Antipyretic

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symphonic rain

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伏線回収劇が鮮やかな名作と名高い作品で、「年中雨の降る街」という舞台設定に釣られて手に取ってみたけど確かに素晴らしい出来だった。特に「al fine」シナリオが秀逸で、久し振りに時間も忘れて一気に読んだほど。ただ不満も多く、それらと綺麗に相殺されて最後には「面白い部分もあるけど絶賛は出来ない」という感想に落ち着いた。

良かったのはキャラクタの生々しい感情描写。特にトルタは「al fine」にてトルタ視点で彼女の鬱屈した想いが丁寧に描かれるのが最高だった。「al fine」に到達するまではトルタを「ギャルゲやエロゲによくいるお節介で口やかましいけど面倒見が良く優しい幼馴染み」としか思っていなかったから尚更。それでもキャラクタはみんな根が純粋でいい子であることもわかる。でもいい子だろうとなんだろうと自分勝手で浅ましい感情は当然持っていて、そこらへんの描写が上手かったなあと。

もうひとつが伏線回収劇による面白さ。トリックそのものは陳腐で読めるものも多いが、描写が丁寧だったのが良かった。例えば双子の姉妹は入れ替わるんだろうと高を括っていたら、トリックの技術ではなくそれによって編み出されるキャラクタの描写のほうに圧倒された。それと最初は雨の降る街という設定に惹かれたものの、湿気は楽器にとっての天敵なのにわざわざ音楽学校を舞台にしたのは浅はかだろうとも思っていたらこの違和感にはちゃんと意味があったし、これはさり気ない伏線の数々によって支えられていた。現に私は最初にプレイしたリセルートの時点で「降り続ける雨」はクリスの幻覚ではないかと疑っていたけど、ファルが傘を差し出したこととトルタやアーシノが雨天を肯定していたことで「やっぱり違うのか」と思い直していた。ここら辺のさり気なさははずるいなあと思いつつもやっぱり素直に上手いな、とも思った。

岡崎律子氏による音楽も良かった。「al fine」に辿り着くまではパッとしないなー程度にしか思ってなかったけど、時間を追うごとにじわじわ来てコンプする頃にはボーカルアルバムが欲しいと思うくらいになった。それと本音を隠しているヒロインもいるけど、各ヒロインの歌の歌詞には本音が出ているのがいい。特にファルは惑わされかねない言動が多いので歌詞の存在が大きかった。好きな曲は「空の向こうに」と「秘密」と「fay」。

不満は平坦で退屈な時間の多さ。ファルルート終盤と「al fine」以外のシナリオは微妙。静かに淡々と進んでいくから尚更。丁寧ではあるけど起伏が殆どないし、クリスもやる気のない男子だから(これにはちゃんと背景があったけど)面白くない。実は大量に伏線が張られているし陰鬱なシナリオは好きなんだけど、良くも悪くも地味。

それと文章はあまり上手くない。主語が抜けていてわかりづらい文も多いし、トルタルートは誤字脱字だらけだった。ただハッとさせられる文章も多かったし、心理描写は秀逸なんだよなあ。絵は好みの絵柄でもないけど作風には合ってる。キャラクタの見分けがつかない時もあったが、慣れたらなんとかなった。ただ CG 枚数が少ないのと、構図が面白くないものばかりだったのは残念。イベント CG での背景の描き込みも少ない。背景自体は好きなんだけどなあ。雨の降り続けるヨーロッパの街並みの雰囲気がとてもいい。音楽はボーカル曲のインスト版が多かったけどあまり気にならなかった。けどミュージックアクションパートは面白くもないので飛ばした(私が下手なせいもある)。

システムは日付が変わる時や場面転換時などで、文字を最速にしていてもゆっくり表示される時があったのが鬱陶しかったくらいかな。演出であればいいけど、特に重要でもない場面ならテキストをさっさと読ませて欲しいんだよなあ。

と色々文句を垂れ流してきたけど、実は他にももっと不満はある。でもここまで感情移入させられたのも久し振りのことだったし、いいところもいっぱいある。私はこの作品を名作だとは思えなかったけど、絶賛する人が多いのは納得出来た。それにトルタとファルという魅力的なヒロインに出会えたのも大きい。

クリス・ヴェルティン (CV:宮下道央)

