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『Fate/stay night』感想

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面白かった。ルートは三つしかないけど、序盤以降は展開が異なる上に文章量も凄まじく、フルコンプまでに相当の時間を要する。ルート構造は単純で、選択肢を間違えると即 BAD ED 直行するけど、その救済のための「タイガー道場」なんておまけまである。設定は細部まで練られているし、それを土台に動き回るキャラクタも魅力的で、次から次へと繰り広げられる熱い戦いに引き込まれていく。癖の強い奈須氏の文章は苦手な部類に入るけど作品には合っているし、何よりストーリーに牽引力があるのでそれほど大きな問題にはならなかった。またヒロインは当然として、男性キャラクタもしっかり書き込まれているのが嬉しい。ただ、頑迷な思考を持つ士郎への感情移入は難しかった。でもこれくらい強烈なキャラでないとこのゲームの主役は張れないんだろうな、てのもわかる。最後まで好きにはなれなかったけど、物語の登場人物としては面白いキャラクタではあったかな。しかし文章と主人公が好きになれないのにこの長大な物語を完読させたんだから、TYPE-MOON は本当に恐ろしい。

システムも快適で、特に章を丸ごと飛ばせるシーンスキップが重宝した。演出も凝っており、戦闘シーンのエフェクトは当然としてバリエーション豊かな差分が用意された立ち絵も画面中を縦横無尽に動き回る。ふとした会話の合間にも切り替わる表情差分が細かくていちいち感動する。これは小説では出来ないゲームの醍醐味だよな。この拘りがキャラクタの魅力を引き上げているのは言うまでもなく、なんつーか至れり尽くせりだった。普通ならあって当然のものがない、という点では音声がそうだけど、それでも他のゲームにまったく引けを取らない。絵はシンプルな絵柄で、この手のゲームには珍しく視点を引いた絵があるのが面白かった。エロシーンでも桜ルートで引き絵が用意されてるんだけど、局部の描写だけに拘ってないというか、あれは相当に自信がなければ出来ない芸当じゃないかな。ただまあセックス中の動きを表現しているのか、絵にブレを加えるのは間抜けっぽいからやめたほーがいいとは思った。

他に気になった点を挙げると、士郎が瀕死になってもすぐに回復してしまう点。士郎が魔術師としては初心者どころではないレベルで未熟だし、本来なら優秀らしいセイバーも士郎の魔力の供給を受けられないしで不利な面が多いからアヴァロンがないとやってけないんだろうけど、強敵出現→ピンチ→瀕死→回復、というパターンが繰り返されるために後半には緊張感が薄れてしまったのも事実。士郎のこの反則的なくらいの治癒能力には理由があり、それが士郎に備わっている経緯に納得出来たのは良かったけども。あとは「ちょっと気になった」程度ではあるけど、聖杯を巡るバトルロイヤルなのに、聖杯に叶えてもらいたい明確な願いを持つキャラクタが少ない。主人公の士郎がそうだったし、ラスボス的位置にいる言峰やギルガメッシュもそうだった。まあ士郎はああいう子だから面白くなったんだろうしそれでいいと思うが、もーちょいシンプルかつ生々しい願いを持つキャラクタが一人でもいればな、と思わないでもなかった。

と、いくつか不満は挙げたものの、総合すると萌えたし燃えたし面白かった。ご都合主義的な展開はあれど、それらを片手で捩じ伏せてしまうだけの勢いがある。燃えゲーというよりは良質の娯楽作品。こういうのを名作って言うんだろうな。

Fate

最初から最後まで話に一本筋が通っており、綺麗な終わり方をしたこのシナリオが一番好きかもしれない。序盤は頼りない組み合わせだった二人が徐々に信頼を築き合い、やがて愛し合うようになるまでの描写が丁寧で良かった。中盤までは士郎の「セイバーは女の子なんだから戦っちゃダメだ」云々が鬱陶しかったが、ライダー戦での圧倒的な戦力差を前にようやく覚悟を決めるシーンは良かったし、それくらい頑なにセイバーを最初から「女の子」として見ていた士郎だったからこそ、セイバーを救えたのだということも理解出来る。というか、士郎でないと救えなかった。

そんな士郎に引きずられるようにして、セイバーが徐々に女の子らしい面を見せるようになるのも可愛かった。特に無意識に嫉妬するシーンとか。士郎への意識の変化の表れとして、風呂場での遭遇エピソードなんかはベタながらもわかりやすくて良かったし、終盤のデートでぬいぐるみショップを前に震えるセイバーもあまりの可愛さに私のほうが震えた。あと何気によく食べるところもいい。

