Antipyretic

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G線上の魔王

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テーマや構成が似ている『車輪』とどうしても比べてしまうが、マクロとして見ると『車輪』に勝り、ミクロとして見ると『車輪』に劣っている。どちらのほうが面白いかと問われると、どちらにも強力無比な要素はあるし欠点もあるから難しい。好みで言うなら『G線』。

ハル VS 魔王の頭脳戦については騙し騙される展開になるのかと思いきやそんなことはなく、魔王が一歩どころでなく常にリードしていてハルは後手後手に回りがちで、最後まで魔王と対等になれる場面すらなかった。だからこれは勇者と魔王の戦いではなく、それこそ魔王が何度も言っていたように「魔王が勇者と遊んでやっていた」だけ。これは魔王の正体がハルルートとそれ以外のルートでは変わっている可能性があるため、ハルが魔王にちょっとでも勝つシーンを入れて正体のヒントを与えてしまうと祖語が出てしまうことを懸念したのかな、と。

その魔王の正体がシナリオごとに変わっていると思われる点については、良い悪いはともかく好みじゃなかった。まー本当に変わっているかどうかは作中では明示されてないし私の考えでしかないが、そうでないとサブヒロインのシナリオに入ると魔王に動きがなくなることへの説明がつかない。一本の本筋があり、そこから途中でドロップアウトして各ヒロイン個別ルートに入るシナリオ構成になっていることも影響してるんだろう。ただ描き方は拙かったかなという気がする。精神科に通ってたり不自然なタイミングで頭痛になったりアリバイがなかったりと、ミスリードしていることこそがミスリードになっているのではないのかと疑いたくなるほどに京介が魔王である可能性を提示しすぎて、「魔王の正体は誰か」ではなく「魔王の正体は京介か否か」が主軸になってしまった。そうして物語が進み、五章でいきなり京介の兄が出てくるので思わず「えっ」。私は「勇者と魔王の敵対する者同士の恋愛物語」が見られると思っていたので、尚更恭平の登場には落胆させられた。まあ最終章は文句なしに面白かったんだけども。

タイトル通りクラシック音楽がテーマにもなっており、名曲がアレンジされた BGM やタイトル画面の演出、OP も良かった。特に最終章で流れる「Close Your Eyes」は効果覿面。これはサントラが欲しくなるなあ。もともと好きな曲だったけど、このゲームをやることで「G線上のアリア」がより一層、私にとっても特別な曲になった。

浅井京介

五章までは印象の薄い主人公だったけど、最終章ではハルの将来を思い、悪役を演じてすべての罪をかぶる京介の覚悟に泣けた。そこだけは文句なしにかっこいい主人公だった。

振り返ってみれば、京介は報われることのあまりない主人公だった。妹が死に、父親は嵌められて殺人を犯し、母親と共に暮らすために借金を返すべくヤクザの息子になったのに母親は精神がおかしくなった末に事故死。更にテロリストになってしまった兄の凶行も止められず、やっと魔王の呪縛から解き放たれたかと思えば実はまだ生きていて、ハルを助けるためだけに兄を殺し、八年間も刑務所で過ごさねばならなかった。そして負の連鎖を断ち切るために生きてきたのに出所したらハルが自分をずっと待っていて、更には殺人犯である自分という父親を持つ娘が生まれていたことを知った京介の気持ちは想像もつかない。希望と絶望の両方を味わったことだろう。しかし無情にも物語はここで幕を閉じた。

最終章だけを見るなら、これは父親によって変わってしまった兄弟の話だった。恭平は殺人を犯した実父に、京介は殺人を犯すような義父の影響を受けて二人は殺人を犯した。

宇佐美ハル (CV:かわしまりの)

ハルは可愛かったなあ。あの鬱陶しい長髪も京介への恋心の表れで、京介と初めて携帯電話で話した時や初詣に誘う時も、ハルなりに精一杯頑張っているのがわかって和んだ。しかしハルが魔王に勝てなかったのはそこに理由があったんだろう。魔王は復讐にすべてを捧げていたが、ハルは魔王への復讐だけでなく京介への恋心があった。しかし魔王には叶わなかったが、だからこそ最後にはささやかな幸せを手に入れられた。

先述したように私はハルのシナリオは「敵同士の恋愛」を期待していたので、そういう意味では残念だった。中盤まではハルは京介を信頼しつつも疑惑は捨てきれず、京介もそれを承知の上でハルに付き合っていたのが面白かったんだけどなあ。その面白さを堪能出来たのは椿姫ルートの立ち退き問題周辺あたりだけだった。魔王の正体が兄だと発覚してからは「罠にかけて殺された者」と「罠に掛けられて殺した者」の子供たちという複雑な繋がりが明らかになるが、お互いあっさり許し合ったように思えて物足りない。

しかしハルルートとも言える五章と最終章が一番盛り上がったのは事実。クオリティの高いシナリオは花音ルートだったと思うけど、『車輪』ほどの飛び道具はないもののハルのシナリオも派手で面白かった。あの何とも言えない結末も好み。

浅井花音 (CV:河合春華)

シナリオの完成度が一番高いのは意外にも花音ルートだった。矮小でどうしようもなく、かといって悪人とも言えない郁子のキャラクタ描写が秀逸で、花音への台詞の数々から感じ取れる郁子の押し付けがましい歪んだ愛情にはモニタ前の私もイライラさせられた。特に花音がメダルを取れないようなら死んでしまうかもしれないと示唆したり、花音を庇って車との衝突事故があったように振る舞い、あまつさえ花音を突き飛ばした時に花音の足に怪我を負わせるというどうしようもない展開が酷かった。これは生半可な母娘の愛情表現で解決出来るような代物じゃないし、だからこそ結末が気になってたんだけど、結果としてはほぼ綺麗に締められていて満足した。最後の花音の渾身のスケートの描写にも迫力があったし、るーすぼーい氏のテキストが一番輝いていたようにも思える。

