Antipyretic

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赫炎のインガノック -what a beautiful people-

http://www.liar.co.jp/inganock.html

一言で言うなら「大人のための御伽噺」。まるで小雨の中で消えゆく篝火をずっと眺めているかのような、そんな世界観がいい。退廃的で儚く美しく、なのに逞しくもあり醜くもあり、そうした濃密な空気が凄まじい完成度をもって文章と絵と音楽で構築されていてたまらん。

物語は全12章構成。各章はギーとキーアを中心に特定のサブキャラクタを交えたオムニバス形式で展開し、それぞれ一時間ほどで読み終えるくらいの量でちょうど良かった。その章にしか登場しないキャラクタも多いが、そうやって一期一会のインガノックの色んな人々を書いているのがいい。ギーやキーア、アティなどの主要人物は勿論、デビッドやスタニスワフなどのサブキャラクタもみんな総じて魅力的だった。内容も一話一話に切なさと陰鬱さが漂っていて好みだったし、ダレそうでダレないギリギリの飽きない心地良さがあった。戦闘も最終章まで同じ口上で始まり同じ流れを経て一瞬で決着が着くが、この独特のリズムが良かった。何故ギーがあんなに強いのかとかどうやって敵の攻撃を回避しているのかとか、そこらへんは割愛されているけどどうでもいいことなんだろうなあ。ギーにとって重要なのは「敵を倒す」ことではなく「人々に手を差し伸べる」ことにある。これはそういう物語。

こうした戦闘シーンの文章に代表されるように、桜井氏の文章は癖が強い。最大の特徴はリズムを重視した文章の止め方とリフレイン。変なところで句読点を打ったり三行テキスト内で全部表示出来る文章をわざわざ途中で止めて次に回したりするので、文章の内容がわかりにくい。そして様式美を意識するのは面白いと思ったし印象に残る台詞も多いが、同じ内容なのに表現を変えて何度も説明されると鬱陶しい。「くどい文章」を「何度も読ませようとする」からうんざりしてくる。演出の一環としてリフレインさせるなら尚更、くどいテキストをどうにかしてほしかった。「シンプルな文章」で「何度も読ませようとする」のなら素直に様式美として総ての文章を堪能できたんじゃないかな。というわけで私はこの作品を楽しんだし気に入ったが、文章は最後まで好きになれなかった。

絵は力強く繊細。矛盾しているけどこの両方が奇跡的に並立している絵柄で世界観にマッチしていた。背景は少ないけどインガノックという閉じられた世界を舞台にしているから逆に閉塞感が出ていて良かった。そして音楽も数は少ないが、どれも曲がいいし恐ろしいくらいにハマりすぎていた。無限雑踏街を歩いている時、キーアが笑顔を見せる時、ギーがクリッターを駆逐している時、どれもこれもが音楽だけで世界、キャラクタ、シーンを表現できているのが凄かった。中でも気に入ったのは「記憶/馳せる思い」「日常/過ゆく異形」「日常/緩やかな時」「少女が笑う」「戦闘/力の顕現」「戦闘/無限舞踊」。

システムは微妙。あまり使いやすいゲームエンジンじゃないし、バックログもウィンドウごとにしか遡れない。パートボイスは物足りなく感じるが、このメーカは毎度そうらしいのでまあ……。ギーとケルカンはもうちょい音声があっても良かったと思うけど、ギーは戦闘でしか音声がないからこそ「……遅い」「喚くな」「……なるほど、確かに。人はきみに何もできないだろう」「けれど、どうやら。鋼の "彼" は人ではない」などの台詞が印象に残ったとも言えるかな。それでもフルボイスで聞いてみたかったと思うけど。

幕間で挿入される「心の声」は、徐々に判明していく真相を知る楽しみがあった。けど少し分かりづらい。得られる情報は断片的なものが多く、物語の背景を理解するにはちょっと不親切というか。重要な台詞も多いんだから素直に物語の中で語ったほうが良かったんじゃないかなあ。せめて順を追ってヒントを提示してくれればな。

