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三国恋戦記 ~オトメの兵法!~

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突出した何かがあるわけじゃないんだけど、話は面白いしキャラクタも魅力的で、素直に「面白かった」と言える乙女ゲーだった。テキストも読みやすく、『マスカレ』同様あっさりした描写(特に恋愛周辺)もあるけどこれはこれでいい。絵もここで見たいと思ったシーンにほぼあったし、何よりキャラクタの表情が良かった。

残念だったのは軍議システム。駒を進めていく SLG を想像していたら、四つの選択肢から正解を選ぶだけの ADV 形式のクイズだったので拍子抜け。それならそれで別にいいんだけど、せめて選択後もスキップが持続するようにして欲しかった。軍議システムの影響で選択肢が多くなっており、選択肢のたびにいちいちスキップを止められたのでは地味にフラストレーションが溜まる。それと演出の一環として CG がズームアップされることもあるけれど、画質が劣化するのが残念。

シナリオも楽しめたけど、毎度同じタイミングで過去に飛ぶ展開にはだんだん飽きてくるので、そこはもーちょい変化をつけて欲しかった。概ね三国志の話に沿って進んでいくので大きな歴史が共有されてしまうのは仕方ないが、「黄巾党が活躍する時代に遡ってしまう」というオリジナル展開まで共有させることはなかったんじゃないか。

でも不満はそれくらいで、あとはただただ楽しかった。「話が面白い」、「キャラが魅力的」、「萌えるエピソードがある」という基本をきちんと押さえてある。それでいて他の女子キャラと政略結婚する攻略対象がいたりハーレム ED もあったりと、乙女ゲーにしては少し珍しい展開も取り入れてあるのが新鮮で良かった。

山田花

いきなり見知らぬ世界に飛ばされてしまった中でよく頑張った、と褒めてあげたい気持ちはある。本というチートアイテムがあったとしてもそれをどう使うかは花次第だし、本を使って戦に関与することで人死にが出ることを自覚して、それでもなるべく犠牲を減らそうと必死になっていた。ただ、謙遜を通り越して卑屈な思考に走りがちなのは気になったなあ。両想いなのにすれ違う展開は多かったけど、それはだいたい花の卑屈な思い込みも原因の一つになっていたのが何とも。それも延々引きずるのがまた。あまり厚かましい性格になるのもアレなんだろうが、もうちょっと強く自信を持って欲しかった。ビジュアルは地味というよりシンプルで好みなんだけどなあ。

劉玄徳 (CV:三木眞一郎)

こっちが心配になるくらいに花を最初から無条件で信用してくれるので逆にびびった。そんなんでよくあの戦乱の世を生きて来られたなこの人。だからこそ仲間も多いんだろうけども。それでなくても玄徳は義に厚く優しいし強いし誠実だしでたいへん出来た男で、みんなから慕われるのもよくわかるくらいなんだけど、それくらい出来過ぎた男はツボにハマらないことが多い。だから途中まではピンと来なかったんだけど、過去から戻ってきて玄徳が花を意識するようになってからは予想外にも萌えた。

玄徳は花を妹的存在としか見ていなかったからどういう経緯で意識するようになるのかが気になってたんだけど、花がピンチになった時の自分を行動を振り返って気付くパターンでこれが上手かった。漢王朝の復興のために邁進してきた男が、ピンチの時に献帝ではなく花を選択した。これまでずっと献帝を案じていた玄徳にとって、自分のあの咄嗟の行動は衝撃が大きかったことだろう。その後は互いに想い合っているのに変に気持ちを抑えてすれ違っていくが、これが萌えるし切ないしもどかしかしいしでたいへん焦らされた。特に玄徳が花の頭を撫でることを躊躇うシーンはありがちな展開ではあるが、二人の微妙な関係の変化が出ていて良かった。玄徳が本の使用を禁じたことを花が誤解してしまうくだりとか、扉越しの会話もいい。でも二周目でわかるけど、寝ている花にキスをしたり花に興味を持つ部下に牽制したりと、玄徳が予想以上にいっぱいいっぱいだったのは意外だったし萌えた。他にも転びそうになったところを抱きとめてもらったり姫抱っこされたりなど、恋愛のお約束イベントは一番多かった気がする。「待たない」のシーンは、萌えるよりもすれ違ってばかりいた二人がやっとくっついてくれた安堵感が大きかった。「玄徳さんなんか好きにならなければ良かった」と号泣する花も可愛い。