最大のハイライトは終盤。頑ななまでに王の選定のやり直しを求めて今の己を否定するセイバーと、セイバーに似た歪みを持ちながらも、言峰の甘言を跳ね付けてやり直すことを否定した士郎。作中でも何度か言われていたよーに士郎は少し壊れているけど、そんな士郎がセイバーを救ったことにぐっと来る。「セイバーは頑張ったんだからセイバーは救われなきゃ嫌だ」という主張は士郎のエゴでしかないが、よく考えたら士郎は十代の男の子なんだし、そんな子にとって「頑張って頑張って頑張りすぎてる好きな女の子が報われない」のではそりゃエゴもぶちまけるよな、と納得してしまった。

エピローグはセイバーの穏やかな眠りで幕を閉じる。士郎を愛し、それでも士郎のそばにいることを願わなかったセイバーがあらゆる責務から解放された最後の瞬間は、王として駆け抜けたセイバーがアルトリアに戻れた瞬間でもあり、この物語の終幕に相応しい。士郎のほうも、未練なく前を向いて歩いていこうとしているのが良かった。これは「やり直すことはしない」と言っていた士郎だからこその前向きな結末で、別れは切ないけれど、不思議と優しさと爽やかさに溢れた締め方で印象深い。

他のキャラクタにも見せ場は多く、中でも凛は聖杯戦争や魔術の世界についてちんぷんかんぷんな士郎の優秀な先生になってくれるのがありがたかったし、意識し合う士郎とセイバーを見てからかったり二人のデートを応援してくれるなど、あらゆる面での彼女のサポートが心強かった。何より凛はキャラクタが魅力的。そしてアーチャーも意味深なアドバイスをするだけしてあの散り様は反則だった。「止めはしない。いずれ越えねばならぬ敵だ」「ああ、時間を稼ぐのはいいが―――別に、アレを倒してしまっても構わんのだろう?」など名言も多かった。ランサーも噛ませ犬になるかと思いきや、終盤では格好良いところを見せてくれたのがずるいな。また聖杯戦争には参戦しないものの、大河や一成など日常の象徴ともいえるサブキャラクタもいい味出していた。

残念だったのは終盤の英雄王の登場。バーサーカー戦後に盛り上げる必要があったのはわかるけど、登場が唐突すぎたのと他のサーヴァントも呆気なくギルガメッシュ一人に倒されてしまい、そのバランスブレイカーぶりにテンションが下がってしまったんだよな。だからラストのセイバーとギルガメッシュの戦いはそこまで盛り上がれなかった。ギルガメッシュに桜ルートの言峰くらいの濃い描写があればまた違ったかもしれないけど、ただでさえボリュームのある作品にこれ以上を望むのはもう贅沢の域かもしれない。あと些細なことかもしれないけど、バーサーカーを士郎が投影したカリバーンが一撃で七回殺した、てのは納得が行かない。アーチャーがその身を犠牲にしてようやく六回殺しているだけに尚更。いやまあ士郎とセイバーの愛の力というやつかもしれないけど……いやほんと愛の力でいいのかそこは?

Unlimited Blade Works

アーチャーとの戦いは士郎にとっては自分との戦いで、すべての人間を救う正義の味方に憧れて甘い理想を追い求める士郎への、「結局すべての人間を救うことは出来ない」という現実に対する答えがこのルートで出るんだろうと思っていた。が、結局士郎がアーチャーに勝てた理由が最初はわからなかった。士郎の愚直なまでの正義の味方への憧れが、アーチャーの中の絶望を凌駕出来たとは思えなかったから。だからクリア後にもう一度「Answer」を読み返したんだけど、アーチャーがかつての想いを取り戻した、てのが近いのかな。十年前、今際の際にすべてがなくなって空っぽだった自分を救った切嗣の表情に憧れた士郎のように、例え歪んでいようと未来には破滅が待っていようと、それでも自分の生きてきた道は間違いじゃないんだと貫き通す士郎の姿が、摩耗して絶望だけが残ったアーチャーの目にはあの日の切嗣のように映ったのか。アーチャーも元々は人間に裏切られても人を救おうとして、世界と契約して英雄になるくらいには正義の味方を目指して生きてきた男だったんだから、どれだけ絶望して憎悪しても、原点を思い出すと士郎には勝てないのも当然だった、という話なんでしょーか。

ただ、アーチャーが「間違いなんかじゃなかった」と答えを得ても、一度英霊になってしまったのではやることが変わらないのが悲しい。この時のアーチャーの得た答えというか記憶は消されるというし、アーチャーも言っていたように今後も彼は何度も絶望していくしかないし士郎への憎悪を募らせていくしかない。それでもいいのだとアーチャーは言うが、あまりにも報われない。でも英霊になることを選択したのは他でもないエミヤ自身で、選択した責任もある。だからこれからも絶望していくことを決めている背中に、凛と共に泣いた。

