Antipyretic

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装甲悪鬼村正 邪念編

http://www.fmd-muramasa.com/janenhen/

これは邪念に満ちた物語である。正道を望む者は無用である。

『村正』アンソロジーディスク。原作者である奈良原氏は基本的に監修に収まっていると聞いたのであまり期待してなかったんだけど、これが意外にも面白かった。作者は違えど『装甲悪鬼村正』という作品の濃厚な味は健在だし、ボリュームはそれほど多くはないものの本編が長大化していたことを思えばこれで十分。何より鋼屋氏が担当した作品だけでも十分お釣りが来るくらいには満足したし、『デモベ』もやりたくなった。

しかしこれで『装甲悪鬼村正』のゲームはすべて終了。今後ゲームと言う媒体で景明たちに会える可能性がなさそうなのは残念。『村正』は本当に最高だった。萌えが行き着くともう「最高」以外の言葉が出て来ないんだな、ということを知った。いつか『村正』を超える作品が出てくれたら嬉しいけど、『ハナチラ』を見ても奈良原氏の書く話が一番ツボにはまるらしいので『村正』を超えるとなるとやはり奈良原作品しかない気もする。

装甲悪鬼村正のあらすじ

「認知してください」

「知りません」

「じゃあ世界滅ぼします」

「じゃあ殺します」

本当にその通りの話だから困ったものだなー(棒読み)。エンドロールでこれを書いたのが奈良原氏だと知って納得した。『サバト鍋』で『ハナチラ』のあらすじを書いてた時もおんなじよーなことをやってたけど相変わらずで何よりです。

安永航一郎劇場 装甲悪鬼村正

安永航一郎氏による Web 漫画のフルボイス版。オノマトペも中の人が棒読みしてくれるのは味わい深いが、内容は心底つまらなかった。というかこの手の下品なネタは苦手。

愛しい香奈枝さんの装甲悪鬼村

秋田禎信氏による香奈枝を主人公に据えたシナリオ。根底にあるノブレスオブリージと先天的な殺人狂という、相反しかねない二つの要素を両立させている香奈枝の香奈枝たる所以が見事に発揮されていた。燃えも萌えもないが、香奈枝がすごく香奈枝らしく香奈枝として輝いていて、なんというか秋田氏の香奈枝さんへの愛が伝わった。

選択肢は一ヶ所だけ出現するが、どちらにしろ後味の悪い結末しかない。しかし悪人がいないのに自滅していく村を救うためには悪人を用意すればいい、という合理的な結論に達する展開は、この上なく『村正』らしいし香奈枝らしかった。それも村の現状を把握してすぐに決断するのが恐ろしい。理解、結論への到達、代償の選択。いずれも躊躇がなく実行も早い。悪人のいない村に香奈枝という悪人がやって来て、悪人を用意して解決に導く様は皮肉めいている。悪人によって村は歪み、悪人によって村の物語は終結した。

新キャラクタは二人いるが、私が肩入れをしたくなったのは火乃。常識や世情に疎い鄙びた小さな村では異常なルールが徹底されていた。そんな村人に常識を期待しようにも難しい状況。要するにカルト宗教に染まった集落に放り込まれたようなもんで、これは代官のほうに同情する。少なくても彼女は村人の命を奪わずじっと耐えていたんだから。そして村人は代官を頭から悪と見做しているが、代官側の事情を聴くと代官が悪人じゃないことがわかるあたりは『村正』のテーマにもきちんと沿っている。

火乃は初心なところが可愛かったし兵部と君島も何気にいいキャラクタだったしで代官側を気に入ったので最初は火乃を代償にしたが、香奈枝の殺人を嗜好する異常な面が強く出ていたのはこちらのルート。この人はやはり「人を殺したい」という欲求が高いのだな、ということを実感させられる。村を救うためにやっているのも真実なんだろうが、それも香奈枝にとっては人を殺したいがための大義名分に過ぎない(しかし大義名分に対して香奈枝は真摯に接してもいる)。火乃のほうも香奈枝を最後まで疑っていたが、相手が悪すぎた。しかしこの悪魔も後に景明によってアイデンティティを揺さぶられることになるんだから、そう考えると香奈枝の存在は本当に面白い。

余談だけどエレナさんは一条より火乃のほうが合ってるなと思った。

一方、水菊はあまり好きなキャラクタではなかった。俺っ娘というだけでもキツいのに、自滅して行っていることにも気付かず村の問題をすべて「六波羅代官」という都合のいい外敵のせいにしようとする村のどうしようもなさを体現しているのが……。彼女も厄介な教祖のばら撒いたルールに縛られているだけの被害者とも言えるが、私は火乃のほうに肩入れしたくなったので水菊のことを好意的には見れなかった。

