお…」は無理がありすぎた。しかしそれを抜きにすれば観鈴は見ているこちらの胸が切なくなるくらいにいい子で、かなりお気に入りのヒロインになった。呪いの影響で孤独にしか生きられず、一人で変なジュースを飲んだりトランプをしたりして友達も出来なかった観鈴が、この夏は頑張ろうと決意して往人に声をかける経緯が明かされる「AIR」では、その明るい笑顔の裏の寂しさの深さを知って泣けた。観鈴のいい子ぶりはちょっと異常なほどで、そこにはやはり萌えというかあざとさは感じるんだけど、もうそんなことはどうでもよくなるくらいに観鈴が愛おしかった。観鈴の金髪の髪の色と、青空のコントラストを眺めるのも好きだった。

AIR」で観鈴は最後に死んでしまうが、それでも彼女は夢を最後まで見て、幸せなまま晴子の腕の中で死んだ。神奈の呪いは解け、観鈴は満足してゴール出来た。往人が消滅して観鈴が死んだことは寂しいし大団円とは言えないけれど、『AIR』という壮大な物語の終わり方には満足した。

ところで観鈴がトランプばっかしてたのは、神奈がお手玉に夢中になっていたことと関係してるのかな。してるんだろうな。どっちも「一人で」遊べる、てのが哀しい。

霧島佳乃

「ダメぇ」とか「なのぉ」みたいな舌足らずな喋り方をする女の子は苦手なんだけど、それ以上にシナリオが盛り上がらなったせいか、佳乃への印象は薄い。手首に巻かれた黄色いバンダナについても、終盤まで引っ張った割には強烈な背景があるわけでもなく拍子抜けしたというか、単純につまらなかったな。似ているようで全然違った「往人の法術」と「佳乃の魔法」の組み合わせは面白そうだと思ったんだけどな。

佳乃がおかしくなった原因の羽根は翼人のものなんだろうけど、佳乃に乗り移っていたのが白穂ではなく、白穂の子である八雲の記憶だった、てのは意表を突かれて面白かった。だから最初に羽根に触れた聖には反応せず、「母親に対して後ろめたい気持ちを抱えている」という点で共通している佳乃のほうに反応した。佳乃がトランス状態になって呟いていた白穂の言葉も、白穂が言った言葉をそのまま口にしていたわけではなく、八雲が母親から聞かされた子守唄を反芻していたのを言葉にしていたんだろう。手首を切って死ぬことで空に行こうとしていたのも、死んだ母親に会えると思ったからか。

往人の法術で佳乃を連れ戻せた経緯はよくわからなかったけどそれは置いといて、佳乃を救ったことで往人が力を失い、本来の目的である翼を持った少女を探すことを諦めてしまうのは残念。でも観鈴ではなく佳乃を選んだんだから、こういう終わり方になるのは仕方ないか。往人は消えないし佳乃との幸せな未来を感じさせるエピローグになっているので、『AIR』の結末の中で一番ハッピーエンドらしいといえばらしいかも。

遠野美凪

私の中で一番評価の低いシナリオ。共通ルートから延々続く美凪のイベントにはこれといった進展が一切なく、その上おっそろしいほどにつまらない内容なのがキツい。更に美凪が独特のテンポで話すのでイライラは増す。「……」で延々引っ張ったかと思えば、ようやく出てきた言葉は瑣末なことばかりで何度脱力させられたか。山場に入ってからも先が読めるのにのたのた進んでいくもんだから、もはや苦行に等しかった。往人と美凪が二人で街を出ていくルートも、夜の学校の屋上でいかに自分が情けないかをしつこく語る美凪が鬱陶しかったし、TRUE ED もみちるが消えることはわかりきっているのになかなか消えてくれないので痺れを切らしかけた。フェンス越しの背中合わせの別れのシーンも冷めた目で眺めてしまった。正直「やっと終わってくれるのか……」という気持ちのほうが強かった。終始、苛立ち以外の何かを与えられることのないシナリオだったな。父親のところにみちるに酷似した妹がいた、というエピローグも蛇足。

美凪の境遇は可哀想だとは思うけど、シナリオの見せ方が拙かった。せめてみちるを含めた三人のやり取りがちょっとでも面白ければ美凪の家族の事情やみちるの正体といったシナリオの核に意識が向いたかもしれないけど、苦痛のほうが大きすぎた。

