Antipyretic

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Ever17 -the out of infinity-

http://www.jp.playstation.com/software/title/uljm05437.html

海中からの脱出劇に期待していたのが間違いだったなあ……。いや SF 作品てのは事前に聞いてたしそこは別にいいんだけど、LeMU に閉じ込められてからは何もすることがないとはいえダラダラしてつまらなくなったのと、ウイルスの存在が出張ってきて期待していたものとはズレていったのが原因。緊張感のない空間に長時間付き合わされてドッと疲れたせいもある。要するにダレっぱなしだった。導入部も引きが弱い。

確かにウイルスの設定は上手く使われていたし、後半の怒濤の伏線回収劇は凄かった。主人公のグラフィックと声がないまま物語は主人公の視点で展開し、マルチシナリオで基本的には同じ話を繰り返すという ADV の構造を逆手に取ったシナリオ構成はゲームでしか成し得ない。物語の解決へのプロセスには強引なところもあったけど、それも爽快な読後感を与えるために必要だったんだろうこともわかる。ちなみに私は複数の視点が入るザッピング形式の作品はあまり好きじゃないんだけど、この作品ではそれもミスリードになっていてこういう使い方は面白いなあと感心もした。

けど、逆に言えばそれだけだった。最後までやって初めて意味がある作品だ、と事前に聞いてなきゃ途中で挫折していた。そうしてやっと辿り着いた真相の数々にはカタルシスを得られたけど、それ以上に疲れてしまった。中盤の退屈な時間にも問題はあるが、そうしたシーンを含めて主人公の視点が変わると未読扱いになるのが面倒。結構違いはあるしその違いが重要になるが、基本的な展開はほぼ一緒なので同じよーな話を「ココ編」ですら延々読まされるのが苦痛。キャラクタに魅力を感じなかったのも痛い。悪くはないけど特別良くもない。このへんは好みもあるが、私の場合は特に主人公を二人とも好きになれなかったのが響いた。後半には武やホクトを好意的に見れる部分も増えて来たけど、好きになれないまま二人の視点で読ませられた時間が長すぎた。武や優のコミカルなやり取りや、ココのよくわからないノリも寒くて辛かった。ちなみにジャンルは恋愛 ADV なのに恋愛描写は薄いけど、そこは元々求めていないので問題ない。

文章も合わなかった。勿体ぶった表現や同じ内容なのに表現を変えて繰り返すことが常でイライラした。ただでさえ長い物語なのに中盤は退屈なんだから、ここはもーちょい文章をダイエットさせても良かったんでは。一方、絵は万人受けする可愛い絵柄だと思うけど、立ち絵はちょっと野暮ったいかなあ。いや古い作品だから仕方ないのだとしても、長大なボリュームなのに CG 枚数が少ないのも残念。音楽はタイトル画面やハイライトシーンで流れる「Karma」は良かったけど、あとは結構地味だった。というか地味な音楽が中盤の単調なシーンを更に単調にさせてしまった気が。

システムは立ち絵や BGM の切り替え時に若干の読み込みがある点以外は良好で、オートセーブや指定した日から始められる機能は重宝した。スキップも高速。ただ先述の通り、ちょっとした台詞の違いで同じ文章が既読扱いにならないのが面倒。強制スキップはもちろんあるが、その場合は未読を自分で判断しなきゃならなくなるのが億劫。

名作なのは確かなんだろう。でもクリアして真っ先に感じたのが「充足感」ではなく「疲労感」ってのがな……。すごい作品であることと楽しめる作品になることは必ずしも一致しないのだ、ということを久し振りに実感した。「好み」という大きな要素が付加されればそれだけで気に入ることはあるが、本作は好みから外れる要素が多すぎた。逆に好みじゃなくても忍耐を要求される要素がなければ「好みじゃなかったけどすごい作品」として絶賛出来るんだろうけども。凄いけど、求めていたものとは違ったし好みでもなかった。

ところで PS2 版パッケージ絵が豪快なネタバレで笑った。男前すぎる。

倉成武 (CV:保志総一朗)

熱血漢が好みじゃないせいもあるけど、武は苦手なタイプの主人公だった。絶望の状況にあっても諦めないところは主人公斯くあるべしだとは思うけど、つぐみや桑古木に投げつけた「偽善者」な言葉の数々にイライラさせられたことが悪い意味で印象に残ってしまった。彼のそうした性格は美点でもあるし武のおかげで乗り越えられた場面は多かったが、色んな意味で厄介なタイプだよなとも思ってしまった。結構身勝手というか。

それでも唯一、素直に格好良いと思える場面はあった。「ココ編」でココの願いを聞き入れて眠るシーンで、脱出方法も見つからないし疲れていたのも事実なんだろうけど、それでも普通ならなかなか出来ない。さすがに何年も眠らされると事前に聞かされていれば躊躇したんだろうが、それでも武は結局ココに付き合っていた気がする。

ホクト (CV:保志総一朗)