玄徳さんが私なんかを好きになるはずがないだの嫌われたのかもしれないだのとうじうじする花には苛立ったけど、尚香との政略結婚話が持ち上がった時に軍師としての意見を述べた姿は健気で良かった。花の気持ちを知っている芙蓉姫がそこで怒ったり慰めたりしてくれるのもいい。芙蓉姫も芙蓉姫で自分の恋に一生懸命なところを示して、同じく恋に悩む花を叱咤激励してくれるのが良かった。女の子同士の恋の会話って乙女ゲーでありそーであんまり見かけないもんな。芙蓉姫が雲長に恋をしていて雲長ルートでは三角関係になる展開でも面白そうだと思ったけど、まあ『三国恋戦記』はこれでいいのかも。

関雲長 (CV:櫻井孝宏)

現代人疑惑については伏線がいくつかあったし、この世界に来た時に本来の雲長が死ぬなりなんなりして彼が雲長として生きていくことになったんだな、とは察せられたが、ループしていたことまではさすがに予想出来なかった。自らを駒と割り切り、元の世界に帰る手段を見失い、一騎打ちの時のように歴史を知っているからこその諦観が雲長の生き様にも表れていて悲しい。芙蓉姫は雲長を臆病な男だと評していたが、それはまるで呪いのような雲長のループを経験していない他人だからこそ言える一方的な意見。そもそも雲長は元々十代の少年だったわけで、そんな年頃で終わりの見えない絶望を味わえばそりゃ暗い性格になってもしゃーない。特に「死の苦痛よりも、終わりのない生の虚しさのほうがつらい」という激白は胸に迫るものがあった。ただ、他人だからこそ言える言葉が相手を救うこともある。というか雲長の精神はもう摩耗しきっていて、何を言っても他人事としての意見にしかならないのなら一周回って思い切りそれをぶつけるほーが効果的なのかも。それが「乙女ゲーの主人公」としては正しい仕事かなという気もする。しかし「乙女ゲーの主人公として救う」ってことは「対象のルートに入れないと救えない」ってことでもあり、つまり他ルートでの雲長は永遠にぐるぐる回っている可能性が高い。

最後は二人揃っての現代帰還 ED で安堵したのも束の間、花に三国時代での記憶が戻っていて愕然となった。きっかけがあればすんなり記憶が蘇る仕様だったことにも驚いたが、そんなことよりも三国でずっと四回分の他人の人生を演じさせられてその分だけ成熟した精神のまま十七歳の長岡広生として生きていかなければならないのってのは結構えぐい。学生をやっていくのなら尚更、周囲の同い年の人間との違いを思い知らされることになるだろうし。まあそこは花がいれば大丈夫、ってことなのかもしれないけど。

ところで本について。最初は策を与えてくれる書物だと思ってたんだけど、雲長によると「願いを叶える機会を与えるだけ」だそうで、つまり花が「上策を授けて欲しい」と願ったから策を提示してくれていたらしい。しかし問題は書物とセット扱いになっている駒。志を成すまで駒にされるのなら、書物の中の世界の住人だと思われていた雲長以外のキャラクタや本物の関雲長はどうなのか。彼らも元は人間で、不思議な本によって駒にされてしまったんじゃないか。では何故彼らにはそうした自覚がないのかというと、雲長が徐々に記憶が失われていく恐怖を吐露していたことから、彼らは記憶が完全に失われてしまったんじゃないかなあと。長い時を生きて自然に記憶が失われていった可能性も考えたが、そうなると後に長岡の記憶が戻る現象に説明がつかない。なので記憶が失われていくのは恐らくこの世界のルールなんだろう。これは一見恐ろしい現象だが、志を成せない状況にいる人間にとっては駒である自覚がないほうが楽でいられる。元の世界に戻れないことに絶望して生きるよりも、今いる自分の世界が現実なのだと信じて疑わないで生きるほうがいい。例えそこが現実じゃないのだとしても、本人に自覚がないのならそれは現実と変わらない。つまり記憶が失われていくのは、目的を果たせない駒への残酷な慈悲でもある。もちろん、かつての自分の記憶など駒には余分な情報でしかないから消した、てのもあるんだろう。そうして記憶をすべて失った瞬間に人間は完全に駒と化し、従来の三国志の物語に沿った行動しか取れなくなる可能性が高い。更にその人物が完全に駒になった瞬間、これまでその役を演じていた人はどうも消滅しているらしい。この消滅ってのが「三国時代で存在を消された後に役目から解放されて現代世界に強制的に帰される」ってことならまだ救いはあるんだけど、関雲長のケースを見る限りはそれもなさそう。