最後まで好きになれない主人公だった。基本的にやる気のない子だし、トルタルートでは「トルタと過ごす時間を楽しむ→アルへの罪悪感が発生する」を延々繰り返すので背中を蹴り倒してやろうと何度思ったか。パートナー探しにしても、遅くなればなるほど相手にも迷惑がかかるのに、アルに遠慮していつまでもうだうだして真剣に探そうとしないのが気に入らない。そもそもトルタと一緒にいることがアルへの裏切りに繋がるのでは、と考えるのは双子だからまだわからなくもないけど、女子をパートナーにすることがアルへの裏切りになる、という思考回路は大袈裟に感じてどうも……。相手の女の子を好きになってからならわかるんだけど、クリスはちょっと意識しすぎのよーな。

ちなみに私はこの作品における超常現象は全部クリスの幻覚だと疑っていて、降り止まない雨の件は予想が当たったけどアルが実在していたとは思わなかった。トルタが姉のふりをして手紙を送っているのはすぐに読めたけど、てっきりトルタに双子の姉は存在しないのだと思っていた。フォーニも幻覚だと思ってたんだけど、フォーニの歌声が他人にも聞こえたりニンナがフォーニの存在を認識していたり、フォーニルートではアルがフォーニとしてクリスと過ごしていた時の記憶を保持していたことからも、実在していたのだと考えてよさそう。まあフォルテールが魔力によって演奏できる楽器だし、魔力が存在するなら妖精が存在したっておかしくはないのかもしれない。

しかし piova メータが最初は何なのかよくわからなかったんだけど、ファルルートをやってようやくクリスの絶望を表しているのだと知った時は何故か爆笑した。

トルティニタ・フィーネ (CV:中原麻衣)

愛が重い。情念が激しい。覚悟が痛い。本音が切ない。報われなさが苦しい。健気という言葉を通り越してひたすら痛々しい。何故そこまで、と思えるほどに苦しみながら裏で暗躍して本音を隠して嘘を塗り重ねてクリスを支え続けた最強の幼馴染みヒロイン。圧巻。アルとして手紙を書き、アルの振りをしてクリスとナターレを過ごし、料理が上手くなったのにアルとして振る舞うことしか出来ず、パン作りを必死に勉強してもやっぱりアルが作ったものとしてしかクリスに食べてもらえず、とにかく彼女の頑張りが何一つ報われないのが切なかった。その上トルタがちゃんと救われるシナリオがフォーニルート(=アルルート)だけってのがもう……。トルタは本当によく頑張った。「al fine」でクリスとようやく結ばれたトルタに、「良かったね」とか「幸せになってね」とか「おめでとう」なんて言葉は出てこない。作中でそうとは知らずにクリスが不意に言ってトルタが泣きそうになる場面があったが、あの通り「がんばったんだね」としか言えない。今までは女の浅ましさずるさ弱さどうしようもなさ恐ろしさ(強さとは書かない)を体現した存在なら小木曽雪菜を越える女性はいなかったけど、トルタも肉薄するくらいに強烈だった。最初に読めるトルタルートはキャラクタにもシナリオにも特にこれという印象は持てなかったのに、視点が異なるだけの「al fine」で一気にひっくり返された。

――認めろ。 醜い自分のことを。 そして、手に入れればいい。 最愛の人を、最悪の方法で。

終盤のこのモノローグはトルタの暗い覚悟が表現されていて、しばらくは忘れられそうにない。この「最悪の方法」ってのが法に抵触するようなことでもなく、でも姉と幼馴染みの想いを踏み躙るようなやり方ってのが絶妙にえげつない。姉が事故に遭ってクリスが記憶障害と幻覚症状を起こしたことで、クリスを姉から奪える可能性に縋ってしまうトルタを責められない。自分に気持ちが向くよう上手くクリスの心を誘導出来る、という暗い魅力に取りつかれてしまう様はよく理解できた。そして最悪の方法でクリスを手に入れて歓喜と後悔に泣いて、その後は後悔を抱え続けているところもたまらなかった。

しかし最後には二人でアルのいる病院に向かうもアルは数時間前に死亡、という残酷な結末になっているのが酷い。これでトルタはアルという重荷から解放され、同時に一生アルに許してもらえなくなった。謝罪も出来ない。それでもトルタはクリスと共に生きていくことを選んだ。「al fine」だけなら本当に素晴らしい出来だった。先述の通りトルタが本当の意味で救われるのは、クリスは手に入らないけど罪からは解放されるフォーニルートだけだと思うけど、やはり「al fine」が『S=R』の真骨頂だろう。

