Antipyretic

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サナララ

http://www.getchu.com/soft.phtml?id=159741

優しい話が集められたオムニバス集。チャンスシステムの設定が「ある意味では主人公とヒロインが世界で二人きり」という世界を作り上げていて面白かったし、どれもいい話ばかりで悪くはないけどそれ以上でも以下でもなく、物語はいい意味で普通。「良い普通」なので一章はそれでも楽しめたけど、連続するとさすがにダレた。結末もほぼ一緒だしなこれ。いい話なんだけども。以下、野暮なツッコミが延々。

結末が一緒、てのは毎回すべてが終われば全部忘れるはずなのに無意識になんだかんだで覚えているからで、それが二人の再会へと繋がっていく。でも最初は「記憶は全部忘れるし、例え形にして残しても終わればそれは徹底的になかったことになる」という容赦のない設定だと思っていたし、だからこそ期限が迫ってどうしようもなくなる二人に切なさを感じていただけに案外ルーズで拍子抜けしてしまった。「いい話」を集めた作品だからそこまで徹底してしまうと何も書けなくなるんだろうけど、その上でどう着地させるかが見たかった。それでも一話だけならそういうハッピーエンドがあっても受け入れられるが、全部そんな感じだったので三章以降は終盤に離れがたく思う二人を見ても、どうせ覚えてるんだろうし再会するんだろう、と予測出来てのめり込めなかった。余計なことは考えずに物語の中の優しい雰囲気に浸れれば良かったんだろうけど、結局出来なかった。

ほぼ全員が中出ししていたのも気になる。エロゲで突っ込むべきじゃないのかもしれないし、他の作品であれば敢えて突っ込まない時もある。でも『サナララ』は期間中の出来事はいずれ互いに忘れるというルールが大前提としてあって、そんな中で妊娠したらどうなるか。ヒロインは父親が誰かもわからないまま生きて行くことになるんじゃないのか。気持ちが盛り上がってセックスに雪崩れ込むのはわかるけど、全員が揃いも揃って中で出すので無表情になった。本気で相手の女の子を好きになったのなら、そのへんはきちんと気遣って欲しかったなあ。三章のヒロインだけは特殊なのでどうこう言えないけども。

文章はどの章も読みやすかったし絵も作品に合っていた。テキストウィンドウの左上にいるへちょ絵も可愛い。特徴がありすぎて有名なこの絵柄に惹かれて買ったよーなもんなので、モザイクの置き方がちょっと気になったくらいで絵に関しては文句なし。音楽は豪華な作曲陣が集められていることもあって作風に合ったいい曲が多かった。クライマックスシーンで流れる主題歌も破壊力があった。

システムは古いゲームだしあまり文句を言うのもどうかと思うけど、テキスト表示速度に「一括」がないのはさすがに当時にしても不便だったんじゃないか。あとチャプター形式になっており、ひとつのエピソードが終わるたびにいちいちチャプターメニューに戻されるのはマイナス。シナリオのぶつ切り感がすごい。これはもったいないなあ。

Story:01 のぞみ

極度のあがり症である希未にとって次のバトンを渡す相手が年頃の男の子だった、てのは試練に近いものがあったんだろう。ナビゲータになってしまえば自分を認識出来るのは和也だけで、いわば希未にとっては和也と世界で二人きりも同然。更にお試しお願いで物理的にも離れられなくなったんだから、希未にとってはかなりキツかったんじゃないか。しかしこのお試しお願いによって和也はいつも隠れがちな希未の素顔を見られたし、希未もぶっきらぼうだけど本当は優しい和也に惹かれて行く。この「2m 以上は離れられない」展開は、手錠で繋がったけど鍵が見つからなくて物理的に一緒にいるしかないというお約束展開のアレンジだけど、和也の年頃の少年らしい軽さと希未の極度の人見知りという設定が上手くハマってコミカルに描かれていて楽しかった。しかしこの状態は期間限定で期限が過ぎれば忘れるから、終わりが近づくたびに今の状態が惜しくなって来る。これは和也も序盤に妄想していたようにお約束で先が読めていたが、それでも物語に没入出来たのはそれまでの過程で必要な描写をきちんと抑えていたから。だから二人が惹かれ合うのは納得出来た。和也が希未を放っておけないと思う気持ちはわかるし、希未が和也に惹かれて行くのもわかる。特に和也の服の袖を引っ張りながら歩く希未のシーンは、和也の優しさと希未の可愛さが出ていてぐっと来た。順番に風呂に入る時のやり取りとか、ベッドとプリンス床ホテルの間で交わされる夜毎の会話も良かった。お試し期間が終わって唐突に離れられるようになった時、初めて雨の中で手を繋ぐシーンも印象的。

