Antipyretic

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鬼哭街

http://www.nitroplus.co.jp/game/kikokugai/

CG をリファインしたり、『村正』でも使われていた縦書きのテキストウィンドウを採用したり、豪華な演出を取り入れたり、R18 から R15 作品にしたりしてリメイクされた選択肢のないストーリーノベル。

物語は全六章で構成されており、すべての章にきちんと山場が用意されていて読みやすい。短いしすぐ読み終わるけど、逆に言えば抑えるべき点だけを抑えてあるので退屈を感じない。あまり長いと辛いのでこれくらいがちょうどいいなあ。短い故に心理描写の不足を感じる時もあるけど、シナリオ量を考慮すればむしろそれくらいで良かったのかなと。次から次へと進んで行くので濤羅同様プレイヤにも休む余裕はないが、テンポがいいので苦にならない。内容も私好みの物語で満足した。王道だし結構オチはわかりやすいし今となっては珍しい話でもないけど、作者のセンスや文章が好みに合致するだけでこんなにも面白くなるのだということを改めて実感。「復讐を行うことに意味があるのか」という復讐劇にありがちな葛藤を経て「復讐の意志すら意図的に誘導されていた」ところに着地させたり、魂の量子化という切り口から人間の意志の在り処を問うテーマになっているところは特に面白かった。何より「たった一人の兄を求めて何もかもを狂わせたほどのおぞましい情念を持つ女」と「たった一人の女にすべてを狂わされた哀れな男」の描写が素晴らしかった。

絵に関しては久し振りの東口氏でだいぶ絵柄が変わったなあと思ったけど、動きのある絵のほうが魅力を感じる点や男キャラクタのほうが描きやすそうなのがありありと伝わってくる点などは相変わらずで安堵した。特に追い詰められた男たちの色気がとてもいい。

欠点はルビをあまり振ってくれない点。漢字には強いつもりでいたけど、結構読めない漢字もあるのだと痛感させられた。あとは一部の敵の扱いが悪い点だけど、尺の都合を考えたらしゃーなしか。欠点と言うよりは面白い作品だからこそ思わず零れ出た小さな不満というか、元々これは三人の物語で他のキャラクタは瑞麗のための舞台装置だし。他にはいきなり復讐を開始するところから始まるので、濤羅の復讐心に感情移入しづらい点もあるけど、これは瑞麗や豪軍の真意が後半に紐解かれる作りになっているのでアリかなと。

虚淵作品は初っ端から物語に引き込んでくれるし、内容もきちんと王道を抑えつつ適度に濃密で、それでいて少し捻った展開も用意されていて、更に文章も読みやすく気軽に楽しめるエンターテイメントを提供してくれるという安定感がある。『鬼哭街』でもその信頼は裏切られなかった。面白かった。だからまたエロゲで書いてください。

孔濤羅 (CV:井上和彦)

紫電掌の使い手ということで一見「主人公 TUEEEEEEE」状態だが、濤羅は紫電掌を繰り出すごとに己の体も蝕まれていくから諸刃の剣になっており、無双状態に見えるけど実はそう単純でもない構図は「ああもうこの主人公は助からないのだな」という気配を漂わせていて良かった。初っ端から死相が張り付いてるもんなあんなに強いのに。つーか刀剣一本でも強いんだから、命を削ってまで紫電掌をガンガン使うのをよせばいいのに、と思う場面もいくつか。相手が強い敵ならわかるんだけど、ビルの警備員にすら使うのはちょっとな……。いくら多人数だったとはいえもうちょいやりようがあったのでは。

ところで私は最初、濤羅が瑞麗を「妹として」愛しているからこそ兄に道ならぬ恋をしていた瑞麗は絶望したのだと思っていた。だから瑞麗の気持ちに気付いてやれなかったことを濤羅が責められるのはまだ理解出来るが、瑞麗を女として愛するべきだったとまで言われるのは滅茶苦茶だろうと思っていた。濤羅が誰を愛するかは濤羅が決めることなのに、瑞麗を愛せよと言う豪軍の言葉は身勝手な押しつけにしか思えなかったからだ。例えそれで妹が壊れたのだとしても、濤羅は兄として接しただけで濤羅のせいではないし、豪軍が嫉妬に任せて喚き立てているだけなのではないかとも思っていた。あの聡明な男が、そんな子供でもわかるようなことにも気付けないほどに壊れてしまったのだろうと。

しかし最後の段になって濤羅は自分が瑞麗を実はたった一人の女として見ていたことに気付くので、ここで一気に豪軍の糾弾への印象がひっくり返った。つまり豪軍は濤羅の本心に気づいていて、なのに自分の気持ちに見て見ぬ振りをしたから激怒していたらしい。ここでようやく豪軍が濤羅を責める気持ちに納得出来た。ただ妹を禁忌の道に引き摺りこみたくなかっただろう濤羅の気持ちも理解できるし、むしろ兄としては正しい。だから一方的に濤羅が責められるのはやっぱり違うんじゃないか。自分と瑞麗の気持ちに見て見ぬ振りをした濤羅と、兄に恋した瑞麗と、瑞麗の心を手に入れられなくて狂った豪軍の誰が悪いかと言われたら、優等生的な回答になるけど「全員」としか言いようがない。とはいえ濤羅が見て見ぬ振りをしたのは仕方がないことだと思うので、やはりどうしても濤羅を擁護したくなる。しかし豪軍の絶望が伝わって来た分、彼がそれでも敢えて濤羅を責めたくなる気持ちもわからないではなく、と堂々巡りになる。

