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古書店街の橋姫

私はこれまで BL ゲームをいくつかプレイして来てどれも楽しんだし面白かったものもたくさんあったけど、ツボにハマれる作品には巡り会えていなかった。だから一番好きな BL ゲームはどれかと問われても答えが出なかったんだけど、ようやく答えられそう。というわけで『古書店街の橋姫』は相当に好きな作品になりましたよ、と。

何が良かったのかというと、まず玉森のキャラクタ。彼の自堕落っぷりは共感しやすく面白かったし、何より『橋姫』は主人公の物語に終始していたのがいい。これは玉森の、玉森による、玉森のための物語だった。私は『Fate/stay night』や『死神と少女』のような「主人公の物語になっている作品」がドツボなんだよなあ……。

攻略対象も個性的で面白かった。水上は安定感のあるキャラクタかと思えばとんでもない男だったし、川瀬は好きなタイプだろうなとは思っていたけど予想以上にツボを突かれたし、花澤は ED 直前まで私がはっきりと「この男は嫌いだ」と強く思えた稀有なキャラクタで、博士は献身的で最初は興味がなかった私も情を寄せずにはいられなかった。シナリオは攻略順が固定されており、いつも気になるキャラクタを最後に残す私としては川瀬を早々に攻略してしまったことでモチベが保たれないのではないかと危惧していたけど、最後まで一気に読めたのは攻略対象がみんな個性的だったからなんだろうな。花澤はマイナス方面に振り切ってしまったけど、「嫌い」という感情はある意味で物語を読むためのエネルギーにもなるのだと知った。そししてサブキャラクタも濃い。全員にちゃんと見せ場があるし CG も用意されている。

シナリオはとにかく先が気になって一気に読めた。ループ系作品は世に溢れ返っている題材なので先が読めるかと思いきやそんなこともなかったし、むしろ突然思いもよらぬ方向にポンポン話が飛ぶ時があって結構振り回された。あれはわざとやってんのかな。戸惑うこともあったけど、その戸惑いを含めて楽しんだ。それと過去に遡ることで主人公がいなくなった後の世界はどうなるのか、そして置き去りにされた人の思いはどうなるのか、という問題にも言及される。ループ系は主人公視点になるが故に、こうした「主人公がリセットを決めて諦めた世界」の諸問題に触れる作品は私が読んできた中ではあまり見ないので新鮮だった。それに元々幻想怪奇物語は大好物だし、そこにミステリや大正時代の空気、雨や番傘や金魚と好きなモチーフが大量に加わっていたのが美味しい。ループ構造も単純で、力業による大雑把な解決はあるけどそれがまた味になっているし、穴らしい穴もなく、ほんとこれだけの力作が読めるとは思わなかった。荒削りな面はあるけどそれが魅力的。

そして結構後半まで「これは本当に BL ゲームなのか?」と確認したくなるくらいに恋愛要素が発生しないように見えるのも面白かったし、それもまたループやミステリに集中できた要因の一つかな。中盤まで恋愛色がほぼないのは玉森にそういう素養がないからだろうけども。それでもなんだかんだで BL をやっている……はずなんだけど、玉森のキャラクタがキャラクタなのであまりそんな印象は受けない。でも私は BL らしい BL を求めているわけでもないので別に構わん。ちなみに私が今まで BL ゲームを楽しんでもハマれなかったのはキャラクタに萌えてもカップリングで萌えることがほぼなかったからなんだけど、『橋姫』は萌えた。それも公式のカップリングで。こんなことは『絶服』以来だったから感動した。BL ゲームで萌えるってこんなに楽しいことだったのか……。

文章は読みやすく表現が詩的かつ多彩だったし、絵も好み。しとしとと雨の降る神保町の背景と、ビビッドなピンクとブルーを中心に彩られた目眩く幻想世界のコントラストも印象的。血もショッキングピンクで塗られているし、全体的にポップでサイケデリックな色使いなのにちゃんとレトロだと感じられるのがすごい。更に CG も200枚あったので驚いた。もー序盤から次から次へと CG が出てくる上に大胆な色使いもあって画面を見ていて飽きない。音楽も良かった。楽曲では ED「eyes only」が好きだな。OP と ED に至ってはちゃんと各ルートごとにムービーが用意されているのが豪華。

