Antipyretic

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穢翼のユースティア

http://august-soft.com/eustia/

これまでのオーガスト作品とは作風を大きく変えたように見えるけど、案外そうでもなかった。不条理を描く物語なのに、腹の底まで響くような重さがない。先や結末も予想しやすく、概ね予定調和に終わる。それは王道とも言えるけど、突っ込みどころが多いために勢いが削がれてしまい、いまいち盛り上がりきれないところがある。世界観が重厚なだけに、ご都合主義展開がどうしても悪目立ちしてしまうというか。

ただ、プロットに関しては文句のつけようがなかった。特に良かったのが、カイムがヒロインたちに諭した正論が後半にはカイムに返ってくる構図。世界観を土台としたキャラクタの描写も丁寧で、それが話を追うごとに物語の中枢に絡んでくる。それも作品のテーマに相応しく皮肉な形で。だから欠点が目立つ。話が面白いからこそ、構図が緻密だからこそ、重厚な世界観だからこそご都合主義を看過しづらい。

登場人物は面倒なキャラクタの見本市状態だった。ヒロインは殆どが高濃度の面倒な人だし、主人公も面倒な性格をしている。しかし恋愛描写は薄いので、ヒロイン側はともかくカイムがヒロインに惹かれる描写はちょーっと強引かなあ。エロシーンも邪魔でしかないし、その点は製作サイドも承知しているらしく、おまけシナリオがエロシーン集になっているという潔さ。

テキストは相変わらず読みやすく、絵は背景が素晴らしかった。景色が変わるたびに圧倒された。音楽もいいんだよね。壮大な世界観に浸れたのは背景と音楽の力も大きい。システムは優秀なんだけど、アナザービューに入る時にいちいちアイキャッチを見せられるのだけは鬱陶しい。……ってこれ『FA』の時にも書いたっけ。

色々書いたけど、それでも私の中で『ユースティア』は名作にカテゴライズされる。欠点は目立つものの描きたいことは伝わったし、オーガストの気合も感じられた。何よりテーマが私の好みに合致したのが大きかった。

カイム・アストレア (CV:大石恵三)

『ユースティア』は成長していくヒロインたちとは逆に、主人公のメッキが剥がれていく物語になっているのが新鮮で面白かった。カイムは退化はしないけど成長もしない。ずっと止まったまま。中盤まではそりゃもー面倒なヒロインたちに正論を説き続けるが、実はカイムこそが主体性を持っていなかった。五章でジークに「自分の足をなくしちまった」と指摘されたが、あれは「かつて牢獄にいた頃のカイム」がジークを通して、「変わってしまったカイム」に向けた糾弾でもあったんだろうなあ。だから終盤になると、成長してそれぞれの信念に基づいた選択をした上で動き出すヒロインたちをよそに、一人で置いていかれて何も出来ない主人公の姿を見せられることになる。しかしカイムが自分自身を確立できなかったのは、カイムの過酷な過去を思うと仕方がないとも言える。何が悪いって世界こそが悪い。だからこその不条理。

ユースティア・アストレア (CV:森保しほ)

ティアの小動物ぶりは可愛いけど、劇的な登場の割には少し影が薄い。『ユースティア』はティアルートのシナリオを軸に進んでいくが、二章から四章までは他のヒロインに主役を奪われ、最終章でようやく中心に引っ張ってこられたかと思えばカイムがティアから離れてしまい、カイム視点で物語を追う以上はどうしてもティアが目立たなくなる。内容もティアのシナリオというよりはルキウスとの物語になっていて、都市の命運を左右するキャラクタなのに、ヒロインというよりは舞台装置としての役割を振られていた印象が強くなってしまった。ティアは徹頭徹尾可哀想な娘として描かれていたけど、こういうところも不憫なのがなんとも……。

この欠点は終盤にも響く。カイムとティアの交流が十分に描かれないから、カイムの重大な選択への説得力を欠いた。だから結末には満足したものの、そこに辿り着くまでの展開にはピンと来なかった。とはいえ落とし所としてはこれ以外はありえないほどの綺麗な締め方だとも思う。ティアの愛と犠牲の上に成り立った美しい不条理。

