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Diary

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『幸天』は日記の使い方が巧くないな、という感想を書いて間もないうちに同じブランドの処女作『Diary』をプレイすることになるとは思いもしなかった。でも予想以上に楽しかった。これはヤンデレを記号化させず真摯に描いた誠実な乙女ゲー。

サスペンス恋愛アドベンチャーというジャンル名からも察せられるようにヤンデレを扱っているが、ヤンデレが暴走したまま終わるでもなく主人公がそんな相手を受け入れるでもなく、わけがわからないうちに改心するでもなく超展開を持って来るよーなウルトラ C もない。じゃあどーするのかというと、二周目で最初からプレイすることで幼少時からじっくり時間をかけて更生出来るように導いて行く。だから一周目は歪んだ家庭環境の中で不安定な子供として育ってしまった零に更生の機会は与えられず(よって選択肢が存在しない)、綾子に執着するあまり綾子の周囲の人間を次々と殺して一直線に惨劇へと突っ走っていくが、二周目からはプレイヤの選択次第で成長していく。更にそんな零を支えるのが綾子だけではなく、零が視野を広げて周囲の人間と関わり、綾子の両親、学校の担任、学校の先輩や友人、古い事件のことを覚えてくれていた刑事など大人の助けを得て徐々に変わっていくのが良かった。やっぱり無力な子供にとって大人の力は必要不可欠だし、もちろん同年代の子の存在も支えになる。要はどっちも必要なんだな、ということでこの展開にはきちんと説得力があった。だからこそ真摯で誠実な乙女ゲーだなあと思えて印象がいい。短い作品なので零の変化を細かく描いてくれているわけじゃないんだけど、必要な部分はきちんと描写されている。逆に贅肉のないテキストでサクサク進んで行くのがまた良かった。展開は早いけど、急激な場面転換の緩衝材として綾子の日記の存在も効いてるっぽい。

ゲームエンジンYU-RIS。元々ボリュームもそんなにない作品なので必要最低限が揃っていれば問題ないけど、スキップが早くプレイは快適。ただ UI は結構メルヘンで、さすがに不穏な展開に入るとオレンジの明るい色から黒に変わるものの、フェイスウィンドウの背景のファンシーなタイトルロゴはそのままなので場面とのギャップがシュール。別に不満ってほどでもないけど、狙ってやってんのかなああれ。

文章は読みやすいけど、綾子視点なのに地の文で父親については「雅人が云々」みたいに表記されて一瞬「雅人って誰だ」と面食らうこともあった。それ以外は問題なし。絵は絵柄より髪の塗りが独特で、細かく影を入れて立体感を出しているのが奇妙。CG が表示されるたびに真っ先に髪に目が行った。良かったのは、一周目で零の本性を綾子が知るシーンまでは CG が表示されない点。衝撃的な場面で初めて CG を持って来るのは狙ってやってるんだろう。音声は演技がアレなんだけど、これはこれで新鮮でいいかなと。名前変換可能だからか音声では「綾子」の部分は空白でそこは最後まで気になったけど。

と、細かい不満はあれどそれらは面白かったからこそ零れたもので、結局は久し振りに女性向けで「いい買い物をした」と思えたのが一番ストレートな感想になる。面白かった。

伊藤綾子

本作は金持ち美少女ヒロインと、モデルの母と金持ちの父を持つ零が恋人になるまでの話だと思うと、なんというか最強カップルだなあこの二人。

綾子は苛々させられることもなく、普通にいい子で概ね好感の持てたキャラクタだった。「りぼん」あたりに載ってそーな漫画の主人公ぽいキャラクタデザインも好み。

花島零 (CV:谷古宇夕真)

零は唯一の攻略対象なので、彼を好きになれるかどうかで作品への印象は変わってしまうけど、結果としてはヤンデレにあまり興味がない私でも零は好きになれた。古賀先輩はいい男だし綾子が惚れるのもわかるんだけど、それでも零に肩入れしたくなってしまったもんなあ。私は基本的に勇者より魔王に惹かれるタイプだし、心の裡に昏いものを抱え込んでいる男には色気を感じるので零を好きになるのも当然だったというか。特に綾子の意識が自分に向いてない瞬間に曝け出す表情や、不機嫌な時の流し目が美味しかった。

ちなみに選択肢次第で成長後の姿やキャラが若干変わるが(シナリオに差があまりないのは残念)、己の醜悪な面を秘めたままの黒髪零のほうが断然魅力的に見えた。見た目が好みってのも大きいけど、幼少時から零を見て来たせいか色々抱え込む零こそが零だと思ったし、単純に金髪姿が好みじゃなかったというのもある。過去の零の境遇を考えると、両親の件や自分自身への見つめ方を考慮してもモデルになって開き直ったほうが精神も健全でいられるんだろうけど、零にはやっぱり開き直れないままでいて欲しい。