真っ先にアーチャーについて語ってしまったけど、シナリオもセイバールートとは違う盛り上がりがあって面白かった。裏切りや急展開の連続で主従関係がめまぐるしく変わり、意表を突く場面が多く目が離せなかった。またセイバールートではあっさり退場したキャスター陣営の活躍が目立ち、人間なのにセイバーを圧倒する葛木の強さには正直萎えたものの葛木を一途に愛するキャスターの想いにはぐっと来たし、セイバールートでは有耶無耶なまま終わったセイバーと小次郎との戦いも、互いに切迫した状況下で制限があったとはいえ決着がつけられたのは良かった。更にイリヤバーサーカーの絆には涙腺を刺激されたし、ランサーもゲイ・ボルクとロー・アイアスの衝突が派手な教会前でのアーチャー戦が燃えたし、最後には言峰から凛を救い、言峰もろとも消えていくのが格好良かった。そして凛がセイバーのマスターになる展開にも震えた。士郎がマスターだった時は完全な状態とは言えなかったセイバーが、優秀な魔術師である凛と契約したことで本来の強さをあのタイミングで発揮するんだから鳥肌が立つ。このルートの最大の見せ場は最後の士郎とアーチャーの戦いなんだろうけど、その前の教会での戦いも文句なしに面白かった。

ただ、ラスボス戦は消化試合の感が否めなかった。教会戦と士郎とアーチャーの戦いで燃えきったところにギルガメッシュが出て来るから、「えーまだあるの?」と思ってしまったのが……。凛ルートでは士郎の固有結界のお披露目のために必要だったんだろうけど、ギルガメッシュ戦は毎回盛り上がれないのが厳しい。ただ、「士郎の願いは切嗣からの願いを真似たもので偽物だ」というアーチャーの糾弾に対する「偽物の願いであっても本物に叶わないという道理はない」という士郎の答えが、すべての武器の原点を持つ英雄王(オリジナル)に、瞬時にそれらを複製していく士郎(偽物)が勝つことで示せたのは良かったのかも。でもここでも美味しいところは結局アーチャーが持っていったよーな。

凛については、魅力的ではあるもののアーチャーに食われてしまった印象が強い。存在するだけでも華があるが、話の主軸が士郎とアーチャーの戦いにあるから分が悪い。凛が最初から個人として完成されているキャラクタだから、てのもあるかな。好きなキャラクタではあるけどヒロインとしての魅力はあまり感じられず、どちらかというとヒロイン要素を抜いたほうが輝くタイプだと思うんだよな。凛は一人でも立てる少女で、セイバーのように士郎が救う必要もなければ、桜のように士郎が他を全部切り捨ててまで味方になる必要もない。魔術師としての実力はあるしすべてのルートでバランスよく活躍するが、悪い言い方をすれば物語を動かす上で都合のいいキャラクタになっていた印象もある。ただ、セイバールートでは報われないセイバーの過去を見て苛立つ士郎という図が見れるけど、凛ルートでは報われないアーチャーやその起源となる歪な士郎に今度は凛が苛立ちを見せる、という構図になっていたのは面白かった。凛もセイバールートの士郎と同じように、相手をなんとかしようとデートに誘っているあたりがまた。そして私の中でこのルートの凛の印象が薄いのは、士郎と凛よりもアーチャーと凛が見たかったから、てのが最大の理由なんだろなやっぱり。もちろん士郎と凛も好きだけど、アーチャーと凛の関係があまりにもツボすぎた。

それでも「Brilliant Years」ED は綺麗な結末だったので納得も出来たし、士郎と凛を微笑ましく眺めていられたけど、「sunny day」ED は微妙すぎた。サーヴァントを二人の魔力で現界させる展開はご都合主義だと思うけど、それは別にいい。ただ、それでキャラがブレたりキャラの魅力を落とすような結果になるのなら見たくなかった。セイバーファンへの救済なのかもしれないが、この結末はセイバールートでの、セイバーの高潔な決意とそんなセイバーの気持ちを汲んだ士郎の思いを台無しにされた気がして、あのエンディングが好きな私としてはかなり失望させられた。

Heavens Feel

疲れた。もちろん面白かったんだけど、このルートに漂う空気が陰鬱で重苦しい上に、これまで以上に明らかになる真相が増えるために説明が多く、更にシナリオも長大化するもんだからエネルギーをごっそり持っていかれた。