ティア本人はともかく、ティアの章は中盤まで緊迫するシーンが連続したこともあって、やめ時が見つからないほど夢中になった。正義を模索しつつ職務に忠実であろうとするフィオネ、天使を助けるためにジークと組んだコレット、身請金を返して自由に生きることを示したエリス、牢獄の長として武装蜂起を主導したジーク、あくまでも民の父であろうとするリシア、都市を救うためだけに動くルキウス、カイムを助けたくて一人で苦痛に耐えるティア。全員が全員の信念に基づいて行動し、それが戦争に発展して行く。これまでの物語を眺めて来た私には、それぞれの立場や想いが理解出来るだけにぐっと来る。だからこそ一人で選択できないでいるカイムの葛藤もよくわかる。ティアとの恋愛描写は不足していたけど、層を上がるごとにカイムの中身が空っぽでしかないことが露呈していく描写は丁寧だった。逆にその後、ティアを選ぶに至るまでの描写が物足りないのは残念だったなあ。これで恋愛もきちんと描かれていれば、大きな欠点のない名作になっていただろうから惜しい。

結局、ティアが消滅したことでカイムにとっては不条理な結末になったけど、同時に人間を滅ぼすために作り出したティアが結果として人間を救ったことで、初代イレーヌにとっても不条理な結末になっている。しかしカイムを守れたティアにとってはこれがハッピーエンドなんだろうなあ。でもその事実こそが不条理でもあるし、やっぱり『ユースティア』は不条理に満ちた物語だった。

エリス・フローラリア (CV:篠宮聖美)

鬱陶しい嫉妬を撒き散らすキャラは苦手なので、エリスのシナリオは消化試合のつもりで挑んだ。実際、カイムへの執着や他人に対する言動には苛立ったし、ジークを裏切ってまで構ってちゃんを発揮された時はエリスを好きになることはなさそうだとも思った。カイムはカイムでエリスの様子がおかしくなっていくのに「自由に生きろ」としか言わないし、一方で風錆との抗争では「待て」としか言わないジークにも焦らされ、フラストレーションは更に溜まっていく。しかしエリスの抱える闇の底が明らかになってからは、先が読めず物語に夢中になった。エリスを身請けしたカイムの事情が唐突だった点、散々引っ張ったわりにはジークの作戦がいまいち盛り上がらずカタルシスに欠ける点など残念なところもあったけど、身勝手なカイムと危ういエリスの関係がすんげえええツボ。被支配願望だけで生きて来たエリスがカイムという新たな主人を得たことで、双方の呪いでがんじがらめになっていたのがたまらん。どちらもがんじがらめになるだけの理由や背景の描写は足りてないけど、それを抜きにすればこの二人の暗い関係だけでお釣りが来るほどにこのシナリオは気に入った。

個別ルートに入っても、カイムとエリスは結局有益な解決方法を見つけられない。カイムがそばに居続ける限り、エリスの被支配願望は消えないんだろう。しかし、解決出来ないまま二人でイチャイチャする展開は大好物。エリスはただ支配されたくて、カイムは強力な呪いをかけてしまった責任を取りたくて二人は寄り添った。そこに互いの恋愛感情はないけれど、それなりに幸せでもある結末。最高じゃないですか。

逆にカイムが突き離した場合は、あれほど追い詰められていたエリスがいきなり前向きにカイムの言葉を受け入れて、そのままコレットルートへと物語が進むので問題を有耶無耶にされてしまったような印象を受ける。途中までは面白かったのに締め方が雑なのが惜しいなー。結局エリスは最終章で自立した姿を見せてくれるけど、やはり自立に至ったエリスの心理は語られないで終わる。けど私は自立する前のエリスが好きだから、そこはあまり興味も持てなかっただろうし問題ないっちゃないな。

コレット・アナスタシア (CV:遠野そよぎ)

聖女なんだし楚々とした女の子かと思いきや、全然そんなことはなかった。結構な曲者。ある意味では純真で、かつ相当に歪んでいる。他のヒロインに負けず劣らず面倒なタイプで、頭の回転が速いのがまた厄介。こんなん鬱陶しいに決まっている。そしてカイムの話を聞かないコレットにイライラする一方で、コレットに尽くそうとするラヴィもカイムの話を聞かないのでやはりイライラさせられてしまい、なんつーかイライラ度の高いシナリオ。私が信仰に疎い人種で、コレットの思想に共感出来なかったのも大きいんだろうなあ。それでもコレットの「自分の信仰に対する凄まじい片思い」の強さは感じられたし、クレバーな女子が好きこともあって嫌いにはなれないどころか好みだった。ウザいけど大歓迎できるウザさだった。「面倒な女の子」属性に「頭の回転が速い」という属性が加わると手に負えないな、ということを改めて実感させられたけど、しかしそこが良くもある。特に何度も牢獄の過酷さを挙げて説教するカイムに、何故牢獄から出ないのかを突いてくるあたりは好感触。

