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『車輪の国、向日葵の少女』感想

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共通ルートが 90% を占める作品は初めて見たかもしれない。各ヒロインのエロシーンと ED に違いはあるものの、前者はエロシーンをほぼ飛ばす人間にはモチベーションに繋がらないし ED の内容も特に面白くもなく、フルコンプのための周回プレイが面倒でしかなかった。わざわざこんな構成にする必要もないし、これならいっそ潔く完全一本道にしてしまえば良かったんじゃないかな。強烈な魅力を持つヒロインがいないのも痛い。

シナリオは面白いと言えば面白くはあるけど、不満点も多く、終わってみれば絶賛は出来なかった。まず描写は丁寧なんだけど、遅々とした展開がテンポを悪くしている。どの章も中盤がかったるかった。おまけに各ヒロインが「ぐちぐちと文句ばかり言う」「決断出来ず延々悩む」「コミュニケーションを取ろうとしない」という問題を抱えているのでイライラするし、描写も冗長で読むのがしんどくなってくる。更に物語の屋台骨を支える法月の言動に一貫性がなく、終盤の国家への問題提起も唐突に感じる。こうして終盤で失速し、そのまま結末を迎えてしまったのでプレイ後の印象が微妙なものになってしまった。

良かったところもある。独自の設定を活かしたシナリオになっているし、三章まではぐいぐい引き込まれた。ヒロインにイライラさせられながらも挫折しなかったのは、それでも先が気になったからだ。五章序盤の例のシーンも心底から驚かされた。絵も背景と立ち絵の遠近が狂っている時はあるけど、癖のない絵柄で作品には合っていたんじゃないでしょーか。ヒロインも物語を牽引するほどの魅力を持つ子はいなかったけど、ベタでわかりやすい子が揃えられてはいる。逆に男子はキャラが立っているのがいい。モリケンとセピアもそうだけど、何よりとっつぁんの存在感が異様。そのせいで三人のヒロインが更に霞んでしまい、エロシーンも唐突で恋愛描写は薄いけど、『車輪』は賢一と法月の物語だと思うのでこれでいい気もするな。

システムは必要最低限のものは揃っているけど、ほとんどが共通ルートになってるんだから、ここはやはりシーンスキップくらいは欲しかったな。スキップ速度が結構早いのは救いだが、ED が飛ばせないのは苛立つ。

結論を言うと惜しい作品。中盤までは没入させるだけの勢いがあったんだから、その勢いのまま終盤までキャラクタやテーマがブレなければ名作になり得たかもしれない。

森田賢一

ハイスペックだけど好感の持てる主人公。本来は優しい性格で、非情になりきれないあたりもご愛敬。やはり主人公は完璧じゃなくてもいいから、キャラが立ってるほうが読んでいて楽しい。

特別高等人候補生としては最終試験に残っただけあって有能だったんだろうし、実際に賢一が法月のような冷酷な特別高等人監督官になる BAD ED もあるが、振り返ってみるとヒロインたちの義務が解消出来たのは、賢一の力というよりも法月の暗躍によるところが大きい。各ヒロインはちゃんと成長するけれど、それも賢一の助けによって成長したというよりは、法月に追い詰められたことで成長した印象が強い。賢一のいる意味がなかったとまでは言わないけども。

クスリについては描写がちょっと緩いな、と思ってたら実はハーブだったというオチで納得はしたものの、法月が気付かなかったのは不自然なよーな。

日向夏咲 (CV:新城麻奈)

夏咲の章から、一気にキャラクタが全員薄っぺらな存在になってしまったように感じたのが残念。これはこれで悪くはないけど、三章までのほうがみんな魅力的だった。それとさちや灯花とフラグを立てている状態で夏咲の章に入ると、夏咲のためにさちや灯花がいったん別れて友達に戻ろうとか言い出すのが、物分かりがいいとかいうレベルを超えて不自然すぎる。