痛いのは、本作の魅力の一つである派手な戦闘がない点。セイバーを含めたほとんどのサーヴァントは序盤で退場して臓硯やアサシンとの対決が中心になり、最大の脅威である黒い影からは逃げることしか出来ない。英雄王ですらあっさり敗北する(この場面は笑ったけど)。その分これでもかっつーくらいに描かれるドロドロした空気はすんげー好みなんだけど、遅々として展開がなかなか進まない時があったのと、不気味な影の正体に気づいていながら見て見ぬふりをする士郎に苛立ってしまったこともあって疲労が勝ってしまった。後半はちゃんと盛り上がるが、その後半に色々詰め込み過ぎたのもまた別の疲れを誘発する原因になった。

何より士郎への感情移入に四苦八苦させられた。士郎は私にとって元々感情移入の難しいキャラクタだが、そんな士郎だからこそセイバールートと凛ルートが面白い物語になっているのに、桜ルートの士郎の行動には納得がいかない場面が多かった。特に士郎が桜だけの味方になる場面がそうで、この選択は士郎のアイデンティティを揺るがすことになるが、そこまでして士郎が桜を助けたいと思うに至るまでの過程をもうちょっと描いて欲しかったなと。桜は好きなヒロインだけど、私が桜に魅力を感じたか否かの問題ではなく、私の視点から「士郎が桜に魅力を感じるようになったかどうか」が見えなかった。ここで士郎がたった一人を選ぶということは「切嗣の信念を借りて正義の味方へと邁進して来た士郎が、初めて自分の意志でこれまでとは逆の信念で動く」ということで、逆の選択をした士郎に左腕を託したアーチャーの気持ちを思うと泣けてくるものがあったし、好きな女の子が魔王じみた存在になるけどそれでもその子の味方をする男の子、というシチュエーションにも萌える。だから士郎のこの選択自体は面白いと思うけど、そこまでの選択をしただけの説得力を感じなかった。つまり私は桜を可愛いと思うし士郎が桜を選んだことを面白いと思うけど、これまでの士郎の歪んだ生き方が徹底して描かれてきただけに、それを反転させてまで士郎が桜を選択するには相応の描写が必須なのに、それがなかったからピンと来なかった。これならまだ凛と桜の描写のほうが説得力があったよーな……というか桜ルートは、凛とイリヤという女性サブキャラクタが踏ん張ってくれていたのも大きかったんだな、と振り返ってみて気づいた。これまで大人しかったライダーの活躍があったのも良し。

それと面白かったのが言峰。まさかこれほど掘り下げが入るとは思わなかった。彼の相棒のギルガメッシュは最後までピンと来なかったけど、言峰は桜ルートで一気に魅力的なキャラクタになってくれた。言峰 VS 臓硯アサシンコンビの戦いは洗礼詠唱の格好良さも含めて予想外の盛り上がりで燃えたし、士郎とはまた違う意味で歪んでいる言峰の葛藤と、自分と同類であるアンリマユの誕生を祝福する想いには心を揺さぶられるものがあった。それに彼は士郎やアンリマユを同類としたが、人間として壊れている士郎も歪んだ願望機になった聖杯もその原因を作ったアンリマユも、彼らは全員最初から歪んでいたわけではなくきっかけがあって歪んでいったのに、言峰だけは理由も根拠も背景も何もなく最初から歪んで生まれた唯一の存在なんだよな少なくても作中では。そんな言峰が、士郎たちを羨んでいたことを告白するシーンではぐっと来た。

そして士郎は結局最後まで自分を勘定にいれることがなかったけど、これはクリア直後までは気になっていた。確かに不特定多数の人間からたった一人の少女を選んだが、何度も指摘されていた「士郎は自分を救おうとしない」点だけは変わっておらず、これでは根本的な解決にはなっていないように思えたから。でもそれが変わらないからこその士郎なんだな、と今になってストンと納得してしまった。『Fate』はそんな士郎だからこその物語で、最後までそこだけは絶対に変わらないし変わってはいけなかった。もう一点気になったのは、罪のない多くの人間を殺してしまった桜の罪があやふやになってしまった点。士郎はそんな桜を容認し、そうした罪悪感からも守ろうとするけどそれは難しい。罰は被害者だけでなく罪人のためにもあるものだと思うので、罰が与えられないのであれば桜はいつまでもその罪の重さに苦しめられる。何より士郎の「奪ったからには責任を果たせ」の一言で済まされてしまったのが……。や、でも士郎もそんなことは承知の上でああ言ったのかな。

結末は断然「櫻の夢」ED が良かった。あれこそが桜の結末に相応しい。