以上の推察を踏まえて長岡と関雲長に何があったのか考えてみると、まず関雲長に拾われて育てられた長岡は願いどおりに「関雲長に近いキャラクタ」として「長生」という名の一時的な駒になるが、戦の中で燃えていく本を見て「本がなくても関雲長を助けられる」し「帰れなくてもいい」と思ったことで本が消滅。本が消えたのは燃えたからではなく長岡が本を諦めたため。こうして志を成す術をなくした長岡は、完全な駒になるためのカウントダウンに入ってしまった。そして「関雲長役」は二人もいらないので、長岡に役がバトンタッチされた時点で関雲長は舞台から退場(だから長岡には目の前で関雲長が死んだように見えた)、役は長岡に移ったもののまだ長岡が完全な駒になっていないため空席の「関雲長役」の駒も消滅。しかし花と長岡が過去に遡り、関雲長を今度は花の持つ本で助けたことから関雲長の駒が復活。これが何よりも重要で、元々長岡は「関羽が死ぬ歴史を変えたい」という動機を抱えて三国時代の世界にやって来たから、この時に「関雲長を死なせず共に切り抜けた」ことで志を叶え、長岡の失われた本の白紙部分も埋まったんじゃないか。そうして長岡の完全な駒へのカウントダウンも止まり、かつての記憶も戻ってくる。「関雲長役」はすでに長岡が演じているのでかつての関雲長は助けても存在出来ないけど、前提条件は揃ったのであとは長岡の意志次第で現代に戻れるようになっている、てのが終盤の長岡の状況。だから二人で帰って来られた。ちなみに過去に遡った時に昔の長岡がいなかったのは、まだ長岡が完全な駒になっていなかったからじゃなかろーか。完全な駒になると関雲長のようにパラレルワールドのあちこちに存在出来るぽいし。現に花と長岡以外のキャラクタは全員、黄巾党の時代にも存在している。

そして本も駒の役と同じで一冊しか存在出来ない気配がある。つまり三国志の歴史を変えることが出来るのは本を手にした者だけ。だから花は歴史に関与出来るし、物語の中の武将を救うことも出来る。花が三国の世界に残留するのはホラーのようにも思えるが、先にも書いたように自覚がなければそれが本人にとっての現実なんだから、花と攻略対象が幸せなのは真実であり彼らの結末がハッピーエンドなのは間違いない。ただ、目的を果たし終えた後に本を失うとどうなるのかは語られないので、各 ED 後に孔明が消えて花が孔明に成り代わる可能性はある。そうなると孔明ルートが不穏すぎるが、私としては孔明 ED が孔明消滅という未来に繋がっているのだとしたらそれはそれで超萌える。

これでも大量に穴があるだろうけど、自分なりに落とし所を探してみたらこうなったので記しておこーかなみたいな。そういえば本を失った花が孔明に成り代わる BAD ED があるけど、さらっと語られて終わってしまうので考察の材料にはならないのが残念。

張翼徳 (CV:保志総一朗)

花とのやりとりは微笑ましかったけど、まっすぐで天真爛漫に見えて感情のタガが外れると周りが見えなくなるし気持ちを溜め込みがちな面もあるので、メンタル面でのアップダウンが激しそうなのが厄介だなあと。師匠に嫉妬するシーンも従来ならニヤニヤ出来るはずなのに、翼徳があまりに必死なので申し訳なさが先に立った。軍議でも師匠が優秀すぎるだけに、必死に花に話しかける姿が痛々しすぎる。和みキャラかと思いきや和みきれないというか、ほのぼのシーンでもどこか不安が付き纏う。

良かったのは終盤の、元の世界に帰ろうとする花に翼徳が「オレ、お前の家族からお前のこと取りたくないし」と引き止めようとはしないシーン。異世界トリップ系は数あれど、攻略対象が主人公の家族を思いやる発言はありそうでなかなかないだけに印象に残る。それは暖かい家庭に恵まれず、家族に憧れていた翼徳だからこその台詞なんだろう。まあ結局花は残るんだけども。この二人の恋愛はまだ小さな芽が出たばかりだから、そのまま別れても互いの傷も小さくて済むし綺麗な終わり方になるとは思うんだけど、やっぱり乙女ゲーのヒロインは家族より恋愛を選択してしまうらしい。

趙子龍 (CV:石田彰)