ちなみにエロシーンは薄い。モザイクすらなかった……ような……。ああいやバンダースナッチがモザイクになってたか。でもあれはエロにまったく関係ないシーンだしなあ。美少女に蔦が絡んでいるのに触手プレイもなく終わってしまうあたりなんてもう。別にエロシーンが見たいわけじゃないけど、ここまで薄いと笑ってしまう。

正直話はわかりづらく理解の及ばないところもあったけど、それでも最後まで楽しく読めたのはキャラクタ、世界観、音楽、絵、話があまりにも魅力的で好みだったから。テーマも一貫していて最後まで揺らがなかったのが良かった。

ギー (CV:竹田彬夫)

基本的に利他的なキャラクタは好きにはなれないことが多いが、「飽きもせず、他人の命で自慰にふける男」などとケルカンに言われるまでもなくギーはその点を自覚している。だからこそ葛藤する場面も多いが、彼は基本的に淡々としているので鬱陶しさがないのも良かった。でもそうやって自分は偽善者なのだと自虐することにも慣れ切って疲れ果てている状態で、それがギーに何とも言えない色気を生んでいるのが最高。

しかしセックスをする時は自分の神経を治療しながらでないと死ぬかもしれないエロゲ主人公ってどうなんですか。興奮すると危険な状態になるのは大脳が変異してしまっていることが影響してるんでしょーか。そして食欲と睡眠欲も御覧の通りで、キーアとアティがいないとまともな生活すら送れないあたりはダメ人間。医者の不養生ってレベルを通り越している。要するにギーは人間の三大欲求が果てしなく薄い主人公。

ルシオンがあそこまで無敵の強さを持っていたのは、生まれるはずだった41人のうちの一人であると同時に『インガノック』の読者自身だと捉えることも出来そうだし、外からプレイヤが物語の中の戦闘に介入出来る、てなあたりが原因なのか。

最後のギーの生死については、心臓を中心に体中のあちこちがボロボロで満身創痍だったし生きてはいないんじゃないかなあ。キーアは元々死んでいる人間なので絶望的だけど、ギーは五分五分かな。インガノックでは御伽噺や魔法が実体化してしまう幻の世界だったけど、それでも「生き返らせる」ことは出来ないんだろう。ギーの願いも「生き返らせたい」では決してなかった。キーアに対しても「助けたかった」「君と言葉を交わしたかった」とだけ願っていた。「助けたい」と「生き返らせたい」を混同してはいけないんじゃないかな。ギーは医者だから尚更生き返らせようなんて考えないと思うし、むしろ「死んだら終わり」だとわかっているからこそ助けられる人に手を差し伸べる。だから「生き返らせたい」なんて願う道理がない。ただ、すでに死んでしまった人間を生き返らせることは出来ないが、生まれるはずだった命に可能性を与えることは出来たのかもしれない。それがアステアの願っていたことでもあったんだろう。そうして「ふたりからもらった、この生きた体で」ポルシオンは受肉したんじゃないかな。「ふたりからもらった」という台詞はギーとキーアがもうすでに存在していないことを言っているように取れた。

余談だけど「心の声」での外套を脱いだ時のギーのポーズには笑った。

キーア (CV:かわしまりの)

料理は上手いし、買い物上手だし、家計簿もきちんとつけているし、注射を打つ技術も鮮やかだし、ナース衣裳ですら自分で繕えるほどのハイスペック少女。強く聡明でギーに不安を与えないために常に笑顔を浮かべ、慈愛を与える聖母。ギーの笑顔を取り戻し、ギーの涙を受け止める唯一の存在。ギーとキーアはダメな青年としっかり者の幼女、という私の大好物な組み合わせになっているのがもう素晴らしかった。