賢一も自分を救ってくれた少女が変わってしまったことに焦るのはわかるけど、これまでとは違って感情的に動いてしまうのがな……。普段の賢一なら、たかが詐欺疑惑で夏咲が大きな義務を背負う羽目になっている点に注目し、もうちょっと強く糾弾するなり調査するなりしてくれると思ってたんだけどな。だいたい冤罪で夏咲自身に問題がない以上は義務の解消は難しいんだろうし、解決の糸口はそこしかないと思ったんだけども。

ただ、法月からの尋問で壊れかけていた夏咲が、賢一を守るために「ケンちゃんが、大好きだよっ!」と笑顔と共に力強く告げるシーンはぐっと来た。夏咲の本来の輝きが復活する箇所が、よりにもよってあの追い詰められたシーンだったのは法月にも効いただろうが、四章に入ってからはローテンションで物語を眺めていた私にも不意打ちのように効いた。

三ツ廣さち (CV:芹園みや)

しつこく聞かされるさちの言い訳にはイライラさせられた。頭の回転が速く口が回る分、責任転嫁も鮮やかで、読んでいて更に苛立ちが増す。他にもさちが義務という罰を与えられた理由が弱い点、序盤の洞窟探検が冗長な点、賢一が自分のせいで怪我をしているのに洞窟に同行させた我儘ぶりに辟易してプレイへのモチベーションを削がれた点、何よりさちのまなへの想いが十分に伝わってこなかった点など気になるところはいくつもある。しかし最後までプレイしてみれば、結果としてさちの章が一番面白かった。

シナリオはベタながらもさちの成長がしっかり描かれており、その成長過程も面白かった。まなが異国に連れていかれるのに何もできない自分に怒り、法月の前で札束を投げ捨てて「何でもする」と啖呵を切ったさちが、直後にはもう怠けてしまう様を見せられる苦々しさがいい。ここでは直前までのさちに感動しただけに、さちのみっともなさが浮き彫りになっている。そしてさちはまなが去ってしまうまで現実から逃げ続け、私のさちへの失望は深くなっていく。最後はさちがやっと本気になったのに結局は間に合わなかった現実を描き、さちへの自業自得としては容赦がないのも良かった。さちは安易な逃げ道に頼ることも許されず、作者も安易なハッピーエンドにはしなかった。だからこそ、さちとまなの別れのシーンが映えて強烈な印象を残したのかなと。

三人のヒロインの中ではさちが一番良かった。賢一が監督している最中の言動にはイライラさせられることも多かったが、根は明るくサバサバしているのが気持ち良かったし、「アガるねっ」とか「よーしっ! 今日もびりっととがんばるぞーっ!」といった独特の台詞が楽しい。義務が解消されてからは、ちゃんと絵を描き続けていたのも好印象。

大音灯花 (CV:紫華すみれ)

読んでいる最中は先が気になってクリックする手が止まらないほどで、読み応えはあったし面白かったんだけど、最後にはネガティブな印象だけが残ってしまった。さちの時以上に灯花にイライラさせられるのにシナリオは冗長で、事態も停滞したまま同じよーな会話を何度も繰り返されてストレスが溜まっていく。優柔不断な娘と歪んだ母親の物語なので仕方がないとも言えるが、正直キツかった。でも先が気になるので止まらない。でも進展がない。悪循環。そしてようやく辿り着いた結末は、期待に反して煮え切らないもので落胆した。決断出来ない灯花の成長を描く物語だと思っていたのに、描かれたのは子供の開き直りでしかなかった。それはまーいいんだけど、灯花には開き直るための決断力すら身についたようには見えなかったから、開き直りにしても不満が残っちゃうのだよな。なのにうだうだ悩んで引っ張って来た結果が「選択しない」ことだったのでは、ストレスを抱えてまで長々と付き合ってきた読者としては文句も言いたくなる。優しさと優柔不断を吐き違えて泥沼にはまっていくエロゲ主人公がたまにいるが、対象が恋愛関係から親子関係に変わっただけで、灯花もそんな印象を受けた。親のせいで年端もいかない少女が残酷な選択を迫られてしまうのは気の毒だと思わないでもなかったけど、灯花の悩む時間が長すぎた。

