Antipyretic

何かありましたら rpd1998★gmail.com まで

大正×対称アリス episode I

http://www.primula.jpn.com/taishoalice/

王子を救う話=攻略対象を救う話ってことで、意外にもド直球のまっとうな乙女ゲーで驚いた。ただし直球は直球でも剛速球。『死神と少女』のような鬼子系じゃなくてももーちょい変化球が来ると思ってたからこれは予想外。そして百合花自身も変化球を持っているが、いざという時に投げて来るのはやっぱり剛速球だった。球が重い上に早すぎて時折デッドボールになってる時もあるけどそれもまたご愛嬌。

ただ、最初に突入した「シンデレラ編」中盤まではなかなか没入できなかった。一日もあればコンプ出来るだろうに三日もかかったのはダレてしまったからで、事前にプレイした人から聞いていた通りスロースタータな作品だなと。そこを乗り越えると後は楽しめたけど、それでも大きな破壊力がなく大人しいように感じられてやっぱり物足りなかった。

読んでいて目に付いたのはメタネタの多さだけど、まあ伏線なんだろうなあ。他にも魔法使いが誰かに語りかける場面が入ったり、序章では地の文で百合花を「貴方」と表現していたのに鏡の国に突入したら百合花視点にシフトしたり、かと思えば百合花の行動を追うと出てくる選択肢ではわざわざ状況説明を添えてまで「貴方はどうしますか」と聞いて来たり、とにかく読者の存在を強く意識している。BAD ED も百合花らしくないミスで到達するから違和感があったんだけど、百合花の選択ではなく読者の選択の結果だと考えると納得は出来た。あくまでも百合花ではなく「貴方」に選択が委ねられてるっぽい。

文章は若干くどい。絵は枚数は少ないけど綺麗で、特に百合花の長い髪のうねりっぷりがもう最高。「シンデレラ編」のダンスシーンの CG なんて百合花の髪ばっか見ていた。音楽もラブジュが担当しているだけあって安定感があるし、作品世界にもハマっていた。そして目を見張ったのが立ち絵の演出。動き自体は地味なんだけど、ギリギリ鬱陶しくならないレベルで細かく指定してある。そしてこの細やかな立ち絵演出は「赤ずきん編」で特に猛威を奮っていた。こうかはばつぐんだった。

というわけで面白かったけど、乙女ゲーとして真っ当だからか私には刺さらなかった。短いながらも恋愛描写は丁寧だしいい作品なんだけど、物足りなさが残る。

有栖百合花

可愛く美しく聡明で強かで一途で女神で乙女でお姫様なスーパーヒロイン。打てば響くような会話を主導する有能型主人公なので、会話劇を楽しめる面白さもあった。いやもーほんと気持ちいいなあ読んでてストレスがないってのは。

好きか否か、と問われれば好きなヒロインだと答える。指をパチンと鳴らしたり首を傾げてかわいこぶってみたりとオーバーリアクションで感情表現は多彩なのに、肝心なところは巧妙に隠しているところなんて特に。賢(かしこ)いというより賢(さか)しいって感じがするところも可愛らしい。でもそれらは全部オプションに過ぎず、百合花の本質は攻略対象にとって都合のいい女の子でいられるところとか度量が広すぎるところとか相手の歪なところを指摘した上で丸ごと愛せるところとか最終的にはちゃんと救うところとか、とにかく「乙女ゲーヒロインそのものの女の子」でいられる点。ただ百合花は乙女ゲーヒロインとしてのステータスをそれぞれ極振りしてあるというか、レーダーチャートを作ったらチャートの枠外で綺麗な正多角形が出来上がりそうな気がしていて、なのに『ep1』はちゃんと面白いのに「普通の乙女ゲーだな」という感想に落ち着いてしまって、それは百合花のポテンシャルが全部引き出されてないからじゃないのかなと。ものすごく歪そうなのにまだそこを隠す余裕があるというか。かといってシンデレラや赤ずきんに対して百合花が手を抜いていたとは露ほども思わなかったんだけども。でも私が本作を物足りないと感じた一因は、恐らくこの点にあるんじゃないですかね。

