Antipyretic

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NORN9

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これほどプレイ中に感想がくるくる変わっていった作品も珍しいかもしれない。でもなんだかんだで楽しかった。攻略対象はこれだけの人数がいながらキャラクタが被ることもなくバランスよく配置されているし、背景や音楽もいいしシーンのひとつひとつに萌え転がったりした。いやもー萌え転がるとかこんな表現使うの何年ぶりですか。

と言っても駄目なところは大量にある。真っ先に挙げると壮大な入りに対して舞台が狭いあたりで、世界の命運を握る少年少女が集まるってのに、世界情勢に触れる機会もなくノルンで修学旅行が延々続けられる。せめて補給地でのイベントが合間に入れば良かったのに殆どないし、あってもキャラクタの視線は自分たちに向いていて外にはほぼ向けられない。『リセット』選択に至るまでの準備のためだけに外界から遮断された船に能力者を閉じ込めて延々と修学旅行をやらせていた、という『世界』の狙いもよくわからぬ。そんな狙いがあるなら尚のこと『リセット』の重要な判断材料になる世界情勢は伝えるべきだし、もっと世界の現状を見せるべきだった。「目的地に着いたら離れ離れになる」という嘘を能力者たちに伝えていた理由も謎。そもそも世界の命運をたった九人の少年少女に委ねるのも酷だし、選択の結果に至る経緯も割愛していくのがアレ。ほぼ全部のルートでシナリオの豪快な投げっぷりが見れるので、シナリオライタは力尽きたんじゃなくて敢えてカットしてるんだろーけどその意図がわからん。

旅の感覚が薄いのもマイナス。ノルンがどこを飛んでいるのかわからないというよりは、今まさに飛行中だという実感すら湧かないまま進む。街に降り立っても背景がほぼ一緒で描写も少ない。物語に大きな動きがないのに、ノルンも停滞している印象しかないのがダブルで痛い。夏彦が時々襲って来てくれるあたりでようやく「あ、ちゃんと飛んでるのねノルン」と把握出来るレベル。そもそも本作は状況がよくわからない場面が多すぎて混乱することも多々。私のテキスト咀嚼能力が衰えたのかと焦ったじゃないですかもー。

設定は活かされてないというよりは活かしようがなかった、てな印象。無駄な設定で「物語が広がらないようにしている」から、登場人物も修学旅行をやるしかなくなっている。一月の能力による夢のイベントが出て来るのも話の広げようがないからだ。逆に言えば夢のイベントが入ったおかげで背景や舞台、衣装差分も含めて作品世界が少し広がった。立ち絵の衣装差分って重要なのね、と改めて思い知らされた。苦肉の策という感じがしないでもないが、強制的に童話の役割を負わされたキャラクタのそれぞれの関係は一応進展しているし、何気に一月(と平士)は最優秀助演男優賞クラスの貢献者なんだよなあ。

他に気になった点を挙げると不自然な SE とか回想の多さとか。ちょっとしたことでセピア画面に何度も移行するのでうんざりして来る。システムも相変わらず微妙。というかオトメイトのシステムで快適だったことがないんだけど改良される日は来るのか。そしておまけの「ヒヨコチャンネル」と「ノルン+アンサンブル」は激しくどーでもいい内容で、これにリソースを割くなら他に優先すべきことはあっただろーに。

小さなエピソードにぐっと来ることは何度かあったけど、これはキャラ別感想で書いたほうが良さげなのでここでは割愛。というわけで不満だらけになってしまったけど、それでも『ノルン』は嫌いになれないというよりはむしろ好きな作品なんだよなあ。クオリティはさておいて好きになれる、という経験は久しぶりかも。

正直、私にとって世界の命運はどーでもよかった。『世界』のやり方やスタンスには疑問が残るし、彼らに従う意義は見出せなかったからだ。世界の説明が雑なのでは物語に入れ込めないもんなあ。だから一部の任務放棄 ED もアリだと思えた。そもそもこの作品の設定自体が美味しいとは思えないし、キャラクタはそのままに無人島で暮らす羽目になった十三人、という展開のほうが盛り上がったんじゃないか。サバイバル生活を送って反発し合ったり協力し合ったり恋愛したりとかそういうアレで。どーですか IF。

