Antipyretic

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大正×対称アリス epilogue

http://www.primula.jpn.com/taishoalice/

『ep3』続編にしてシリーズ完結編。これまでは『大正×対称アリス』という作品を楽しめているのかそうでないのかが自分でもわからず悶々としてたんだけど、やっぱり最後まで絶賛できなかったもののここに来てようやく「プレイして良かったかな」とは思えるようになった。

といっても『epilogue』がこれまでの印象を覆す出来だったわけではなく、むしろタイトル通りエピローグしかない。シリーズのどのエピソードでも最後に必ず書いていたあらすじを、『epilogue』では『大正×対称アリス』のあらすじとしてアリステアの過去を時系列に追いつつ、百合花とアリステアの結末を描いているだけ。つまり答え合わせの章。けどキャラクタにはそれなりに愛着が湧いて来た。

今までは百合花(というかありす)を始めとしてキャラクタはみんな面白いと思いつつ、魅力という点では弱いなと感じていた。そもそもキャラクタデザインにもあまり惹かれなかった。でも四作読み続けてきて彼らを徐々にいいなあと思えるようになっていった。つまり登場人物に付き合ってきた時間が影響した。分割販売形式だったから次の新作が発売されるまでに数ヶ月の空きがあったけど、それらを含めてそれなりの時間彼らを見つめてきたような気持ちになって、それがじわじわと効いてきた気がする。だから分割ではなく纏めてプレイしてたら印象も違ったのかもしれない。

シナリオに触れるなら、最初から最後まで夢の世界の物語として貫徹してくれたのはシンプルで良かった。目的はアリステアを夢から目覚めさせることだけど、それはあくまでもゴール地点であって現実世界はこの作品においては「舞台の外」でしかなく、メイン舞台は鏡の国。それもアリステアが夢から覚めたら「はい終了」にはならずその後も続くのが意外で面白かった。それでも前回の感想でも書いたけど、藤文氏には次の新作ではこういう要素を抜きにして書いて欲しいなあと思ってるけど。

しかしデモクラシーってまさかタイトルの「大正」ってこのことじゃないだろうな、と危惧してたら本当にそうだったからズコーてなった。まじかよ……まじかよ……。いや一応他にも喫茶店の内装が大正時代のものだとか申し訳程度の大正要素はあったけど、あの話し合いで「対称デモクラシー」て言われても「ええー」としか。

それと文章はやっぱりくどいけど、もっとくどい文章を書く人を何人も知っているからそれはもういいとして、文章以上に構成がくどいのがマイナスになった。特に百合花視点で綴られる「もうひとつの物語」は、アリステア視点と上手く交互に描写していけば良かったんじゃないかなあ。私は百合花に興味があったので百合花視点があったことは最初は嬉しかったけど、さすがに知っていることを何度も読ませられると疲れる。

結局いつも通りうだうだ書いてしまったけど、最終的には『大正×対称アリス』は面白い作品ではあったかなと思った。あと改めて乙女ゲーの本質を突いた乙女ゲーだとも。そこも含めて「王子様を救う歪なお姫様の話」として面白く読んだ。

有栖百合花

前回の感想で「緊急措置が必要だったのは男の子のほうだった」と書いたけど、本当に緊急措置が必要だったのが実は女の子のほうだったことが明かされるのは面白かった。百合花のほうが必死で、精神的にボロボロだったのがもう……。

「……流石、淫乱あばずれ尻軽腐れビッチだな。またがけエンディング狙いとはどれだけ強欲なんだ」

アリスのこのような発言は何度か出てくるが、実は的を射ている。百合花はアリステアのすべての人格を愛し、全員を幸せにしようとしたんだから。でもすべての人格はアリステアの一部でアリステア本人に違いないし、百合花はアリステアという一人の人間を愛しただけ。だから彼女は一途でもある。

しかしどの人格も愛してるけど自分の身は一つしかないから、と愛を分割して全員を救う百合花には驚かされた。てっきり全員を愛しているからこそ人格を統合させるんだろうと思っていた。でも違った。これまでのエピソードをずっと読んできて、ありすの力技にもほどがある救い方に呆れたり驚嘆したりしたけれど、それ以前に百合花の「全員を救う」という前提こそが更に滅茶苦茶な力技だった。これには呆れた。けどすぐに百合花らしいなと思った。そしてやっぱり乙女ゲーの在り方そのものだな、とも思わされた。自分の代替えであるヒロインを用意して全員をハッピーエンドに導いて救う。この図は乙女ゲーでフルコンプを目指すプレイヤの姿そのものじゃないですか。