でもこの二人が相思相愛になることはないかな、とも思う。キーアは恐らくギーが好きなんだろう。第4章でギーとアティが二人でキーアのところに来た時、キーアはギーにはすぐ気付いたのにアティの存在にはアティが話すまで気付かなかった。第7章でサラに「自分以外の誰かを好きになったこと。あなたも、あるのね」と言われた時も肯定している。でもキーアはギーの隣にはアティがいるべきだとも思っているんだろう。そして自分がアティのようになれないこともわかっている。アティを失くし、レムル・レムルを殺してしまったことを嘆くギーを慰める時も、アティのような慰め方は出来ないのだときちんと弁えていた。自分のことが嫌いかと問うたキーアに、アティには言った「好きだ」という言葉を敢えて使わずに「嫌いではないよ」とギーが答えたことの真意も、キーアはちゃんとわかっていた。しかしそれでもいいのだと言ってキーアはギーを抱きしめる。二人のこの関係がいい。アティはギー強く抱きしめられないけど(ギーを殺してしまうから)、キーアは強く抱きしめられる。でもそれだけしか出来ない。それがたまらなかった。ギーを好きだけどギーの奥さんはアティなのだと心底から認めていて、ギーのために幼い聖女であり続けるキーアが、もどかしくもあったし美しくもあったなあと。

アティ・クストス (CV:野月まひる)

キーアの影響でギーが変化していく様に嫉妬していたのが印象的。嫉妬キャラは地雷であることが多いが、アティは鬱陶しくならないギリギリの嫉妬だったので彼女のことは好意的に見ていられた。終盤までギーへの恋を自覚してなかったというか、自覚することを避けていたのもいじらしかった。ただアティは特に好みのキャラクタではないし、ギーとアティの関係にも萌えなかった。ギーとアティの関係は傷の舐め合いだが、舐め合いで十年も続いて来たんだからそこから愛情が湧いてもおかしくないと思うし、ギーが好きなのはアティだと納得もしている。この二人はお似合いだとも思う。でも萌えない。私が萌えるのはギーとキーアの関係で、でもそれもギーとアティの関係があってこそ。ギーとアティの関係がなければ、ギーとキーアの二人には萌えられなかった。

そしてアティに関しても、ギーではなくキーアとの関係のほうが断然面白かった。アティとキーアはギーで繋がっているけど、互いに好意は抱いているし互いのギーへの気持ちにも気づいているから遠慮がどうしても生まれてしまう。そんな複雑な関係が最高だった。二人とも頭がいいし空気も読めるから尚更。一見すると仲のいい姉妹のようですらあるのに決してそうはなれないのが。この微妙な距離感がたまんねえわ……。

第11章には衝撃を受けた。レムル・レムルに変異した時のトラウマを揺さぶられ、ギーを襲う存在になってしまったのが悲しい。泣きながら必死に殺したい衝動を抑えるアティに泣けた。アティのとの時間を全部なかったことにしようとするギーの一人称が、一瞬だけ「俺」になるのも。アティからの告白への返事がああいう形になってしまったこととか渡せなかったワインのこととか、もうぜんぶが切なかった。そして人を救うことだけを考えて来たギーが、アティのことで復讐者になってしまうのが……。

ケルカン (CV:越雪光)

生での救済に固執するギーと、死による救済に固執するケルカンの対比は面白かった。だから二人は物語の最後まで医者と殺人者であり続ける。アティへの償いは出来ないと考えるギーとキーアへの償いとして人を殺し続けるケルカン、として見ても見事に正反対で、正反対だけど信念の起源は一緒なのがまた美味しい。この二人は『白い巨塔』の里見と財前で、『屍鬼』の尾崎と静信。この手の組み合わせは毎回考え方が極端だなあんたら、と突っ込みつつも萌えてしまう。そしてだいたい医者が関わっているのも面白い。里見と財前は二人とも優秀な医者だし尾崎も医者で、ギーも巡回医師をやっている。

ケルカンの言う「死の救い」は否定出来ない。安楽死と言う言葉があるように死によって救われる人間もいるんだろうし、ケルカンが死を与えるのも慈悲によるものだった。

しかしケルカンって救いのために巡回殺人者をやっているので、記憶が欲しくて「外」からインガノックを見続けて来たイルを殺すのは信念に反するんじゃないのかなあ。あの時にケルカンがやけに焦っていたのはこのことも影響しているのか。

