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『CROSS†CHANNEL』感想

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CROSS†CHANNEL』は心に残るゲームになった。感動出来たゲームや面白かったゲームはたくさんあったけど、クリアしてゲームから離れると自分の日常へと意識を難なく切り替えられる私が、気持ちを引き摺ったままでいるのは珍しい。余韻から抜け出せないままで、その余韻がまた心地良くて不思議な酩酊感がある。シナリオもキャラクタももちろん良かったけど、どこか空虚で危うい透明感のある作品世界の空気が何よりも好みに合致した。

面白かったのは構成。一周目は回想をシームレスに挿入することで小さな矛盾や疑惑を抱かせつつも普通の学園青春物語のように演出し、二周目以降はプレイを繰り返すごとに細かい描写が増えていく。そうして徐々に登場人物たちの歪みが見えてくる。そして一周目の最後に太一の口から発せられる「生きている人、いますか?」はとてもシンプルで、シンプルだからこそインパクトもあっていい台詞だった。

しかし一周目はちょっと退屈でもあったな。隙あらば何でも下ネタに直結する太一の言動は、下ネタが元々平気なこともあってそこまで気にはならなかったけど、下ネタを含んだギャグそのものは面白くなかった。一方でギャグはつまらないと感じていても、センテンスを区切ったような文章を読むのは楽しかった。文章のテンポが肌に合っていたらしい。言葉の使い方も好みだった。なんてことない言葉なのにぐさりとこちらの胸を抉ってくるような文章も多く、短い言葉の羅列が作り上げる独特の世界にも引き込まれた。晩夏が舞台になっており、夕暮れの場面などの文章から漂う倦怠感も好きだな。王道作品をメタに皮肉ったテキストも楽しかった。エロシーンも濃密で、依存や逃避、贖罪のために行われるものばかりだったのがまた何とも言えず良かった。要するにギャグ以外が良かったから、退屈を感じつつも一周目は止まることもなく文章をすらすら読めた。そして二周目以降は劇的な展開が多く、おかげで一気に読めた。

絵も絵柄というより塗りが独特で、あの淡い色が作品にも合っていた。音楽も強い主張はないものの、こちらも綺麗なのに虚無感があった。作品世界に没入できたのは、文章と絵と塗りと音楽のどれもがいい仕事をしてくれていたからじゃないかな。

「面白かった」というよりも、最初に書いたようにやはり「心に残る」という表現が一番しっくり来る。そして主人公が愛おしくてたまらなくなる物語だった。

黒須太一

普段は享楽的な少年に見えるけど実は歪んだ美意識の持ち主で、心に狂気を飼う重度の人格破綻者。でも普段のふざけたような言動の数々が、ぜんぶ理性では押し留められない怪物を内に抱えながらも普通の人間でありたかった太一の痛切な願いから生まれた擬態だと知った時は、そのどうしようもなく哀しい存在に泣けた。しかしそんな太一の願いも空しく、彼の中の怪物は人を簡単に傷つけていく。だから人を傷つけないために、そして自分が人でいられるためにたった一人の世界で生きていこうとする。人間がいるから人間を襲ってしまい、いつまでたっても自分が怪物のままで人間になれないのなら、人間のいない世界にいけば怪物も人間になれるだろう、という結論を太一は下す。この決断は、結局自分の中の問題を克服できなかった太一の弱さでありエゴでもあるのだけど、だからこそ太一を好きになった。ただみんなのために送還するような善良な主人公だったら、きっと好きにはならなかったんだろうな。

そして太一も最後には人になる。けどこれは誰もいない世界だったからこそ。他人と触れ合える世界では、彼は永遠に人間になれない。更に言うとあの孤独な世界で生きるには、きっと狂っていたほうが楽でいられる。そして人はおろか生物すら一切存在しない世界で生きていく、てのはもう「ヒト」ではなく「生物」でしかない。更に付け加えると太一以外の「生物」が存在しないのなら、太一も言っていたようにそれはもう「概念」になってしまう。彼は人間になれたが、人は人と触れ合えるからこそ人たり得るのだから、孤独な世界での太一を「人間」と呼ぶ意味があるのかどうかわからなくなる。それでも太一の流す放送は元の世界に届き、聞いている人がいる。例え一方的であっても、交信できていることが太一を辛うじて「人」たらしめている。

と、こうして今でも太一のことを考えるくらいには衝撃的な作品だった。孤独になっても生き続け、アンテナを設置してラジオを流す。青空の下で、たったひとりで言葉を投げ続ける太一の姿を思うと泣きそうになってくる。こうして書いている今も。ただ、太一は人間になることをずっと望んできたし「ヒト」の定義はともかく太一の「人間になりたい」という目的は果たされたんだから、私はこの結末にたいそう満足した。

