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『花帰葬』感想

http://haccaworks.net/new/hana/hana_top.htm

友情でも恋愛でもなく、ある意味で「世界でたった二人きり」という設定を使って切ない関係を丁寧に描写しているのは良かったし、世界観も好みというかむしろツボを突いてくる設定だった。なのにどこか浅い印象が拭いきれず、結局ハマれそうでハマれなかった。

序盤は玄冬が花白に事情を聞こうとして誤魔化されるパターンが繰り返され、後半は後半で「殺さない」「殺せ」のやり取りばかりで飽きてしまった。殆ど会話だけで淡々と綴られるテキストにも原因がある。作品を象徴する雪の如く綺麗だけど、そのままさらさらと零れ落ちていってしまうような感覚。そういった儚さが『花帰葬』の最大の持ち味だと思うので、単に合わなかったんだろう。主役の二人を好きになれなかったのも厳しい。あと破滅的で切ない結末は好みだけど、そういう系統の結末が大量にあって似たよーな内容の話が並んでいるように見えてきて、結果としてひとつひとつの結末の印象が薄くなっちゃったよーな。一方、絵は癖の強い絵柄で好みから外れてはいたけど、この世界観にはマッチしているし黒鷹のキャラクタデザインは好み。メニューもちょっと凝りすぎて見づらいが、雰囲気に合わせたデザインになっている。

でも『花帰葬』の一番素晴らしいところは音楽にある。志方あきこ氏の声と音楽はちいさな箱庭を哀しく静かに盛り上げてくれていて、改めて音楽の威力を思い知らされた。

玄冬

人間の罪を具現化した存在として誕生した玄冬は、人間が人間である限り争いが絶えないことからも、人間そのものを凝縮した存在とも言える。しかし彼は、自分の命と世界中の人間の命を秤にかけることすらしなかった。もちろん玄冬だって別に死にたいわけじゃないんだろう。しかし自分が玄冬として生まれたことを嘆いたり、自分の未来に一瞬でも希望を抱いたりすることはあっても、自分が生きるために世界中の人間が死んでしまえばいい、と考えたことはとうとう一度もなかった。

一方で彼は身勝手でもある。花白や黒鷹の気持ちを考えず、自分は殺されるべきだと考えていた。そうして嫌がる花白に何度も「殺せ」と身勝手に追い詰める時が、玄冬の人間らしさを強く感じられた瞬間だったのがなんていうかもう。自分は死ぬべきだと思っているところは普通の人間の感覚としては異常なのに、自分を殺すように請う様が人間らしく感じられるのが、一見矛盾しているようで納得出来てしまうのが面白かった。

花白

花白は常に自分の感情を良くも悪くも撒き散らすので、読んでいるこちらとしてはついていくのがしんどかった。とはいえ感情的になる背景や事情には同情出来るし、玄冬がああいう人だから余計に花白のほうが必死にならざるを得なくなってしまったんだろうな。そして花白はそういう運命の下に生まれてしまっただけで、私の価値観からすればものすごく真っ当な人でもある。殺さなきゃならない人を好きになったから殺したくない。でも回りは自分を救世主としか見てくれない。だから泣く。怒りもする。その気持ちはわからなくもない。それでも私は、どうしても花白を好きにはなれなかった。

黒鷹

登場人物の中では好きになれた貴重なキャラクタ。黒鷹はずるいんだけど、そこが良かった。人間じゃないのに人間らしいのがまたいいんだよな。しかし主の作った理不尽なシステムを破壊するたった一つの方法が、管理の塔の一本の紐を断ち切るだけってのはちょっと拍子抜けした。犠牲は大きいし息子のために自らの消滅を選んだ黒鷹の愛には感動もしたけど、あまりにもあっさりでこう……いやこのあっさりぶりが黒鷹らしいといえばらしいか。

正直、私としては『花帰葬』は主役二人の物語よりも玄冬と黒鷹、花白と白梟のそれぞれの不器用で歪な親子関係と、黒鷹と白梟の複雑な鳥同士の関係が面白くて、そういう物語として読んだ。特に後者は、白梟を箱庭に留まらせるために白梟に真相を話せないでいた罪深さがたまらん。でも黒鷹が正直に言ったとしても、白梟は黒鷹と共に箱庭にい続けてくれたんじゃないかなとも思う。根拠はないけども。

ちなみに数多い結末の中で一番好きなのが「春告げの鳥」ED。ある意味では親子の信頼の深さが伺える結末でもあるが、それが残酷な形となって生き続けてしまうのが美味。

白梟

共感のしにくい鳥だった。あえて読者に共感してもらうことを避けている節もあるけど、何より描写が薄い。敢えて描いてないっぽいけども。ただ、この人はずっとブレずにいてくれたのでそこは良かった。特に終盤、花白に殺されても花白がちゃんと殺せたことに満足していたのが印象的で、好きなシーンの一つになった。どこまでも報われない花白が可哀想な瞬間でもあったけど。

銀朱

職務に忠実であろうとしつつ、同時にものすごく優しい人だった。作中では一番まともなキャラクタ。けどこういう清廉な人は清廉すぎて書くことがない。好きなキャラクタではあるんだけども。

研究者

自分勝手な理由で箱庭を作ったものの、理想通りにならなかったからその箱庭を棄てて新しく別の箱庭を作ったくせに、その後も中途半端に最初の箱庭に干渉してくるのがアレ。もう登場人物全員で一発ずつこの男を殴ってしまえば良かったのに。