声はフルボイスだけどキャストはいずれも知らぬ方ばかりでネット声優に対して苦手意識もあったので不安だったけど、私がこれまで抱いていたネット声優への認識がいかに偏見だったかを思い知らされた。特に水上と川瀬はハマり役だった。

そして恐るべきはシナリオ、イラスト(背景も含める)、スクリプト、作詞、ムービー制作まで一人でこなした作者のマルチ才能ぶり。これには畏怖した。まじかよ……。しかもこれだけのボリュームで2500円ってのがまたすごい。

ちなみにクリア後に作者があれこれと読者の疑問に答えてくれるのは余計なのでは、と最初は思ってたんだけど、クリア後に少なくても私にとっては作者の回答が必要だと考えを改めた。何しろ『橋姫』は難解な上にわかりにくい伏線のロングパスが多く、どれが伏線になっていたのかを説明してくれるような親切な仕様でもないので Q&A があるとないとでは全然違う。実際、目を通した分だけでも私の解釈と異なる事実も多かった(余計にわからなくなった箇所もあったが)。それに読むごとにキャラクタへの愛着が増した。特に川瀬は元から好きだったけど Q&A を読んで更に好きになった。ほんと玉森くんが大好きなんだなこの人。ちなみに Q&A はすべてに目を通したわけではないので勘違いしたまま感想を書いてる部分もありそうだけど、まあそれはそれで。

※追記。後に副読本を読んで自分の解釈が結構間違っていることに気づいた。でも面白いのでそのままにしておきます。

玉森 (CV:藤桐花)

『橋姫』はこの主人公でなければこんなにハマらなかった。自分本位で卑しく傲慢なくせに、自己評価がとてつもなく低い。だからこそ自分を甘やかしてくれる存在への独占欲が強い。この独占欲の強さが少し歪で病的。

彼は作中で何度も時間を跳躍することになるけど、これまで見てきた色んなループ作品のどの主人公よりもループする動機に感情移入出来た。「誰かを助ける」なんてヒロイックな理由ではなく、あくまでも自分のためだけにループする(とはいえ「誰かを助ける」という理由も結局は「自分のため」でもあるのだけど)。幼馴染みが死んでも幼馴染みの死を嘆くのではなく、自分の保身を真っ先に考えて動く玉森が魅力的だった。それといい年してトイレに間に合わずに脱糞した経験があったり、風呂や川で小便をするような男だと思われていたり(そしてそれは当たっているらしい)、自分でぶちまけた吐瀉物をかき集めてカルスピで流し込んで飲み干したりと衛生的に汚いところも多いのが主人公にしては珍しくて吹いた。でもそれもまた彼の個性かな。

ちなみに総受けだけど、総受けであることがイコール愛されることにあるのなら、誰かを求めずにはいられないくせに傲慢な玉森に相応しい役割かもしれない。総受けであることに意味があるとまでは言わないけど、例えば玉森は水上にちやほやされているけど「周囲にもらってばかりで自分からは何も与えようとしない甲斐性なし」という側面にも言及される。それと玉森が攻めになれないのはノンケだから、てのもあるんだろうなあ。玉森にとって男同士の性愛は想像の埒外で、男を相手にすると勃起を維持できないとも言っている。でも攻略対象は玉森が好きで抱きたいから、そんな相手を引き留めておきたい玉森は受けになるしかない。だからといって玉森が恋をしてないのかというとそうでもなく、玉森がノンケであることと友情への強い憧憬があるから本人に自覚がないだけで実は玉森のほうが相手に惹かれている、という構図で終わるのがまた。それを証明するのは他ならぬ橋姫の存在で、水上ルートでは水上のためを思っていたからこそ橋姫は再び水上に宿ったし、川瀬ルートの後日談では川瀬とのセックスも自分が望んでしていることで、川瀬に橋姫の力が渡っていないことからも察せられるのだと言及されていた。しかしあの花澤ですら花澤ルートで玉森が好きだと認めたのに、川瀬ルートの玉森はずーっと意地を張ってそうだなあ。相手があの川瀬だから、てのもありそうだけども。