肝心の花音についてはちょっと食い足りない感が残る。母親との複雑な関係はしっかり描写されていたし、普段はのほほんとしている花音のスケートに対する姿勢にも権三の娘だけあって並みならぬ覚悟を感じ取れたけど、京介との描写がなさすぎる。椿姫シナリオでもそうだったけど京介の影が薄い。花音を慰めるように初めてセックスをするシーンも唐突で、血が繋がってないとはいえ兄妹としての葛藤もないし、何より何故あの場面で二人が体を重ねなければならなかったのかよくわからなかった。

美輪椿姫 (CV:紫華すみれ)

素朴で純真で優しくて騙されやすい少女を好きになることはあまりないが、椿姫は好意的に見れた。特に尖った個性もなくよくある「いい子」の記号を詰め込んだキャラクタなのに、その記号がしっかり描かれていたためか椿姫を素直に可愛いと思えた。魔王によって俗な女の子に変わっていく椿姫からは魅力を感じられず、もったいないなと思えるくらいには。俗に染まっていく椿姫を救ったのが京介ではなく、椿姫の写し鏡のような存在だった広明だったのも面白かった。そして一度は俗な女の子に堕ちかけたことで成長し、椿姫は更に魅力的になっていくのがたまらなかった。本当に可愛い女の子だった。

ただ、立ち退き問題以降は椿姫を含めた美輪一家に苛々させられた。住めば都とも言うように、住んできた家にそこまでの愛着を持つ感覚が私にはないので入り込めない。美輪一家にとっても土地を手放せばメリットは大きいのに、それでも頑として動かない美輪一家に苛立ちが集中した。さすがに京介の酷いやり方を認めるわけにはいかないが、京介にも京介の事情があって後に引けない状況に追い詰められてたし、美輪一家がもっと早くに折れてくれれば全部あっさり解決出来たのに、という思いもある。椿姫の父親が親戚から大金を借りて、せっかく終わりそうだった立ち退き問題が蒸し返される時に至っては心底から閉口した。あーまだやるんですかソレ、みたいな。

ただ、最後の京介と権三との対峙は面白かった。権三にとって京介がまだ利用価値があることを突き付けることで乗り切った、という展開が京介と権三の特殊な親子関係を如実に表しているようで納得のいく着地になっていた。

白鳥水羽 (CV:海原エレナ)

水羽のシナリオというよりは水羽とユキのシナリオだったけど、内容は微妙。水羽がツンデレなのはともかく、デレてからはツン要素がなくなったので私にはどうでもいいヒロインになってしまったし、ユキの失踪後はいきなり三年が経過して水羽がユキを模倣するように成長していてついていけなかった。力で父親を脅そうとしていたユキと言葉で父親に謝罪させた水羽、という対比も描写が足りないから説得力がない。そもそものユキの失踪が唐突過ぎて、ユキが作者にとって都合のいい駒になっていたよーな印象を受ける。

相沢栄一 (CV:金田まひる)

エテ吉は良い悪友キャラだ。日常シーンで飽きなかったのは栄一が活躍してくれたからだよなあ間違いなく。バカバカしい部活シーンは楽しかったし、獄中の京介に宛てた手紙も稚拙な文章から京介への思いやりに溢れており、あの数々の面会シーンで一番涙腺を刺激された。中の人は女性だけどエテ吉のキャラクタにハマっていた。

時田ユキ (CV:北都南)

印象に残らん。突然現れていきなり水羽の異母姉だと判明するので、シナリオを構成する上での作為的なキャラクタにしか感じられなかった。交渉術も橋本とは演技だったから問題外だし、西条とのやり取りからも特別ユキが有能だとは思えなかった。魔王の手下としても中途半端で、ハルや水羽との繋がりや父親への憎悪も十分に描かれていない。

浅井権三 (CV:居口伝衛門)

結局、魔王と対等に渡り合えていたのは権三だけだったなあ……。『車輪』でいう法月のようなポジションにいるキャラクタで、共感出来るかどうかはさておいて出番は決して多くはないはずなのに存在感は抜群。

問題は権三が京介を庇って死んだ理由で、少なくても情が沸いて庇ったとは思えない。もしそうだとしたらこれまで描いて来た獣の王としての権三のキャラクタを台無しにしてしまうし、やり切れない結末を描いたるーすぼーい氏がそんな安っぽい理由で権三を死なせるとも思えない。じゃあ何故権三は京介を庇うようなことをしたのか。それは今際の際の権三とのやり取りが最後まで金の話だったことと、その後のセントラル街での京介の覚醒の様子から見るに、権三は跡継ぎとしての素養を見出していた京介に「最良のやり方」で自分のすべてを継承させたかったのかなと。それは魔王が自分を狙っているところに京介が出てくるあのタイミングしかなかった。京介を庇う意味もあったと思うが、父親として息子を庇ったのではなく、後継者を失いたくなかったからではないのか。

鮫島恭平 (CV:ほうでん亭らっぱ)

五章で存在が明らかになり、凄絶な人生を送って来たことが語られるが、ラスボスとしての魅力はない。敵の存在する物語で一番重要なのは敵がブレない点にあると思ってるんだけど、その点において魔王は正体ですらブレまくっていたのが痛い。だから恭平が父親を解放するためだけに人生のすべてを捧げてきたのだと言われてもピンと来ない。父親の無念を感じ取ったのはわかるが、テロを起こす動機としてはちょっと弱いかなあと。

声は発売前から散々言われていたようにルルーシュでした。ルルーシュというかゼロ。