「黒須ちゃん†寝る」について。一度交差して離れた世界は二度と交わらないと言及されていたから、太一は元の世界に戻れたわけではなさそう。蝉の鳴き声が聞こえているのは、太一の残った世界が終焉を迎えたからではないのかな。物語は「この空が消えてなくなるその日まで…」というモノローグで終わるが、まさにその空が消える瞬間だった。そうして世界は崩壊し、崩壊したことで元の世界の息吹が太一の耳にも届いた。だから蝉の鳴き声が聞こえる。しかし太一は元の世界に戻れるはずもなく、崩壊していく世界とともに消滅する。そう考えるとこの結末は「空がなくなる日まで」人で居続けられた太一の大勝利 ED とも言える。ちなみに寝ている太一に話しかけていた放送部部員は、やっぱり榊原教諭の日記にあった「元々いた別世界の太一」に殺されてしまったメンバーかな。他に思いつかない。

しかし生物すらいない太一にとって都合のいいあの世界は、やはい太一の願望が反映されてるっぽい。それでも部員たちを巻き込まずにはいられなかったところに、太一の弱さというか本音が垣間見える。そんなところも愛おしい。

ところでこれだけの危険人物なのに施設に送られないままでいられたのは、やっぱり太一が必死に踏ん張っていたからなのか。髪が真っ白なのはアルビノなんだろうけど。

山辺美希 (CV:榎津まお)

異常な状況でも平静を保っていられたのは、世界の秘密を知ってループを逃れて進化していたから。胸が大きくなったり身長が伸びていたように感じたのは伏線。太一の普段の振る舞いから考えても、胸に関しては伏線だと気付きにくいだけにしてやられた。

美希の群青色である自己愛については、大抵の人なら持ち得るもので異常でもなんでもない。美希は人より自己愛の度合いが高く他人の痛みがわからないらしいけど、そこはあまり描写されなかったので実感しづらかった。それに彼女は太一ほどには壊れていない。だからループを繰り返すごとに孤独を感じ、疲弊していった。リセット後の美希を見てもわかるように彼女は元々弱くて寂しがり屋で、そんな美希がたった一人で戦わなければならなかったことを思うと遣る瀬無い気持ちになる。太一と美希と霧の三人で裏山の夕陽を眺めて、美希がぼろぼろと涙を流したシーンを思い返すと切なくなる。太一とともに初期化されることを望んだ「INVISIBLE MURDER INVISIBLE TEARS」の終盤もぐっと来た。そして太一の危うさを何度も見てきた上で、それでも太一に恋をした女の子がいたことが、太一にとっての大きな救いになったんだろうな。だからこそ美希にだけは妊娠の可能性を示唆したのかな。例え元の世界に太一はいなくても、太一がいた証が美希の体に宿っているかもしれない、と考えると少しは救われる気がする。

佐倉霧 (CV:中瀬ひな)

一番面白く読んだのが霧ルートとも言える「CROSS POINT」。霧は純粋すぎて尖ってはいるけど繊細で脆く、だからこそ太一の中の怪物を見抜く。そんな霧とどうやってセックスに至るのかが予想できなかったんだけど、イノセントだからこそ太一が壊れたきっかけを知って豊の半身として償おうとする、という展開にはすごく納得出来た。何より、太一と霧、霧と豊、太一と豊のそれぞれの関係変化が面白かった。残酷な因果模様が美しい。特に、太一への憎悪を支えにして生きていた霧が一気に崩壊させられるシーンは圧巻。

他にも霧ルートは見どころが多い。回想で描かれる太一と霧の会話はどれも面白く読み応えがあった。印象に残ったのは、深夜に霧がクロスボウを扱うための訓練をしているところを見つけた太一が的に太一を見立てたボロボロの人形が使われていることを見てしまったシーンと、「CROSS POINT」終盤の太一の DJ。前者は何故か太一以上に私の方が凹んだし、後者は豊とのことを語る太一の言葉ひとつひとつが沁み入った。泣き出す霧にもぐっと来た。だからこそ、それすらもリセットされる無情さが辛い。

霧は最後には群青学院を出ることになったけど、彼女の覚悟や頑張りには素直に感動できたし応援したいな。それほどに太一から与えられたものは大きかったんだろうけど、そうまでして影響を与えてくれた人とはもう会えそうにないのが切ない。

宮澄見里 (CV:鳩野比奈)