ちなみに友情を重視するようになるのは不正規連隊との交流を経るなどした後半からで、自分のことしか考えていなかったかつての玉森のことを思うと感慨深いものがある。そして序盤からこれが成長物語であれば玉森がありきたりでつまらない主人公になるんじゃないかと危惧していたけど、それも杞憂に終わった。終盤もどことなく偉そうで意地汚いところがちゃんと残っていて安心した。前半に比べるとやっぱり普通の総受け主人公になってしまった気がしないでもなかったけど、玉森ならそれもまあいいかなと思える。それくらいに玉森を好きになれた。歪んだ関係で形成されていた会津出身組の幼馴染みたちの真実に気づかないまま「曇りなき友情」を求めて必死に奔走するところも可愛かったし、女性のタイプがマニアックなところも面白かった。

水上 (CV:神崎智也)

『橋姫』は文章が好きなんだけど、序盤の梅鉢堂で水上が去る描写は特に好き。

水上は見通したように眉尻を下げると、それもすぐに傘の縁で隠す。そしてふわふわと落ち葉のように流れて消えた。

「……」

水上が、去った。

後に雨音だけ残る。

この表現でぐっと『橋姫』の世界に引きずり込まれたし、水上というキャラクタも一気に好きになった。しかし穏やかな人かと思いきや、穏やかなのは確かなんだけどそれでいて厄介な人でもあったのは予想外だった。自殺する意思が高く、そして一切の躊躇がない。それも毎度毎度どんなに玉森が止めようとみっともなく縋っても自殺する。こええよこの男。「月曜になったら学校に行くのが当然だよね」みたいな態であっさり自殺するのがもう。これの恐ろしいのは、水上があっさり自殺するシーンを何度も見せられるところで、例えば「水上があっさり自殺した」だけなら拍子抜けするだけで終わったんだろうが、「何度止めようとしても」「毎回」「あっさり自殺する」のが異常。あっさりしていることこそに逆に執念を感じてしまう。それを象徴するのが「俺を諦めてくれ」と言いながら水上が穏やかな表情で万年筆で自分の首を刺して自殺するシーン。あそこは CG も良かったし、水上関連ではぶっちぎりで一番好きなシーンになった。水上は小さい頃から死のうと思っていて、でも玉森の描く物語が読みたくてそのためだけにずっと生き長らえてきた人で、でも死ぬ直前に玉森の「地下室の怪人」の最終稿を読んで心置きなく自殺してしまうのが、こういっちゃなんだけど暗い浪漫を感じてときめかざるを得ない。だから玉森と水上の関係もいいんだけど、それ以上に店主の水上の関係がツボ。特に店主の水上への仕打ちは、一見静かに見えるのに狂おしいまでの傲慢さが感じられてとても好み。だって彼は「私の書いた物語を読んで満足して死んでくれ」と言って死神の鎌を振り下ろすんですよ。水上への無慈悲な独占欲に満ちていて萌えた。でも文筆家に限らず何かを生み出す人は少なからずああいうところがあると思うので納得もした。「自分の作品を評価して欲しい」という当たり前の欲求の究極的な形のような気がして、なんというかそそられるものがある。というわけで水上ルートは店主に一番萌えた。店主は川瀬ルートでは敵対し、花澤ルートではとばっちりで花澤に殺され、博士ルートでは博士に殺され、カオルルートは短いので結局水上ルートで一番活躍していた印象があるな。

水上に関してはとにかく嘘つきだという印象もあって、でも水上の吐いた嘘は全部玉森のためでもあったのが、彼が如何に不器用であるかを示しているようで何とも言えない気持ちになる。橋姫のことは知ってたどころか(つうか攻略対象全員が程度の差こそあれど橋姫に関する知識があるのは意外だった)玉森にそんな力を与えてしまった本人だったのに「そんなものは知らぬ」みたいな顔して玉森の言葉を信じないように振る舞ったり、実は浪人生のくせに帝大生の振りをしたり、玉森の作品をメタクソに扱き下ろしたり。他にも橋姫が玉森に宿ってしまったから代償にと玉森の母親を殺してしまうなど、水上のやることは何かと裏目に出ているのが……これも想像力がないからなのか。

