Antipyretic

何かありましたら rpd1998★gmail.com まで

カタハネ

http://www.katahane.com/

話の主軸にあるのは人形ココの物語。「シロハネ編」では列車の旅を通してそれぞれのカップルの恋を描き、「クロハネ編」では歴史が糊塗されて伝わっている三国を巻き込んだ過去の陰謀劇の真実が描かれる。

「シロハネ編」前半は列車の旅を眺めるのが楽しかった。特に minori 謹製の情緒溢れるヨーロピアンな風景がいい。その背景と笛氏の絵がマッチしていて、世界観の構築に関しては文句のつけようがない。他にも洋画の字幕ぽいフォントを用意したり画面の上下に黒マスクを入れたりしているし、音楽も主題歌だけでなく BGM も含めて良かった。ただ「クロハネ編」終了後はダレた。特に劇の練習に入ってからは延々退屈な日々が続くので辛い。

中盤に挿入される「クロハネ編」は陰謀劇も面白かったが、アインとデュアのキャラクタも良かった。特に後世では逆賊として解釈されているアインは戦争を起こそうとするヴァレリーに一人で立ち向かっているも同然で、どのような末路を辿るのか目から離せなかった。ただ、ココルートに到達しないと肝心の場面が描かれないのはちょっとな……。ココルートではワカバやセロ、アンジェリナとベルの恋もダイジェスト気味とはいえ描いているんだからココルート一本にしたほうが「クロハネ編」に没入出来た気がする。ココルート以外は結末もあっさりしたもので印象に残らないし、二周目も共通ルートが多いせいで新規シナリオ差分回収作業になってしまった。その分大量に残された伏線、過去の真実と想いがココルートでココの記憶から蘇って収束していく様には鳥肌が立ったけども。

重要なのは演劇。「シロハネ編」では歴史の真実を伝えるために、「クロハネ編」では罠を仕掛けるための舞台になっていて、特に「クロハネ編」は緊迫感もあって面白かった。「シロハネ編」はアインが実はいい人だったことを伝えるために演劇を選んだのは良かったんだけど、肝心の上演でアインが特に描写されていなかったのが残念。ワカバは姫様と人形の愛に焦点を当てたかったらしいから仕方がないんだけど、私はそれよりもアインの真実の姿のほうが重要だと思っていたから温度差を感じたし、落胆も大きかった。

他に印象に残っているのは、登場人物がことごとく告白して即セックスに及んでいた点。別に告白即セックスがダメとは思わないけど、揃いも揃ってそんな感じだったから呆気に取られた。それだけにプラトニックで想い合っていたアインとデュアが輝く。そうそう百合カップルもいるけど、数多ある恋愛の形のひとつとして描かれているので本作を「百合ゲー」とカテゴライズするのはなんか違う。まあパッケージは思い切り百合なんだけど。

作品の大きな特徴としては群像劇になっている点だけど、頻繁に視点が変わるのが鬱陶しかった。視点変更の際にアイキャッチが入るけど、スキップのたびに止まるのがうざったい。視点を切り替える A.C.V システムもいまいち効果的に作用していたとは言えない。

しかしこうした欠点を補って余りあるほどに作品が魅力的で、相当に気に入った。プレイ前からアインがやたら絶賛されていることは聞いてたんだけど、こうした「ヒロインを差し置いて男性キャラクタがプレイヤの人気を独占しているエロゲ」には名作が多いという法則がある気がする。今のところこれはあまり外れていない。

アンジェリナ・ロッカ (CV:安玖深音)

アンジェリナは好きだったなあ。姫様に似ているけど血が繋がっているわけでもなく、結局は他人の空似なんだろうけどそれがいい。もしかしたら孤児だったアンジェリナは姫様の血族である可能性も捨て切れないし、あるいは血族ではなくてもクリスティナの生まれ変わりかもしれないが、だとしてもアンジェリナは自分がクリスティナであることを否定した上でベルを愛し、ベルを救った。