とはいうものの「al fine」シナリオにも不満があって、それは後半のクリス視点になってからのチープな展開。特にトルタの衝撃の告白に対するクリスのリアクションがあっさりしているように見えて、そこだけが残念。トルタもそれまでの葛藤はどこに行ったんだと言わんばかりに告白してすっきりしたように見えて微妙。これまで綿密な心理描写で私の意識を離さず引っ張ってくれていたのに、ここで手を抜かれた感があった。

しかしクリスは元々トルタが好きだったんじゃないのかなあ。でも本人も自分の気持ちに気づけず、だから「アルのほうが弱いから」という理由だけでアルを選んで恋人になってしまった。でもアルと離れてトルタと過ごす時間が増え、トルタも弱い女の子だと知った時に初めて自分の気持ちに気付くことが出来たんじゃないのか。

そうそう学院の廊下でのトルタとファルの対決は悶えた。この二人は「目的のためなら他を切り捨てられる」という意味では似た者同士だよなあ。ちなみに結果はファルの勝利。小さい頃からああして生きてきたファルはさすがに年季が違ったのか。

アリエッタ・フィーネ (CV:中原麻衣)

あまりに存在感が希薄なので、実はクリスの妄想だろうと思っていた。だからアリエッタという少女が実在していたことが一番意外だったかもしれない。殆どのルートでは最終的に死んでしまってるんだろうけど、一応フォーニルートがアル救済ルートとも言えるかもしれない。でも妹の存在感が凄まじすぎてあまり印象に残らなかった。

ファルシータ・フォーセット (CV:浅野真澄)

テンプレ幼馴染みに見えて実は凄まじかったトルタも捨てがたいけど、一番好きなヒロインはやっぱりファルかなあ。ビジュアルが元々好みでファルのシナリオを読むのを一番楽しみにしていたし、終盤までは退屈だったけど終盤の展開はツボだった。震えた。ファルの豹変にではなく、クリスとファルの音楽の設定とファルの選択に。

孤児だったファルには音楽しかなく、そんな彼女が幸せになるためには歌で生きていくしかないのに、ファルが絶望している時でないと一番いい歌声が出せないってもうひっでー設定だなあ(もちろん褒め言葉)。そしてそれはクリスも同じだった。だからファルは幸せになるために絶望しなきゃならないし、好きな男を絶望に落とさなければならない。シンプルだけど、シンプルなだけに皮肉がぐっさり効いてくる上手い設定。クリスとキスをしているところをアーシノに見せつけるイベントはアーシノに自分を諦めさせるためでもあったし、ファルと両想いになれて幸せを感じているクリスを絶望に叩き落として彼の最大の魅力である悲しみの音色を取り戻させるためでもあったし、好きな男を絶望に叩き落とすしかない自分に絶望するためでもあったし、そんな本当の自分を好きになって欲しくてクリスに曝け出すためでもあった。つまりすべてファルの狙い通り。恐ろしい。何が恐ろしいって自分をも悲しみに突き落としてしまえるところが。そうでないとファルは幸せを掴めない。だから彼女は矛盾を理解した上で行動に移す。

ファルは本来は善人なんだろう。孤児院から戻った際、自分に出来ることがなくて悲しんでいた時にいい声が出せたってことはあの悲しみは真実のもので、ファルが善人であることの証左。利用云々の考えも真実の側面を突いているだけで、彼女は間違ったことを言っているわけではない。例えばファルがクリスに近づくためにして来たことは、「クリスに好かれたくて努力した」と表現すれば「恋に一生懸命な女の子」とも捉えられる。それでもファルなら上手く隠し通せただろうに、敢えてクリスに全部曝け出したのは誠実だったからで、クリスが本当に好きだったから。そういうところが偽悪的。でもクリスに絶望を与えたいという狙いもあったから実行した。偽悪的で、それでいて本当に悪いことも出来てしまえる人。そんなファルはトルタとは違う意味で痛々しくて魅力的だった。ED ではアルのところに行ったはずなのにクリスが雨の幻覚を見続けていることからしても、二人は悲しみと共にあり続けているんだろうなあ。ファルが望む限りはずっと。