結局、濤羅にとっての一番は剣なんだろう。瑞麗の演奏で舞っていた時も途中で調子のいい今なら絶技秘剣を習得できるかもしれない、と一人で突っ走って瑞麗に怒られてたもんなあ。瑞麗にしてみれば「そんなに剣が好きなら私のためだけに剣を振るって苦しんで傷付いて狂ってボロボロになって」という意味も込められていたのかもしれない。

しかしこの三人、最終的には全員が「無辜の人々を巻き込むのも止む無し」という考えに至っているのが性質が悪い。実はただの痴情の縺れだってのに。濤羅は結構ギリギリまで苦悩していたけども。そうして苦悩する濤羅は美味しゅうございました。葛藤する男は萌えるので、苦しむ兄を見て嬉しそうにしていた瑞麗の気持ちはわからんでもない。

孔瑞麗 (CV:田村ゆかり)

濤羅が自分を一人の女として見ていることに瑞麗は気付いていたのか? まあ気付いていたんだろうなあ。あれだけ濤羅だけを見ていたんだから、濤羅が見て見ぬ振りをしようとしている自分への想いに気付かないはずがない。だからこそ諦めることも出来ず想いは更に募り、豪軍との結婚という偽りの幸せの毒に侵されて壊れてしまった。だから今回のようなことが起きた。倫理に縛られた兄が妹を愛していることを認めないのなら、妹が兄を愛していることも認めてくれないのなら、いっそ倫理を捨てるしかないと思ったのか。だから分割された妹の魂を集めて再び結合させ、妹のためだけに罪のない人間を手にかけるよう仕向けた。魂の転送及び結合することと無関係の人間を殺害することはどちらも倫理に悖る行為であり、倫理を捨てさせるための準備。輪姦されたのも地獄を受け入れたかったから、てのもあるんだろうが、恙無く自分の魂が抽出されるようにするためでもあり、魂を抽出されたかったのは倫理に縛られない世界に行きたかったから。つまり瑞麗にとっては倫理こそが敵であり、最愛の兄を倫理から引き剥がしたかった。どこからどこまでが瑞麗の計画したものなのかはわからないが、何にせよ瑞麗はそうすれば兄と憂いなく愛し合えると思ったのだろうし、実際それは最後に「濤羅と瑞麗の魂を融合させる」という形に到達したことで叶えてしまうのが恐ろしい。もしかしたら濤羅の心を限界まで痛めつけるように仕向けたのも、精神的に凌辱して魂を上手く抽出する狙いもあったのでは、と考えると更に寒気がしてくる。でも濤羅は自分と瑞麗の本当の気持ちに気付いて瑞麗と共にあることを望んだのだし、瑞麗も倫理の外れた魂だけの世界で兄と永遠に結ばれたし、豪軍も瑞麗の願いを叶えてやれたんだからハッピーエンドなんだよなあこれ。呼び方が「兄様」ではなく「濤羅」になっているあたりに瑞麗の本当の幸福が無限に詰まっている感じがして、なんというか名状しがたい気持ちになってしまった。

結局瑞麗がどんな女だったのか、実はきちんと描かれていないのも面白い。作中で語られる瑞麗はほとんどが男二人の視点から語られたものに過ぎない。濤羅はおろか豪軍ですら瑞麗の本性を知ることがないまま逝ったのだと思うと遣る瀬無いなあ……。この二人は合わせ鏡みたいなもんか。ちょうど瑞麗を挟んで真向かいに立っている。でもそんな瑞麗が私も気に入っているんだから手に負えない。瑞麗のように、他者はおろか自分をも犠牲にして愛を手に入れようとするキャラクタは嫌いになれない。ちなみに瑞麗の本性が出ているなと感じたのは輪姦されて笑う場面、濤羅に口付ける場面、瑞麗の電源を落とそうと伸ばした濤羅の手を押さえる場面、親友と殺し合って血塗れになっている濤羅を見て欲情する場面、最後の謝とのやりとりくらいか。

それにしても本当に徹頭徹尾、豪軍のことは視界に入っていないのが切なかった。豪軍が不憫すぎる。その上豪軍は瑞麗のことを濤羅よりは知っているという自負があっただろうし、だからこそ濤羅を糾弾出来たのに、瑞麗に言わせればそれすらも違うというのだから救われない。ただ、彼は最後までそれに気付かぬまま逝ったのでそこは幸せかも。