しかしこのカップルはなんで外でおっぱじめるのか。ああでもこれは姫様とエファもそうだけど、ディルドを使用しなかったのは良かった。百合は特に好きでも嫌いでもなく面白ければ楽しく読む程度なんだけど、セックスシーンでペニバンが出て来ると萎える。疑似ちんこいらねえ! 超いらねえ! その点でこのカップルは良かった。

ベル (CV:五行なずな)

最初はココと同じくエファが記憶を失っているだけで本人だと思ってたんだけど、実はエファを再現した人形だったらしい。だから後半までは別の存在で、ココからエファのもう一つの記憶石を返してもらうことでエファの記憶が蘇ってからはエファでもあるしベルでもあるのかな、と。記憶とはイコールその人そのものでもあると思うので、終盤のベルはベルとエファが同化した存在なんだろう。そしてここでベルがエファに成り変わってアンジェリナをクリスティナと認識し、悲劇で終わった二人の恋をやり直そうとする展開になるのではないか、と心配してたけどそうはならなくて安堵した。何度も言うけど前世でいくら悲恋になろーがその生まれ変わりだろーがそれは関係なく、人生はその時のその人自身のものであるべきだと思うので、前世の出来事が大きく影響するような「転生した後に今度こそハッピーエンドの恋をやり直す運命的な話」は基本的に好きになれない。だからアンジェリナとベルの恋は素直に祝福したいと思えた。ただ、エファの記憶に圧迫されて苦しむベルをアンジェリナが救うシーンは二人の恋のハイライトなのに、あっさり解決した気がして物足りなかったなあ。それ以上に人前で歌を歌えずに悩んでいた件も、いつのまにかクリアしていて拍子抜け。人形劇で知らない間に歌えるようになっているベルを見た時は思わず「えー」。もうちょっとドラマティックな解決が見たかった。

他に印象に残っていたのが、父親に名前を呼んでもらえないことに拘るベルの姿。これはココが「ファー」と呼ぶ件を含めてベルがエファ本人ではないかと思わせるミスリードになっていたし、アンジェリナがベルをベルとして大切に思っていることを表すために名前を呼ぶシーンがぐっと来た。レインとの親子の愛も良かった。

セロ・サーデ (CV:かわしまりの)

セロは完全に後世の人間として登場するが、そんなセロが歴史学者として過去の時代を生きたココを通じて真実を知っていくのがいいんだよなあ。ワカバの思いつきから生まれた劇で語られるのが始まりになるんだろうけど、本格的な歴史的解釈からアインの真実を伝えていくのはセロになるんじゃないか。ココは陰謀劇の真実を知らないからセロもそこを直接知ることは出来ないが、ココの記憶の断片やハンスの日記をきっかけに、アインの解釈を引っ繰り返せる日は来るかもしれない、という希望。

歴史学者を目指すセロのために、ココが昔を思い出すことを決意するシーンも良かった。これもこの二人が兄妹であり姉弟として一緒に生きて来た時間があったからこそ。だからセロは自分の知識欲のためにココを利用する形になることを恐れるが、ココはセロのために思い出したいと思った。ここから歴史の真実が紐解かれていくのがぐっと来る。

しかしそんなに前からワカバに恋をしていたとは気付きませんでしたよセロ先生。

ココ (CV:成瀬未亜)

ココの言動には捻くれ者の私ですら素直に可愛いと思ったし、愛おしいとも思った。その小さな体に大切なものを詰め込んで激動の時代を生きて来たココは、セロが死んだ後も新たな出会いを経験し、また色んなものを詰め込んで生きていくんだろうなあ。