でも一番ぐっと来たのはやっぱり和也が本お願いを決めて、二人が一旦別れるシーン。和也のお願いが「希未を幸せにしてくれる人と巡り会えるように」だったのはやられた。和也が最初に妄想していたように「ずっと一緒に」というお願いをしなかったのは、希未の未来の可能性を否定することに繋がるのではないかと想いやれることが出来たからで、和也の優しさを一番感じたシーンだった。希未にとっては本当に王子様だよなあ。これで中出ししなけりゃもっと良かったんだけどなあ。惜しいな。

最後はやはり再会するが、雨、虹、時計、焼きそばパン、袖を掴む癖などは目に見えていてもはや伏線ですらなかったけど、ここまで綺麗に収束してくれたのなら文句はない。

それにしてものぞみシールド立ち絵の破壊力はすごい。まずめちゃくちゃ可愛いし、のぞみの悩みも表現されていて素晴らしいじゃないですか。特に和也の部屋に初めて来た時に発見したエロ本を手に持って慌てた時のやりとりはもうめっちゃニヤニヤした。ちなみにのぞみの願いは「べ、べつにわたしだってっ。ほ、本当は、虹が見たかった訳じゃないわよぉ」の一連の台詞から、恐らくは「虹が見れますように」だったんだと思われる。

Story:02 Sweet days, Sour days

一章は見知らぬ者同士の距離が近づいていく話だったが、今回は逆に幼馴染みのケンカップル未満で近すぎる距離からスタートする。あゆみのお願いによって一日がループし、その中で二人の間に些細な変化が生まれて行くのが良かった。正直面白いわけではないんだけど、読んでいて妙な居心地の良さがあってするする読めた。

しかし海外のパティシエに認められるためにループを利用してケーキ作りの腕を上げて行くのは「ズル」としか思えず、しかしそれも結局はご破算になったのでもういいとして、二度も完成間近のケーキを落としたのはちょっとな。瑣末なことかもしれないけど、食べ物を粗末にするよーな行動は控えて欲しかった。あゆみも雄司の行動の理由に気付いて気を使うのなら、そもそも製菓教室に行くのをやめるだけでよかったのに。雄司の行動をトレースすることに意味があったのかもしれないけど、あまり話に浸れなかった。しかし雄司はいつのまにか幼馴染みとセックスしていたことに驚かなかったんでしょーか。それはナビゲータとしての務めを果たし終えたあゆみにも言えることなんだけど、まあでもこの二人ならなんとかなりそーな気もするし、そのあたりの空気は幼馴染みならでは?

ところで二人が学校をサボってデートする時にゲーセンで輪投げに挑戦するんだけど、係員が雄司に輪投げの輪や景品を渡す描写があるのが気になる。これはすでにみんなには雄司が見えていることの伏線だと思ったのに違ったらしい。作者のミス?