研修に向かう京子をを連れ戻す展開は面白かった。賢一の助けはいらないと突っぱねていた灯花が、自分の選択の過ちに気付いて賢一に助けを求める瞬間は震えた。危うくバスに乗るところだった京子を賢一が引きとめる場面は、説得力に欠けるというか雰囲気で流された感もなくはないけど、それでも灯花ルートのハイライトシーンだった。

灯花に関してはとにかく面倒な子だなとしか。ツンデレは別に嫌いじゃないんだけど、灯花の場合はデレると底なしにデレるのが好みじゃなかった。「してぇ」みたいな甘ったるい話し方がまた鬱陶しい。私の一番苦手なタイプ。

樋口璃々子 (CV:籐野らん)

賢一が「あんた」と呼びかけて独り言を呟いていたのは極刑を受けたお姉ちゃんに向けてのものだった、という真相には驚かされた。これがありかなしかはさておいて驚いたことに変わりはないし、私はこういう騙され方は好きだな。ここまで豪快にやってくれると気持ちがいい。璃々子のキャラクタも良かった。しかし五章の盛り上がりはここが最高潮で、以降は失速する。

公開処刑が迫っている夏咲を助けるまでの展開は、全員に無理やり見どころを作ろうとしているように感じて微妙。お姉ちゃんの演説も、先述したように国家への問題提起が唐突過ぎた。教室や牢獄での賢一と法月のブラフの応酬で少し勢いを取り戻したが、その後また失速。法月があっさり賢一を見逃したのもよくわからないけど、それよりもあれだけ大々的にアジっておいて、ED では反乱を主導するでもなく平和な日々を過ごしているらしい賢一たちに落胆した。国家への疑問を並べ立てていたのは何だったのか。

まな (CV:神月あおい)

まなは確かにいい子だと思うけど、この子の純粋さは怖かった。だからさちの怠惰にはうんざりしつつも、さちがまなに絵を見られることを怖がったり、悪夢を見て苦しむのはわからなくもなかった。しかしまなは、それでも最後の最後までさちの絵に対して真摯であり続けた。まなのその意志は気高いと思うが、やはりさち同様に捻くれている私にはまなの無償の愛は恐怖の対象かな。

卯月セピア (CV:盛啓介)

普段はふざけてばかりいるけど、ここぞという場面では賢一を助けてくれた頼もしい友人。正直、磯野のとっちらかったキャラクタだけであれほどの重い罪から逃れられるとは思えないんだけど、そこは突っ込んではいけないのかなという気も。

大音京子 (CV:風音)

灯花以上に重症だった母親、ということで一番厄介な人だったよーな。「大人になれない義務」は京子が引き取る前から灯花が負わされていた罰則だったが、結果としてそれは京子にも悪影響を与えることになってしまったのが、母娘のどちらにとっても不憫。そして京子も不幸な子供時代を送ってきた女性で、虐待の連鎖のやり切れなさを思う。しかしこうした母娘の図は『AIR』を思い出すなー。

法月将臣 (CV:さとう雅義)

この人は何の目的があって賢一を育てたのか。何故賢一を見逃して三郎のメモリを返してくれたのか。三郎とは親友だったらしいから、過去に三郎との間で何かがあったのかもしれないが、少なくても賢一が三郎の息子でなければ育てようとは思わなかったんだろう。むしろ法月が特別高等人にさせるべく賢一を育成しようとしなければ、賢一はおろか璃々子ですらあっさり死んでいたのではないか。つまり法月は親友の子供たちを守ろうとしていたのでは? とは考えたんだけど、やり方が回りくどいんだよな。法月の引き摺っている左足がブラフだったことをまだ候補生に過ぎない賢一が見抜けなかったのはしょうがないと思うが、麻薬をやっていたと見せて実はハーブだったという賢一のブラフを法月が見抜けなかったのは無理があると思いつつも、それは賢一を守るという本来の目的のためにわざと見て見ぬ振りをしていた、とか考えてたんだけどな。やっぱりこの人は暴力の使い方が上手いのに言動がブレていて、最後までよくわからなかった。