あと水上は前世から玉森が好きでその記憶を引き継いでいるという設定があるけど、まさかここまで壮大なボーイズラブだとは思わなかったから最初は驚いたものの、『ドグラ・マグラ』を意識してるんだろうしそこまで突拍子だとは思わなかった。が、私は前世云々の設定が好きではないのでテンションは下がった。水上のキャラクタは好きだけど、この二人のカップリングにハマれなかったのは前世云々の設定が尾を引いてることも影響しているのかも。でも性欲を鎮めようとお経を唱える水上は可愛かったなあ。

それと奥さんのことも印象に残っているというか、やたら男前な声だから男性なのかなとは思ってたけど終盤の告白はフツーにびびった。水上の猫も何かあるんだろうなと思っていたけど、まさか橋姫が宿っていようとは……。

川瀬 (CV:マルクス)

川瀬は元々ビジュアルが好みだったところに、体験版をやって物語開始直後の問答無用で女給の頭にコーヒーをぶっかける姿を見て一気に惹かれたんだけど、『橋姫』を読めば読むほど更にハマっていった。あざといくらいの萌えキャラ造形なんで悔しい気持ちもあるけどそれ以上に楽しい。シナリオも川瀬ルートが一番面白かった。水上ルートは終盤詰め込みすぎていた分(一周目だから仕方ないが)、川瀬ルートの読みやすさがプラスに働いたというのもある。何より終盤の店主とのめくるめく幻想合戦が楽しかった。CG の大盤振る舞いは豪快で爽快だったしわくわくした。

しかしまさか川瀬があんなに玉森くんを大好きだったとは、最初の頃は想像も出来なかった……。『橋姫』は二周したけど、二周目は序盤から川瀬の言動のすべてが「玉森くんが好きで好きでしょうがなくて苦しい」って言ってるように聞こえて、それがもう切なかったし萌えた。玉森は自堕落どころかガチで衛生的に汚いんだけどあんな男でいいのか偽潔癖症。玉森に何度か留守番を頼んだりもしていたけど、それも玉森だけは汚くないからなんだろうな。しかし潔癖症の人間が唯一触れられるのは主人公だけ、というパターンは定番だけど、川瀬の場合は玉森を綺麗だと思っていてかつ自分は汚れていると思っているのが美味しい。玉森が触れると「汚いな!」と怒る時があったけど、あれも「汚れている自分が綺麗な玉森に触れるのが汚い」って意味なんだと思うともうどうしたらいいやら。他にも玉森の才能を信じているからこそ敢えて作品を酷評したり、口が悪い自覚があるので玉森を傷つけすぎないように「玉森くん」と呼んだり語尾にも「でしょ」や「だよね」をつけて話したり、普段は皮肉ばっか言うくせにふとした瞬間に自分と別の誰かを比較していちいち玉森に聞いたり「俺のこと、好き?」と確認したり、気持ちを告げる時も「大好きだよ」とか「君にも好きって、言われたかった」とストレートにぶつけたり、玉森が花澤に懐くのが嫌で花澤と会わせることを阻もうとしたりとなんかもう涙ぐましいぐらいだ。そして川瀬は玉森が水上を好きなことに気づいていて、だからこそ水上の「俺を諦めてくれ」と対になるかのような川瀬の「君を諦めさせて」という思いが最高に美味しい。他にも実は甘えたがりで寂しんぼだったり、酒を飲むと喧嘩上戸で眠り上戸だったり、おにぎりもまともに握れなかったり、あと蛙男と交流を持ち始めたところも可愛い。それと川瀬が父親に性的虐待を受けていたという過去を知って、私はこの手の「過去に犯されたことのある男性キャラクタ」にハマりやすいのだということを自覚した。ある作品とかある作品とかある作品のキャラクタとか。いやもー業が深いなほんと。でも私は川瀬受けも見たい人で(というか水上、花澤、博士、カオルはみんな受けもやれそう)玉森攻めもあり派なんだけど、川瀬の過去を知ってしまうと玉森の性格的に川瀬を攻めるのは難しいかなとも思った。そこで敢えて攻めるという鬼のようなことも考えたけど、そうなるともう玉森ではなくなってしまう気がするしそれは私の望むところでもなく(とはいえあるならあるでやっぱり玉森×川瀬も見てみたいけど)。

