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『ToHeart PSE』感想

http://aquaplus.jp/th/pse.html

描かれているのは学園恋愛物語の王道で、ごくごくありきたりな日常シーンの詰め合わせになっているんだけど、作品世界の空気があまりにも心地良かったので、意外にも最後まで楽しく読めた。何でもない些細なやり取りや、寝る前の浩之のモノローグが身近に感じられるというか、そういう日常感を丁寧に書いているところが良かった。

攻略人数は多いけどコンパクトに纏まっているから一周が短いし、テキストの読みやすさも相俟ってサクサク進む。絵は癖が強いけど、好きな絵柄だったので問題なし。システムは最低限の設定項目しかないが、それで困るようなゲームでもないし何よりスキップが早い。ギャラリーが見づらいのがちょっと気になったくらいか。

内容に意外性はないけど起承転結がしっかり描かれているし、キャラクタもみんな個性的でちゃんと立っている。王道っていいもんだな、と改めて実感させてくれた作品。

いくつか収録されているミニゲームは全部一度プレイしたきりなのでノーコメント。

藤田浩之

これといった強烈な個性はないんだけど、ヒロインを動かすだけの行動力はある。概ね健全でまともな思考を持っており、苛立つこともない理想的な主人公だったな。先にも書いたけど、寝る前のモノローグを読むのが地味に楽しかった。

神岸あかり (CV:川澄綾子)

プレイ前は「あかりと言えば毎朝主人公を起こしに来る幼馴染み」というイメージがあったんだけど、実際には違った。あかりは登校中に浩之と待ち合わせて一緒に学校へ向かうけど、毎朝起こしに来ているわけではないらしい。浩之が寝坊していれば家まで来ることもあるけど、鍵を持ってはいないのでその時は家の外から呼びかけている。

ということで「毎朝起こしに来る幼馴染み」という認識は間違っているんだけど、そう勘違いさせるほどにあかりには王道ヒロインの原点としての風格がある。普通の女の子で普通の幼馴染みなんだけど、この「普通」が絶妙。プレイ前はよくある萌えヒロインとして舐めてかかっていたのに、実際にプレイしてみるとあかりの幼馴染みヒロインらしさが丁寧に描かれていて好感触。捻くれ者の私でも、素直なあかりを見ていると和んだ。

シナリオも王道かつ丁寧で良かった。あかりの髪型が変わって二人の関係が徐々に変化して行くのが、見ていてもどかしいような微笑ましいような眩しいような。男子の間で人気が出てあかりに告白しようとするクラスメイトまで現れて、急速に浩之の中であかりへの気持ちが強くなって行くあたりなんてもうくすぐったい。そして互いの気持ちに気付いていながら一歩を踏み出せず、ようやくキスをして二人の関係が変わるのかと思いきや、一線を越えようとしたところで些細なことでこじれてしまう。これが本当に些細なことで、他のヒロインならそこまで深刻になるよーな問題ではないんだろうけど、浩之とあかりのこれまでの時間と関係を思うと、二人にとっては大事件だったのだと納得できた。出来るだけの描写があった。そしてあかりの告白がまたいいんだよな。

「私は浩之ちゃんが好き。それに浩之ちゃんのことを好きな自分も好き。こんなふたりが大好き!」

ストレートであかりらしい言葉を聞きながら、この子は本当に可愛いなと思った。

というわけであかりのキャラクタとシナリオ、どちらもありふれた設定と展開なのに予想以上に気に入った。なんでもないイベントの数々にいちいち感動出来るってのはすごい。

長岡志保 (CV:樋口智恵子)

こういう喧しい女の子はしんどい。琴音や委員長のネガティブな噂をべらべらと得意気に話すのもマイナス。志保の噂話は各ルートできっかけになることもあるので必要なのは理解出来るけど、もうちょっとスマートな方向でお願いしたかった。