子龍ルートは孔明が大活躍で楽しかった。子龍は真面目なので孔明のような老獪な人間とは相性が悪く、完全に遊ばれていた。孔明も花と子龍の仲を進展させようと敢えてやってるんだけど、それにしても東屋での師匠はかなり楽しそうでしたね? 呆気に取られる花と嫉妬する子龍も可愛かった。忠義と愛情の区別がつかず自覚がないだけに、子龍は嫉妬するとわかりやすいのがいい。だから孔明を含めた周囲も思わず微笑ましい目で若い二人を眺めてしまう。もちろんモニタ前の私も含めて。

子龍ルートで一番面白かったのは、過去へのトリップの際に元の時代に戻るべく反乱を成功させようと動くキャラが多い中、忠義に厚い子龍がそれを拒否するシーン。ただ、他のキャラとは違った方面から黄巾党の時代を見つめていくことになるのかと思って期待してたのに、結局は反乱に手を貸すことになるのはそれしか方法がないとはいえちょっと残念だったなあ。あと官吏姿よりも歌妓姿を見せて欲しかった。

エピローグでの突然のプロポーズには驚いたが、元々真面目で実直な子だから自覚したら即求婚ってのは子龍にしてみれば当然なのかもなあ、と納得出来なくもなかった。師匠からの「玄徳様と花が崖から落ちそうになっていたら、どうする?」という問いかけへの回答もよかった。「崖に近づけることはいたしません」ってのは、花を護衛している子龍ならではの最強の回答。ただ、最後のキスシーンは不自然に槍が肝心の部分を邪魔してて吹いた。恐らくちゃんと描いたのは最後の差分絵だけで、キスシーンはその絵を元に二人の位置をズラしただけの絵で、それを誤魔化すために槍で隠してあるんだと思うけど、誤魔化すにしてももーちょいやりようがあったんじゃないか。というかこれならキスシーンはいっそ絵がないほうが良かったよーな……。

諸葛孔明 (CV:杉田智和)

頭が良く大局を見ようとする人間が故に、幼い頃に出会ってから一途に思い続けてきた少女への恋が報われてはいけないことを知っている。花は本来の世界に帰るべきだと思っているし、そのほうが彼女にとっても幸せなのだとも理解している。だから気持ちを抑えて最後まで師匠として面倒を見てくれるのが、花のほうも師匠に恋をしているだけにもどかしいっつーかじれったいっつーか。好きな人がいるのかと聞かれた時の孔明は、どんな想いで「ここにはいない人だよ」と答えたのか。花からの好意を師匠は察していたはずで、それでも花を弟子として見続けることを装えるほどに花を大切に思っていた。誰よりも昔から花だけを思い続け、それなのに支えはしても触れない姿勢が切ない。

名前ではなく「師匠」と呼ばせたのも、線引きとして定めるためでもあったのかな。花が黄巾党の時代に飛んで亮に会うことで因果が発生するのも面白かったけど、それで互いが互いの師匠でもあり弟子でもある、という妙な関係になるのも面白かった。花から教わったことを亮が受け止めて今度は師匠から花に伝わって行く現象はタイムスリップのお約束だけど、この二人の場合は運命的な繋がりを感じてぐっと来た。ただ、師匠にとっては花との繋がりに運命を感じても、「手に入らない運命の女性」だったのが泣ける。

孔明は本人が言うように気持ちを隠すのは上手いし器用かもしれないが、気持ちはどうしたって器用にはなれない。『三国恋戦記』は ED で花以外の視点を追加させることで攻略対象の気持ちや真意がわかるようになっているが、花への想いを諦めるつもりで封じ続けて来た孔明が一番効果的だった。そして花が見えないところでも封じ込めた想いを爆発させることは一度もなかったんだから、この人は本当に自制心が強い。だからこそ、そんな師匠から零れた「君がよかった。君だけしかいらなかった」という本音が響いたし、作中で一番好きな台詞になった。この ED 直前のシーンはいいところで ED に入るところといいその後のエピローグといい、ほんとに秀逸な出来だった。照れる師匠を見ようと「孔明さん」と花が呼ぶ後日談も楽しかった。一応照れたけど、仕返しも忘れないのがさすが。何気に師匠の友人である士元もいいキャラしてたっけな。

曹孟徳 (CV:森川智之)