人形は壊れさえしなければずっと生き続けるが、人間はいずれ死ぬ。置いて行かれる人形にとってそれは寂しいことだろうしエファもそうした寂しさを吐露するシーンがある。人形に限らずアンドロイドもそうだしこの手の展開はお約束だけど、そうして生き続ける人形がいたからこそ、この物語はハッピーエンドを迎えた。アインは人間だから生き続ける人形であるココを置いて死んでしまうけど、生き続けたココだけが未来に本当のアインの姿を伝えるきっかけを作った。そしてすべてを思い出したココが、アインにずっと言えなかったさよならをようやく告げられたところでは涙が止まらなかった。

「アーイーン。……バイ、バイ」

ココのこのたどたどしい別れの言葉はずっと忘れられそうにない。

ワカバ・フォーレ (CV:佐本二厘)

ワカバはあまり好きになれないキャラクタだった。弟に対する態度が酷いし、弟だけじゃなくて周囲に迷惑をかけすぎる。ワカバがクリスティナの血筋を引いているとわかった時も「周りに迷惑を振り撒く血筋を引いているということか!」とそっちの意味で納得してしまったもんなあ。ただ物語の始まりはワカバだし、物語を動かす役としてワカバの迷惑をかけてしまうほどの行動力が『カタハネ』という物語に必要だったのもわかる。

ところでワカバはドルン家の血筋を引いてるけど、直系ではなさそう? 「ご先祖様」としかワカバは言ってなかったし、クリスティナに子供はいなかったはずだから。

ライト・フォーレ (CV:佐本二厘)

ココによく構うのでココに恋をしているのかな、と最初は思ってたんだけど違った。多分ココに対してはお兄ちゃん役をやれるから構ってたんだろうけど、そういうところは微笑ましい。あとはアンジェリナに告白してフラれるシーンも印象に残っている。少年の幼い恋は破れてしまったけど、この痛みを経て成長していくのだろうと思うとしんみり来る。

レイン・ヘルマー (CV:山中荘一)

アイン・ロンベルクと同名だったという設定はちょっとなあ……正直ここでガクッとなった。レインが調律の時にココの記憶を消していた理由が語られなかったことも気になる。

トニーノ・スタラーバ (CV:風霧舜) & シルヴィア・ペレッツ (CV:緒田マリ)

トニーノはいい男だしシルヴィアもいい女だった。二人のじれったい関係も見ていてニヤニヤした。後半にはセロたちと合流するが、子供ばかりで集まっているところに大人の二人が入ることでいい感じに安定してくれた気がする。

ファビオ・グレイ (CV:加藤一樹) & マリオン・キュリー (CV:まきいづみ)

ココルートでのアイン役がマリオンだったのはがっかりした。アインの解釈が変わることが重要なのに、劇中の新解釈アインがファビオとマリオン夫妻が共演して二人で盛り上がるだけの要素にされてしまったので萎えた……。アイン役に関してはいくらなんでも扱いが雑すぎるんじゃないかなあ。もうちょっと丁寧に扱って欲しかった。

クリスティナ・ドルン (CV:安玖深音)

この姫様にはイライラさせられた。「クロハネ編」は悲劇として伝わっている歴史を紐解く章で、必死に頑張っているアインがいずれは逆賊の汚名を被って死ぬことを知っているだけに、尚更エファとイチャイチャしてばかりの姫様というとてつもなく厄介な存在が浮き彫りになる。調律は姫様にしか出来ない大事な仕事なのはわかってるんだけども。

面白かったのがデュアに赤の国への亡命の意志を問われるシーン。エファと離れるのが嫌→でも自分は姫だから国民を置いて一人で逃げるなど罷り通らない→でもエファと離れるのも嫌→自分では決められない→エファが望むなら亡命したい、という回答がアレ。国に迷惑をかけるのも大問題だが、国に迷惑をかける決断すら他人に委ねてしまう姫様は本当にどうしようもない。自分の言葉に従ってばかりのエファを諭した時もすごかった。