R・ルアハ・クライン (CV:青山ゆかり)

ルアハは最後まで好きになれなかった。元々ロボット系キャラクタに興味がないせいもある。まあルアハは機械人間で、ロボットか人間かで言われたら人間なんだけども。それがルアハにとっての命題だったし、命令や本来の目的を無視してケルカンのところに行ってしまうあたりなんてものすごく人間らしかったけど、あのロボットじみた性格があまり好きにはなれない。悪いキャラクタではないんだけども。しかしまさかケルカンとああいう関係になるとは予想もしていなかった。ケルカンとルアハのエロシーンはダンスを踊っているように見えたけど、意図してのものなんでしょーか。何かを暗喩しているのかな。

イル

毎回釣りをやっていたのは和んだ。リリース!

ギーとの最後の会話になってしまったポルシオンに向けたと思われる誰何は、ポルシオンというよりも『インガノック』のプレイヤに向けてのものだったんだろうか。

ところで最終章を見る限りインガノックという都市は卵を暗示しているっぽい。イルがインガノックについて語る時に卵を例えに出していたのはそういうことだったのかな。

ランドルフ

狂人だけあって何を言ってるんだかよくわからなかったけど、わからないながらもランドルフの意味不明に見えて真実を告げているような台詞を読むのは楽しかった。虚言は出来ないらしいし、そこは信じてもいいんじゃないかなあ。多分重要なヒントはいっぱいあった。何がヒントになっているのかすらもわからなかったけども。

クロック・クラック・クローム

毎回「我らの生贄はどの程度保つかな。せめて、1分。いいや、2分」と言うけどギーが毎回瞬殺してしまうので、この人の口上は滑稽に見えてしまった。

最後の壊れた時計も気になる。インガノックの内部だけ時間が早かったらしいので(建築物の老朽化の件)そこらへんが関係してるんでしょーか。

グリム=グリム (CV:真田雪人)

たった一言の『こんにちは。ギー』という台詞は印象に強く残っている。一瞬しか表示されない絵が強烈なせいもあるか。現象数式を《緑色秘本》に組み込んだのがグリム=グリムらしいので元は願いを叶える機械、てことでいいんか……?

アステア (CV:滝沢アツヤ)

立ち絵はないしそもそも死んでいるので出番も少ないが、「喝采せよ! 喝采せよ!」でインパクトのあるキャラクタ。41人の妊婦と胎児の命を事故で失って絶望し、せめて生まれてくるはずだった命を救おうとしたのがすべての原因で、悪い人ではなかったんだろう。それをグリム=グリムに歪んで解釈されてしまっただけで。まさか中盤に倒せるとは思わなかったが、それ以上に特に戦いらしい戦いシーンもなくあっさり倒されてしまった時は驚いた。はええよ。しかし何故33の命の補充が必要だったのかは謎。

あとアステアの娘はペトロヴナかなと考えてたんだけど、ペトロヴナがアステアのことをよく知らない風だったので違うらしい。ペトロヴナは西享人らしいので院長?

レムル・レムル (CV:理多)

それまでの煽りっぷりとか玉座での哄笑っぷりとかアティへの仕打ちとか、とにかくあれだけラスボスオーラを漂わせておいてギーに瞬殺されたから吹いた。でもそんなに嫌いなキャラクタでもない。小物だったけど、そもそも産まれてもいない子で幼稚云々の問題ですらないから未熟な少年であることにも納得しているし、むしろ可哀想な子だったなと。アティにしたことについては反省しろとも思うけど、レムル・レムルが反省したところでギーとアティの10年間が戻るわけでもないんだよな……。

人を殺さないという誓いをギーに破らせたという意味ではレムル・レムルの存在にも意味はあったかもしれないが、ギーは正確には殺してないんじゃないのかな。《奪われた者》にされていたレムル・レムルを「可能性」に戻したんじゃないかと思うんだけど……。ということでギーはむしろレムル・レムルを救っている、てのが私の解釈。