Antipyretic

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CARNIVAL

http://www.getchu.com/soft.phtml?id=46001

面白かった。短いけど中身は濃密。暴力的なまでに強い心理描写と、殺人やら強姦やら恐ろしい事件が起きているのに緊張感の欠片もない登場人物の様子とが混ざり合って妙な化学変化を起こし、結果として快作が出来上がってしまったかのよーな。あと処女作だからか『スワソン』より荒削りな印象で、そこがまた一層作品世界の奇妙な空気を醸し出すための要素の一つになっている気がする。

おかげで飽きることはなかったなあ。ともすれば「気持ち悪い」と称されそうな勢いのテキストを読むのが面白くて、話の大筋は序盤にはわかるのに退屈を感じなかった。というか学の過去だとか事件の真相だとか、そういった本来なら巧妙に隠して終盤に開示することでカタルシスを与える要素を、『CARNIVAL』では見えていて伏線になってない伏線として無造作にばら撒いて行く。恐らく作者には隠す気がなかったんじゃないかな。予想出来ることはだいたいその通りだったしありがちな設定しかない。それでも面白く読めたのは瀬戸口氏の文章のパワーに因るものだろうし、だから「CARNIVAL」が一番読むのが楽しかったし読み終えて一番疲弊した。読みやすかったのは「MONTE-CRISTO」だが、すでに察せられていたことが殆どだったので答え合わせの感覚に近かったし、文章も個性が失われた気がしてそこは少し残念だった。「TRAUMEREI」では理紗視点に変わったことで敬体文に変わってしまい、学視点の時とは違った意味で読みにくかったけど、堅い印象を与えるこの敬体文こそが理紗の抱える罪である「仮面」だと気付いたら納得出来たし、書かれている内容も一番面白かった。視点を変えて同じ展開を何度も繰り返し見せられるので、理紗の章になって来るとそうした地味な構成がモチベーション低下に繋がってもおかしくないんだけど、それでも最後まで読み切れたのは理紗も相当に壊れていたことが伝わって来たからなんだろうなあ。現に序盤では特に魅力を感じなかった理紗を、理紗の視点で物語を見つめることで随分と気に入るようになっていた。それくらい危うい魅力に溢れていた。そして理紗視点で見た学が飄々としているだけのインテリ少年にしか見えなくて、「CARNIVAL」での学の世界を思い起こしてそのギャップにまたゾッとさせられた。これで学も更に好きになれたなあ。学と理紗の二人の視点をそれぞれ描くことで、二人の表面から見える情報と歪で空虚な内面との差がようやく見えて来る仕組みになっており、その差に薄ら寒いものを感じた。

「今目の前にいる相手の考えてる事だって、わからないじゃないですか? 他人の心なんかわかるもんですかね」

それはまさしく学の台詞そのもので、こんな形で体験させられるとは思わなかった。

というわけで本作は学と理紗の物語であり、他のキャラクタは攻略対象ですらない。感想を見て回ると「キャラを全員きちんと使い切っていない」と言う意見も多かったけど、私はそうは思わなかった。瀬戸口氏は他の女の子を使い切れなかったのではなく、「攻略対象として」使い切る必要を感じなかったんじゃないか。確かに理紗(と泉)以外の女子は学と深く絡むことはないが、むしろ絡めないことを示したのが重要だったというか、二人の狭い世界を表現するには他者の存在が必要になったんじゃないかなあと。学には理紗しかいないし理紗には学しかいない。誰も割り込めない。そうした中で学を理紗から引き剥がし、楽しさを少しでも教えてあげられた泉は頑張ったと言えるけど、それでも学とは最後まで表面的な繋がりしか持てなかった。これは「学と理紗の話」以上でも以下でもない作品だから。そして残酷だなあと思ったのは、そうして学と理紗の話を書いていながらこの二人が最後までわかりあえたわけじゃなかったこと。学には理紗しかいないし理紗には学しかいないのに、それでも擦れ違ったままだった。理紗がくれたハンカチが学にとっては大事な思い出となっていたのに対し、理紗にとっては「学ですら自分の作り笑顔に気付いてくれなかった」ことに気付かされた苦い思い出の象徴になっていたこととか、逆に万華鏡が欲しいと告げた理紗に対して学のほうは万華鏡のことなんて覚えていなかったこととか、自分と理紗は共にいるべきじゃないと考えて理紗を置いて行った学と、そんな学を追いかけて来た理紗とか。何もかも交差しない。でも二人は共に行く。

絵に関しては背景は一部安っぽいものもあったけど許容範囲内。それよりも川原氏の描く表情が素晴らしかった。『スワソン』の絵も素晴らしかったけど、こちらはより一層キャラクタの感情が剥き出しになっていてゾクゾクした。面白いアングルで描かれている画もあったし、特に俯瞰的視点から見下ろしている絵は学と武を管理していた学のメタ人格の視点だったのかなあとか。音楽も良かったし、豪華なフルアニメーション OP は詐欺だけどハイクオリティなので起動するたびに飛ばさず毎回見ていた。楽曲も良かった。

システムは最低限のものは揃っているけど、ただバックログで音声が再生出来ない。が、意外にもそれほど困らなかったので問題なかった。それよりもデフォルトでは未読スキップが on になっていることのほうが不満っつーよりなんか謎だった。

