Antipyretic

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大正×対称アリス episode III

http://www.primula.jpn.com/taishoalice/

『ep2』続編。やはり私はこの一連の作品を絶賛出来ないらしい。恐らく最後まで絶賛出来ないんだろうなあ。けどダレたこともあったけど、読了後には「楽しかった」と言うことは出来た。とりあえず百合花さん最高じゃねーの、と言っておく。

最初に書いておくと、攻略対象が DID であることは事前に知っていた。けどどのようにして真実が紐解かれていくのか、という別の楽しみ方を見出せたのでこれはこれで良かったのかも。

肝心のシナリオに関しては、私は『ep1』をやった時から「これは『死神と少女』を乙女ゲーじゃねえと散々言われた(私はそうは思わなかったが)作者が、それならガチの乙女ゲーを作ってやんよ的なノリで作ったんじゃないか」と邪推していて、ずっとこのシリーズの感想で「真っ当な乙女ゲー」だの「ガチガチの乙女ゲー」だの言ってきたのはこのためなんだけど、『ep3』をやってますますそう感じた。恋愛ゲームは攻略対象が複数いるからこそ何故その人を選んだのか、という「惹かれた理由」を求められる。それを手っ取り早く用意するには主人公が相手を救ってしまえばいい。だから乙女ゲーも男の子との恋愛より男の子を救うことが重要になっているケースが多く「カウンセリングゲー」と揶揄されることもある、とは乙女ゲーをプレイし続けていれば察せられるようになるけど、それを踏まえるとこの作品は乙女ゲーであることが強く意識されているのかなと。

困ったのが藤文氏の文章に対する苦手意識が生まれつつある点。敬体文はただでさえ読みにくいのに、肝心の文章もくどくなってきている。構成もくどい。どのエピソードでも最後にあらすじを書いてくれてるけど、それが親切というか余計なお世話というか。「魔法使い編」中盤の魔法使い視点での魔法使いと百合花のやり取りを終盤にまた百合花視点で繰り返された時もうんざりした。しかし毎回思うけど何故英文は全角なんだろう。見づらいし格好悪くないかなあ。英文を入れるのはいいけど半角にしてくれ……(半角厨)。

それと心の均衡が危うい男の子を夢で救おうとする話は『死神と少女』でやったことと変わらないように思えて、私としては落胆させられた。細部は異なるが、この話は大筋では「夢」を「幻想世界」に、「アリステア」を「紗夜」に置き換えることも出来てしまう。藤文氏の新作としてはもっと違う話が読みたかった。

次は『episode VI』じゃなくて『epilogue』なのが重要なんでしょーか。まあ大方真相は明かされたし、後はアリステアとアリス周辺が描かれるんだろうけども。ただ私としてはこの二人よりも、今回で存在が明らかになったものの描写が少なかった百合花本体のほうに興味があるので彼女を掘り下げて欲しい気持ちが強い。

有栖百合花

百合花は乙女ゲーの主人公にしてはなんというかアンコントローラブルなキャラクタで、なのにコントロールされた存在であることが示唆されていたのが面白かったんだけど、そんな百合花という駒を作り上げた現実の百合花本体に一番惹かれた。

このシリーズは毎回そうだけど攻略対象より百合花が印象に残る。百合花の異常さを書くために攻略対象が用意されているように見える。もっと言うと、私は「王子様を救う話」ではなく「王子様を救う異常な女の子の話」として読んでいる。

でも「王子様を救うおとぎ話」というコピーに偽りはない。恋をする話じゃなくて救う話であることが重要で、だから百合花の影は相手に惚れる。恋をしたから救うのではなく、救わなければならないから恋をしなければならない。でもそれは現実の百合花本体がアリステアに恋をしていたという前提があってのことで、百合花の影がアリステアの人格に惚れるのは必然。そこは納得出来た。ただ、ここまで来るともう「カウンセリングの暴力」に見えてくるんだよなあ……。そこがゾクゾク出来て面白くはあるんだけども。今回の話を含め、今まで紡がれてきた物語は全部乙女ゲーとして綺麗に纏められているけど、眠っていたアリステアが歪んだ女の子の我儘によって強引に夢の底から引っ張り上げられてしまったかのような、ゾッとした空気を感じてしまう。