金髪零も娘に手を出すのかと綾子の父に問われた時の回答には笑ったけども。

「はい……の否定の否定否定の否定否定の否定、です」

結局イエスと答えているし、実際にセックスしてしまう。ちなみに黒髪零は大学を出るまでセックスはしないそうで、その理由が零らしかった。

「……俺はさ、確実に君の子供が欲しいんだ」

いきなりこう言うので一瞬孕ませようとしてんのか、と思ったけど続きがあった。

「どちらかがいらないと思っていたり、万全の準備ができていない状況では結ばれたくない」

「俺がその失敗を経て産まれたから」

これでようやく納得出来た。つーか自分が望まれて産まれた子ではないから、という理由でセックスに対して線引きして来るところは『幸天』の輝と同じか。あっちは徹底して避妊するタイプで、避妊しない男を心底から嫌悪していたけども。

最後にはどちらのルートでも騎士役と姫役が逆転していたのは可愛らしかった。「勝利の女神」ED だと二人の間に娘が産まれているんだけど、名前が「姫子」だったのも騎士と姫に拘った二人らしくていいんじゃないでしょーか。零が弁護士になるのも境遇を考えれば納得出来た。逆に「騎士の鎖」ED は悪くはないけど、黒髪零ルートのほうが上手くまとまっていて好きだったな。モデルとして活躍出来ているのは何よりだけど、弁護士のほうが零の経験や培ってきたものを活かせる場面は多いんじゃないかな。

古賀竜也 (CV:新藤涼平)

郷田先生とは親戚だったり、幼い頃に零の母親の事件の現場近くにたまたま居たり、零が葛を殺すのを目撃したり、とにかく都合のいい設定や展開が集中していた印象が強い。とはいえ尺の短い作品なので、彼のような存在が必要なのもわからなくはなく。ここはむしろ「一人で色んな設定を背負って頑張っていた」と労うべきなのか。ただ設定はともかく一周目に綾子が先輩に疑惑を抱くきっかけになる「(綾子を連れていこうとする男を)殺しちまうかもな」発言はちょっと強引だったなあ。綾子と別れないなら綾子を殺す、という零の発言を受けての先輩の思わず零れ出た言葉だったんだろうけど、綾子との会話で出すには違和感だけが強く残り、そこだけはほんと惜しかった。

それにしてもしつこい男に絡まれている綾子を偶然助けたり、ヒーローものが大好きで一緒に盛り上がれる貴重な相手だったり、先輩卒業後にかつての先輩と同じく綾子が A クラスになったり、それで先輩のことを考えている時に先輩の残したわかりにくいメッセージに気付いたりと何かと運命的なんだよなあ綾子と先輩。そして綾子は先輩と同じ高校に通いたくて一生懸命に勉強して合格しているので、運命に頼るばかりでなくちゃんと努力もしているしそんな二人はお似合いだとも思う。しかし零はそれを許さなかった。

印象的だったのは綾子と先輩が好意を伝え合うシーン。見ているこちらが猛烈に照れた。

「……お前は、俺のホワイトだ」

いや、まあ、その、なんだろな微笑ましいというよりやっぱり照れると言うか……。

伊藤雅人 (CV:成澤卓) & 伊藤幸 (CV:高木えりか)

いくら零が可哀想な子でも、するっと家に置いて面倒まで見る伊藤家ってもしかしてとんでもない金持ちなのでは……と疑問に思ってたら案の定だった……。

水野大 (CV:木村大介) & 黒澤リコ (CV:立石めぐみ)

リコは玉の輿じゃないですかおめでとうございます。

後半にはリコが葛に強姦されそうになるが、その後の様子は描写された部分だけを見るとタフで驚いた。リコ以上に大ちゃんがダメージを受けている、てのが地味に来た。

郷田光秀 (CV:林友博)

公式でキャラ紹介を見た時は「もし攻略対象だったら事前に仕込んでおいたバイブを授業中に起動させてヒロインの反応を見て悦に入ってそーだ」とか結構酷いイメージを持ってたんだけど、めちゃくちゃいい先生だった。18禁乙女ゲーに毒され過ぎていた。

「一つしか見えない視野の狭い人間は、大概相手も自分の世界に引き入れようとする。しかも失敗した時は他に道が作れないから、全部が終わったような気になって相手を攻撃しはじめる」

このお言葉はごもっともなんですが、小学生に言う台詞じゃぬぇええー。いやまあ肝心の零は頭がいいというより早熟なので理解出来たっぽいけども。

葛刀吾 (CV:山田隆寛)

一周目は殺人を犯すのは零だけなんだけど、零の母親の事件の真犯人が用意されることで二周目以降もサスペンス要素が加わり、緊張感が生まれて面白い作品になったんじゃないでしょーか。私としてはもーちょっと濃いサスペンス的展開を期待していたのでそこは物足りない部分もあったけど、これは零の成長物語なのでしゃーなしか。