面白かった。萌えた。後半からは引きつけられる展開の連続で目が離せず、選択肢の配置も絶妙だった。選択肢を置く場所は重要なんだな、とそんなことに今更気付かされた。特に面白かったのが本が焼けてからの展開で、孟徳に疑惑を抱く花と花を手離したくないがために余裕を失っていく孟徳のすれ違いがいい。花を信じられないけど信じたい孟徳と、孟徳を信じたいのに信じられなくなっていく花の、似ているようで遠い二人の気持ちが危うい一本の線で辛うじて持っているような状況。そして花と孟徳のすれ違いに味方からの暗殺計画が絡んでくる展開は、強い絆で結ばれている玄徳軍と仲謀軍ではあり得ないし、孟徳ルートならではのシナリオになっている。

更に終盤、孟徳の暗殺計画に気付いた花が嘘を見抜ける孟徳の性質を利用して危機を切り抜けようとするシーンは、言葉一つとタイミングを誤るだけですべてが終わる張りつめたような緊張感がたまらなかった。他人を一切信じないと誓い、嘘を見抜けるまでになった孟徳に、花が嘘をつくことで真実を伝えて孟徳を救おうとするのがいい。嘘が人を救うこともあるのだと、親友に裏切られ丞相として生きてきたせいで疑り深くなっていた孟徳が身をもって知る展開としてはこれ以上ないくらいの出来。だからこそ互いの誤解を伝え合い、信じることを誓い合った二人の会話は感慨深かった。この時の孟徳の笑顔や、孟徳が花と初めて出会った頃から一度も嘘をついていなかったことが判明するあたりもぐっと来た。序盤のなんでもないような孟徳の「君には嘘をつかない。約束する」という台詞がここまで重要な意味を持ってくるとは思わなかった。これはいい伏線。

花が本の孟徳にした昔話も後の展開に効いて来る。『桃太郎』は花と出会った経緯を「川で流れてきたから拾った」と誤魔化すためのきっかけになったし、『鶴の恩返し』は帰還するつもりでいる花と帰したくない孟徳にオーバーラップさせていた。あと単純に長江のことを花がよくわかってなくて『桃太郎』の話がおかしなことになっていたのも面白かった。嘘をつかれても、あんな可愛い嘘になったらそりゃ孟徳も憎めない。

自分を裏切った友人と再会して複雑な気持ちを抱いて、「十年前ってこういうことなんだなって実感した」と吐露するシーンも切なくて好きだったな。それと過去に飛んだことでやり直せることを一瞬期待して、でもすぐに同じことをやり直すだけなのだと気づいたという孟徳の台詞も、雲長の項目で書いた世界のルールがもし当たっているのであれば「同じことをやり直す」という部分が重大なヒントになるんじゃないか。他、敗退して逃げる途中での玄徳との戦いも花が玄徳軍ではなく孟徳軍を選んだことをまざまざと思い知らされるエピソードで、これをきっちり入れて来たのも良かった。

数ある BAD ED の中に妾 ED があったのは笑った。花が攻略対象をはべらせる逆ハーレムではなく、孟徳の妻のうちの一人に花がなるという本来の意味でのハーレムでこれは乙女ゲーでは新しい。多くの妻を持ったと言われる曹操のルートだからこそ出来たことなんだろうけど、こういうのは大いにアリなのでもっとやってくれても構わん。

荀文若 (CV:竹本英史)

あまり期待していなかったけど、予想外に面白いルートだった。文若は武将ではなく文官なので派手なシーンはないが、信念というテーマが一貫して表現されていて読みやすかった。孟徳の周辺で皇位禅譲の噂が持ち上がり、己の持つ信念と志を同じくしていたはずの主への疑念の板挟みで葛藤するも、最後には答えを見出して暗殺を食い止めるに至るまでの描写からは目が離せなかった。孟徳のほうにも誤解を招くような言動が多かったが、それも二人の信頼関係が曖昧だったからで、許都に戻る時の二人の晴れ晴れとした空気の中での会話は文若ルートで一番ぐっと来たシーンだった。

一方で過去にタイムスリップして、混乱している文若の空気の読めない言動はもう最高に楽しかった。花の咄嗟の機転でアタマのオカシイカワイソウな兄扱いにされるくだりでは声を出して笑ってしまったもんなあ。過去から戻って来て部屋で抱き合ったままになっているところを、たまたま元譲が目撃した時の「失礼する――」「――失礼した」もニヤニヤした。そんな二人を目撃したのが孟徳じゃなくてよろしゅうございました。孟徳に見られていたら延々からかわれていただろうしなあ。