こはる (CV:藤村歩)

ここまで無垢な子は久々に見たかもしれない。こはるのような重い過去を持っていると捻くれてしまいかねないというか RPG のラスボスにありがちな設定だなあとか思ってたんだけど、こはるは人を恨まず世界を憎まず、ノルンに乗船してからも人の輪の中に入ろうとしたり常識を学習したりで本当にいい子だった。そんなこはるが誰よりも攻撃的な能力を持っており、そのことで葛藤しているギャップがもう最高じゃないですか。Key 作品のヒロイン系かな、と最初は思ったけど最終的には一番好きな主人公になった。優しいけど駄目なことは駄目だとはっきり言えるところもいい。

あと何気に立ち絵でべっかんこう立ちがあるのが珍しくて面白かった。パッケージではよく見るけど、使いどころが限られるポーズだし立ち絵ではかなり珍しいんじゃないか。でもこはるの優しさを表現するのにべっかんこう立ちは上手くハマっていた。

残念なのはすべてのキャラに言えることだけど、やっぱり過去の掘り下げが浅い点。特に史狼と過ごした時間の詳細はもっと知りたかった。恐らく、こはるというキャラクタが形成されるのに大きな影響を与えた人物であっただろうから。

久我深琴 (CV:高垣彩陽)

高貴な生まれの長髪黒髪ツンデレお嬢様という設定はエロゲの攻略キャラぽい。ノブレスオブリージを見事に体現したかのようなキャラクタで、作中の深琴は常に肩肘張っていてヒステリックな面もたびたび出てくるけど、彼女の生まれを考慮するとそれも仕方ないかなあと。そうやって必死で頑張る姿が夏彦には尊いものに思えたんだろうし、朔也には危なっかしく映ったんだろうし、一月には苛立ちに繋がったんだろうけど。

過去の情報量は他のキャラクタに比べると恵まれている。恐らく攻略対象に幼馴染みの朔也がいるのが大きいんだろうけども。あと作中の深琴の描写から彼女の歩んできた人生の一端が垣間見える、てのもある。わかりやすいキャラクタ。

不知火七海 (CV:瀬戸麻沙美)

表情のバリエーションが少ない分、笑顔になった時の破壊力は抜群。

しかし七海も過去の描写がもっと欲しかった。暁人ルートで七海が自分の能力を嫌いになるきっかけは描かれるが、七海が何故父親の言いなりになっていたのかは描かれない。親子だから、という理由だけでは少し弱い。その辺はロンルートでロンに指摘される重要な要素でもあるし、これが僅かでもいいからきちんと描かれていれば全然違っただろーに。

ただ、こはるは千里と、深琴は三人それぞれとカップリングとしても美味しかったけど、残念ながら七海はそういう萌えには巡り会えなかった。どちらかというと一月、平士、七海の三人でワイワイやってんのを眺めているのが楽しい。

結賀駆 (CV:梶裕貴)

一番最初にやったのは失敗だったなあ。駆ルートの駆は腹黒だと感じられる場面があまりなかったから、毒を持つ面をアピールされても面食らってしまう。純粋なこはるとペアを組むことで自分の黒さを思い知らされ、そこからこはるに特別な感情を抱いていく展開になっているのに、駆の中の黒さを感じられないから駆の戸惑いが唐突に感じられるし、シナリオ量が短い分駆がこはるに惹かれていくのが早く感じられたせいもある。他のルートだと結構腹黒な子だなーと思わせる場面がちょくちょく出てくるので、最初に攻略しなければ印象も変わっていたのかもしれない。毒のないこはると毒を持つ駆、火のこはると木の駆、というそれぞれの対比も面白そうだったんだけどな。