印象に残っているのは「最悪のエピローグ」ED。ありす(百合花の影)ならアリステアの人格として表に出てくることはあるんだろうなと思ったら案の定。好きな人のためなら手段を選ばないのが百合花だから、その百合花から生み出されたありすもまた手段を選ばない。今回はアリステアを救うために動いているから、アリステアにとって害にしかならないのなら百合花を排除する。百合花も死を受け入れる。それはアリステアのためでもあったし、アリステアを救おうとして失敗ばかりで疲れ果ててしまったせいでもある。これが一番納得の行く結末だった。面白かったのが、ありすが百合花を手に掛けたのはアリステアに恋をしているからだと思えた点。異常な思考回路で異常な行動だと思うのに、ありすはそう定められて生まれた存在だから異常でも恋には違いないと思える。一方で百合花はやっぱり恋というより依存としか思えなかった。この二人の有栖百合花の微妙な違いが面白かった。しかし百合花を排除するのに「死」以外の選択肢がないあたりがもう。遠くにやるとか忘れさせるとかそういう生温い選択肢はないのなー。そこも色んな意味で百合花らしいし、百合花から生み出されたありすらしいとも思った。まあアリステアのためだけに海外からぽーんと飛んでくる子だからなあ百合花さんて……。

「もうひとつの物語」で印象に残ったのは、百合花がアリステアを救うにあたって家族を信用してない点。文字通り彼女はアリステア以外の存在を駒としか見てないし、言ってしまえばアリステアを救うことに対して本気になれない家族を「役立たず」だと判断している。親は忙しく兄も疎遠で、孤独な暮らしをしていたらしいからそのことも影響しているんだろうけども。一方、アリステアは最後まで母親を信じていたことを思うと切ない。

ヒロインはあくまでもありすのほうで、百合花が「舞台の外」の登場人物なのはわかってるんだけど、やはり百合花の話ばかりになってしまった。

アリステア (CV:松岡禎丞)

ぶっちゃけアリステアとか今更出してこられてもきょーみねーって感じだったけど、ちゃんとアリステアのことを描いてくれていたので最後には彼に対しても愛着が持てた。百合花の異常性は共感し辛いが、アリステアの弱さはわからないでもなかったからそのせいもあるかな。例えばアリステアは百合花の前では「アリス」を演じていたが、好きな人の前で格好良く振舞おうとするのは自然なことだし共感できる。そして百合花と再会した時に覚えてないふりをしてしまったのもわかる。強くなった百合花をみて「彼女は苦手だ」と思うのも。アリステアは「アリス」を演じることですぐ泣く女の子の王子様でいられる自分の自尊心を満たしていたから、DID を自覚してしまった後では惨めになるしかない。でも百合花が強くなったのは他でもないアリステアのおかげなんだよなあ。皮肉。

しかし鏡の部屋に入ってからの魔法使いの説明はいらなくね? アリステアが目覚めたら即学級会で良かったんでね? でも先述したように彼の出した結論は良かった。それぞれの人格にとってそれぞれの百合花と過ごした記憶が何よりも尊いと思えるのは、同一人物でも記憶が異なるだけであれだけのキャラクタをその身に有しているアリステアを見てきたからで、つまり個性は記憶によって培われていくし、だからこその唯一無二。

しかし彼は目覚めた後のほうがたいへんだろう。相手があの百合花だしなあ……。

シンデレラ (CV:平川大輔)

シンデレラはいい人だし魅力的だとも思うけど、みんなのお兄ちゃんやってる時のほうが好きかもしれない。いやほらまあ中の人的にもお兄ちゃんがしっくりくるというか。

赤ずきん (CV:前野智昭)

赤ずきんが百合花のふわふわの髪でもふもふする気持ちはよくわかる。私も『ep1』の感想でも書いたようにあの髪が好きだったからふつーに羨ましかった。

かぐや (CV:増田俊樹)

