Antipyretic

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『Phantom INTEGRATION』感想

http://www.nitroplus.co.jp/pc/lineup/into_01/phantom_int/

一番好きな文章を書く人は虚淵氏かもしれない。ボキャブラリが豊富で読みやすく、スッと頭に入ってくる。シナリオも無駄がないのに、きちんと緩急があって面白い。逆に言うと無駄がなさすぎて物足りない部分もあるし、スケールもそこまで大きくないが、だからこそブレずに纏まった作品になったんじゃないかな。素直に「面白かった」と言える作品。

大きな特徴としては銃への拘りが見られる点で、任務の前に毎回銃を選択出来る仕様になっており、そんなところにも虚淵氏の趣味が出ていて面白かった。戦闘描写も誤魔化すようなことはせず、基本的な戦法についてもきちんと説明が入るし、だからこそ殺し合いの場面が映える。特に三章の教会で行われる新旧ファントムの対決は鳥肌が立つほど。

しかしこの作品の最大の魅力は、各キャラクタの苦悩や葛藤と、それによる哀しい対立と結末の描写。各キャラクタは私にとっては遠い世界の住人なのだけど、そんな彼らの気持ちが伝わって来るし共感出来るところもあった。それを支える絵もまた表情が良いんだよな。

欠点は三章の展開がどのルートも似通っている点と、クロウディア以外のインフェルノの幹部に魅力を感じられなかった点。あと背景。原画は癖は強いものの作品には合っていたので不満はないけど、写真をそのまま張り付けたような背景は立ち絵とも合っていなかった。あとは Nitro+ 独自のゲームエンジンが使いづらい点くらいか。音声はないけど、そんなことが気にならないくらいに夢中で読めるのでそこは問題なかった。

気軽に読めて、かつ面白いゲームをやりたくて買ったよーなもんだったけど、私の求めていた以上の満足感を与えてくれた。『沙耶の唄』も良かったし、文章だけではなく虚淵氏の綴る物語は私の好みには合っているのかもしれないなー。

吾妻玲二

人を殺すことへの葛藤はあるものの、恐ろしい早さで暗殺者として成長していくあたり、やはり天才だったんだろう。自分を「道具」だと思い込むことでしか動けないアインや、本来の自分をも飲み込もうとする「憎悪」に突き動かされてしまうドライとは違い、ツヴァイは暗殺者としての優秀さと人間らしさが互いを圧迫しない奇跡的なバランスを保っている稀有な存在で、それ故に彼もアインやドライとは違う問題を抱えて苦しむことになるが、その分強さも持ち合わせていた。だからこその最強。アイン、キャル、美緒ルートではまだ甘さも残っているけど、クロウディアルート後半以降の、甘さすらクロウディアのためだけに捨てた玲二がたまらん。キャルが爆死したと勘違いしてマグワイアに急襲をかける結末の玲二も一見最強に見えるけど、安っぽい展開の末の暴走でしかないのでこちらは微妙だった。やはり最強の玲二はクロウディアルートの彼じゃないかな。

アイン

アインルートは、王道で安定した面白さがあった。玲二を暗殺者にするべく指導して、玲二が育ってからはパートナーとして抜群のコンビネーションを発揮して、玲二がツヴァイではなく玲二としてサイスを殺すことをその身を擲ってまで阻止して、故郷で変わっていく玲二を愛しく思い、最後には玲二とともに生きていくことを誓った少女。命令だと割り切ることで優秀なスナイパーでいられたアインが、エレンという名を玲二に与えられてから初めて憎悪でサイスを殺すシーンは印象的。そしてその罪の重さに苛まれることになるが、キャルルートから派生する BAD ED とは違い、隣には同じ罪を背負ったままそれでも強く生きている玲二がいる。だからアインも生きて行ける。しかしこの時点ではアインにとっての玲二は「記憶も故郷もなく、単なる道具でしかない自分にも可能性があることを信じさせてくれる希望」でどちらかというと依存の傾向にあったと思うが、アインの故郷である可能性が高いモンゴルの草原に辿り着いたことで、アインもようやくスタートラインに立てた。だから玲二に依存する必要がなくなる。ここからアインの玲二への想いは、恋へと変わっていくんだろうな。

ただ、アインはキャルルートでの彼女が一番印象に残っている。玲二を殺したキャルに復讐を果たして虚無感に苛まれる結末や、キャルに看取られて死んでいくシーンなどは特に。

「やっと……わかった。わたし……恋してたんだ……美緒や、あなたと……同じ風に」

この台詞からはアインの一人の少女としての顔が一番強く出ていて、とても好きな場面だった。

クロウディア=マッキェネン

執念の塊。クロウディアが戦闘で活躍する場面はないが、その分インフェルノ内部で策を張り巡らし、アインやドライにも劣らぬ個性を発揮して魅せてくれる。短いながらも濃い内容でたいへん面白く、一気に読めた。何といっても、クロウディアの「こうとしか生きられない」という生き様が魅力的。弟や親友を裏切り、同盟を結ぶべく躍起になっていた相手ですらも餌にして用意周到に暗躍し、最後には愛した玲二をも利用しようとしたクロウディアの徹底した利己性がたまらない。そんな聡明で浅ましいクロウディアを愛し、本性を知ってもクロウディアを守ろうとする玲二も、クロウディアの持つ毒に飲み込まれたかのように共に駆け抜ける様がいい。クロウディアはああいう生き方に縋ることでしか自分を保てなかった女だったが、いきなり記憶を消されて暗殺者になるしかなかった玲二もまた、クロウディアの優しさや浅ましさに縋るしかなかったんだろう。玲二に寄せていた同情は嘘じゃなかったんだろうし、包み込むような優しい顔もクロウディアの一面には違いない。その自分の優しさをも、クロウディアは利用した。優しさと利己が同居しているクロウディアと、非情さと人間らしさが同居している玲二は、互いの欠けた部分を補っていけたのかもしれない。