しかし彼の腹黒な面は複雑怪奇で難しい。特に千里への接し方は駆の真意を知った後でも私にはあまり優しさを感じられなかったし、毎回正宗あたりに駆の真の狙いを暴露されて「本当は優しい人なんだよ」とアピールされてもやはり駆を優しいとは思うには少し抵抗があった。他にもっとスマートなやり方はいくらでもあるだろうに、駆のやり方は行き過ぎることもあるのが気になる。駆を「頭のいい人」として描くなら尚更。

洗脳云々もバタバタしているうちにいつの間にか終わったし、史狼との関係も特に説明がないまま ED に雪崩れ込んでしまったしで色々不満はあったけど、ラストの駆の爽やかな青姦宣言で全部吹っ飛んだ。単に抱きしめたいだけかと一瞬考えたが、こはるを抱きしめながら言うんだからやっぱり外で解放感のあるセックスをしたいんだろうな彼は。

市ノ瀬千里 (CV:下野紘)

千里のキャラクタもシナリオもこはるとのカップリングも何もかもが良かった。正宗に嫉妬してこはるに引っつくシーンでは可愛い雛が二匹揃っているようで、見ているこっちが思わず笑顔になってしまったほど。とか思いながら微笑ましくプレイしていたら、史狼のもとに二人して囚われる BAD ED で鳥籠の中のつがいとして表現されていてなんとも言えない気持ちになってしまった。でもあの結末は好み。

前半は千里の成長物語としても無理なく纏まっており、比較的最後まで読みやすい展開。その成長は劇的なものではなかったけれど、こはるの真っ直ぐな優しさに導かれるようにして徐々に心を開いていく千里がとてもいい。終盤は史狼のところに行ってしまったこはるを取り戻すために、こはるの火の能力に対抗出来る水の能力の持ち主として、何より一人の男として千里が戦うことを決意するシーンにはぐっと来たし、幼い二人が助け合って懸命に手繰り寄せて漕ぎ着けた結末という感じがしたのが良かった。

更に暁人とのやり取りが要所要所で挿入されるのもいいなあ。暁人はあまり好きなキャラクタではないけど、千里のお兄ちゃんをやっている暁人は好意的に見れる。もうちょっと表に出て堂々とお兄ちゃんしてもいいのよ、と言いたいくらい。実弟にすら発動される暁人のツンデレお兄ちゃんぶりが可愛らしかった。

遠矢正宗 (CV:佐藤拓也)

一番謎だったのは、何故彼があそこまで『世界』の意志に従おうとしていたのか、なんだけど語られてたっけ。私が読み逃したのか『ノルン』のお家芸「肝心の場面を割愛」が発動したのかはわからないけど、正直どっちもあり得そうだから困る。

正宗と言えばやっぱりキスシーンには驚いた。キスの早さもそうなんだけど、それよりも彼の人柄が180度変わったように見えて素でびびった。二重人格かと思ったら単に甘いものに酔っていただけ、という設定でおいコラ。前半はこの突然のキスをきっかけに互いに遠慮し合って微妙にすれ違う様が描かれるが、この二人はどちらも比較的真面目なキャラなせいかあまり心配はしていなかった。ちなみにこのキスの件を正宗に聞かされた朔也の厳しい反応が、いい感じにアクセントになっていて面白かった。

中盤以降は内乱の対応に追われることになるが、こはるが自分の能力を隠したことで深琴に負担がかかり、更に朔也と深琴が恐れていたことが現実になるフラグをきっちり回収、と嫌な場面がドミノ倒しのように次々と発生していく。この件を機に正宗が『世界』に疑問を抱くのはわからないではないし役目を放棄するのはいいんだけど、その決断に至るまでの過程は描いて欲しかったなあ。ノルンのメンバーをこれまで導いて来たのは唯一真実を知っている正宗だけなのに、その正宗が他のメンバーを残したまま二人で逃亡してしまうのは印象が良くない。せめて全員の安全が確保されてからにして欲しかった。こはるの記憶を問答無用で消してしまったのもちょっとなあ……。ここでこはるの記憶を消してもその場しのぎにしかならない。だってこはるの能力は残ったままなんだから。