先述したようにホクトも好きにはなれなかった。「~だよぉ」みたいな幼い喋り方にもイラッと来たし、相手の発言に対していちいち聞き返すところも好きになれなかった。非常時でも律儀に問うから更に苛立ちが募る。幻覚が見えたり予知のようなものが出来たりするのに、それを周囲の人間に伝えてもうんざりされて凹んでいたのはちょっと可哀想だなと思ったけど、私はうんざりする優たちの気持ちのほうがよくわかってしまった。でもこれらは全部 BW のせいだとも言えるので(幼い喋り方はホクト本人の特徴ぽいけど)そういう意味ではやっぱり不憫な子ではあるのかな。

少年視点の主人公がホクトだったと判明するシーンは衝撃が大きかったと同時に、やっと面白くなるのか、とそれだけでゴールに到達出来たような気分になった。それにしてもこれは見事に騙されたなあ。先に武視点でプレイしていたから少年視点での少年の性格に違和感を覚えつつも、しかしこの違和はそれまで他人として見ていたキャラに今度は読者が視点に立ったことで発生したズレのようなものかな、と捨て置いたんだよな。当然この少年は桑古木のことだと思っていたし、中盤に時間軸が違うことに気づいてからは何らかの理由で子供になった武が未来に来たのでは、なんて頓珍漢な予想を立てていた。公式で少年役のキャストが伏せられているのも、「武と同じ声優を使っていることを隠している」ことをアピールすることで読者のミスリードを誘う狙いもあったんだろう。

ところで武もつぐみも沙羅も髪は暗い色なのに、何故ホクトだけ見事な金髪なのか。もしかして意味はない? 「沙羅編」では片腕を骨折した状態で沙羅を抱えながら深海から泳いで脱出したり、「ココ編」終盤で父親とココ救出のためのダイブなどツッコミどころはあるが、それもホクトの隠された能力が云々とか適当に考えて納得した。

余談。終盤に年を取らないまま長時間閉じ込められている父親を成長した双子の息子が助けに行く展開は、『DQ5』を思い出して懐かしくなった。

小町つぐみ (CV:浅川悠)

つぐみの攻撃的な態度は不愉快だったし最初は私の中のテンションが低かったが、つぐみの境遇を知ってからは仕方ないのかな、と理解は出来た。自分は厄介なキャリアだから他人と深く関わって巻き込みたくないという気持ちもあったんだろう。少年視点では武視点の時以上につぐみがピリピリしていたが、これも真相が判明すると納得出来る。別れた子供に会いに来たのに、かつての事故と同じ状況が繰り返されるという奇妙な茶番が繰り広げられており、更にまったくの別人が愛した男の名前を騙って成り済ましているのでは誰も信じられなくなっても仕方がない。それでも好きなキャラクタか、と問われると頷けない。どんな理由があるにせよ、動物を殺す展開が嫌いな私にとってチャミを握り潰す行為はアウトだったし、自棄気味に武とセックスしたりと突飛な行動が目立っていたのがどうにも……。でも「つぐみ編」の ED 周辺はドラマティックで気に入ってるし、「ココ編」で母であることを認めてホクトと沙羅を抱きしめるシーンや武にチャミを助けてもらって嬉しそうにしているシーンなど好意的に見られた場面もある。

田中優清春香菜 (CV:下屋則子)

実はなんでも出来るすごい少女だった。余命幾許もない状態で出産していたのもすごい。これも「自分のクローンを残す」という倫理観に背く行為に手を染めたほどの生への執着の深さの表れだったのか。しかし「ココ編」で武にそれを告白したのは唐突だったなー。二人の主人公の視点が交差する状態で進んでいたから尚更「え、ここでいきなり?」という戸惑いが。内容もクローンだの心臓病だの唐突感がある。一応「空編」でクローンの話はされていたけど、まさか春香菜の事情に絡んでくるとは思わなかったもんなあ。そして春香菜の話を聞いていると、その子が自分の遺伝子を持っていようがいまいが子供を産みさえすれば彼女は満足出来たんじゃないかという気もする。

しかし描写がないので目立たないが、なんだかんだでハッピーエンドに導くために一番頑張ってくれていたのは春香菜だったんじゃないでしょーか。BW の注文ってぶっちゃけメチャクチャで「んなもん出来るか!」「簡単に言うな!」と一蹴されてもしょうがないと思うんだけど、春香菜はきっちり応えてくれたんだから。

彼女との結末はないけど「つぐみ・空編」BAD ED の最期の告白は印象的。

田中優美清秋香菜 (CV:下屋則子)

「優編」はホクトと秋香菜が情報を整理するので、謎がはっきりしていたのが良かった。第3視点やオカルトの話など説明的な台詞は多いけどそれも全部興味深く読めた。攻撃するための材料として考古学を専攻している、という秋香菜の背景にも好印象。

終盤に脱出口が見つかる展開はちょっと唐突かな。この事故は茶番で、いつでも助けられるからああいう終わり方になったのは理解出来るけど(そう考えると「沙羅編」BAD ED は茶番で人を死なせたんだから残酷な結末)。ようやく明かされると思った謎が割愛された時も落胆したが、これはさすがに「ココ編」で明かしてくれるだろうと思ってたのでまあ……。あ、エピローグの髪が伸びた秋香菜は可愛かった。