聖女のシステムについては予想通りだったが、真実を知ってカイムが葛藤しながらも考え方やものの見方を変えざるを得なくなっていく様は興味深く眺めていられた。だからこそ結末には不満が残る。民衆の怒りや嘆きを一身に受けるスケープゴート、という大きな不条理を不条理として最後まで描かないのではテーマの説得力に欠く。崖から落ちたコレットとラヴィが助かる展開もご都合主義が鼻についてどーにも。他にも聖戒に厳しいナダルが無関係のカイムを受け入れたり聖域にエリスまで入って来たりと、結構いい加減なところが目につく章でもあった。

コレットルートは特に面白くもないので割愛。コレットはまだしもカイムがコレットに惚れる理由がない。これはラヴィ ED も同様。それよりもコレットが輝くのは、五章の牢獄の民による武装蜂起での復活した聖女としての演説。あそこでコレットを使ってきたのは上手かった。コレットの天使の御子への想いが本当だったからこそ、言葉の一つ一つに力があった。あのルキウスが唖然となるのは何気にレアだよな。

リシア・ド・ノーヴァス・ユーリィ (CV:海老原柚葉)

堅物で面倒なヒロイン、依存で面倒なヒロイン、信仰で面倒なヒロインと来て、今度は未熟で面倒なヒロインとして登場するのがリシア。ただ、リシアは成長も早いのでイライラすることはあまりなかった。というか比較的まともなヒロインで、シナリオも王室での内乱を扱っているためか正統派で読みやすい。リシア自身もヴァリアスへの説得で王の覚悟を見せるシーンや、戴冠式での花冠のエピソードなど見どころが多く用意されている。リシアに厳しく接してきたヴァリアス、一人の愛する女のために動いていたギルバルト、カイムと同じような人生を歩んできたガウ、ここに来て一気に出番の増えるルキウスはもちろん、城内の庭師もいい味を出していて魅力的なサブキャラクタにも恵まれていた。これで面白くならないはずがない。

これまでの謎の真相が一気に放出されたことも、シナリオが盛り上がった原因になった。ただ浮遊都市の構造や大崩落がギルバルトによる人災だった件はともかく、ルキウスの正体はバレバレだったので彼がどうやって助かったのかが一番気になっていたのに、運良く崖の途中で引っ掛かった、という何とも言えない事実が明らかになったのはどーにもな……。コレットとラヴィも「運が良かった」おかげで落ちなかったので、こう言っちゃなんだけど「またか」という反応しか出てこなかった。

リシアルートでのカイムも謎に迫らないままリシアとイチャイチャするが、一番幸せそうに見える結末かもしれない。リシアは歪んではいないので、浮遊都市の問題は残るもののそれを除けば大団円に近い。ルキウスとも再び兄弟に戻れるし、カイムもなんだかんだで貴族としての生活に馴染んでいるんだから。

フィオネ・シルヴァリア (CV:橘桜)

何から何まで先の読める展開に終始した。特に治癒院が羽つきを殺していることなんて、少し疑問を持てばわかりそーなもんだけどなあ。自分の仕事を妄信しているフィオネはともかく、カイムですら「一度送られると誰一人帰ってこない」治癒院で何が行われているかを推察出来ていなかったのが意外というか甘いというか。羽つきたちが羽狩りから逃げるのは強引なやり口にも原因はあるが、みんな薄々気付いていたからだと思ってたんだけどな。黒羽の事件の真相も予想通りだったけど、こちらは真実に行き着くまでサクサク進みながらも、ラングの香水の強調やカイムが疑問を提示したりフィオネが罠をしかけたりと抑えるべき個所は押さえてあったのが良かった。

