Antipyretic

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暗い日曜日

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面白かった。濃密なシナリオ、表現が多彩な文章、儚げで独特の陰影が印象深い絵、場面に合った音楽、生々しい SE とすべてに拘りが感じられる丁寧な作りで、その完成度の高さ故に作品世界にどっぷり浸かれた。今でも雨の匂いに包まれているような感覚になるくらいに。ED の数も多いけど、どれもちゃんと意味のある展開と結末になっているのも良し。

基本的に真人の視点で悪夢と現実(過去)が綴られていくが、シーンが頻繁に飛ぶ。時系列を意図的に狂わせている部分もあるので事態の把握が難しい時もあるが、事件の犯人や正人の正体はすぐにわかるし、本来の流れはシンプルなのであまり混乱することはなかった。それよりも雨が降り続ける世界、得体の知れない空気、広いはずの学校や自宅の閉塞感が好みだったせいもあって引き込まれていった。特に序盤の正人による雨を羊水に喩えた話が印象的で、ここが私にとってのターニングポイントになった。切り裂きジャックの話もそうだけど、ここは説明的台詞が多いのに内容が面白くて楽しく読めたなあ。

好きな ED は正人の勝利宣言で終わる「lacuna」、冷蔵庫に殺した父親の肉塊を保管する「家族の食卓」、真人が空想の正人との世界で幸せになる「檻の中の夢」、真紀が自殺する「もういない」。ちなみに TRUE ED とはっきり明示されている「最も妥当な結末」はその名の通りの内容で、切り裂きジャック事件の犯人が判明するのはこの結末だけ。一方 HAPPY ED の「さよなら」は真人が正人として幾人もの人間を殺したことを全て忘れ、真紀と共に笑顔で終わる。確かに読後感は良かったしハッピーエンドとされているのも納得なんだけど、情状酌量の余地があるとはいえ罪もない女性を何人も死に至らしめた罪は裁かれるべきなのに放置されているし、真紀も姉の命を奪った人間がすぐ隣にいる人物だと知らずに笑っている。このちぐはぐ感は故意に書かれているとしか思えず、ここまでのご都合主義展開でなければ真人と真紀は幸せになれないのだということを突きつけられているようで、一見すると読後感が良いからこそ、後になって湧いてくる印象が反転してしまうのが遣る瀬無かった。読後感が良いことがますます苦い印象を与えてくるというか。真人や真紀にとって都合の悪いことは、全部徹底的に蓋をしてしまわないとハッピーエンドに到達できない。でもこの欺瞞に満ちた結末も手抜きなく書かれているし、これはこれで好きな ED。登場人物が真相を知らないまま終わる結末があってもいい。

ちなみにこれを機に「暗い日曜日」を聞いてみようかとも思ったけど、怖がりなのでやめました!

成瀬真人

「帰ってこない父親」と「もういない母親」と「空想の弟」を持つ真人には空っぽの家族しかない。だから広い家も伽藍堂のようで寒々しい。これはそんな家に引きこもっている真人が、真紀の手に導かれて外の世界へと歩き出すまでの物語。「さよなら」ED で真紀が真人に引っ越しを提案していたが、あそこらへんはわかりやすいエピソードだった。宅電ではなく携帯電話で真紀からの着信に真人が応じていたのも象徴的。あの携帯電話には今後は真紀以外の人間の番号も登録されていくんだろうな。

ちなみに父親には最後までレイプの対象としか見てもらえなかったが、母親とは実はすれ違っていただけだと締められていた。しかしそれは真人の考えでしかない。ぬいぐるみを縫い合わせたことも、心中の時に真人を殺せず結局は救急車を呼んだことも、母親が本当にそう思っていたのかどうかはわからない。違う可能性だってある。しかし真偽を確かめる術は永遠にない。母はもういないんだから。けど例え真人の一方的な思い込みだったとしても、それで真人が心置きなく号泣出来たのであればそれで十分。真偽が重要なのではなく、真人が「そういう可能性に思い至れるようになったこと」が重要だった。

印象に残ったのは「家族の食卓」ED での冷蔵庫の解釈。

もともと冷蔵庫の役割は、死体の腐敗を遅らせる事だ。魚の死体。野菜の死体。家畜の死体……野良犬の死体。家庭的に死体を保管するための、唯一の方法。それなら、これ以上相応しい棺はない気がした。

肉塊を冷蔵庫に詰め込むのはよくある展開だけど、これは妙に説得力があって笑った。

成瀬正人

一番好きなキャラクタは、と言われれば彼。だからってわけでもないけど、数多い結末の中で一番好きなのが「檻の中の夢」ED。正人の真人に対する独占欲と真紀に対する嫉妬は美味しかった。人格同士で嫉妬するケースはよくあるけど(例えば二つの人格が同じ人を好きになるが、相手はどちらか一方の人格だけを見ているので見てもらえないほうの人格が嫉妬してしまうような)、こういうパターンはあまり見かけない気がする。

それでもやっぱり正人は最後に見せる笑顔が一番。普段のあの冷たく皮肉な笑みの印象が強かっただけに、あの困ったような笑い方にはハッとさせられた。

日野真紀

逃避先が真人だった真紀と逃避からの出口が真紀だった真人、自分に似ているから真紀の姉を殺した真人と姉に似ているから真人に関わった真紀、という相互関係が面白い二人の心理描写は面白かった。クラウチングスタートで構える真紀を真人が図書室の窓から眺めて魅入る場面、窓の外のジェット機のエンジン音を聞きながら夕暮れの図書室で二人が会話する場面、真人が真紀を拒絶する場面、終盤の本音をぶつけ合う場面、最後の眠っている真人が真紀の前で目を覚ます場面、と良いシーンも多かった。それと学校の階段での正人と真紀の対峙は一見些細なやり取りに見えたけど、今考えてみると貴重な場面だったのだと気づいて後になって印象に残ったりとか。二人が直接会ったのはあの時だけだった。

真紀といえば「暗い日曜日」ED も結構好きな結末。陸上選手としての才能に恵まれていた真紀が、瀕死の姉を見捨てて殺人犯から逃げたことで走れなくなったのに、真人の自殺を予感した瞬間には走れるようになった。でももう遅かった、てのがあまりにも無情で最高だった。いやほんとひどい ED だなあ(褒め言葉)。

ところで私が一番気になっていたのは「姉を殺した犯人の正体を知ったら真紀はどうするのか」という点にあるんだけど、唯一切り裂きジャックの犯人が判明する TRUE ED でも真紀の反応は描写されなかったので敢えて描いてないっぽい?

新実信夫

公式サイトで初めて見た時から「クズそうだなこの先生」と失礼な決め付けをしていたんだけど、本当にクズだった。男の真人を狙ったのはそういう性癖なのかと思ったら、女生徒を妊娠の末に堕胎させたことがあったからだとわかった時は「うわあ……」。真人が深夜の図書室に拉致られてレイプされるシーンは壮絶。