シンデレラ (CV:平川大輔)

先にも書いたけど序盤はダレた。ただ百合花とシンデレラのやり取りは見ていて面白かったのでそれで乗り切った。ハイタッチしたり頬をつねったりとさり気ないボディタッチが多かったのも可愛かったなあ。「イエーイ!」って言い合える男女はいいもんですね。

面白くなってきたのはシンデレラを好きだった女性の気持ちに気付けず踏み躙ったシンデレラに、百合花が諭して謝罪に行かせるシーン。あれは百合花の狡猾さとシンデレラへの深い愛が伝わってくるいいシーンだったけど、振られた女性もいい女だったなあ。侮辱されてるとわかってるのに、それでもきちんと謝罪してもらおうとシンデレラに促すあたりとか。ただようやくエンジンがかかったのに、「シンデレラ編」のピークはここだった。それ以降も童話『シンデレラ』に沿っているようで実は捻ってある展開が目白押しで面白かったけど、インパクトの大きさで言うならこのイベントが最高潮だった。

シンデレラのキャラクタは、想像していた人物像とは違っていた。金遣いの荒いダメダメなお坊ちゃんかと思ったら違う意味でダメダメな元お坊ちゃんだった。自分には金しかないと思っているから買い物依存症に陥るシンデレラは見ていて遣る瀬無かった。いやほんとこの世にお金ほど確かなものはないもんな。そんな「お金」という難敵を相手に百合花が正攻法で攻めて行く。シンデレラにはちゃんと兄を見てくれている弟たちがいて、シンデレラをちゃんと好いてくれていた女性もいて、迷子の男の子が目を輝かせるくらいの硝子細工を作れる腕もあるんだってことをゆっくり教えていく。だからこそシンデレラは最後の最後で百合花の実家からの融資を受け入れられなかった。シンデレラのがけっぷちの意地。相手が本気で好きになった女の子だったからこそ。それでもその後、未練たらしく喫茶店に硝子の靴を置いてしまうあたりがやっぱりシンデレラだなあ。ここからのクライマックスは予定調和だったけどいい予定調和だった。二羽でつがいになる恋教鳥のロマンティックなエピソードに、左右揃って一足になる硝子の靴に被せてあるのも綺麗に収まっていて良かったんじゃないでしょーか。地味ではあるけどいい話だった。ただそれはいい話だけど地味だった、ということでもあるのが何とも……。

赤ずきん (CV:前野智昭)

萌えた。普段ならここまで萌えなかったんだろうけど、演出が効いた。これまでの立ち絵の動きが細々としたものだったから、湖に突き落としてしまった百合花と目が合った瞬間の、赤ずきんがピョーンて飛び上がる演出が効果覿面で私が落とされた。その後も風邪ネタとかめちゃニヤニヤしながら見ていた。が、この萌えは最後まで持続しなかった。何故なら私には獣耳属性が無いからです。ずきんを被っているから耳でも生えてんのか、とは思ってたけど実際にその姿を見たら萌えが萎んでいった。要するに、私の好み云々の問題を吹き飛ばすほどの火力が赤ずきんのキャラクタとシナリオにはなかった。

脅迫状に関しては、序盤の百合花の反応から百合花による狂言を疑っていた。だから危険な目に遭ってるのに怯える様子がないのだと思ってたんだけど、そう単純な話でもなかったらしい。赤ずきんこそが脅迫状を出した狼だった、という事実はすぐにわかりそうなものなのに後半まで気付けなかったもんなあ。どちらにせよ茶番であることには変わりはないけど。しかしこれ、百合花たちが一方的に仕掛けただけの茶番だったら下手すりゃ赤ずきんが更に深刻な人間不信に陥る可能性もあったんじゃないか。赤ずきんのほうから仕掛けた罠に百合花たちが乗っかったことでお互い様になったし、その上で百合花と赤ずきんが惹かれ合ったからこそハッピーエンドに到達した。茶番の最中は賑やかな空気で進んでいくから気付きにくいが、実は結構な綱渡りだろう。なのに百合花が全力を出してないと感じるのはなんなのか自分でもちょっとわからんねこれ。