結末はクロウディアに殺されるか殺すかの選択によって分かれるが、どちらも説得力のある終わり方で、クロウディアが如何に玲二を愛していたかが痛いくらいに伝わって来た。特に玲二を殺す結末のほうは、恐らくロメロを撃った時もこうして泣いたんだろうなと思うと切なくなる。その後昇りつめたクロウディアは玲二を殺した空薬莢を大事に持っているが、それを持ち続けているといつかは足元を掬われて、惨めたらしく死んでしまう。だからクロウディアは玲二のことを忘れなければならない。わかっているのに持ち続けているあたりに、クロウディアの弱さが見え隠れしていてとてもいい。私はこのルートが一番好きだな。

F40 を駆るエピソードも良かった。何気にクロウディアの激しさと玲二の少年らしさが出ている貴重な場面だったし、終盤のカーチェイスの場面も燃えた。

キャル=ディヴェンス

キャルはドライになる前となった後とで様変わりしてしまったように見えるが、元々酷い父親を憎んでいたし、やっぱりドライになった後のキャルもキャルの本質なんだろうな。

ただ、アインの攻撃から玲二が守っただけで解決してしまったのは、キャルの抱えていた憎悪に軽い印象を与えてしまったようで残念。そもそも玲二が爆破された部屋を確認しなかったことに納得が行かないというか、「玲二にキャルが死んだと勘違いさせたかった」という作者の意図がありありと見えて萎えた。終盤のアインとの対決も、ジュディを殺したのがアインであることをキャルが知っていれば、より一層盛り上がったんじゃないかな。ただ、玲二とのセックスの余韻に浸る間もなくツァーレンシュヴェスタンを蹴散らすシーンは痺れた。玲二に愛された裸体に返り血を浴びせながら、凄絶に笑うキャルにはゾクゾクした。美緒に八つ当たりで酷いことをしてしまった自分に嫌悪して、月の下で密かに後悔の涙を流すシーンもいい。結末も明るい空気はそのままに、しかし刹那的に生きている二人を見ていると不安もあるんだけど、それが二人らしくて最高だった。好きな ED。

藤枝美緒

非戦闘員だしインフェルノにも直接には関われない上に、登場が後半なので他のヒロインに比べても不利な面が多く割を食っている。辛うじて梧桐が関わってはいるものの、彼女はあくまでも一般人として育てられてきた普通の少女で、それをアドバンテージとするにはいまひとつパンチが足りない。美緒は要するにピーチ姫で、ピーチ姫としての役割を果たすことに徹底している。ただ、普通のピーチ姫系ヒロインでもなかった。幼い恋心に任せて突っ走ることはせず、自分が玲二のいる世界の住人にはなれないことに気づくシーンで私の方がハッとさせられた。そしてこの聡明さが、皮肉にも美緒の魅力に繋がっている。

面白かったのがキャルとの対比。特別な設定はないけど何でもこなせる天才のキャルと、極道一家の娘ではあるけど殺しの才能はない美緒。どちらも殺し合いとは無縁の世界に生きていた少女だったが、玲二に惚れることで別の世界を覗く羽目になった。そして才能のあったキャルは玲二と離されることになり、聡明だった美緒は自分から離れた。 そんな二人のやり取りからは互いへの思いやりが見て取れる時もあり、奇妙な友情めいたものが見えて、でも世界が違いすぎる故に一瞬の交差でしかなかったのが切なかった。キャルが普通の少女でいられたら、このふたりは仲良しになれたんじゃないかな。きっと。

リズィ=ガーランド

リズィが何故クロウディアについて来れたのかが不思議なんだけど、ロメロのことも知らなかったみたいだし、クロウディアが騙し通したってことなんだろうな。クロウディアは最後にリズィを裏切ったが、この正反対な二人の間に確かに友情は存在していた。リズィがクロウディアの裏切りを止めようと銃を向けるシーンがあったが、キャルを止めようとしてでも撃てなくて、逆に殺されてしまったところを見ると、クロウディアも言っていたように、玲二が何もしなくてもリズィは撃てなかったんだろうな。

レイモンド=マグワイヤ

インフェルノの最高幹部だが、幹部の席に居座って決定権を持つ人だけの人、という印象しかない。おかげでインフェルノの凄さがいまいち伝わって来ない。

アイザック=ワイズメル

わざわざ特筆しなければならないような見どころはないが、クロウディアへやキャル絡みなどでマグワイヤよりは出番があっただけマシかも。

梧桐大輔

相当の大物なんだろうが、男気を感じられるのがクロウディアとベッドを共にしている時に玲二が乱入するシーンのみだったので、あまり印象に残ってないんだよなー。

志賀透

組のために敬愛している梧桐をその手にかけた即断即決の判断力と実行力は大したものだし、美緒ルートで梧桐との約束を果たすべく美緒を守り通した姿は格好良かった。早々からクロウディアを警戒したり、梧桐との約束を守ろうとする男気を見せてくれたりと、梧桐組は梧桐よりも志賀のほうが目立っていたよーな。

サイス=マスター

十八番の洗脳については詳しくは語られなかったが、ツヴァイが自分の名前を思い出しただけで記憶が全部戻ったあたり、多分大したものではなさそう? ただ玲二やキャルなど、暗殺者としての優秀な素質を見抜く力は本物だったんだろうな。つまり変態(えー)。

印象的だったのは、ルシオ暗殺の時のフィナーレで車に乗って登場するシーン。羽根飾りまでつけてノリノリな姿に思わず笑ってしまった。何だったんだあれ。