シナリオも特に面白いわけでもないのがアレ。浩之を想うあかりに遠慮して自分の気持ちを封じていたのに、浩之から告白されたことでこれまで誤魔化していた浩之への想いを認めて付き合うのはいいんだけど、その後の展開がダイジェストで進むのであまり印象に残っていない。卒業後は浩之、あかり、志保、雅史の四人の関係が崩壊することを恐れ、どうせ壊れるくらいなら自分で壊してしまおうと勝手に関西の短大に進学。これにはあかりへの罪悪感もあったのかな、と納得しかけていたところに浩之の元に戻って来てあかりに恋敵宣言。ここで浩之が志保を友達思いのいい女だなみたいに綺麗にまとめて感動していたのが、自分でも理由がよくわからないけどもんのすごくイラッと来た。それよりも、浩之とあかりの間にそれなりの進展があったらしいことのほうが気になる。

HMX-12 マルチ (CV:堀江由衣)

泣きゲーというジャンルが生まれるきっかけを作ったシナリオらしいけど、結末は予想がついたしマルチの在校時間が短いせいもあり、残念ながらそこまで強烈な感動は得られなかった。マルチが帰ってこなかったほうが物語としては美しかったと思うし、そちらのほうが好みだったせいもある。

ただ、マルチの可愛さは伝わって来たし、人気が高いのもよく理解出来る。基本的にはドジっ子アピールはイライラさせられることが多いけど、マルチはイライラしない程度に収まっていたのも良かった。こんな子いるわけないだろってくらいにいい子なんだけど、その点はマルチがロボットだからと考えると違和感なく受け入れられる。

ところで開発主任の長瀬とセバスチャンは何らかの関係があるんでしょーか。あと浩之がたまたまかつてのマルチのボディを買っていたのは偶然なのか、浩之が探し当てて買ったのか、それとも長瀬が仕組んでいたことなのかが気になる。

保科智子 (CV:久川綾)

面白かった。委員長につれない態度を取られても浩之はめげずに声をかけ続け、更にいじめを解決に導く。終盤には初期の委員長の態度の背景が語られ、それをきっかけに結ばれる。シナリオ量はそれほどでもないのに、短い時間の中で二人の自然な関係変化がきちんと描かれていた。委員長が苛められるのは委員長にも悪いところがある、と浩之が冷静に判断しているのも良かった。苛めていた三人組はやり過ぎだったが、委員長のようにツンケンしている子がいたらそりゃ不愉快に思うだろうなと。いじめを解決してから委員長があっさり態度を軟化させたのは拍子抜けしたが、これ以上丁寧にやっても間延びしそうだしこれで良かったのかもな。私服姿の委員長を見かけるシーンも、眼鏡を外すと雰囲気が変わるというベタな設定なのに破壊力が凄かった。終盤の委員長が片思いをしていた男の子のエピソードはドラマティックで盛り上がったし、浩之と委員長が結ばれるまでの展開としても無理がなく、ベッドでの会話もエロくていい。しかし委員長の神戸の友達関係は浩之、あかり、志保の関係に通じるところがあり、特に志保ルートの「あかりに隠れてこっそり付き合う展開」なんかはそのまんまなのがまた……。

他に印象的だったのはやっぱり「ヤック」「ヤクド」議論と、あとはゲーセンでクレームつけてた件とか。どんなにムカついても筺体を蹴るのはよろしくない。

来栖川芹香 (CV:岩男潤子)

声が小さすぎて聞き取れない先輩の台詞を、浩之が代弁することで成立する独特の会話を延々堪能するだけのシナリオ。はっきり言ってつまらなかった。オカルト方面も印象に残るよーなイベントは殆どないし、過保護に育てられて来たせいでこれまで友達のいなかった先輩が浩之に惹かれた理由もよくわからない。セバスチャンはいい味出してたと思うけど、中盤で唐突に浩之を認めるのが残念。先輩の過去を語らせたかっただけなんだろうけども。身分差の問題も、本当に効くのかわからん先輩による黒魔術で誤魔化された感がある。何よりお嬢様よりセバスチャンが印象に残ってしまうあたりがアレ。先輩の影が薄いのは、台詞が少ないからってのも大きいよな。三点リーダですら無音。先輩は可愛いだけに勿体ない。普通に喋らせてやれば良かったんじゃないか。