そんな水菊を代償に選ぶと村のおぞましさを見せられることになる。家族というシステムを解体して村人同士で子供と女を共有し、やることなすことすべて帳簿に付け、村が大変な状況でもひたすら妊娠と出産を繰り返して人口を増やす。そうした満菊の歪んだ教えを頑なに遵守する村人たちの醜悪さが出ていたのは良かった。そんな中で水菊だけがなかなか妊娠しないのは、年齢のせいなのか水菊がそういう体なのか。どちらにしても体を酷使させられて死んでいく女が多い中、水菊の子供が出来ない体が水菊の命を繋いでいたのは皮肉。そうした共産主義の中で、水菊が貫太と特別な想いを通わせるのも切なかった。しかしそれすらも最終的には香奈枝によって壊される。

このルートの香奈枝は直接手をかけてはいないが、疑心暗鬼を煽って村人たちに水菊を殺すよう仕向けているのが悪辣。しかしこの味こそが『村正』という作品そのもので、香奈枝というキャラクタの本質。香奈枝の狙いが露骨でわかりやすかったのに素直に受け入れた水菊は愚かなんだろうけど、愚かだからこそ今までずっと歪な共産思想に囚われていたんだからこうなったのも当然か。満菊と同じく「外から来た悪人」である香奈枝は、元凶と同じやり方で水菊を陥れているのだから。「どんな手を使ってでも村を救います」という香奈枝の言葉の真意に気付けなかった時点で、水菊は終わっていた。

劇場版 装甲悪鬼村正

東出祐一郎氏によるコメディ。『村正』のハリウッド映画化が失敗に至った経緯をドキュメンタリ風に綴ったギャグなんだけど、悪い意味でキツかった。やり過ぎなくらいのキャラ崩壊は別に気にならなかったんだけどなあ。なんだろなやっぱり合わなかったとしか言いようがないんじゃないかなあ。笑えたのは本編で自分のおいしい場面がすべてカットされたことを愚痴る雷蝶夫人くらいじゃないかなあ。あーあとメイド服村正とのエロシーンが景明の妄想とはいえきちんと描かれていたのも良かった。私はエロシーンはほぼスキップするが、『村正』はエロをきちんと読みたかったのにいいところで暗転して歯噛みさせられていた分、ここで最後まで描写されていたのは嬉しかった。それも相手が村正だったので完璧。しかもかなりエロかった。『村正』本家よりも断然エロかった(それもどうかと思うが)。つーか『あやかしびと』や『バレバト』よりエロかった。それでいいのか奈良原+東出……。そいや東出作品はエロシーンになると主人公が喋らなくなるが、景明は本編同様思い切り喋っていた。つくづく言葉責めの映える主人公よな景明さんて。

装甲悪鬼村正 Re:Blade Arts

これは英雄の物語である。

鋼屋ジン氏による「魔王編」BAD ED から分岐する if。つまり大義のために光を殺したことで英雄となり、世界を救った代償として景明自身が世界を滅ぼすことになるルート。最初は「悪鬼編」の後日談だと勘違いしていたので本編のダイジェストを読まされている印象で退屈だったが、景明と統の狂った性交が描写されるあたりからは夢中になった。敬愛している母を犯し、それでも母としての愛を向ける統に恐怖して殺意を抱き、景明が泣きながら助けを求めるシーンが痛々しかった。あそこで統が景明を許すのは予想出来ていたが、あれを許してしまったことが景明にとって良かったのか悪かったのか。

その後は無我を極めて野太刀も奪回した景明に一条と正宗、香奈枝とバロウズが挑むが、これが短いながらも面白かった。「英雄編」と「復讐編」それぞれの最後の戦いで景明と村正が最強状態だったらどうなるか、という疑問への回答。一条と正宗の最終正義顕現はあっさり両断され、香奈枝とバロウズの背理の一射は超人的な矢払いの術によって払われて終了。心甲一致を果たした景明と村正による無双ぶりが凄まじい。中でも印象的だったのは一条。「英雄編」や「魔王編」では景明とは正反対の道を歩むことになるので背後を振り返って景明がいることを確認する一条の姿が描かれていたが、このルートの景明は英雄なので一条の背後ではなく前にいて、そのまま一条に向かって来て斬り殺した、と捉えられていたのが面白かった。一条にとって景明が前にいても後ろにいても殺し合うことになるあたり、この二人は共に歩むことが出来ないのだと痛感させられる。