それはそうと玉森と川瀬のエロシーンは楽しかった。首絞めセックスは浪漫だし、川瀬にとっては実質「世界最後の日」だからと玉森をめちゃくちゃにしようとしたくせに玉森が痛がるとすぐに一旦止める川瀬が可愛い。それと「痛かったら、言って。……俺が気持ちよくなれるから」って台詞が最低で良かった。「痛かったら言って」は定番台詞だけど川瀬のこれはいい変化球だなあ。「乗ってくださいだろ」からの「乗ってください」とか「いかせてください、は?」からの「いかせてくださいって…っ言ってください、だろうが……!」もニヤニヤした。そして最後には「…いかせてあげるね」になるのが、屈折していていじめっこな川瀬らしい優しさと意地悪が感じられて良かった。

でも一番ツボに来たのは地下室でのやり取りで、「君にだけは触れられるんだよ」と川瀬が玉森の手の甲に口づけるシーンが特に好き。あそこは淡々とした空気がありながらも、川瀬の過去や花澤との関係などが語られるので読み応えがあった。川瀬の「悪人は偽善者じゃなきゃ救えないからね」という台詞もぐっさり来たなあ。それだけにカオルによってあの時の川瀬が殺されてしまったのは悲しい。この件をきっかけに時を戻すことを当然のように考えていた玉森が、あの時の川瀬にはもう会えないのだと気づいて「尊さ」を自覚する流れがぐっと来た。ループ系の作品をやるといつもこの手の問題に関して思うところがあったから、玉森が気づいてくれたのは嬉しかった。そして店主の記憶を引き継いだことで川瀬とあの地下室でのやり取りの記憶を再び共有できた時も、シーンがシーンだけにニヤニヤした。川瀬が手の甲にキスしたことを照れているのも可愛い。

最後の列車のシーンから爽やかな ED に至るまでの怒涛の流れも良かった。結局橋姫は玉森の元に戻ったが、面白かったのが玉森に店主の記憶が引き継がれていない点(これは玉森が橋姫の力が自分に戻った正確な理由を、川瀬に教えられるまで知らなかったことからも確定)。どうも記憶は相手に同調しないと引き継がれないらしく、川瀬は幻想合戦に突入する前から店主に同調していたから記憶が引き継がれたが、玉森の場合は川瀬の「恐れた罰」として橋姫の力を移されただけだから「実は自分は水上が好きだった」という店主の思いや記憶を引き継いではおらず、それは皮肉にも川瀬だけに引き継がれてしまっているのが美味しすぎる。川瀬はずっと玉森は水上が好きだと気づいていて嫉妬して苦しんでいたのに、店主の記憶を引き継いだことで確信するに至ってしまった。でもそれを知らされたのは玉森ではなく川瀬だけ、という図は残酷で最高。しかしだからこそ川瀬は水上を可哀想だとも思っていて、水上に会いに行くように玉森に言ってしまった。やっぱり優しい人なんだな。花澤や加東くんのこともそうだけど、潔癖症で人に触れられないくせに他人のために動くことが出来る人だ。だとしたら彼は橋姫とは相性が悪い。というかなんだかんだで真っ当に生きているのは川瀬だけなのか……。川に流されていく少年を助けたところでシナリオが終わることからも、川瀬の真っ当さがよくわかる。

ところで幼少時の川瀬が玉森を殺そうとしたのを止めた水上は、川瀬にとっても恩人なんだろう。玉森を殺していたら恐らく川瀬はもっと悲惨なことになっていた気がする。というか博士の言い分が正しいのなら、川瀬が玉森を殺して後悔しているだろう世界も存在しているってことになるのか。

花澤 (CV:桜花大夫)