先輩が怪我をした時の、夕暮れの保健室でのシーンがすごく好きだな。夏の夕暮れの倦怠感、夕暮れを嫌う太一による世界の表現、太一の異常性の発露、先輩の赦し、ささやかな喜びを得て自分の人間らしさに感動する太一。名シーンだった。絵もいい。先輩が寝ているだけなのに、あの絵を見ただけでぐっとこみ上げてくるものがある。そして今にして思えば、先輩が太一の衝動に襲われかけてもすんなりと受け入れたのは、自分も同じような衝動を抱えているからだったのだとわかる。けど太一と違って先輩の規則に縛られる性質は誰にでも持ち得るものというか、すごく日本人らしいなと思った。自分を庇ってくれた父親の罪を知って告発してしまうなど、少し度を越えてはいるもののさりとて珍しいものでもなく、だからこそ適応係数が低めなのかと納得。まあ先輩がそれほど異常に思えないのは自傷するシーンがなかったせいもあるけども。もっと派手にリストカットでもしまくるのかと思ったら、語られるだけで終わったのが残念。誰にでもあり得る歪みというと美希や冬子もそうだったけど、美希の群青色はループの残酷さと上手く絡んで盛り上がったし冬子はインパクトがあったのに対し、先輩の群青色が物語の中で生かされることがなかったのでそういう意味でも分が悪い。友貴が何度も太一に忠告していた「裏切り」の件が明かされるのが最後の最後ってのも、ちょっと引っ張りすぎたかなという気が。

「ぺけくん」呼びは可愛かった。「みみみ先輩」も私は「みみ先輩」より可愛いと思うんだけどなんであかんのですかみみみ先輩

桐原冬子 (CV:楠鈴音)

ツンデレ黒髪ロン毛お嬢様かと思ったらツンデレってレベルじゃなかった。なかなか他人に心を許さない代わりに一度許してしまうとどっぷり依存してしまう厄介な子で、それに気づいて危険だと判断した太一が離れようとすると、今度は腹を切ってまで気を引こうとするんだからシャレにならぬ。ていうかハラキリ丸は名前をもじっただけじゃなくてそういう由来もあったんか、と気づいた時は愕然となった。しかしツンデレ黒髪お嬢様は好みなんだけど、冬子はそういう性質なのだとわかってはいても依存が鬱陶しく感じてあまり好きにはなれなかったな。逆に、太一も言っていたように、孤高の冬子はとても好みだった。例えそれが弱さから来た鎧だとしても、むしろだからこそ外見だけでも凛としている冬子は綺麗でいつまでも見惚れていたい。

冬子の送還では、太一の「今度は見捨てたんじゃないからな」がさり気ないながらもすごく胸に来る台詞で、太一もずっと冬子を一度は見捨てたという罪悪感を持っていたことが窺えて切なくなった。結果的にまた冬子を見捨てた形になってしまったことも含めて。しかし冬子の問題に関しては解決策が結局見つかってないよーな……あれ?

寝フェラはひどいと思った。いや笑ったけども。

支倉曜子 (CV:児玉さとみ)

ただでさえデフォルトが超人なのに、美希同様にループを逃れて固有時間を生き、進化し続けていた曜子の甘く残酷な監禁からどうやって抜け出せるのか、と思ったらまさかの「新川一族殺害時に曜子は怯えていただけで、実際に全員を殺したのは太一」という真相のオーバーキルカードで曜子崩壊。この切り札には素直に驚かされた。病的にただひたすら太一を愛するストーカーかと思いきや、冬子や霧とはまた違うタイプの依存だったのか……。更に全員殺した太一に恐怖してしまい、それが元々壊れかけていた太一に止めを刺すことになった、という事実も判明した時は鳥肌が立った。死体の山で立ち尽くすシーンの CG の使い方も巧妙だった。しかし過去を持ち出してそれを武器にするには太一も辛かったんだろうな……。豊の時とは違い、これは太一の中の怪物は関係なく太一の理性が選択した攻撃であり、だからこそ重い。恐らく太一が自分の意志で誰かを本気で攻撃したのは、これが初めてだったんだろうから。

送還後、曜子がひとりで失恋の痛みを自覚するシーンはしんみりする。

島友貴 (CV:牛久京也)

彼は外障枠で入学しているので正常なキャラクタなんだけど、正常だからこそ「自動的な発症」が理解できず姉にずっと反発していたのが何とも……。けど彼が正常だからこそ、アンテナ設置作業に逃避する姉に苛立ってアンテナを破壊する友貴の気持ちは理解できた。いや彼がアンテナ破壊犯人だと判明した時は驚いたけども。普段は人当たりのいい普通の子に見えたからこそ。太一が「自動的」であることの苦しみを友貴に伝えるシーンは良かったな。学院の屋上での殴り合いも、序盤の回想で見れた「友達同士の何気ないふざけた殴り合い」とは違うのがまた。

でも一番印象に残っているのはやっぱり「INVISIBLE MURDER INVISIBLE TEARS」のデス友貴。あれは爆笑した。ああいうブラックでシュールなギャグは好きだな。

