Antipyretic

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夏ノ鎖

http://clockup.net/natu/

展開自体はありがちな監禁ものでそれ以上でも以下でもないけど、鬱屈していて不安定な晋二の生々しい感情描写と、読了後に漂う夏の終わりに抱いてしまうようなほろ苦い寂寥感が印象的。主人公にも音声がついたことでより臨場感が増して、ありがちな話なのに引き込まれたし演技も素晴らしかった。これは監禁されて墜ちていく少女を堪能する作品というよりも、少女を監禁して墜とそうとする少年を見つめる作品。

特徴は監禁による時間経過で引き起こされる生理現象の描写。食事、排尿、排便、生理と避けられない問題が次々と美月を襲い、晋二もそこを集中的に突いて追い詰めていく。特に印象的だったのは体毛。夏場だし美月も当然毛の処理はしているんだけど、長時間拘束されて何も出来ず再び生えてきて、それを晋二に指摘された上で笑いものにされる。これは女の子ならダメージが大きいよなあ。毛深い子らしいので尚更。

それとこの手の作品はヒロインが快楽堕ちしたりストックホルム症候群になったりする展開が多いけど、それも一切なかったのが良かった。晋二はあくまでも美月を屈服させることを目的としており、快楽は一切与えまいとする強い意志の元に美月を強姦する。意図的に苦痛だけを与えられる。快楽を得るセックスもあるけどそれは屈辱的な形で与えられたり薬によって強制的に引き出されたり、あるいは美月が屈してしまった後に与えられたものであったりするので、実質的に美月が快楽堕ちする展開はない。そして美月が晋二に対して好意を抱くこともない。晋二のやっていることは間違っているのだと主張し続ける。それほどに美月は強く正しくあり続ける。鋼の精神力。逆に晋二は豆腐メンタルで、この対比も狭い二人きりの世界が舞台の中心になっていることもあって上手く効いていた。ある意味で『夏ノ鎖』は正反対の二人の少年少女の心の戦いとも言えるかな。

ところで当然ながら人一人を監禁し続けるのは酷く難しいことで、でも晋二は作中でも言及されていたように状況に恵まれていたり(万能なじいさんの存在が大きい)偶然に助けられている場面が多くそこらへんは微妙にリアリティに欠けるんだけど、これらは舞台の外の出来事なのでまあいいかなと許容できた。それとリアリティに欠ける外の世界の出来事は、外の世界がすべて灰色に見えていてリアルを感じられない晋二の状況ともマッチしているんだけど、これは狙ってやっているのか偶然なのか。

文章は読みやすく、絵も美しく体が肉感的でエロい。更に美月の内面はテキストで一切語られることがない分表情に目が行くんだけど、晋二を見上げる意志の強い眼差しが特に良かった。それと一度傷つけられた場所はそれ以降も痛々しい痕が残ったままになっていたり、精液をぶっかけられるとぶっかけられたままになっているところがちゃんと GG に反映されているのも丁寧な仕事だなあ。音楽も何気にいいんだよね。

不満は下品なことは言わないような美月が、乱れて抜きゲにありがちな卑語を連呼する場面がちょいちょいあったことかな。それまで丁寧に描いてきた美月のキャラクタと二人の関係を無理に崩して、普通のエロゲに落とし込んでしまったかのように感じて萎えた。一応晋二に教えられたり AV で勉強させられたりはしているんだけど、それでも急に様変わりしてしまったようで違和感がある。陥落してからのエンディングで卑語連発するのはまだ許容できたけど、これもないほうが良かった。

とはいえ不満なんてそれくらいで、丁寧な仕事が感じられる良質の短編で満足度は高かった。システムはいつもの CLOCK UP だから超有能で超便利で超快適だし、時代が実は現代より少し前の昭和時代だったことも作品に上手くはまっていて唸らされた。文章も話も絵も音楽も演技もいい。さり気ない伏線が後になって効いてくる面白さもあったし、何よりも終わった後の余韻がすごく心地良かった。

尾久野晋二 (CV:刺草ネトル)

一言でいうと幼稚で未熟な少年。外の世界が灰色に見えるのは外界に自分から干渉しようとしない晋二に問題があるんだけど、彼はそれに気づけないから世界が悪いのだと決めつけて内に籠っている。逆に美月は外に羽ばたいて夢へと邁進している。だから晋二は美月に恋をしていたけど、実は憧れてもいたんじゃないかな。美月は晋二にとって理想の姿そのものだったんだろう。だから美月を自分のいる場所に引きずり下ろしたかった。晋二は認めないだろうけど、嫉妬も多分にあった。そしてそれらがすべて攪拌された状態でこじらせてしまったから晋二は拉致監禁なんてしてしまった。

美月を拉致するまでの緊張、美月を手に入れた瞬間の高揚と焦燥、支配者になれたのだと思ったのに美月の反抗心を目の当たりにした時の動揺と憤怒、そんな美月を強姦した時の達成感、それでも諦めない美月への恐れと苛立ち、手強い女を屈服させていく時に感じる愉悦、美月への調教が進むごとについていく自信、そこからやがて生まれてしまう慢心。それらすべての感情がストレートに描写されるので、先述したようにこの作品はヒロインより主人公が印象に残る。というかヒロインを通して主人公を描こうとしている作品とでも言えばいいのかな。人間って高揚しているのか怯えているのかわからない感情を剥き出しにすることがあるけど、晋二にはそれが多い。だから美月よりも晋二の方が見ていて色んな意味で心配になった。それと彼の考えには共感できないけど、同調させられた場面がいくつかあった。そういうところも面白い作品だったなと。だから晋二のやったことを擁護しようとは思わないし「彼は実はいい子」だなんて言うつもりもないけど、嫌いにはなれなかったなあ。というかむしろ好きな主人公になった。