花澤は苦手というか、先にも書いたけどぶっちゃけ嫌いだった。私の直感が「この子は合わない!」って全力で告げてくるようなタイプで、はっ倒したいというよりももう逃げ出したかった。正直ゲームをやっていてここまでキャラクタに苦手意識を抱くの初めてだったので困惑しつつ、ここから反転してハマれたら面白そうなんだけどなーと思いながら花澤ルートをプレイしていた。結果としては反転したようなしてないようなしかけたまま終わったような、むしろ奈落の底に落とされたような(どんなだ)。

花澤はまず池田邸で再会するシーンからすでにいい印象は持てなかったんだけど、何を考えているのかわからない上に融通が利かないところがあるのが苦手だった……のかな恐らくは。「何を考えているのかわからない」キャラクタとか「融通が利かない」キャラクタだけなら好みの要素でもあるんだけど、この二つがセットになるとキツいのだと思い知った。花澤のそうしたところは花澤ルートに突入するとより一層顕著になってくるのでますますイライラさせられた。今でも好きかと問われるとノーだ。

ただ ED はかなり好きな終わり方だったし、花澤が頑なにやろうとしていたことを玉森が豪快にちゃぶ台をひっくり返すどころじゃないレベルで地獄に叩き落してくれたので爽快だった。何よりも後日談で私のほうがひっくり返ってしまった。あれほど「ウワこいつ嫌い!」って思い続けたまま花澤ルートをプレイしていたのに、後日談が思い切り性癖を刺してくる内容だったので途方に暮れた……。甘美な地獄が最高すぎる。しかしアップダウンが激しすぎてしんどいなこれ! ここまで極端なケースはさすがに初めてなので困惑。

結局花澤はとてつもなく不器用な人だったのかな。彼は別に水上たちを殺したいわけじゃなかった。水上ルートで用済みの玉森を銃殺しようとしてなかなか殺せなかったし、水上をまだ殺していなかったことを博士に咎められていたし、水上との殺し合いでも躊躇いが見て取れたし、博士が水上を撃つと不満そうにもしている。花澤ルートで玉森に引きずられて二人で時間跳躍した直後の様子がおかしかったのも、博士と川瀬を見殺しにしてしまったまま逃げたせいもあったのかな。なのに国のため、ひいては玉森を好きが故に水上と川瀬を殺して罪を重ねていくのがもう……。自分に忠実に生きるためにはやらねばならないことはやってしまわなければならないとも思っていて(これは父親の教育のせいもあったんだろうが、極端なシングルタスクなのかな彼は)、だからこそ陸軍の人間として国を掬わねばならないという思いの元に行動するんだけど、軍縮を回避したところで日本が勝てるかどうかは怪しいからなあ……。博士の兵器開発は見当違いのもので、更に兵器が完成することはないらしいので(花澤がそうした真相を知る手段はないので仕方がないんだけど)花澤のやってることは結局無駄になってしまうような。まあ「とにかく当座の使命をきちんと果たしてしまいたい」って気持ちが大きかったのかもしれないけど。

こんな頑なな男を開放するには、それこそ洪積世に落とすくらいの勢いでないと駄目だったんだろう。幼馴染みも殺してしまい、花澤は後にも先にも進めなくなっていたから。それでも花澤のために地獄まで付き合ってくれる玉森は、優しいというよりちょっと怖くもある。花澤に犯された時もあれほど殺してやるとか言ってたのに、花澤が本音を叫んだ途端にあっさり絆されてて吹いた。かつては花澤に憧れていたとは言え早すぎる。ここは少し唐突に感じたな。というか花澤の目的を考慮するならむしろ花澤が玉森に犯されるべきだと思うんだけどどうなのか。私は花澤にネガティブな感情しか持てなかったので「いっそ花澤を犯してしまえ! あんあん言わせてしまえ!」とすら思っていたのに玉森くんあんたって人は……。彼が愛されたがりってのもあるんですかねえ。

でも先にも書いたようにあのワクワクする結末はとても好きなんだよな。アダムとイブのようになったけど、男同士だから決してアダムとイブにはなれないところもいい。かつて玉森の物語を再現した夢の中ではしゃいでいた時のように、紀元前の世界を前に嬉しそうにしている姿を見て少し花澤への印象が上がった、ような気はする。ほんの少しだけ。