現実には百合花という歪んだ女の子とアリステアという弱い男の子がいたけど、緊急措置が必要なのは男の子のほうだったから、一番歪んでいるのは百合花なのに百合花が救う側に回らなきゃいけない状況になってしまい、そうして「歪んだ乙女ゲーヒロイン」が誕生してしまった。それが『大正×対称アリス』という作品なのかなあと。

百合花の駒として一途に相手の男の子に恋をして救おうと動く百合花の影もいいけど、それ以上にアリステアを救うためなら手段を選ばない女王の百合花本体が魅力的。今までは百合花に対してピンとこないところがあったけど、魔法使いを利用してでも救おうとする百合花の残酷で反則なところを知ってからはようやく百合花というヒロインの輪郭が明確に見えた気がする。でも百合花のアリステアへの想いは恋というより依存ぽい。恐らく百合花の影のほうが「恋らしい恋」をやっているんじゃないかな。皮肉にも。

「ありす。君は凄いよ。君はどの人格とも仲良くなれる様に、彼らが望む都合の良い女の子を演じている」

魔法使いが百合花に対して投げたこの台詞は、乙女ゲーの真実を突いているように思えて印象深かった。それでも百合花は失敗してしまった、てのがもう最高。

しかしこれでもまだ絶賛出来ないのは謎。もー素直に楽しめばいいのに私も。

シンデレラ (CV:平川大輔)

人格の最年長として他の人格たちのお兄ちゃんをやってるのが、なんかこうじわっと来るというかシンデレラお兄ちゃん最高だなまったく。

赤ずきん (CV:前野智昭)

「白雪編」では出番が多く美味しかったんじゃないでしょーか。序盤が「赤ずきん編」の内容と被ってたり白雪を怖がったりと伏線もあったけど、それよりも印象に残っているのは湖まで白王子に会いに行く百合花のために毎晩付き添ってくれるところとか、これまでで一番天然度が高かったところとか、赤頭巾のスペアを持っててそれを百合花にかけてくれるところとか、そんな些細なシーンの数々だった。

かぐや (CV:増田俊樹)

白雪に振られたと思い込んで凹む百合花を慰めようとして余計な茶々をグレーテルに入れられてかぐやが怒るシーンとか、喫茶店の客足が途絶えてきたために対策を練るシーンのかぐやとグレーテルのやり取りには笑った。「白雪編」で一番楽しい時間だった。

グレーテル (CV:江口拓也)

緑は不人気だからと自虐するシーンは吹いた。私は好きだぞうグレーテル。年下キャラクタって滅多に惹かれないのに何故グレーテルが好きなのかというと、彼はガチで拗らせているから。基本的に根が健全で真っ当な子が多いんだよなあ年下系。だから面倒なキャラクタが好きな私にはその時点で好みの範疇から外れてしまう。でもグレーテルは「本気で歪んでいる年下」という貴重な存在だから好きになれた。

白雪 (CV:蒼井翔太)

「白雪編」はとにかく百合花を囲むお兄ちゃんたちが賑やかで、彼らとのやり取りが楽しかった。しかしこの兄弟設定、アリステアの新たな人格として作られたということは百合花も八人目の兄弟と言えるわけで(アリステア、シンデレラ、白雪、赤ずきん、かぐや、魔法使い、グレーテル、百合花、という順)その辺を暗示してたんでしょーか。

白雪についてはすべての真実を知っていて自分一人で抱え込んでしまっていることと、それに連なって母親がクローズアップされていて、ただただ可哀想だったなと。母親もどうにも出来なかったのが理解できるから尚更。せめて理解者が一人でも現れてくれれば違ったのかもしれないけど、アリステアの外見の問題と、この時点でアリステアが自分の中に三人の人格を抱えていたこともあって難しかったんだろうなあ。白雪の零した「生まれてきてごめんなさい…………」という台詞は、幼い子供の口から発せられたのだと思うと遣る瀬無い。一方で美味しいアップルパイは腐った林檎に、麗しい蝶の髪飾りは蛾に、という形で白雪の歪んだ二つの本心が表れる展開はある種の美しさがあって好み。

