Antipyretic

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一緒に行きましょう逝きましょう生きましょう

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青年と幼女、という組み合わせは私の性癖の一つで、特に二人の間に肉体関係がなければベストといっていい。恋愛要素についてはあってもなくても構わないけど、出来ればないほうがいい。イケメンが愛らしい少女に振り回されるのもいいし、幼い王女に仕える青年騎士という関係でもいい。とにかく健全な関係であれば美味しい。

この手の組み合わせで萌えたのが『インガノック』なんだけど、あれ以上の作品に今も出会えていない。そもそも健全な関係の青年と幼女、という組み合わせが見られる作品をあまり見かけないんだけど、まあそれは私が知らないだけなんでしょう。で、この作品は印象的なタイトルに釣られて興味を持ち、ストーリー紹介を見て青年と幼女の話なのかなあと思ったので購入。動植物がすべて滅んだという退廃的な世界観もツボだった。そしてただでさえ安いのにセールで更に安くなっていたし、ワンコインで釣りが来るくらいなら合わなくても大してダメージでもないだろうと。

しかしプレイしてみたら予想とは違った。いや青年と幼女の話だとは思うけど、少なくても私の求めていたような作品ではなかった。けどこれはこれで面白かった。選択肢のない一本道の短編 ADV で、短編だろうがなんだろうがすぐダレてしまう私にしては珍しく、読み始めてすぐ物語に引き込まれたまま一切ダレずに最後まで読み切った。ただただ鏡夜とアサギリが二人きりの世界を歩く様が淡々と描かれるだけなのに。中でも「変化」の丁寧な描写が秀逸で、絵で、文で、声で二人の関係変化が過不足なく表現されていく。シナリオは一日で終わる量だけど、変化の描写が凄まじいので唐突感もなかった。

システムはバックログの閲覧が面倒。ログ自体は見れるんだけど、一端ログを開いてから更に過去に遡り、そこからまた最新のログまで読み進めようとするとログ画面が閉じられてしまう。私はログをしょっちゅう開くタイプなのでこれが煩わしくて仕方がなかった。ログからの音声再生もなかったけど、これはまあなくてもいいかな。

期待していたものとは違ったけど、これはこれで好みの世界観、好みの空気、好みの話には違いなかったので結果としては満足した。低価格で提供された良質の物語。

鏡夜

脳だけの存在だった鏡夜を「人間」と見れるか、と問われると私には難しい。アサギリは「きょーやはきょーや」と再定義していたが、神様のほうは「人間ではないけど命ではある」と定義していた(と鏡夜は受け止めていた)。ちなみに私が青年と幼女の物語を期待して「違うな」と感じたのは鏡夜のこの状態があったからで、酷なことを言うけどやっぱり外見は重要なんだなあと……。ただ、この二人は文字通り世界で二人きりなのでルールも二人の定義に準拠することになり、アサギリが鏡夜を「人間」だと定義したのであれば否定は出来ないし、それでいいんだろうなあとも。しかし鏡夜が自分の姿に気づかないまま初めて会ったアサギリを「化物」と呼んでしまったこととアサギリがそれでも「人間です」と答えたことが、後の鏡夜自身に全部跳ね返ってくるのが何とも言えない。表情がないからアサギリが何を考えているのかわかりづらい、と鏡夜が思う場面もあったが、それもアサギリ以上に自分こそが当てはまっていたんだものな。しかし名前が「鏡」「夜」ってのは意味深。「鏡」がなければ鏡夜はずっと自分の姿を見ることが出来ないし、日光がないと動けない鏡夜は「夜」をどうしても見ることが出来ない。この二つの漢字で構成された名前になっているのは、やっぱり何か意図があるのかな。

鏡夜の肉体はともかく、精神はものすごく真っ当な子だった。目が覚めたら必ずアサギリと挨拶を交わすし、一度交わした約束は例え一人になってもちゃんと守るし、アサギリの問いには律儀に答えるし、アサギリを利用したことで罪悪感を抱くし、アサギリ一人に惨い使命を負わせていることを良しとせず死の体験を共有しようとするし、そうしてアサギリに対して可能な限り誠実でいようとする。けどそれもアサギリが純粋無垢だからってのもあるんだろうな。アサギリに人間味があるというか、矮小で嫌な部分もあれば鏡夜もそういう部分は表れていたんじゃないか。アサギリがある意味で人間らしい感性を持っていなかったからこそ、鏡夜もあんな状況で人間として真っ当でいられた。

印象に残っているのは自分の姿を知って自棄になり、これ以上迷惑はかけられないとアサギリに置いていけと言った後。時折アサギリが戻ってくるたびに強がって追い払い、長い時間を一人で延々と鏡の中の自分と向き合う場面。

1人は……寂しいんだ。

なんてことない言葉なのに、だからこそ妙に響いたモノローグだった。

しかし今度はアサギリが鏡夜を置いていった後、彼女に追い付こうと長い時間をかけて手足を生やす場面はびびったし少し興醒めした。野暮かなとは思いつつもあんまりにもあんまりで突っ込まずにはいられなかった……。同じ境遇の男性の体に手足があったことが伏線になっていたのはわかるけど、あの手足もソーラーか何かで動く機械だと思ってたんだよなあ。手足が生える、って光景は想像してみても結構シュール。

アサギリ (CV:松代真由)

死ぬためだけに生かされている少女、と書くと酷く矛盾している。アサギリの肉体の寿命と新しい体に切り替わる条件は、これまた酷い言い方になるけど上手く出来ていてある意味で感心してしまった。神様も私も悪趣味だなーまったく。

アサギリに関しては、とにかく「きょーや、きょーや」とひたすら鏡夜を呼んでいたことがすごく印象に残っている。その声もだんだんと感情が乗っていって、最後には色んな表情を見せてくれるまでになる。最初は化物と呼ばれていたアサギリが徐々に人間らしく少女らしくなっていく。そこまでの変化が丁寧に描かれていたのが良かった。特に鏡夜が死の体験を共有してくれていたことに気づいた時のアサギリが本音をぶつける場面は、それまでの淡々とした展開との対比も相俟ってその激しさが強烈だった。

そしてもうひとつアサギリが感情を爆発させるのが最後の場面で、使命を終わらせるには鏡夜が死んだ上で鏡夜の死をアサギリが追体験しなければならないのだと知った時。鏡夜があれほど求めていた満面の笑顔を見せてくれるようになった後に、アサギリの細かい絶望の表情を凄まじい差分枚数で表現してくる悪趣味な演出がとてもいい。正直言ってあれは美味だった。だからこそアサギリの死の体験を共有していたからこそ出来た、鏡夜が最後にアサギリに与えた「苦しみの後の幸せ」にもぐっと来た。このこともそうだけど、旅の後半は前半の二人のやり取りが活きてくることが多くてそこも良かったなあ。伏線もわかりやすいものからそうでないものまで、何気に結構あって面白かった。

最後のオチについては解釈が分かれそうだけど、星が人の命と考えられるなら、流星が落ちたことからも命が地球に帰ってきて星と同じく人間も生まれ変わったのかな。けど私としてはあの二人に再会して欲しくない。ただそのほうが美しいと感じるから、という私の美意識による希望に過ぎないけど、美しく別れたら別れたままでいて欲しい。