しかしフィオネのキャラクタは好きになれなかった。というか完全に私の苦手なタイプ。治癒院の実態についてはすぐに察せられるだけに、そんなものを妄信するフィオネの頑迷な態度にイライラしてしまう。それは徐々に軟化されていくが、最初のネガティブな印象が強すぎて最後まで覆らなかった。そしてそういう融通の利かないところがフィオネの強力な個性だったのに、フィオネルートに入ると消えてしまうのもマイナス。私の好み云々はここではどーでもいい。ただ、フィオネをきちんと描くのならフィオネの愚直さを貫徹させて欲しかった。あれほど責任感の強いフィオネが防疫局のゴタゴタを全部ルキウスに丸投げして、良い感情を持っていなかった不触金鎖にあっさり転身してしまうのもちょっとなあ……。カイムに誘われて何も考えずにホイホイついてったよーにしか見えない。その後もダイジェストで進み、イチャイチャしてさっさと結婚して終了するから虚無の時間だった。逆に個別ルートに入らない展開では、きちんと仕事に向き合うフィオネが見れたのが良かった。

それにしてもラングの退場の早さは一体……。いや確かに初登場の時点ですでに小物オーラは出てたけど、もーちょっと活躍してくれると思ってましたよ私。

ジークフリード・グラード (CV:四季路)

牢獄にいたカイムに主体性がなかったということは、牢獄にずっと居続けたジークもそう変わらなかったんじゃないか。ジークは牢獄の王だったが、牢獄という小さな国の中でしか王でいられない。現に彼は都市や聖女の真実も知らないままで終わる。しかしカイムに主体性がないのは仕方がなかったように、ジークが王でいることは仕方がなかったというよりは、むしろ牢獄には必要なことだったのも理解できる。

難を挙げるなら、この人に王の器を感じ取れるシーンがあまりなかったことくらいかな。締めるときは締め、緩める時は緩めて盛り上げてくれるところは良かった。

メルト・ログティエ (CV:赤白杏奈)

メルトが犠牲になる展開には衝撃を受けた。わかりやすい死亡フラグも立っていたのに予測できなかったのは、メーカがこれまで優しい作品を作り続けてきた印象のあるオーガストだったからなんだよね。先入観でやられてしまった。

カイムとジークとメルトと、ジークの父親の三兄弟というか四角関係のよーな構図は面白かったんで、そのあたりのエピソードはもーちょい見たかったなあ。

ルキウス・ディス・ミレイユ (CV:沖野靖広)

ルキウスなくして『ユースティア』の物語は成立しない。百を救うために十を容赦なく切り捨てる思考は、為政者としてはある意味では有能とも言える。例え崩落を任意に起こしたとしても、一人の少女に苦痛を強いたとしても、唯一の肉親である弟を利用したとしても、それでも彼は彼の中では正しかった。ギルバルトはたった一人の女のために崩落を起こしたが、ルキウスはより多くの人間のためにやはり崩落を起こすしかなかったという対比は皮肉が効いていて印象的。私の感情ではルキウスのやり方を受け入れるのは難しいけど、『ユースティア』の登場人物としてはこれ以上はないくらいに魅力的だった。冷酷な政治家であると同時に宙ぶらりんな弟を糾弾して、その後は一つの選択に到達した弟の姿に喜ぶ兄の顔を持っているところも良かった。しかし彼を見ていると『Fate』のアーチャーというか、切嗣を思い出すなあ。

システィナ・アイル (CV:藍きっか)

ルキウスを愛するが故にルキウスの忠実な部下としての姿勢を全うした女、と書くと面白そうなのに何でかツボらなかった。ルキウスとの関係も、刺さりそうで私には刺さらないまま終わっちゃったな。

ギルバルト・ディス・バルシュタイン (CV:長浜壱番)

愛する女のためにすべてを犠牲にすることを選んだ男。ティアの章に入るまでは彼のやっていることは狂っているようにしか見えないが、最終的にはカイムも同じ道を辿るのが皮肉になっているのが面白かった。

ヴァリアス・メイスナー (CV:一条和矢)

清廉な騎士のテンプレキャラクタではあるけど、ヴァリアスのそういう部分は物語においても重要な役割を果たしていたのが良かった。具体的に言えば、ルキウスの起こした内乱でリシアの説得に応じる場面とか。

ラヴィリア (CV:桐谷華)

コレットには信仰心の欠如を何度も詰られていたが、ラヴィのコレットへの思いは信仰ではなく愛情だったんだからコレットの指摘は当たっている。しかしコレットの自分への信仰心の強さにも劣らないほどに、ラヴィのコレットへの愛情も深かった。

一応専用 ED はあるけど、コレットとセット扱いになっている上にラヴィのキャラクタが大人しいのであまり印象に残らないんだよなあ……。コレットのキャラが強烈すぎるせいもあるけども。