赤ずきんの過去は切なかった。やっと大事な人たちが出来たのに、本当に血の繋がりのある家族同士には叶わないのだと思い知らされる場面なんて特に。あの時の一人ぼっちの男の子が百合花や大神くんの助けもあって自分の罪と向き合い、幸せへの一歩を踏み出せたのは素直に良かったと思えた。罪悪感を抱えたまま生きて来た狼が、罪には罰だけでなく赦しを与えることも必要なのだと知って最後にようやく自分を許す。いい話。

かぐや (CV:増田俊樹)

今のところ一番気になるキャラクタ。主従関係は大好物なので何気にかぐやの存在がチラチラ気になっていた。でもシナリオごとにキャラの関係が変わる『AMNESIA』みたいな仕様になるらしいので、続編では担当になるけど主従関係ではなくなってそーな。

グレーテル (CV:江口拓也)

毒舌家はアリスじゃなくてグレーテルのほうじゃ? 彼もかぐやに次いで気になっているキャラクタ。何気にシンデレラ兄さんをよく見てるあたりは可愛い弟。

白雪 (CV:蒼井翔太)

可愛いっちゃ可愛いんだけど、今回一番印象に残らなかった。でも白雪のほうがお兄ちゃんでグレーテルが弟、てのはなんかさりげなくツボ。

魔法使い (CV:羽多野渉)

「シンデレラ編」では黒服の男になって「物語」を演出しているようだし明らかに特別枠なんだけど、アリスとはまた違う存在らしい。魔法使いなのは夢の世界だからなんでも出来るとかそのあたり? ちょっと情報量が少なすぎてよくわからん。あと百合花を「お姫様」と呼ばずに敢えて「ヒロインちゃん」と呼ぶのは深い意味があるのか。ないかな。穿ち過ぎかな。どういうシナリオになるのか気になるという点ではこの人がトップ。

アリス (CV:松岡禎丞)

毒舌家というより暴言を撒き散らす子で、その暴言がくどい。暴言の内容がどうこう以前にだらだら続くのでうんざりした。『家計』の寛もそうだったけど、この手の話を停滞させるキャラクタが出てくると口にガムテープを貼り付けたくなる。おかげで序章でいきなりダレた。面倒事は嫌いだと仰ってましたが貴方が一番面倒ですアリスさん。会話の相手が百合花じゃなければ無駄なやり取りはしないし、特に気にならないんだけどなー。

で、アリスはどうも物語の大局を把握できる位置にいるようで、この構造はうみねこを思い出した。事件に巻き込まれる戦人たちが存在するレイヤがあり、その様子を俯瞰しつつ魔女ベアトリーチェと討論する戦人が存在するレイヤがある。要するに「シンデレラ編」と「赤ずきん編」の世界が下層レイヤで、ありすとアリスが最初に出会った真っ暗な世界が上層レイヤなのかなと思ったんだけど……いやでも『鏡の国のアリス』を題材にしてるのなら多分リバースさせた世界(夢?)なんだろうし、そうなると上下は関係ない? でもアリスは明らかに上にいるよなあどう考えても。そういえば戦人とベアトは下層レイヤの事件をチェスに見立ててたけど、『鏡の国のアリス』にもチェスが出てきたっけ。

オオカミ (CV:花江夏樹)

名前が大神で猫耳フードを被っていることはミスリードの一つだったらしい。結構中盤まで気付けなかったもんなあ赤ずきん=狼、という事実には。百合花の狂言なのでは、と思い込んでそっちに気を取られていたせいもあるけど。それにしても女の子ではなく男の子の友達がいるあたりが、なんとなくああ百合花だなって感じがする。

猟師 (CV:橋詰知久)

百合花とのドライな兄妹関係はなかなか美味しかった。この二人のやり取りはもーちょい見たかったな。公式の紹介では敵対することもあるらしいのでそこ