辛いことを押し付けられた人格として主人格であるアリステアを責めるキャラクタは出てくるだろうなと思ったけど、それがかぐやだったのは印象的だったなー。

グレーテル (CV:江口拓也)

「シンデレラ編」の世界で「義姉さん」に拘るグレーテルは可愛かった。チョップするのも可愛かった。あとありす(=百合花)のことをクレイジーな人だと言ってたのが笑……えないか。振り返ってみれば「グレーテル編」が一番百合花の愛し方の異常さが出てたもんなあ。まあ百合花のせいでグレーテルが誕生してしまったので当然なんだけど。

白雪 (CV:蒼井翔太)

「白雪編」の結末を見て、真実を知っているのが白雪だけなのは孤独だろうし少し可哀想に思ってたんだけど、最終的にはみんな白雪と同じ地点に立ったのは良かったのかも。

魔法使い (CV:羽多野渉)

魔法使いは可哀想だった。BAD ED は最悪の結末だし、HAPPY ED は HAPPY ED で自分に勝ち目なんてなかったことをこれ以上はない形で突き付けられて絶望する。話し合いの後の別れのシーンで一人だけずっと仏頂面なのがもう切ない。でもどれも萌えた。

魔法使いには「有栖百合花だけを自分が一番愛している」という自負があって、きっとそれが百合花から与えられたもの以上に彼にとっては重要。だからありすの存在を簡単に受け入れるわけにはいかない。でもありすは百合花の影で百合花の一部には違いないし、何より魔法使いの存在を認めて肯定してくれる第二の存在でもある、てのが萌える。しかし彼には失恋の悲しみを引き摺りつつ、やっぱり百合花を忘れられず、でもありすというそばにいる希望に救われながら、それでも結局は百合花を思い出して苦しんで、苦痛と心地良さの間でずっとたゆたっていて欲しいなあ。

しかし百合花とはセックスしてませんでした、というオチには驚いた。でもこれはこれで魔法使いが一体どんな気持ちで百合花とセックスした振りをしたのかと思うと萌える。

アリス (CV:松岡禎丞)

最終巻にしてようやくアリスを「ウザい」と思うばかりではなくなった。でも最初のアリスとのやり取りが再現された時は今読んでも Uzeeeeeeee!! ってなったから私はやはり序盤のアリスは好きではないらしい。屁理屈王子様なのは別にいい。でも彼はしつこいのがよろしくない。そこさえクリアできれば受け入れられた。ああいうタイプが恋をすると可愛くなると思ったし、実際キスシーンは可愛かった。

アリスは最初アリステアのイマジナリフレンドを疑ってたんだけど、微妙に違った。アリステアの中にはたくさんのキャラクタが住んでるけど、シンデレラ、白雪、赤ずきん、かぐや、グレーテルは逃避から生まれた存在で、魔法使いと百合花はアリステアを救うために他者によって意図的に生み出された存在。しかしアリスだけはどちらにも当てはまらない特別な存在。彼はアリステアのペルソナだったから。

ところで立ち絵で百合花と二人で並ぶと、百合花のほうがちゃんと背が高いのは笑った。ほんとちっさいのね彼。

オオカミ (CV:花江夏樹)

オオカミの呼ぶ「あっちゃん」は、オオカミが初めて出会った赤ずきんへの呼び方だからやっぱり「赤ずきん」の「あっちゃん」で合っていたらしい。DID のことを知ってからは「アリステア」の「あっちゃん」にもなったんだろうけど。

しかしオオカミくんて現実世界における魔法使いのポジションに近いんだな……。空気を読んで色々と百合花をサポートをしてくれる。彼は彼で百合花が好きらしいけど、でも敢えて百合花の駒になってくれている。百合花がオオカミと友達になったのは「孤独なアリステアのための、同性で同じ年頃の優しくて明るい友達が欲しかった」から。彼女はオオカミの駒としての有能さを瞬時に嗅ぎ取ったからこそオオカミと友達になった。

猟師 (CV:橋詰知久)

アリステアは百合花を救ったけど、白雪も諒士にさり気なく道を与えるきっかけになったりして兄のほうも救っていたのはなんかいいよね。だから兄妹は揃ってアリステアを助けようとするが、おかげで兄の正常さと妹の異常さがそれぞれ出ていたのは良かったんじゃないでしょうか。