不満は送還が呆気なかった点。姉のついでみたいな扱いで物足りなかった。

桜庭浩 (CV:十文字隼人)

太一は幼少時から孤高の人間に憧れる傾向にあったが、桜庭こそがまさにその理想の存在だったんじゃないか。桜庭は出番が少ないが、それは彼がひとりでいることが多いからだろう。ふらりと冒険や旅に出ることも多かったようだし、気がつけばいつの間にかいなくなる。でも呼べば大抵来てくれる。そして太一に健全な好意を持っており、それは冬子のように依存することもなく、曜子のように見返りを求めることもなく、性欲が消えているらしいのでかつての豊のように太一を襲うことだって恐らくはもうない。だから桜庭は健全で、そして自然に「個」でもいられる。彼は孤独な人ではないけど、孤高でいることが出来る。最初の出会いが出会いだっただけに太一は「孤高の存在」としては見ていなかったようだけど、桜庭は太一の理想そのものだったんじゃないのかな。

太一が桜庭に憧れていてもおかしくない要素はもう一つある。桜庭はかつて女装した太一に惚れこんで男と知りながらも初対面で襲い、その時に太一に耳に張り手を食らわされたことで右耳が少し聞こえなくなり、更に性欲を失ってしまった。

「オレの中から、制御できない生々しいものが消えたような感じなんだ」

そう言った桜庭は、自らに制御できない本能の化け物を抱えている太一にとってものすごく羨ましく映ったんじゃないか。恐らく意図的に対比にしてあるんだろうけども。聴力を失った件も、太一の目との対比とも言えなくもないかなと。

そして送還時に太一の悲壮な決意を察して「オレたちは親友じゃないか」と言ってきたり、最後の最後での「久しぶりだな、親友」の台詞などで泣かせてくれる。桜庭は何かとずるいキャラクタだった。出番は少ないのにな。

しかし主人公を追って転校したり入学してくるようなキャラクタはたまにいるけど、それがヒロインではなく男の桜庭ってのが面白い。太一と友達になるために追ってきたんだろうけど、群青学院に自ら志願するくらいなんだから相当の物好きだ……。

堂島遊紗 (CV:鵜乃瀬朱香)

この子はもう運が悪かった。強姦でもされたのかと思ったけど、太一が壊す前に壊れたとか言ってたから強姦未遂? 太一の凶暴な目と雰囲気にやられて生理的嫌悪に襲われたらしいので、かつて太一に恐怖した曜子のケースに近いのか。そういう意味では太一に傷を与えたキャラクタ。この子も傷を太一に与えられてしまったけども。

新川豊 (CV:間寺司)

まさかここまでのキーキャラだとは思わなかった。太一とのやり取りはアホだなーと思いつつも楽しそうな二人を微笑ましく眺めていただけに、豊の過去が判明した時は霧とともに私もダメージを食らった。急接近して仲良くなり、やがて太一は豊がかつて自分を何度も強姦した少年だと気づき、怨んではいないのに太一の中の怪物が屋上でそれを教唆して豊を自殺に追いやっていた。太一の豊へ向けた「どうして今すぐにでも死なないんだ?」という台詞は、太一にとっても豊にとっても残酷すぎる。

罪は消えない。しかし豊は記憶喪失になることで逃避してしまったけど、幼い少年ならそれも仕方ないと思えるし、記憶を失ったことは罪にはならない。太一も言っていたように、豊も豊で自分の親に精神を食い殺されてしまった被害者だった。太一はそのことをちゃんと理解していて、でも太一の中の衝動は豊を突いてしまった。正直、この作品を読んでいて一番心を抉られたのが豊の過去だった。二人があの森の中の館で壊されてしまったからこそ群青学院で再会してしまったのも、因果と呼ぶには辛いな。

七香 (CV:理多)

ヒントを与えるだけで正解をすぐに教えない接し方や、真相に行き着いた太一にそれでもループする世界にいてもいいんだよ、と言ってしまえるのがいい。徹底的に甘やかしはしないけど、それでも結局は我が子を甘やかしたくなってしまうような、そういう愛情みたいなものを感じさせてくれる。

しかし死んだはずの七香があの世界にたびたび現れたのは、一体どういう仕組みだったのか。太一の記憶の奥底に眠る原初の記憶から形成されていたとか? あの世界に太一の願望が反映されているのなら、母親を求めていた太一がそういう現象を生み出してしまうのもあり得る話かな。七香が人類が滅亡していく光景を見ていたと言ったのも、世界を生み出した太一から生まれた存在なら何もおかしくはないし、セーラー服姿だったのも学生の時に太一を産んで育てていたからで、太一が母親のそんな姿を見ていたからかなと。