花澤ルートで一番楽しかったのは中盤で玉森が川瀬と酒を飲み交わすシーン。あとトイレで用を足している晴彦さんに遭遇するシーンは笑った。それと料亭で玉森、水上、川瀬、花澤、博士の五人が一堂に会する場面は妙な迫力があって印象に残っている。

氷川喜重郎 (CV:遠野誠)

会津の幼馴染み組に意識が行っていたのと、博士のようなキャラクタには興味がないこともあって博士ルートへのモチベーションは低かったんだけど、花澤ルートをプレイして博士への好感度が上がった状態で博士ルートを始められたので、そういう意味でも花澤ルートをやって良かったなと思えた。

博士ルートでは玉森が時を遡る手段を店主に奪われたことで博士の持つ橋姫の力に頼ることになるんだけど、そこで玉森が「自分が時を戻ったとしても、残された人たちはどうなるのか」を思い知らされるのがいい。川瀬ルートで時を遡って世界を置き去りにした者の視点から見る「尊さ」に気づいた玉森を見た後に、時を遡られて世界に置き去りにされた者の「尊さ」に気づくのがぐっとくるというか。店主を誘い出すために博士が玉森を川に突き落とそうとしたことがあったけど、その時に「苦しむ君を、もう見たくないんです」「僕が君を、幸せにしてみせますから」と切り捨てようとする(ちなみにこの台詞は演技だと思ってたんだけど本音だったと後で知って吹いた)のがまさにこれまで水上を救おうと奔走してきた玉森そのもので、玉森がこうして「時間を遡ることでやり直そうとする自分の姿」を客観視するに至れたのは博士ルートならではの展開で面白かった。玉森は未来を書き換えているわけではなく、別の可能性の世界に飛んでいるだけなんだよなあ。だから一期一会。玉森はそのことに気づかないまま時を遡っていた。

そして最初は金持ちで玉森に一途で玉森のためなら人を殺すことも厭わないくらいの奴隷である博士を「使えるな」とか酷いことを言っていたのに、博士と一剣と砂山の三人の愛情と信頼関係を知ってからは博士が二人の女中を無理して切り捨てていくことを良しとしなくなるのが自然で、最初は博士に興味がなかった私も博士の献身的な愛情に絆されていく玉森に共感できた。何しろあれほど探していた「過去の自分に声をかけて怪奇小説の面白さを教えてくれたおじさん」を玉森のためにその手で殺してしまうんだから、献身的にもほどがあるだろう。しかし更に両目の視力も二人の女中も失い、橋姫の力を取り戻した玉森が水上を掬うためにまた跳躍しようとしていると思い込んだ時にようやく本音が出るのが良かった。彼は玉森に献身的に尽くしていたが、それは見返りを求めてのことだったのだとわかるのがいい。だから博士には災いが起きなかったのか……。

店主の記憶を引き継いで水上が好きだったのだと玉森が知って水上に告白をしたのは、置いて行かれる人たちの「尊さ」を知ったからでもあるんだろうな。これまでの玉森なら例え自分の気持ちを自覚しても、水上を掬ってやり直せる(と思い込んでいる)世界で告げたらいいと思っただろうから。それと店主の記憶を引き継いだことで気持ちを自覚させられたから、どこか他人事な感覚も否めなかったんじゃないか。気持ちを自覚する前に博士と共にいる時間が多かったから、もうあの時の玉森は博士の方に気持ちが移ってしまっていた。だから水上ではなく博士を掬うと決めた。水上を掬おうとしたことで犠牲になったものが多すぎたから。水上ルートと川瀬ルートでも思ったけど、やっぱり恋は自覚しなきゃ意味がないなということを実感した。

そこから博士の転機になった時代に遡るんだけど、素顔の砂山さんの登場とか玉森が助けた時の先の未来からやってきた博士に救われる展開とか、時間跳躍における定番が多くて楽しかった。それでも玉森が掬いたかった博士を掬うことは出来ないのだと知って、今度は別の世界の博士を掬いに行くのがもう玉森らしい。普通の主人公ならあの悲惨な状況にある博士を例え掬えないのだとわかっても、というかむしろわかったからこそ共に寄り添い続けるとかそういう選択をしそうなものなのに玉森はしない。あの博士は掬えないなら別の世界の博士を掬おうとするのが、とても自分本位で残酷で、ある意味では誠実でもある。しかし跳躍した先が、女王様な玉森にいいようにされている博士がいる世界だったのは笑った。