でも終盤までは退屈だった。ファルが「完璧な元生徒会長」を演じているからで、それがあるからこそ終盤の衝撃が生きてくるんだけど、何度か投げそうになった。

ところでリセの悪口の出所はファルなんでしょーか。チェザリーニ父娘は嫌いだとはっきり言ってたもんなあ……。それでいてリセルートではクリスやリセの力になろうとしている振りをしていたんだから恐れ入る。でも無理にクリスを引き抜こうとはしなかったし忠告もしているあたり、やっぱり悪人にはなりきれない子だ。

リセルシア・チェザリーニ (CV:折笠富美子)

クリスにイライラされっぱなしだった。「卒論提出期限が迫っているのに放置して無関係の後輩に構ってばかり」という状況が延々描かれる。卒業する気がないならないで構わないけど、クリス自身が切羽詰まった状況なのにクリスの話がまったく進まなかったので読んでいるこちらとしてはちっとも面白くなかった。そのくせこのルートのクリスはリセに対しては積極的で、彼女とのアンサンブルもやる気に満ち溢れているのがまたイライラさせられる。クリスがリセに対して必死になったのはアルに似ているからだとはわかってるんだけど、単純に話がつまらないし「そんなことしてる場合なのか」という突っ込みが終始ついて回ったのがダメだった。特に終盤、グラーヴェが帰ってくるまでに書斎で楽譜を探さなきゃならないのに、まだ半分ほど残ってるけどそのうち見つかるだろうと楽観視したり、疲れて休憩するのはいいとしても時間もあるしアンサンブルをしませんか、みたいな流れになっててげんなりした。案の定グラーヴェに見つかってるのがアレ。

肝心のリセも影が薄いし、他のルートでもほぼ出番がない。おかげで直接的な出番がほぼないアル以上に存在感がなかった。グラーヴェの描写も浅く、結果として結末も唐突感があって微妙。リセルートは、グラーヴェに喉を潰されて記憶障害のあるリセのそばに居続けるクリスに対してトルタが言った「これって、贖罪のつもりなの?」の一言だけがすべてだった。「al fine」を読んだ後だと刺さるなあこの台詞……。

フォーニ (CV:笠原弘子)

ただのマスコットキャラクタだと思っていたらちゃんとルートがあって驚いた。ただ蛇足の感は否めない。「al fine」の後でフォーニルートの内容が霞んでしまったせいもある。トルタが強烈だったからなあ……。むしろ「al fine」を夢中になって読み終えて高揚感で満たされていたところに、最後の最後で眠くなるようなシナリオを読まされてテンションがダダ下がりになった。私の中で『S=R』の評価が高くならなかったのはこのルートの影響も大きい。フォーニは別に嫌いじゃないけども。

最後はハッピーエンドで終わったけど、特に心を動かされるようなこともなかった。読み終えて思ったことは「やっと終わったのか」だった。ただ、フォーニとの別れが迫っていて気付いてフォーニとの大切な思い出を作りたいとクリスが必死になる様は、クリスに対するトルタの想いと同じで立場が逆転しているのだと考えると面白かった。

アーシノ・アルティエーレ (CV:渡辺隼人)

彼もファルと同じく偽悪的。皮肉ぶってるけど善人。クリスを利用するためにクリスと友達をやっているとか言ってたけど、それも友人関係の真実でもあるんじゃないかなあ。人は自分にとって都合のいい人を友人として見るんだろうし、都合の悪い人間とは縁を切るんだから。でもアーシノのそうした描かれ方は面白かった。

それとファルとアーシノの関係がいい。クリスとファルの関係は面白かったけど、クリスは好きではないので萌えない。けどアーシノは魅力的なキャラクタだったので、ファルとの関係も面白かったし萌えた。結局ファルには認められなかったところも含めて。

コーデル・ベルドナーシェ (CV:浅川悠)

最初の印象通りのいい先生だった。裏で暗躍するトルタに色々協力していたこともそうだし、あとは「al fine」でトルタに話した幼稚園の時の恋バナにも笑った。もちろんあれは重要なことだから話したんだけど、お茶目なところもあるのが可愛いなあ。内にドロドロしたものを抱えていない、というよりは描かれなかった数少ないキャラクタ。