吾妻夏彦 (CV:小野大輔)

比較的丁寧に描いてきた物語を、中盤の急展開でここまで台無しにしたシナリオは久しぶりに見た。ほんっとおぉーーーーーにつまんなくなったな記憶喪失から。見事に興醒めした。夏彦が記憶喪失になるのも急すぎるし、記憶喪失中の話は別に記憶喪失じゃなくても描けたと思うし、記憶が戻って次の展開へと移行する描写すらお粗末でもう読んでいてシナリオが可哀想になっていた。夏彦がずっと追いかけてきた史狼がいつの間にか死んでいた、というやる気があるのかよくわからん結末もちょっとな……。武器についても「戦を起こすのは悪人だが、戦争を長引かせるのは善人である」という興味深いテーマなのに、結果はどちらにせよ夏彦があっさり決断してしまったような印象を受けるのが残念。ついでに言えば(夏彦が作ったのかどうかは謎だけど)戦闘機のデザインもすごい。まあでも厨二趣味は可愛いと言えなくもないか。

不満点を並べ立ててしまったが、前半の展開だけなら夏彦ルートが一番良かった。空汰とのやり取りから深琴がノルンへの疑問を抱いていく過程は面白かったし、夏彦から知らされる真実には初めて聴く情報もあって興味深かったし、敵同士の二人が心を通わせて行く中で深琴のためにわざわざヒヨコを作ったり熱いお粥を作ったりしてわかりにくい優しさを見せる夏彦も可愛かったし、流星群のエピソードもロマンチックなイベントで終わらせるのではなく、世界の状況と共に夏彦のこれまで歩いてきた時間や考え、夢が語られるいいシーンだったのに記憶喪失で全部パアだ。ああもったいない。

二条朔也 (CV:斎賀みつき)

一番好きなシナリオは、と問われたら朔也ルートだと答える。私が『ノルン』の不満をこれだけ並べ立てて、それでも好きなゲームだと言えるのは朔也ルートがあるからだ。深琴と朔也が如何に互いを想って自分の気持ちをセーブしあっているかが伝わって来たし、何より二人とも相手のためを想ってしていることが相手にとっては残酷な仕打ちになっている、という哀しいすれ違いがあまりにも綺麗に収まっている図がたまらなかった。一見誰にでも優しいようでいて、危険な場所に向かった深琴のところに幼い空汰も行くよう指示をするなど、深琴のことだけを考えている朔也のキャラクタも良かったし、朔也を失わないために必死で未来と自分の気持ちに抵抗する深琴の痛々しさも胸に来るものがあった。だからこそあれほど頑なだった深琴が夢の中で一月を朔也に見立てて朔也への想いを漏らし、その二人の様子を目撃してしまう朔也のシーンが効いた。深琴が泣くから深琴を好きになることを許されなかった朔也と、朔也を死なせたくないから朔也を好きにならないようにするしかなかった深琴と、二人の間に自分が入り込める隙がないとわかっているから深琴を好きにならないようにしている一月、という三角関係のようでいて実は少し違う構図になっているのがいい。一番好きなキャラクタは一月だけど、正確に言うとこの三人の奇妙で美しい関係が好きなのかも。そして私の中の『ノルン』のピークはここだった。でもそのピークがあまりにも突き抜けていたから、このシーンを見ただけで値段分以上の価値を『ノルン』という作品から得られた。

そして深琴と朔也は最初から二人だけの世界で出来上がっているところがあったから、みんなの協力を得てハッピーエンドに辿りつく展開になっていたのも良かった。女の子同士の結束も美味しいし、駆と一月と平士がそれぞれ持ち味を生かして強力な助けになってくれたのがいい。そして夏彦とロンの、契約で結ばれただけとも言えない奇妙な関係も描かれていた。特に一月から奪った残酷で優しい夢の能力を、夏彦のために使ってやったロンは印象的だったなあ。しかし今回のことといいロンルートでこはるの火の能力をあっさりものにしていたことといい一月ルートでは深琴の『結界』をしれっと引き継いでたことといい、ロンは能力者ではないけど能力適正値は相当に高いらしい。暁人や千里があれだけ苦労してたのにこの男は……と複雑な気持ちで眺めてしまった。