第3視点を説明する時のサインペンをキャップに挿入するシーンは吹いた。

茜ヶ崎空 (CV:笠原弘子)

空は声とキャラクタデザインが好みだった。スリットの入ったチャイナドレスも可愛い。合理的に作られていながら、製作者のポリシーでリアリティを追及して感情も持ち合わせる彼女は誰よりも人間らしくあろうとしていて、武との恋愛講座を経て恋を覚えていくストーリーも良かったんじゃないかな。プライベートレッスンとか口紅を引いてもらったり話したいことがあると同時に言おうとしたりと一昔前の恋愛漫画を見ているようでむずがゆい思いもしたけど、だからこその空ルートかなという気もする。ピグマリオンの話を絡めて AI との恋という定番ネタを濃密に書いてくれたのも良かった。特にガラス越しの触れ合いのシーンは印象的で、本来なら二人を隔てるはずの壁が武と空との間では確かな触れ合いとして意味を持つのがいいなあ。その後は武とつぐみのセックスを目撃して嫉妬を持て余し、武を殺そうとする空の姿は痛々しかった。武を愛してしまったこと、武の一部始終を覗き見するような行動を取ってしまったことを告白しなければならなかったんだから。結末も哀しいけどドラマティックで良かった。

「ココ編」の最後で実体を持てていたのは科学技術の進歩の恩恵? まあ17年も経ってるしロボットとか普通にいるもんなあの世界は。空が本来なら記憶にないはずのことを知っていた点に関しては、奇跡の一言で片づけられたのが残念。『遙か3』をプレイした時にも感じたけどプレイヤとキャラクタの共有時間の記憶ってのはすごく重要なもので、だからこそそれを重要視したシナリオに好感を持っていただけに尚更。

偏在の話は面白かった。優の時の第3視点もそうだったけど、こういう話は結構好き。しかし何故空があの時点で偏在の話をしたのかは謎。単に武を元気づけたかっただけ?

松永沙羅 (CV:植田佳奈)

一番好きなキャラクタは沙羅かな。見た目が好みなのと忍者ネタが可愛かったのと、重量調整のためにマグロを引っ張ってきたシーンが気に入ったから、てのが主な理由。

「沙羅編」ではホクトと沙羅が双子だったことが明らかになるが、これはさすがに読めていたし面白い展開でもなかったし、二人の過去も断片的にしか描写されないので没入しづらく、だから二人が兄妹として一気に距離が近づいても特に思うところがなく退屈だった。おまけに終盤はホクトが怯えて兄であることを認めず逃げ出すので、長い時間この作品に付き合わされて疲れていたところのヘタレな展開にうんざりした。

気に入っているのは沙羅に泳ぎを教えるシーン。二人のやり取りが微笑ましかった。

八神ココ (CV:望月久代)

「ココ編」はココ本人がどうこうより謎の解明にスポットが当てられているため、あんなに電波なのにココの印象は薄い。というか私がココをそれほど好きじゃないので意識が向かないんだよなあどうしても。ひよこごっこもキツかった。無駄に長いしなあれ。ココの可愛さを表現するにしてもちょっとイタすぎる。

だから中盤まで惰性でクリックし続けた。これまで辿って来たルートの内容を繰り返し、そこにココのエピソードを追加したよーな構成なので面白いわけでもなく、武とホクトの視点を行き来するシステムも好きではないので「ココ編」への印象は底辺だった。しかしホクトの姿を鏡で見るシーンは引き込まれたし、後半は確かに名作だと言われるだけのパワーがあるなと納得した。面白かった。でも結局クリアしてみると『Ever17』への不満は覆らなかった。BW の設定もすごいし納得もした(というよりさせられた)けど、それでもこれまでの苦行に見合った展開だったのかと言われると首を傾げる。

四次元にいる BW を認識出来るあたり、ココも BW に近い存在か何かなのかと思ってたんだけど単に超能力者ってだけなのか。あ、ピピさんは超活躍されておりました。

桑古木涼権 (CV:保志総一朗)

報われない人。キュレイウイルスに感染して不老になり、好きな女の子と尊敬している武のために武を演じる訓練を受け、つぐみから攻撃的な言動を向けられながらも LeMU 内に留まって武を演じ続けたのに、ココが好きなのはブリックヴィンケルて。それを言ったら春香菜も報われないっちゃ報われないか。武にはすでにつぐみがいるし。

ブリックヴィンケル

プロローグで武のモノローグが入るのに、武のことを「彼は」と表現していたことに違和感があったんだけど、あれは BW 視点だったからだと終わってから気付いた。細かいところまで伏線が散りばめられているのはほんとすごい。

ところで BW はプレイヤ自身なのかと一瞬考えたけど、最後までプレイしてやっぱり違うなと結論付けた。BW はプレイヤと同じ位置にいるだけで別にイコールとは限らない。特に武とココを助けるシーンは BW もゲームのキャラクタの一人になっていたのだし。