最後は夢の中で恋人として過ごしている二人が切ない。これまでのシナリオと同じくハッピーエンドではあるけど、白雪だけは砂上の楼閣だと知った上で甘い夢を見ている。悪夢に囚われるよりはまだ楽でいられるのかもしれないけど。

魔法使い (CV:羽多野渉)

要するに最初の医者は ISH(内部救済人格)を作り上げようとしたんだろうけど、それが魔法使いだった。厳密には違うんだろうけど ISH に近い存在で、だからこそ百合花本体に利用される。アリステアを救うために魔法使いの幼い恋をも利用する百合花は、本人も言うように手段を選んでないのが素晴らしい。でも勝手に他者によって作り上げられた存在なのに「失敗作」の烙印を押され、何も持っていなかった魔法使いにとって、百合花から与えられた存在意義は何よりも欲しかったもので、例え利用されても恋が実らなくても利用された挙句に殺されても、それでもいいのだとその傲慢な願いを受け入れる。躊躇もしなかったのがまた……。魔法使いが他の人格を演じても百合花が全部それを見抜いたのはアリステアを愛しているからなのに、そのことが魔法使いにとっては「自分をちゃんと見てくれた」と受け止めてしまうのがもう切ないやら哀しいやらで萌えた。

しかしそんな魔法使いを救う物語もきちんと用意してあるあたり、百合花は本当に酷いというか卑怯というか。魔法使いという王子を救う物語が提供されているから百合花の影は魔法使いを好きにならなければならないし好きになる。魔法使いは女王を愛しているが、彼の役目は「王子様を救う物語」をハッピーエンドに導くことだから、自分が王子様役になってしまったらヒロインである百合花の影に救われなければならない。他でもない女王である百合花の意志によって。でも百合花本体にしてみれば魔法使いのことも愛しているんだろうし、愛情故の措置でもあるんだろう。それがまた尚更酷い話だなあと思わせてたまらないすね。愛情はあるのに「措置」としか表しようがないのがこう……。でも「魔法使いを救う話」としてはこの形で終わるのが最良かもしれない。

でも本音を言うと魔法使いにはずっと苦しんでいて欲しい。絶対に振り向いてはくれない百合花だけを思って。多分これはヒロインである百合花の影と魔法使いの永遠の片思い同士に萌えるルートだと思うんだけど、私は女王百合花と魔法使いの残酷な関係に萌えていた。一方的に利用する百合花と一方的にそんな百合花に恋をする魔法使い。更に契約で肉体関係もある、てのもいいよねー。関係性という意味では一番萌えたルートだった。

百合花の影についてはほとんど書いてないけど、彼女が実は魔法使いのそばにいつもいた黒猫だったというオチには和んだ。この二人の関係も可愛いし美味しいけど、やっぱり私はそれ以上に百合花本体との関係のほうが最悪で萌える。

しかし『ep3』プレイ前はなかなかテンションが上がらなかった。ただ魔法使いは最初から他のキャラクタとは立ち位置が異なっていたのでそういう意味で彼のシナリオには興味があったし、それがモチベーションに繋がってくれた。それと「魔法使い編」序盤はこれまでのルートの簡単な復習になっていて、「白雪編」はともかく他のシナリオは結構忘れている部分も多かった私にはちょうど良かったのかもしれない。

アリス (CV:松岡禎丞)

今回で殆どの謎は解かれたけど、まだわからないのはアリスの存在。もしかしたら彼こそが ISH なのかなと思ったけど違うぽい? 序盤の鬱陶しいやり取りは少しスピーディになっていて、読むほうとしては正直助かった。

オオカミ (CV:花江夏樹)

「あっちゃん」て「赤ずきん」じゃなくて「アリステア」の「あっちゃん」なのかな。

猟師 (CV:橋詰知久)

猟師は療士の言葉遊びだった、てのは正直ズコーてなった。まじかよ……まじかよ……。