神尾晴子

「DREAM」で苦しんでいる観鈴を放置して温泉旅行に行くとか言い出した時は呆気に取られたが、晴子の真意が「AIR」で明らかになった時は衝撃を受けた。「AIR」はつまり、娘を愛することを我慢していた母と、母に愛されることを我慢していた娘の物語だった。

往人の存在を感じてまた頑張ろうと決意する観鈴の元に、晴子が帰ってくるシーンでもう泣けたし、その後の不器用な母娘のやり取りにはずっと泣かされっぱなしだった。渡せなかったプレゼントを渡せた台風の中の祭りの日もぐっと来たけど、実父の元に観鈴を返そうとした夕暮れの海で、恐竜のぬいぐるみやジュースには見向きもせず、それまで「おばさん」と呼んでいた晴子を「ママ」と呼びながら求めるシーンは号泣した。「ゴール」のシーンも良かったけど、私はこちらのほうがぐっと来た。「AIR」でいきなり親子の物語になった時は驚いたけど、よく考えたら「DREAM」での観鈴ルートでは晴子との伏線は張られてあったし、佳乃ルートも美凪ルートも母親との問題が描かれていた。「SUMMER」だって神奈と八百比丘尼の母娘の物語でもあった。そもそも往人が母から託された意志を受け継いで生きている主人公だったんだから、「AIR」で観鈴と晴子の物語が描かれるのは不自然でもなんでもなかった。

霧島聖

佳乃への過保護な接し方にはちゃんと理由があった、のはいいんだけど、佳乃と聖姉妹の強い結びつきを感じさせるエピソードがあまりないのでピンと来なかった。一番印象に残っているのが通天閣シャツなあたりでお察しください。キャラクタは結構好き。

みちる

美凪ルートが楽しめなかったのは、正直みちるの存在が大きい。ここまでイライラさせられたのは久しぶりだった。「んにゅ」や「にょわ」といったあざとい口癖にも苛立つが、初対面から往人への態度が悪い上に、シャレにならないレベルの悪戯を繰り返されるのが激しくうざい。往人がやけにみちるを殴るのもアレ。みちるは確かに鬱陶しいキャラだけど、だからといって往人が女の子を何度も殴る様を見せられるのもな……。じゃれ合いだとはわかってるけど、往人もみちるもちょーっとばかり度を超えていたよーに感じて私にはさっぱり楽しめなかった。

柳也

1000年以上前の夏を舞台にした「SUMMER」が読みやすかったのは、柳也の喋り方が今風だったからなんだろうな。普通の学園 ADV の主人公だと言われても違和感がないほどに、柳也の喋り方は馴染み深いものだった。

愛した神奈とは結ばれず後に裏葉と結ばれるが、それは神奈を愛した二人が神奈を助けるための行為だったのが良かった。「恋人」ではなく「同士」に近い。というかここは「家族」と呼ぶべきなのかも。

ところで柳也が書いてた「翼人伝」はどうなったんですか? 晩年まで書いていたらしいのに、シナリオでは特に活躍らしい活躍がなかったよーな。

神奈備命

逃避行中の我儘にはイライラさせられたけど、育ちが育ちだから仕方ないのかもしれない。母の温もりを求める姿はいじましいものだったし、そんな少女が柳也に惹かれていく様は可愛らしかった。学園恋愛 ADV ならケンカップルになっていた気がする。

神奈が柳也に不殺を誓わせるシーンは、これが後々に響いてくるんだろうとは思ったし案の定だったが、神奈が空に囚われてから永遠に見せられる「柳也が死ぬ夢」にも、そのあたりの強い後悔が影響しているんだろうと思うとやり切れない。

裏葉

「SUMMER」では一番キャラが立っていた。飄々としていて、かつお茶目な部分もあるところがいいよな。しかし何気に一番謎の多い人物かもしれない。

前世や転生ネタは悲劇だろーがなんだろーが身勝手な理由で後世の人間にまで迷惑をかけているように思えてあまり好きじゃないんだけど、「SUMMER」は前世に当たる部分がしっかり描かれていたし、何より翼人の転生は神奈自身の意志によるものではなく不可抗力だったし、柳也も裏葉に神奈のことは忘れて自分の幸せを求めてもいいのだと伝えるシーンがあったせいか、すんなり受け入れることが出来た。