最後には雷蝶が登場するが、村正と互角に戦えるあたりはさすが銀星号に万が一のことがあるとも言われた男。雷蝶もそうだけど膝丸も強いんだろうな。本編では戦闘が全部カットされていたし、やっと見せ場を与えられたのかと喜んだのもつかの間、二世村正と八剣姫が乱入して舌打ちした。二世村正が景明のしたことの結果を突きつけるシーンは重要だが、雷蝶との戦いを邪魔しないで欲しかった。この後の村正と膝丸との戦いの詳細は描写されないし、わかるのは辛うじて村正が勝利したという結果だけで泣いた。茶々丸が膝丸の別名は蜘蛛切だと解説していたが、そう考えると村正の天敵としても相応しいしやっぱりこの組み合わせの戦いは見たかったなあ。せめて膝丸の陰義は知りたかった。

一番印象に残ったのは英雄となってしまった景明の姿。確かにこの結末は二世村正の言う通り善悪相殺を示すという意味では極北に達してるけど、それが景明の本意ではなかったことを思うと辛い。その辛さこそが善悪相殺を顕わしているのはわかるだけに尚更。こうなってしまった以上、景明は村正と二人ぼっちになるまで世界中の人間を殺さなければならない。でも銀星号(シルヴァー)の後嗣として緋色の剣鬼(スカーレット)と呼ばれていたのは吹いた。あとこの村正による精神汚染が『ハナチラ』を意識するかのような吉野御流 "刃鳴" が崩し "祝" だったのはやられた。効果は景明が「玉砕せよ」と言っていたことからしてその場でそのまま死ぬっぽい?

ところでこの結末は茶々丸 ED と言ってもいいのかな。本編の茶々丸 ED もあれはあれで好きだけど、こちらもいいなあ。茶々丸は死ぬけど景明に優しく殺されたことで満足していたし、虎徹として一緒にいられるのであればいいんじゃないでしょーか。

それと面白かったのが奈良原氏との戦闘描写の違い。景明が無双状態ってのもあるんだろうが、作中でも自虐していたよーに本当に術理も剣術もあったもんじゃなくて笑った。敵手より高度を取った時のアドバンテージとか構えとか読み合いとかそういうのはまったくない。でもこれはこれでいい。景明がここまで強すぎるのでは文字通り術理なんて意味がないし、スピード感はあったので奈良原氏とは違った村正の戦闘描写を堪能出来て満足。それに『邪念編』は短いせいか双輪懸の演出に気合いが入っており、武者同士の戦いの一騎討ちの面白さがわかりやすかった。やはり視覚から得られるものは大きい。多分本編でも出来たんだろうけど、これを取り入れたら容量がとんでもないことになるから割愛したと見た。というかこの『邪念編』だけでもちょっと動作が重かったもんなあ。

最後は本編の「悪鬼編」で景明が「和を以て貴しとす」を教えた光の首を刎ねる。雄飛と殺した時の同じ演出で。ああひどい。そして例の一文が出るのは震えた。

装甲悪鬼村正 Re:Blade Arts 返歌編

これは――英雄の物語ではない。装甲悪鬼村正の物語である。

「Re:Blade Arts」の景明が金神の時間歪曲に捕まってしまい、「悪鬼編」後の "武帝" となった景明のいる世界に辿り着く。"武帝" の部下として渡が登場したり(すぐ死んだが)マイケルギョギョッペン(mgyp)が出てきたりと『ハナチラ』ネタ満載。村正と村正の戦いでも「BLADE ARTS I」と「BLADE ARTS II」が使われていて鳥肌が立つ。

そして「魔王編」のエピローグにしか登場しなかったオーリガが、ここで結構出番を与えられていたのがオーリガ好きとしては美味しかった。村正が「奥方」と呼ばれているのもいい。しかし景明はオーリガに瑞陽に似たものを感じているらしいけど、そこはピンと来なかったなあ。瑞陽が村正や統とは違った意味で景明にとって特別な存在なのはわかるし納得もしてるんだけど、オーリガの掘り下げがないから私の中では結び付かなかった。ただ景明がオーリガを大事に思っているのは理解したし、そんなオーリガに善悪相殺のために死ねと言う景明と、「ご武運を!」と笑顔で返すオーリガには惚れ直した。景明が自分の敵だと強く認識した相手を殺す代償に選んだということはそれだけ "武帝" の中で価値が高いということで、ますますオーリガというキャラクタに興味が出てきた。そして "武帝" の姿がここで登場するが、髪が伸びて威圧感が備わり、格好も厨二仕様で豪華になっていて最初見た時は爆笑した。いやでもそんな景明も素敵だと思います。ええ。

