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装甲悪鬼村正 贖罪編

http://www.fmd-muramasa.com/shokuzaihen/

これは英雄の物語ではない。人は、英雄にも、悪鬼にも、成ってはならない。

『村正』二次創作ゲーム化作品。しかしこれは原作と遜色のない出来だった。僅か二時間足らずの物語だったけど、その二時間でカタルシスは十分すぎるほどに得られたし満足度も恐ろしく高かった。これが無料で提供されたのがすごい。

正直、読む前はそこまで期待していなかった。元々私にとって『村正』という作品は特別で、だからこそ奈良原氏以外の書く『村正』には興味が持てなかった。二次創作物はいわゆる解釈違いの可能性も内包しているし、そうした作品を公式から改めて形にした上で提供されると複雑な心境になる。奈良原氏の友人知人が集まって作られたアンソロジー『邪念編』もあるが、こちらは好きな作家が参加していたから買った。実際、鋼屋氏の作品は金を払うだけの価値があったし香奈枝さんの話も面白かった(それ以外の作品は微妙だったが)。でも『贖罪編』は見知らぬ人の書く話だったので不安が大きかったし、無料だし読むだけ読んでみようかな、くらいの気持ちだった。しかしこれは杞憂に終わった。

『村正』のキャラクタを始め、雰囲気、文章、展開、心理描写、いずれも私の抱いている『村正』への印象とのブレをほぼ感じなかった。特に奈良原氏の文章は模倣が難しいと思うだけに、それも可能な限り再現されているのがすごい。私の知っている『村正』がそこにあって、それだけでもう感動してしまった。話も『村正』らしく展開し、『村正』らしい面白さを維持したまま、『村正』らしく終わる。二次創作として見ても一つの作品として見ても完成度が高い。舐めていたことを土下座したくなった。

ただ難解な漢字が多く、前後の文章から何となく意味を察することはできるけど読み方のわからない箇所もあったのでルビは振ってほしかったなあ。ボイスがないのはしょうがないと思うけど。それでも絶妙のタイミング挿入歌は流れるし双輪懸のムービーも入っているしで、無料とは思えないくらいにちゃんと作られている。

そして『贖罪編』を読んだことで、『村正』が如何に私にとって特別な作品なのかを改めて思い知らされた。今でもこれを超える作品には出会えていないし、景明を超える魅力的なキャラクタにも出会えていない。例え書く人は違っても、景明は相変わらず愚かでボロボロで痛々しくて愛おしかった。本当に魅力的な人だなあと改めて。

しかし奈良原はどこ行ったんだ。「作者が表に出るとロクなことにならない」ってのはその通りだと思うが、ここまで沈黙されるとは思っていなかった。せめて元気にしているのかどうかくらいはコメントしてくれてもいいじゃないかこんにゃろう。私にとって一番ツボに来る話とキャラクタを提供してくれるのが奈良原氏だと思うので、そろそろ新作が読みたい。この際ゲームでなくてもいいんで……小説でもいいんで……。

菊池明堯

作中でも何度か言及されていたが、明堯のやっていることがかつての景明のやっていたことそのままで、動く理由までまったく一緒であることが暗い連鎖を思わせて何とも言えなくなった。つくづく思うけど「家族」ってのは色んな意味で重い。それだけで動機にも理由にもなり得てしまうし義務にもなってしまう。

それでも景明が罪に囚われすぎていることを言及できるのは、血はつながっていなくても父であり原因の一つでもある明堯しかいなかったんだろう。村正はもう何も言えなくなっているし、私がずっと思っていたことを明堯がストレートに代弁してくれたことはある意味で安堵できたところもある。例えそれを景明が跳ね除けたとしても。

しかし結局、明堯が景明とは別の道を選んだのが良かった。『村正』はほぼ救いのない物語だったが、その中でも少しでも救いを得られた人がいたのは良かったと思える。その救いの道は明堯にとっては今後も苦しみを伴うことになるんだろうが、どの道明堯が苦しまないでいられる術はもうない。それなら例え逃避であっても、少しでも救いを得られる道を選んだ人間がいてもいいんじゃないかなと思える。その逃避を詰れる人間は景明しかいないが、景明にとっても明堯が呪いから解放されることは救いになっているはずだと思うし、だからこれで良かったのだと。景明にはできない選択だからこそ。そして村正を装甲して人を殺してきた景明とは対照的に、明堯は小狐丸を纏いつつも人を一切殺さず、最後には牧村さんを守るためにその鋼の手で包んでいたのが印象的だった。そして明堯から刀を奪ったのが牧村楓というちっぽけな存在であったこともぐっと来た。