『リセット』は世界のためではなく朔也のために選択した印象を受けるが、こちらは納得出来た。今まで世界のことなんてほとんど語られてないんだから、そりゃ動機は朔也のほうに偏っちゃうよなー。というわけで朔也のシナリオは概ね満足。面白かった。

加賀見一月 (CV:遊佐浩二)

一月は一月ルートよりも、朔也ルートで道化を演じる一月や、平士ルートとロンルートで七海を気遣うお兄ちゃんのような位置にいる一月のほうが魅力的だった。といっても一月ルートでも美味しいところはいくつかある。深琴の持つ守護者としての誇りも含めて深琴のすべてを肯定しようとする朔也とは違い、守護者としての役目を外して深琴を普通の女の子として見ようとする一月のアプローチは朔也ルートの後にやったせいか面白いと思ったし、甘い言葉をかけられていちいち揺らぐ深琴も可愛かった。手紙を書くイベントも和んだし図書館でのキスシーンも印象に残る。あそこは CG も良かった。

ただ中盤に「いつか深琴を守って死ぬ」という朔也の未来が変わった直後に、一月が部屋に引き篭もるようになったのがよくわからなかった。朔也の未来のことと、深琴が朔也に冷たい態度を取っていた理由を聞かされて二人の強い結びつきに打ちのめされたと一月は言っていたが、それだけでいきなり引き篭もるようになったと言われても納得出来ない。もちろん朔也とのことで嫉妬や焦りを感じたのも嘘じゃないんだろうが、それよりも未来がどーたらとか言ってたので一月の未来に関する不穏な予知を朔也から聞かされたのかもしれない。というか恐らくはそうなんだと思うが、内容は最後まで明らかにされなかったのですっきりしない。そして結末にも納得が行かなかった。任務を放棄するのは別にいいんだけど、あれほどみんなを守ることに固執していた深琴があっさりと大きな問題を抱えたままのノルンを降りるのがわからなかった。そんな深琴を一月が変えた、ということを表現したかったのだとしてももーちょっと悩んで欲しかった。逆に BAD ED は良かった。朔也ルートで能力者が死んでも夢の効果は持続する、と一月が言っていたのを聞いた時から予測出来た内容ではあったが、一月の能力の甘美な残酷さが表現されている秀逸な内容だった。大切な人を守れなくなることを何よりも恐れる深琴のために、自分がやがて死に行く現実を見せずに永遠に二人で幸せに暮らしていける夢の中に閉じ込める。ここで重要なのは、一月が生きている間は一月本人が夢の中でも深琴の相手をしてやれたが、現実の一月が死んでしまうとそれも出来なくなり、しかし深琴にとって都合のいいように動く夢の中では新たな一月が今度は深琴の相手をしてくれる。ただしその新たな一月は夢の産物であって一月自身ではなく、一月は自分に酷似しているけど自分ではない男と幸せそうに暮らす深琴を眺めながら一人で死んでいくんだからたまらない。そしてこれは朔也ルートで行われた夢の世界での三人の構図が、役者を変えて再現されているのが憎い。自分ではない男に縋る深琴を眺めていた朔也の状況が、ここでは一月に跳ね返ってきている皮肉。でもそれは深琴の意志を無視して強引に夢の中に閉じ込めた一月の望んだことで、それを思うと遣る瀬無かったし美味でもあった。TRUE ED はいまいちだったけど BAD ED は秀逸だったなあ一月ルート。素晴らしいの一言。

宿吏暁人 (CV:杉山紀彰)