最大の見どころは平和を望んで魔王を大義により殺した英雄景明と、平和を望んで魔王を善悪相殺の理で救った悪鬼景明の戦い。英雄は悪鬼を倒そうとするが、悪鬼が倒されると善悪相殺で英雄がこの世界を滅ぼす。だから悪鬼は世界滅亡を防ぐため、英雄に倒されることだけは許されない、という構図がもうたまらん……。英雄と言えばもちろん一条がいるが、一条以上に景明にとっての正真正銘の敵は自分の写し鏡でもある英雄景明かもしれない。更に面白いのが、悪鬼が世界を守るために英雄を殺した場合は悪鬼も善悪相殺の理によって英雄に反転し、悪鬼が正真正銘の魔王と化すという事実。だから悪鬼は悪鬼らしく憎悪で英雄を殺す。何故なら目の前の英雄は、愛する妹を殺した男に他ならないから。例え相手が違う道を選んだだけの自分であっても、妹を殺したのであれば悪鬼にとっては憎悪の対象となる。というかもう一人の自分だからこそ尚更憎むのか。

この二騎の戦いは術理解説こそないものの見応えがあって面白かった。心甲一致を果たしている英雄村正は速度で悪鬼村正に勝るが雷蝶戦での負傷が響いている、という戦況は本編の「英雄編」の銀星号戦を思い出して感慨深かった。しかしこれで悪鬼が優位に立てたかと思いきや、英雄は金神の力を取り入れていて空間歪曲の駆使というチートを発揮。これは「魔王編」の銀星号戦で比翼が回避された時と酷似している。これで英雄も元の世界で鍛造雷弾を飲み込んでいたことが確定したが、そうなると「魔王編」の光と銀星号も時間旅行を体験していた可能性があるのか。それはさておき一気に不利になった悪鬼は "穿" の打ち合いで劣勢へ。これをどう覆すのかと思ったら比翼を崩した電磁双刀 "散" で決着。これは熱かったけど、両手でも支え切れそうになかったところに片手で支えてその間に脇差を使う、なんて芸当が可能なのかなあ。いやまあ書いてるのは奈良原氏じゃないから細かいことはいいんだよてめえ、と言われたら何も言えませんが。余談として「英雄編」で銀星号に勝てた全裸パンチの名前が電磁特攻(カミカゼ)だと判明。そのまんまだけど、実際カミカゼ的な技だし舞台が大和ということもあってハマってはいる。

その後は地上戦に縺れ込むが、鍔迫り合いになった互いの虎徹の共鳴で悪鬼に関する情報が英雄の精神に雪崩れ込み、英雄である自分は妹を殺したのに悪鬼である自分が妹を救ったことを知って絶望する英雄が不憫で見ていられなかった。ただでさえ絶望の底にいる英雄を更に追い詰める鋼屋氏が、奈良原氏にも劣らぬ悪鬼ぶりを発揮していて酷いなあ(褒め言葉)。他の方法がないと絶望して苦しんだ末に妹を殺したのに、実は妹を救う方法があったのだと後になって知らされたのでは苦痛でしかなかっただろうから。

そして悪鬼も憎悪で殺そうとしており、その代償となるオーリガのことを考えつつも「それが、どうした!」と悲痛な叫びを胸中で散らしているのが辛い。悪鬼で居続けようとして泥沼で足掻く景明の苦悩が伝わって来て遣る瀬無かった。これが「悪鬼編」で景明の選択した道なのだということを、これ以上はないくらいに実感させられた。それでも悪鬼は一度選択した道を行くしかない。これまで人を殺してきた意味を失わうわけにはいかないし、悪鬼になるという道を選んだ責任がある。景明のとてつもない孤独を垣間見たようで泣けた。そんな中、景明がかつて「和を以て貴しとす」を教えた光も成長しており、彼女が相変わらず真っ直ぐでいることが悪鬼にとっては救いとなっているのか否か。

その後は決着がつかないまま英雄は元の世界に戻り、そこで善悪相殺の体現が完了する。つまり世界中の人間の死。それも景明の本意とは離れたところで成ってしまい、皮肉として返って来ていることが、何より最愛の妹を手に掛けた結果であることが無惨。更に辛いのは裁く者すらもいなくなることだろう。妹を殺し、世界のすべてを滅ぼすという罪を犯したのに、最後には自分と共犯者の村正以外誰もいなくなったから裁かれる機会も永遠に失われた。これは景明には地獄。そして最後にようやく呪戒から解放されて自害しようとしても、殺した妹に「生きよ、景明」と言われてしまったのではそれも出来なくなった。そして景明は狂気に逃げることを自分で許さない人だから、狂うことも出来ない。なんて惨たらしい終幕。ここの景明と村正の慟哭は中の人の演技に圧倒されたなあ。この英雄の結末は、私がこれまで読んで来たどの物語よりも救いがなかった。