小狐丸のデザインは結構好きだったなあ。『村正』本編をやっていた頃とは違い、『刀剣乱舞』をやっていたことでなんとなくイメージもしやすかった。しかしこれはこれでまた反則的な能力なー。術理解説も久しぶりに見れて楽しかった。

牧村楓

原作ではほとんど描写されていなかった牧村さんを、ここまで魅力的なキャラクタに仕立て上げたのはすごい。考えてみれば『村正』は相棒、英雄、殺人狂、阿修羅、魔王と戦う女性が殆どだったから、牧村さんのようなキャラクタは新鮮。そして『村正』本編では景明はどの女も攻略せず、女性陣も誰一人景明を攻略できず、むしろ村正以外の全員が景明と殺し合う羽目になったのに対し、牧村さんは明堯を泣き落とした。戦えない、何もできない女のたった一つの意地だけで好きな男を「攻略」した。「家族」に縛られた呪いの連鎖を断ち切った。そこも『村正』との対比になっていて良かった。ある意味で牧村さんのしたことは「覚悟を決めた男の足を引っ張った」とも言えるけど、この引っ張り方には強い想いが込められていて良いなあ。どうせ引っ張るならここまで徹底して思いっきりやってくれればいい。正直、結末は読めるし牧村さんだって特別奇を衒ったような行動もしていない。でもそうしたありきたりの、シンプルな理由と行動で納得させてくれたのが素晴らしかった。だから私はこの結末がものすごく気に入っている。極上の「女の話」。しかし牧村さんがこんなに可愛い人だったとはなあ……。

湊斗景明

序盤の牧村さんとの会話は、読んでいるこちらの胸を塞がれるような思いだった。

「自分は何も変わってはおりません。狂ってもおりません」

「最初からこういう男です。光のことを知っているならば、自分がどのような所業を働いてきたかもご存知でしょう」

「貴女と初めてお会いした時、既に幾多の罪無き人々を手にかけておりました。もし、変ったように見えるのであれば――それは欺瞞を解いたというだけのこと」

『邪念編』でも思ったけど、武帝となった景明を見ていると格好良いと思うよりも痛々しいと思う時のほうが多い。彼は今後ずっと悪鬼のままでいなければならず、悪鬼としての台詞も全部彼の精一杯の強がりでしかない。

そんな景明が、ほんの僅かでも素顔と本音を零した。

――お達者で。明堯様。

敬愛する父に向けた本心からの言葉が出た瞬間は、ちょっと泣きそうになった。

千子右衛門尉村正三世

地獄をともに行く相棒として景明の決断に従いつつも、女として景明の安寧を求めてしまうことをやめられない村正の気持ちが出ていたのは良かった。そして義父の登場で景明が揺らいだように、愚直なまでの牧村さんの強い想いを見たことで村正も影響を受けているのがいい。しかしなんというか、景明にはもう村正しかいないんだな……。

綾弥一条

すごい格好してて吹いた。一条さんは自分の体を吹っ飛ばす戦い方が基本なので、そのたびに服を新調するのが面倒になったのだと思うことにした。

出番は薄いというか、原作の雷蝶みたいな扱いだった気がしなくもなく。

大鳥香奈枝

まず新衣装の喪服姿に悶えた。実は喪服萌え属性があるので舞い上がった。喪服を選んだ理由も香奈枝さんらしく悪辣で傲慢で、そして似合っているのがまた素晴らしい。

作中でも美味しいところを持って行ったのはさすが。この人は下種で外道かもしれないけれど、本人も言っていたように品を失わないところが最高。そして修羅の世界の住人としては、村正とは違う意味で景明に一番近い存在かもしれない。それでも根が違いすぎるので二人は永遠に相容れないままで、そこがまたいい。この二人は永遠に交わらないでいて欲しい。だからこそ景明と香奈枝の関係は萌える。

舞殿宮春煕親王

この人も原作ではその心中を濃密に描写されることはなかったので、宮殿下の苦悩が感じ取れたのは良かった。宮殿下の悪鬼のような笑顔は見てみたかったけども。

オーリガ

オーリガも好きなキャラクタなので、香奈枝とのやり取りにはニヤニヤした。ただ交渉は頑張ってはいたものの、結果は香奈枝の貫録勝ちかな。