尚、作中では幼いガイノイドの頭に詰め込まれて結合された魂は本当に瑞麗なのか、という答えは出なかったので、もしかしたら「瑞麗の魂を飲み込んだ別の存在」である可能性も捨て切れないが、あれは瑞麗の魂であり瑞麗の狙い通りに事が進んだと捉えるほうが恐ろしくて面白いので「別の存在」の可能性については考えるのを放棄。

劉豪軍 (CV:速水奨)

ここまで哀れなキャラクタも珍しい。人生を賭して手に入れた地位も金も名誉も組織も信頼も全部一人の少女のために捧げたのに、それらはすべてお膳立てに過ぎず、瑞麗が求めているのはたった一人の兄。例え自分が瑞麗のために狂おうと血を流そうと、そんなものは何の役にも立たない。それでも彼は瑞麗のために尽くして死んだ。瑞麗に似せて作られたガイノイドを自分のそばに置き、喋ることも出来ない瑞麗の人形と過ごすだけで小さな幸せを噛み締めていた姿を思うと泣けた。更に計画が進んでラースヤに詰め込まれた魂を所有していたガイノイドに転送する時に「真っ先に蘇るのは、俺を憎んでいた瑞麗かもしれないんだな」と苦笑していたのに、実際に転送させたらそこにいたのは兄を求めてわけもわからず泣くだけの少女しかいなかった、という事実がもうこれ以上はないくらいに残酷で言葉も出ない。豪軍は瑞麗に、憎んですらもらえなかったのだ。

「花は彼女のためだけに咲けばいい。 鳥は彼女のためだけに鳴けばいい」

これは瑞麗への狂った愛が伝わる名台詞だったなあ。中の人の熱演も良かった。

樟賈寶 (CV:小杉十郎太)

最初の敵だからか「あいつは四天王(この場合は五天王か)の中でも最弱云々」を突っ走るかのよーにあっさりやられてしまうが、相貌失認ということで最初は気付かず徐々に追い詰められていく様は最初の敵としては十分面白かったかなと。最弱には最弱にしか出来ない仕事があるわけで、その点樟はしっかりこなしてくれていて良かった。

朱笑嫣 (CV:折笠愛)

アンチ内家拳士で好戦的な姐御で獲物は鞭、というあたりが王道でとてもよろしかったんじゃないでしょーか。あれだけ自信を持っていたわりにやっぱりサクッとやられてしまった印象があるが、濤羅がコートを利用して目眩ましを仕掛けて来た仕返しに、朱のほうもアームチェアを利用してやはり目眩ましを仕掛けるシーンは何気に気に入っている。

呉榮成 (CV:大塚芳忠)

呉は好きなキャラクタだったし、濤羅との戦いもアクションが派手で面白かったので印象深い。正直、豪軍戦よりも盛り上がったんじゃないか。呉が一番善戦出来たのは直接戦うことを避けたのと濤羅の弱点を的確に突いたから、てのが大きいんだろう。如何に濤羅が剣鬼のごとき強さを持つといっても、瑞麗の魂の入った人形相手だと遠慮が出る。他の章ではあまり活躍のないガイノイドたちに比べ、ペトルーシュカだけはエグい姿を披露しながらも濤羅との空中戦を繰り広げてくれたのが美味しい。しかしこの時の、空中で足場の悪い場所を次々と飛び移って行く濤羅は本当にすごかった。燃えたけど呆れてもいた。最後には絶技に目覚めて近い距離からの銃の乱射を刀一本で防ぐのがやばい。この描写はいい意味での開き直りがあって、それがまた面白かったからオールオッケーだけども。呉が負けた原因が自分がかつて作ったワームだった、てのも味わい深かった。

それにしてもキャストが豪華だよなあ、と改めて。特に芳忠さんの声と演技は好きなのでそれだけでも呉は美味しかった。

斌偉信 (CV:藤原啓治)

頭は悪くないんだろうけど、律儀にも豪軍に直談判してしまったのがアウトだった。豪軍のことなんてもう放っときゃよかったのに。ビジュアルなんかはまさに中国武侠! てな感じで結構好きだったんだけどな。

元家英 (CV:川原慶久) & 元尚英 (CV:佐藤健輔)

濤羅とは互いに敵対することを躊躇っていたのは面白かったけど、尺の都合でその辺の葛藤が掘り下げられず遭遇して速攻で戦いに入るのはちょっともったいなかったかなと。

水面でやりあうので、戦うたびに水飛沫が上がっていたのがかっこよかった。戦いも演出に気合いが入っていることもあって一連の流れが目に浮かぶようでもあり、読んでいてたいへん面白かった。阿吽覆滅陣のいい意味でのバカバカしさも最高。

謝逸達 (CV:家弓家正)

三人の主要人物を除くと一番目立っていたのはこの人。いい脇役だった。倫理を冒涜する探究者ということで狂った医者に見えなくもないが、瑞麗やら豪軍やらガチで狂った人が二人もいるせいで謝がまだ正常な人間に見えるという現象が発生しており、対比として如何に瑞麗と豪軍が歪んでいたかもわかる。それでも謝が結構ヤバい人なのは間違いないんだけど、最後にはそんな謝ですら躊躇する領域に笑顔で踏み込んだ瑞麗が恐ろしい。