Story:03 センチメンタル・アマレット・ネガティブ

いい話だった。夕方から明け方までのあまりにも短い時間の中で、高畑と三重野の再会に始まり、学園ごっこを通して二人の過去と現在の境遇、挫折と諦観を描き、最後には高畑の願いと三重野の真実が明かされる。靴紐や演劇などの道具も上手く使われていたし、何よりこの作品独特の「一生に一度のチャンスが回って来る」というルールをストレートに扱ってきたこれまでの章とは違い、矮小な自分に気づいてそこから逃げることにチャンスを使ってしまったナビゲータと、「重い病気を治して元気になりたい」という「一生の中で一番大きな願いがある時」にはすでに資格を失っていた者という構図になっているのもいい。それでも高畑の苦し紛れの『俺なんかよりももっと、このチャンスを必要としてる奴に順番を回せ』という願いが奇跡を起こし、もうこの世には存在出来ないはずの三重野の想いを形にして高畑の前に呼び寄せ、高畑に我儘に付き合ってもらうことで「本当は行きたかった学校」でつかの間の「学園生活」を過ごし、「学園ごっこ」をやることで「演じる」ことも出来たし憧れていた「劇」も再現出来た。そういう意味では三重野の未練は最期に果たされたと言っていい。チャンスのルールが叶えたというよりは、高畑の願いが三重野の願いを叶えた形。例え三重野がもう死んでいたのだとしても。そうして最期に三重野は挫折して打ちひしがれていた高畑の背中を押して消えた。すべてが終わり、覚えてもいない前の学校でのクラスメイトが死んだことを聞かされて何の感慨も抱けないでいたところに不意に思い出したのが、三重野と学園ごっこをした時の記憶ではなく前の学校での三重野とのやりとりだったのもいい演出。窮屈に結ばれた靴紐を見て、はっきりとは思い出せなくても誰かの号令と劇中の台詞だけが高畑の記憶に蘇るシーンは、一度は挫折してしまった高畑の今後に希望を感じさせるいい終わり方だった。

と、ここまでベタ褒めしたのに「いい話だった」で終わってしまった。よく纏まっているし綺麗な話なんだけど、何故か私には刺さらなかった。読んでいて「Key っぽいな」とは思ったけどそれが悪いわけでもないし、三重野のキャラクタも気に入ったし、二人の描写も短い中できちんと描かれていたので文句らしい文句はないはずなんだけどなあ。

Story:04 "Summer Holiday"

チャンスシステムのルールの隙を突いて半年もナビゲータを続けて来たアウトドア引き篭もりな主人公、とスタートラインから設定を捻って来て最初は引き込まれたが、終わってみると普通の物語だった。別に普通であることが悪いわけではないけど、期待していた分だけ落胆は大きかった。ちやほやされてその気になり、進学したことで自分が井の中の蛙であることを思い知って挫折していたという洋一の過去が、直前まで読んでいた三章の高畑と被るのも気になった。 目立つのが嫌で常に平均点を求め、やりたいことをやろうとしない由梨子の設定も、親に気を遣いすぎるあまり自分の本音を押し殺して生きて来た三重野と少し被っている気がしてこちらもなんとも……。今までは「ある意味で二人きりの世界」に留まっていたのに、今回は本当に二人きりの世界になってしまう展開は面白かったんだけどなあ。期限の最終日に現実と向き合うことを決心して結ばれ、雨の中でプールで遊ぶシーンも私の好きなシチュエーションなのに、「セックスしてプールではしゃぐ余裕があるならまだ完成してない絵の続きをギリギリまで描くべきじゃないのか」とかそっちのほーが気になって没入出来なかったもんなあ。正直プールのシーンは詰め込み過ぎて窮屈に感じたし、「いつか泳ぎに行く約束」の伏線を回収したかったんだろうけどちょっと強引に感じてどうも……というかこの約束を入れる必要はなかったんじゃないかなあ。

良かったところもある。この章で『サナララ』の意味がわかるんだけど、やや苦しいけどその苦しさが逆に「らしく」て結構気に入った。いいタイトルだよね『サナララ』。それとエピローグも良かった。まだ再会もしないまま二人で未完成だった絵を完成させていく共同作業はいいなあ。そして雨の夜の再会。由梨子が記憶はもうないだろうに、かつての教訓を守って雨合羽を着て来るあたりもいいじゃないですか。