辛うじて印象に残ったのは先輩が浩之に待ちぼうけを食わされる場面と、互いに惚れているのがわかりきっているのに惚れ薬を飲んじゃう場面あたり。

宮内レミィ (CV:笠原留美)

陽気で明るいレミィは可愛いけど、これまたシナリオは微妙。奇抜なレミィの家族による寒いギャグ無双がキツかった。おまけに終盤にはこれまで大きな関わりなんてなかったはずのあかり、志保、雅史を何故かパーティに誘うもんだから、寒いギャグを再び見せられるのがしんどかった。浩之の勘違いも違和感があるし、そもそも何故レミィだけが日本に残っているのかもよくわからない。喫茶店でバイトしている設定や、実は幼い頃に出会っていたという過去も上手く使われていなかったのが勿体ないよーな。

松原葵 (CV:飯塚雅弓)

坂下との決闘に備えて延々二人で特訓するだけなのにテンポよく進み、おかげで一切ダレなかったのがすごい。特に話が面白いわけじゃないんだけどな。格闘話ばかりで色気も何もあったもんじゃないし、恋愛っつーよりスポ根だった気がしなくもないけども。

早坂との勝負がついた後は、デートしたり修学旅行中の浩之に会えずに寂しがる葵が見れたり互いにストレートな告白をしあったりと、これまでの薄かった恋愛要素を巻き返すかのよーなイベントが一気に放出される。でも可愛い葵が見れたし、こうして書き出してみると自分で思っていた以上に葵ルートには満足していたんだなと。

姫川琴音 (CV:氷上恭子)

持て余している厄介な超能力をどうにかすることに終始しているシナリオで、それほど面白いわけでもなかった。クラスメイトに超能力のことを知られる展開も、霊媒云々の誤解が解けて終了で拍子抜け。もっと気味悪がられたり悪い意味で騒ぎになったりと、とにかくろくなことにはならないと思ってたんだけどな。それはそうと理由があるとはいえ女の子にボールをぶつけるのは NG。怒った志保は正しい。

しかし悲しそうな表情をしていることが殆どなので、ふとした瞬間に見せる笑顔にはぐっと来たし、最初は浩之を避けていた琴音が後半には自分から声をかけるようになった時は少し感動もした。ベタではあるけど、やはり頑なな少女が心を開いて行く様を見るのは嬉しい。これで話がもーちょい盛り上がってくれれば良かったんだけども。

クリスティン・ラッセルは吹いた。そいや琴音の絵を描くのが好きだという設定、なんかの伏線になるんだろうと思ってたのになんもなかったよーな。

雛山理緒 (CV:大谷育江)

隠しキャラの割に、結構イベントがあったのは良かったんじゃないでしょーか。着ぐるみを着てバイトしている最中に偶然浩之に会い、挙動不審になるエピソードでの立ち絵には和んだ。しかし貧乏設定はともかく、不幸体質云々は別にいらなかったんでは。

来栖川綾香 (CV:岩男潤子)

心底つまらなかった。恋愛描写があっさりしてるのは別にいいんだけど、私自身が格闘技に興味がないので綾香に延々挑戦する展開は退屈すぎる。葵ルートのようにテンポ良く読めるならまだ良かったけどそれもない。綾香の過去エピソードは面白かったけど、後はどうでもいいシーンばかりでダレた。綾香のキャラは気に入っていただけに残念。

佐藤雅史 (CV:保志総一朗)

優しくて穏やかで健全なサッカー少年、という普通の親友キャラなんだけど、ギャルゲの主人公の親友キャラにしてはちょっと珍しいタイプかもしれない。好きな女の子についての会話があったけど、もしかしてその相手はあかりなんでしょーかやっぱり。