しかし美月と接している時の晋二は、心中ではやたらとテンションが高いから笑ってしまう。更に序盤は美月に顔を見られないように目出し帽を被って接していて、その姿はさぞかしシュールな絵だったんだろうなと。なんていうか『デスノ』の夜神月を見ている時のような一種の滑稽さがあるのよな晋二の言動には。

基本的に美月に対しては最初から最後まで容赦がないが、特に隷従 ED は鬼畜。美月の心の拠り所であるバイオリンで美月の膣に突き刺し、バイオリンを尿や精液などの体液で汚し、美月の目の前でへし折ってしまうのが圧巻。この隷従 ED は催淫キノコというチートアイテムを持ち出してくるのが二人の精神的な我慢比べの最中に無粋な展開を入れられた感があってあまり好きな結末ではないんだけど、バイオリン関連のシーンは酷いけど迫力があった。ちなみにこの結末だと晋二が更に自信をつけて傲慢になっているけど、調子に乗っているところで足をすくわれて自滅してそーなんだよな。

愛玩 ED では洗脳に近いやり方で美月を陥落させたが、こちらのほうがまだ納得できた。しかし美月という上等の奴隷を手に入れたことで彼女に相応しいご主人様たろうと努力して、友達も出来たり女子にモテるようになったりするのが何ていうかもう……。この子はちゃんと周囲に自分から関わって努力さえしていれば輝かしい人生を謳歌できたんじゃないのか。こうして晋二のいろいろな可能性を複数の結末にそれぞれ提示しているから、何とも遣る瀬無い気持ちになる。そしてこの ED の美月の命は長くなさそうなので、そんな美月を拠り所にしている晋二の行く末には破滅しか見えないのが……。

でも一番印象に残っているのは通常 ED。晋二が逮捕されるという真っ当な結末だが、逮捕されてからの展開が淡々と語られるだけなのに一番忘れられない結末になった。自分が異常でも特別でもなくごく普通の人間であることを自覚し、更に良心が戻ってきて自分のしたことの恐ろしさを痛感し、でも美月に謝罪することは自己満足になるだけだからと償いすらも出来ないことに苦しむ晋二の語りには説得力があった。やがて大人になってタクシードライバーとして働く晋二のタクシーに、バイオリニストとして活躍している美月が乗車してくるという運命的な再会シーンで震えた。この時に二人の間で特別なやり取りは交わされない。美月は最後まで晋二に気づかなかったし、晋二もタクシードライバーとして接した。晋二だけが気づき、美月は気づかない。それはかつての晋二と美月の関係そのままで、二人の視線はどうあっても交差しないという遣る瀬無さが漂っていて胸に来た。そしてクリア後にタイトル画面では「学校の廊下ですれ違う美月を見る晋二と、晋二に気づかず通り過ぎていく美月」の絵に変わるのも憎い演出。

最後の最後で読める未遂 ED では美月との些細なやり取りが発生するが、晋二が馬鹿なことをしなければ美月とこうしてごくごく普通の会話が出来たのだという皮肉がいい。しかしそれでも晋二の恋は報われないんだろうな、と察せられるのもまた切ない。

白井美月 (CV:葵時緒)

何もしてないが、何もしてないが故に晋二に攫われてしまう少女。何もしてないのでは美月にはどうしようもなく、理不尽を享受するしかない。その上晋二の鬱屈は思春期にはありがちなものなのに、そんなありがちなもののために蹂躙されてしまうのが気の毒。それでもめげない清く美しく強く正しい少女。美月は強い子だけど、それ以上に真っ当な子だなという印象が勝る。彼女は真っ当に生きてきたから、間違っていることは指摘すれば相手も反省して受け入れてくれると信じているし、実際晋二にもそうしている。でも晋二はそれが気にくわないから暴行がエスカレートしていく。美月が真っ当であることが美月を更に追い詰めていく結果になっている。それでも彼女は簡単には屈しない。例え自分の在り様が自分を追い詰めることになっても、決して諦めずに踏ん張っている。自分が正しいと信じているし、彼女には音楽というただ一点の縋れるものがあるから。

美月のそうした正しさや強さは、美月の内面描写がないことも影響しているんだろう。彼女は彼女で必死だったんだろうし屈しそうになったこともあったんだろうけど、そこは語られないから美月がただただ高嶺の花として強く見える。そして美月の真意が見えないからこそ、美月が本当に屈したのかどうかがわからない。だから晋二も不安になる。そうして晋二の焦燥感にも説得力が増すようになっているのが上手いなあ。

しかし黒髪ストレートで清楚なお嬢様でごく普通のセーラー服を纏うヒロインって実は貴重なのでは……。エロゲ特有の派手な制服も嫌いじゃないけど、セーラー服はやっぱりスタンダードなタイプが一番そそられるな、てのは美月を見ていて実感した。

それと晋二に負けないくらいに美月の中の人も熱演だった。二人ともハマり役だった。