平士が記憶を奪われる者、ロンが記憶を奪われることを望む者なら、暁人は記憶を奪われた者。それも奪われたのは自分自身の記憶ではなく弟の記憶で、しかもその奪われた記憶の内容が兄である自分のことだった、てのがまた……。だから七海を憎んでいるし、七海も自分の罪だと自覚している。こういう憎悪と償いから始まる関係はツボ。暁人が七海を憎まなければやっていけなかった気持ちも、許し方がわからず苛立つ気持ちもわからないではなかったし、七海のほうも憎まれているはずの暁人に優しくされてどうしたらいいかわからなくなったりと、二人がそれぞれ互いの距離が近づくたびに戸惑う様が尺は短いながらもきちんと描かれていた。ただ、私は暁人を見ているとどーしても苛立ちが勝ってしまうらしく、最後まで彼を好きになれなかった。更にこのルートの七海にもイライラしてしまったし、どうも暁人のシナリオは合わなかったらしい。それでも暁人の過去には同情した。彼は弟と村の両方のことを考えて立ち回るべきだったと後悔していたが、あの状況で幼い市ノ瀬兄弟に冷静な判断をしろ、てのは酷だと思うな。

先にも書いたように、千里のお兄ちゃんをやっている暁人とか料理を褒められて悪態を付きながらも嬉しそうにしている暁人は可愛かった。あと一月に「あっくん」「あっくん」呼ばれてうんざりしているのも可愛い。と、ここまで書いて気付いたけど、どうも私は女の子とがっつり絡まなければ暁人を好きでいられるのかもしれない。

室星ロン (CV:杉田智和)

みなみけ』の保坂並みに無駄に肌蹴てるから、登場するたびにしばらく笑ってしまったじゃないですか。色んなキャラにサングラスが怪しいとかなんとか言われてたけど、それよりも突っ込むところがあったんじゃないのか。胸のあたりとかシャツとか。

そしてシナリオは思っていた以上に私のツボを突いてくる内容だった。「記憶を消す」という自分の能力を嫌悪している七海に「能力はキミ自身じゃないんだよ」と七海の欲しい言葉をかけてあげた男が、よりにもよってその能力を求めて七海に愛の言葉を囁いて振り回す。そんな男を評するなら「最低」の一言で終わるが、七海にとってはロンの一言が核心を突いて来た言葉で、更にそれに救われてしまったから離れられなくなった。ロンは七海の抱える罪悪感に対して暁人や平士とはまた違ったアプローチで攻めており、それは他の誰よりも一番効果的だったんじゃないかな。これは七海に優しくあろうとしている平士や、七海にどう接したらいいのかわからないでいる暁人には決して出来ない。他にも七海の痛いところを的確に突いて暴いてくるロンの言葉は、七海のみならず私も聞いてて妙な心地良さがあった。だからこの二人のやり取りを眺めているのは好きだったなあ。振り回される七海がちょっと可哀想ではあったけども。

それと面白かったのが、七海とロンは甘い関係と呼ぶには遠すぎるのにものすごく甘ったるい空気があった点。『ノルン』を甘い乙女ゲーだとは思わないが、甘さだけなら作中でも随一じゃなかろーかロンルートは。二人でベッドの中でまったりしているシーンなんてもうドロっドロふわっふわに甘かった。その甘さには危険な毒も含まれている気がして私ですら酔い痴れそうになったことは何度かあったけど、残念ながら酔い切れなかった。あと一歩が足りない。敢えて描写してないんだろうけど、面白そうな設定なのにもったいないよーな。あと数ピースさえあれば面白いパズル絵が完成するのに、足りない数ピースはシナリオライタが放り投げてしまった感。