まとめると、橋姫の力は平行世界を渡り歩く感じに近いらしい。いわゆる多世界解釈で、何度やり直しても上書きはされないしなかったことにも出来ない。玉森は跳躍するたびに橋姫の力をその世界の自分から奪い取っているから毎回自殺しているし、水たまりに飛び込むたびにその世界での親しい人たちを切り捨てている。玉森は何度もやり直せるが、時間遡行など出来ない多くの人にとっては玉森が水たまりに飛び込んだら玉森を失うことになる。その苦しみを知って尚、玉森は自分のためにやり直して「その世界の人たち」を切り捨てていくしかないのが残酷で、でもそんなもんだよね。時間を遡ってやり直せるなんて都合のいいことが、そう簡単に叶うはずがない。

ところで万が一の可能性で、玉森が砂山とくっついた時の博士の反応はちょっと見てみたさある。色んな意味で号泣しそうだけども。あと水上が自殺したことで迷惑そうに悪態を吐く川瀬がとても川瀬らしくて笑った。これは川瀬の言い分も理解できる。事故死なら可哀想だと思うけど、自殺ってぶっちゃけ迷惑でしかないケースもあるだろうからなあ……。

カオル (CV:美藤秀吉)

カオルにはあまり興味が持てなかったし、カオルルートが短いので正直書くこともほとんどないんだけど、ただカオルルートで明らかになる事実にはあっさり納得できた。この作品には幻想が出てくる設定だと知った時から「実は玉森が現実だと思っていることも含めてすべてが幻想だった」という真実の可能性は考えていたし、最悪玉森本人ですら幻想そのものじゃないかとも思っていた。それと『ドグラ・マグラ』をモチーフにしていることや玉森が久作作品の入れ子構造について語る場面があったから、これまでのルートは玉森の創作だったと言われても受け入れられた。ただ、水上、川瀬、花澤、博士ルートとカオルルートは異なるパラレルのような存在らしいけど、カオルルートも博士の言う「無数にある可能性のうちの一つの世界」のように思えるんだよな。

それはそうと店主とカオルのやり取りは心地よかった。優しく振り続ける雨の中にいるような瑞々しい空気と、それと相反するかのような倦怠感があって落ち着く。これでエロがなければ(そして玉森の若返る遊びがなければ)もっと良かったんだけどまあしょうがないか。店主がカオルにセックスを教えたという設定は好み。

ところで水上、川瀬、花澤の死に方で首をやられることが多かったのは三人がてるてる坊主だったことの伏線? 水上なんて頑なに首を刺してたし。

店主 (CV:佐山裕亮)

川瀬が一押しだけど、肉薄するくらいに好きなのが店主。私が店主を好きなのは『Fate』のアーチャーが好きなのと理由や感覚が近いかもしれない。顔が好みなせいもあるけど。しかし壮大なマッチポンプにもほどがあるだろ店主……。そのくせ雨が降り続けたこととカオルがうっかり玉森と鉢合わせてしまったことで、玉森が偶然水たまりに飛び込んでしまうというアクシデントを誘発する詰めの甘いところもあるのが笑う。まあ雨については博士が雨天にしか開店しない梅鉢堂に行きたいがために降雨弾を打ち上げていたせいで、こんなもんを想定しろってのは酷な注文だとは思うけど、でもカオルの件は甘かったと言わざるを得ない。まあそういうところも好きなんだけども。初めてカオルに出会った時の晴彦さんは内心では「あっちゃー……」だったんだろうなと思うとニヤニヤする。

その晴彦さんだけど、常に絶妙のタイミングで玉森を的確に突っ込んでくれるのが小気味良くて良かった。いいキャラしていた。玉森の自堕落ぶりが憎めないのは晴彦さんの存在があったからなんだろうな。蛙男とのコンビも可愛かった。ところで晴彦さんの元ネタはやっぱり京極夏彦なんでしょーか。「不思議なことなどないのだよ」とも言ってたし。