「いま、あなた自身が求められている答えをわたくしの中から探そうとするのはおやめなさい」

あなたが言うんですかそれを。よりにもよってエファに。

終盤には追い込まれてしまった白の国の姫としての意志をアインに求められ、青の国や赤の国と同盟を結ぶのも嫌、エファを他の国に渡すのも嫌、戦争に参加するのも嫌、赤の国と青の国の戦争を傍観するのも嫌の嫌嫌尽くしの末に、でもどうしたらいいかわからないという姫様の意志を汲んでなんとかしようとアインが頑張っていたのに、姫様はエファを救うためだけに死んだ。ここは多分「愛しています」という言葉がクリスティナ殺害のトリガーになっているため今まで言えなかった姫様がようやく口にして死んでしまったことに感動するシーンなんだろうが、死ぬ時にまでアインに迷惑をかけるのか、という感想のほうが強かった。すごいなーこの姫様。これも全部アインが姫様を外交問題などに巻き込むまいとしていた結果でもあるが、だからこそ印象に残る。でも嫌いではないけども。

エファ (CV:五行なずな)

エファはビジュアルに一目惚れしたくらいだし、結構気に入っているキャラクタ。アインの最期の策略を成功させるための「演技」にもぐっと来た。

ところで百合といってもエファは人形だからか、同性愛に対する葛藤はなかった。最初は時代のせいもあるのかと思ったが、アンジェリナとベルの間でもそういった葛藤がないし周囲もあっさり受け入れている節があるので敢えて描写してないぽい。どちらかというと人間と人形であるという種族差や、一国の城主と国宝人形と言う身分差に葛藤していた。

アイン・ロンベルク (CV:富士爆発)

Fate』のアーチャーもそうだったけど、背中で語る男はやはり反則。ヴァレリーも言っていたようにアインはたいへんな時代にたいへんな役目を負うことになったという意味では貧乏籤を引いたようなものだけど、それでもアインは仕事を全うした。しかし青の国がわざわざ新しい台本を用意すると申し出てくるのは明らかに怪しいだろうに、それをきちんとチェックしていなかったのはアインの落ち度だろう。優れた為政者なのは確かなんだろうけど、肝心なところでは抜けているのはちょっと気になった。

それにしてもアインのデュアへの想いの出し方は素晴らしい。アインはデュアを一人の女としても愛しているが、それは決して表に出なかった。でも周囲はアインがデュアを愛していることを知っているし、アインもデュアが好きかと問われれば素直に答えている。しかし答え方が親愛の情を向ける相手として好きなのだと言っているようにも見えて、でもそれも決して嘘ではない。アインはデュアを騎士として、友人として、仲間としても大切に思っていたはずだから。なのに周囲はアインがデュアを愛しているのだと少しも疑っていない。それくらいアインがデュアを愛していることは自然で、でもアインははっきりと認めたわけでもない。むしろ徹底的に隠している。この空気がたまらなかった。

デュア・カールステッド (CV:三咲里奈)

アインはいい男だったけどデュアもいい女だった。『カタハネ』で唯一萌えたのがこの二人のプラトニックな関係。アインは徹底してデュアへの特別な想いを表に出すことはしなかったが、ココにキスをした瞬間にだけそれが表れる。あのキスはココへの感謝と愛情の発露でもあるんだけど、とうとう想いを告げることもないまま死んでしまったデュアとの間接キスにもなっていることに気付いた時は、涙が溢れて止まらなかった。

ヴァレリー・ジャカール (CV:加藤一樹)

アインを気に入って興奮しながら手を結ぼうぜ! と誘いをかけたのに、アインにフラれて一気にテンションダウンするヴァレリーに吹いた。しかし打開策が見つからないからとアインを手に掛けようとしたのは謎。あの時点ではアインを殺すための大義名分は用意出来ていなかったように見えるし、ヴァレリーがアインを殺したと判明すれば国家問題に発展するのではないか。それがヴァレリーの狙い通り開戦に繋がるのならまだしも、これでは青の国が不利になるだけでは。いやそのために人払いをしたんだろうけど、何にせよここではいきなり無謀な強硬策に出た印象しかないのが残念。