孫仲謀 (CV:森久保祥太郎)

見ていて気持ちのいい子だった。俺様だけどものの道理は理解しているし自分の未熟なところも自覚しているし己の非を堂々と認めて謝罪出来るしで、確かに上に立つ者の器だ。年下キャラなためか花との会話が年相応で可愛らしく、二人のやり取りは見ていて微笑ましい。アンパンの話とか事故チューとか手つなぎとか雨宿りとか夜に部屋に誘われて誤解して期待する仲謀とか、この年頃だからこそ映えるイベントが多く楽しかった。

中盤は自分ではなく本に利用価値を見出されているのだと勘違いしている花とのすれ違いに焦れたが、大喬小喬姉妹と尚香のおかげで告白に漕ぎ着けられて安堵。孟徳軍にいた時と違って玄徳軍と離れても心細さを感じなかったのは、仲謀ファミリーが賑やかだったからだよなー。しかし安堵したのも束の間、今度は公瑾に邪魔されて会えなくなるが、ここで単純に「公瑾に邪魔されたけど二人は両思いだからそれで解決」とするのではなく、玄徳軍を見捨てられない花の曖昧な態度を指摘した公瑾の言葉を受け止めて、自分なりに答えを見つけようとするまで仲謀と会うことを避けるのが良かった。公瑾はこのルートでは一見二人を引き裂こうとする悪人に見えるけど、彼の指摘は間違ってはいない。この戦乱の時代では花の立ち位置は重要になってくるんだから、急速に距離が縮まる二人を公瑾が危険視するのもわかる。そして公瑾の謀略を止めるために玄徳と尚香の婚儀で花嫁の代役を務めた花を見て、事情は察したもののそれでもに悲しい顔を見せる仲謀のシーンは、告白前とは違う根の深い二人のすれ違いを感じて切なかった。

それだけにラストで戦争を仕掛けに来たのかと一瞬ヒヤリとさせておいて仲謀が花を迎えに来るシーンは、派手で盛り上がりもあって見せ方が上手かった。俺様で命令ばかりしてきたのに肝心なところでは花に選ばせるところも憎い。

周公瑾 (CV:諏訪部順一)

喧嘩別れしたまま親友を失った過去を引きずっている男を、花が解放させるルート。こちらもあまり期待してなかったんだけど、二人の距離が縮まっていく様子が比較的丁寧に描かれていて案外楽しめた。特に面白かったのは公瑾が玄徳への嫉妬を露にするシーン。花が玄徳を誉めるたびに琵琶の弦がすごい音を出してて笑った。過去に行って再び三国時代に戻った時に抱きつく花を抱き返そうとして我に返ったり、花を庇って矢を受けたり、看病する花に救われたり、剣を突き付けたのに結局花を殺せない己に自嘲したり、最後に元の世界に帰ろうとする花を回りくどい表現で何度も引き留めようとするなど普段の態度が態度なだけにふとした瞬間に漏れ出る本音が可愛すぎた。ギャップ萌えは偉大。

それと今まではピンチに陥っても本のおかげでサクッとクリア出来たのに、公瑾が矢傷で死んでしまう未来だけはなかなか覆らなかったのもハラハラさせられたし、それも一気に読み進められた要因の一つなのかなとも。その割には最後にあっさり突破出来た気がしなくもないけど、まあそれはそれとして楽しんだのは事実。

他ルートでは微妙な立場になっていることが多く、救われない結末に到達するのも一度や二度ではないが、公瑾の後悔と決意を知っているだけに何とも言えないものがある。目的のために手段を選んではいられないという公瑾の考えはわからなくもないし、その是非はともかくとして彼は仲謀軍の都督として使命を全うしようとしているだけなのよな。

早安 (CV:岸尾だいすけ)

生まれた時から居場所を与えられず空虚な生き方しか出来なかった少年が、花によって絆されていく王道ルート。隠しキャラなだけあって短いシナリオだが、短いからこそ無駄がなくすっきり纏まっていた。特に笑顔を見せてくれる瞬間が印象的。こちらをまっすぐ見て不意を突いたように少年ぽく笑ってくれるので、破壊力が大きかった。

公瑾が婚儀に罠を仕掛けていたことが発覚した後、身内の恥を謝罪する仲謀の潔さと、それでも同盟を破棄せず戦乱の時代を終わらせるべく手を差し伸べようとする玄徳の仁君としての器の大きさが伺えるシーンでもささやかな感動が得られてじんわり来た。