それでもこの二人の関係にツボを突かれたのは事実だし、ロンルートは結末も含めて気に入っている。魂の飢えが満たされないロンが求めたのは「記憶を消して今の歪んだ自分を形成した過去を無くし、純粋に七海を愛せる人間になること」だった。本作は世界の『リセット』の選択を迫る物語だったけど、ロンルートはロンが自分自身の「リセット」を望むようになる物語だった。そう考えると、記憶を失っても結局ロンの中の魂の飢えが消えなかった BAD ED の残酷さが浮き彫りになって来る。世界は例え同じ過ちが繰り返されるのだとしても『リセット』のたびにやり直すチャンスは与えられるのに、ロンにはやり直す機会すら来なかったんだから。でもロンのシナリオの結末はこの ED が一番好み。二挺の拳銃で互いに銃口を向け合う画になっていることもそうだし、夏彦への義を通すためと七海を助けるために捨てた右目の部分に七海の向けた銃口が当たるようにロンが敢えて導いていたのが、さり気ないながらもひたすらに哀しくて印象的だった。

乙丸平士 (CV:吉野裕行)

平士ルートをプレイしたのは終盤だったので、互いの能力が利用されることに対して不安を抱く七海と平士を見ていても、その問題があっさり解決出来ることを知っているから最後まで入り込めなかった。アイオンに会えば能力を返すことになっているのに、そうとも知らず葛藤して盛り上がる二人を醒めた目で見てしまう。これは登場人物と読者の情報量に差がありすぎたのが敗因。そもそも「能力を掛け合わせたら恐ろしい威力を発揮する」ことに気づく展開が唐突過ぎた。二人を葛藤させる山場を作るためだけに作者がわざわざ用意した印象を受ける。平士のシナリオは最初にやるべきだったのかもなあ。良かった点を挙げると、二人のために真剣に考えて怒ってくれたり協力してくれた一月が見れる点。七海、一月、平士の三人で仲良くやっていただけにじんわり来るものがあった。

上記の理由から TRUE ED はあまり印象に残らないものになってしまったが、BAD ED は良かった。七海に能力を行使させまいとして一人で追い詰められていった平士のために、結果として七海が能力を使わざるを得ない展開に及んでしまった皮肉。それもこれまでの七海と平士の時間の記憶をすべて消去してしまった、てのが遣る瀬無くてツボ。

シナリオはさておいて、平士のキャラクタは結構気に入っている。微妙にサトラレっぽい能力のある平士が明るいのは、平士が周りに不愉快な思いをさせないようにそうあろうとしていただけ、という事実には驚かされたし気の毒にも思った。平士はサラッと言ってたけど気持ちの制御ってのは相当に難しいだろうし、だいぶキツいんじゃないか。

平士は恋愛をやるよりも、妹のように可愛がっている七海やいつも強がって周りに頼ろうとしない深琴を気遣う姿のほうが印象的だった。特に暁人ルートの平士は、憎んだり優しさを見せたりして七海を振り回す暁人にズバッと指摘してくれたのが頼もしかった。

鈴原空汰 (CV:阿部敦)

キーキャラクタなのに、読者の視点が各ヒロインに移行すると最初から存在しなかったかのよーに出番が途絶えるのがアレ。アイオンとの繋がりも一応描かれるし感動する場面なんだろうけど、空汰の描写が不自然に少ないので入り込めなかった。

結賀史狼 (CV:浜田賢二)

「物語の敵キャラは動機から背景までしっかり描くべき」だとシナリオライタ十個条かなんかに書いといてください。敵の存在する物語は、可能な限り敵についても必要最低限の深度まで掘り下げないとキツい。せめてブレないでいてくれるだけでも印象はかなり違って来るのに、史狼は何をしたいのかよくわからないままで終わったのが残念。

滝島雪 (CV:市来光弘)

雪の変態ぶりよりも、こはるが雪を「きもちわるい」と一刀両断したことに驚いた。いや確かに雪はマゾの気配があるけど、こはるさんどうしたんですか……。

アイオン (CV:やなぎなぎ)

能力者は能力を持つのに相応しい者をアイオンが選定したらしく、確かに能力に耐えられるだけの体質の持ち主を選んだんだろうが、能力のせいで重い過去を持つキャラクタが多すぎるのがどーにも。そもそも『リセット』の時には能力をアイオンに返さなきゃならないのなら、わざわざ能力を他の人間に授ける必要はあったのか。