まとめると犯罪行為の嵐なのに緊張感がなく、結末も後味がいいとは決して言えないはずなのに読後感はものすごくいい、てな奇妙な作品でそこが気に入った。

木村学 (CV:氷河流)

「CARNIVAL」でのちゃらんぽらんで皮肉に満ちた学の視点で見る世界の描写は、学の歪な中身をそのまま表しているようで読んでいて面白かった。何をするにも他人事のように捉えており、母親に虐待されても学校で苛められても相手を憎んで仕返しするでもなく、むしろ苛められる僕が悪いんだろうと結論付ける節があり、それでも虐待や苛めが学の精神を追い詰めていたのも確かで、ついには武が母親を殺し三沢も殺す。セックスに対しても淡泊なんだよなあこの主人公。セックスってこんなもんかと冷めていたり勃起を維持するのに気を使ったり、レイプしまくるくせにセックスを「相手を追い詰めるための手段」としか捉えてないからそのあたりが変に噛み合ってなくてぞわぞわした。不感症ではないのに、ここでもやっぱり他人事みたいに思っているというか。これも恐らくは解離性同一障害が原因になってんのかな。

学の人格は全部で三つ。母親を愛している学と、暴力を剥き出しにする武と、学と武の人格を管理していたメタ人格。学は自分が武を生み出したのだと思い込んでいたが、恐らくはメタ人格が学と武を作り出したのでは(つまり学の本来の人格はメタ人格)。でもメタ人格は家庭環境やその他諸々に疲弊していたから主人格の座を学に押し付けていた? 主人格を譲渡出来るかどうかは知らないが、元々はメタ人格も学も武も一人の人間なんだから主人格はどの学でも務められるのかもしれない。三沢殺害以降の学が凶暴になった印象を受けるが、武が学の別人格だったことを思えば意外でもなんでもないんだろう。

印象的だったのは幸福について理紗と語るシーン。幸福を「馬の頭につけた釣り竿にぶら下げたニンジン」と定義していたこともそうだけど、その前の『グスコーブドリの伝記』の話も面白かった。ブドリを可哀想だという理紗への回答が特に。

「それはきっと、あれがブドリにとっての幸福だったから、可哀想に見えるんだ」

これまでいろんな感想を書いてきて、何度かハッピーエンドの解釈について触れたけど、読者が登場人物を「幸せそうだと捉える」ことと登場人物自身が「幸せだと感じている」かどうかは必ずしもイコールとは限らないと思っていたので、学のこの発言は響いた。

武もいいキャラクタだったなあ。やってることは酷いことばかりなんだけど、それもこれもすべて学のため。犯罪行為は許容したくないし私としては武のそうした性質を不器用と呼ぶには少し抵抗もあるが、誤解して理紗に散々酷いことをして来た自分を許せず、でもそれに気付けずイライラしてやっぱり理紗を犯す武はやっぱり不器用だと思ってしまう。ここで初めてキスをされて戸惑う理紗も可愛かった。よく考えなくても元々学と武は一人の人間なんだから、学が理紗を好きなら武も理紗を好きだったのだろうし。

たまたま事故にあったパトカーから逃げ出し、かつて理紗にもらったハンカチを返すために相手が来るかどうかもわからない夏祭りの待ち合わせで再会するシーンを見た時は、なんて運命的なんだろうと思った。ただここで二人が再会出来たことが結果的に良かったのかどうかが、私にはいまだによくわからないのが切ない。

「なんで、僕が気がつくと、いつも、そこに理紗がいるの?」

この台詞もすごくロマンティックに聞こえるのに、不安を煽られてたまらない気持ちにさせられた。武が指定席にいる間の時間を学だけが認識出来ないことを思うと更に。

九条理紗 (CV:ダイナマイト☆亜美)

ここまで壊れている女の子だとは思わなかったから、理紗の章を読んだ時は結構衝撃が大きかった。母親から虐待されているのに祖母は見て見ぬ振りをしている家庭環境にいた学と、父親から性的虐待を受けているのに母親は見て見ぬ振りをしている家庭環境にいた理紗。学の母親がしていたことも酷かったが、理紗の父親が幼い娘に承認欲求を求める様も気持ち悪かった。だからというわけでもないが、私は最初理紗は学に父親になってもらうことを望んでいるのだと思っていた。けどそんな生易しいものじゃなかった。理紗は父ではなく自分を罰し、救ってくれる神を求めていた。だから理紗のほうが学に構おうと必死になっていた。学園のアイドル的存在が何の取り柄もないはずの主人公に構ってくる展開はよく見かけるが、学と理紗の場合は一見そういう王道関係に見えて実は歪みまくっているのがいい。二人は互いを大切に思っているけれど、それは恋愛というよりも歪んだ信頼と依存関係にある。最後はふたり手を繋いで届かないニンジンを追いかけながら逃げることになるが、ニンジンを手にする前に二人が壊れてしまいそうな気もするし、学が頑張って頑張って頑張ってなんとかしてくれそうな気もするし、それでもやっぱり二人に救いは訪れないんだろうなあとも。ただ、これで学の「誰かをどこかに連れて行ってあげたい」という夢は叶えられたということになる。

印象的だったのは終盤に二人が結ばれる時の理紗の笑顔。作り笑顔をずっと浮かべて来た理紗の、子供の時以来見せていなかった本当の笑顔が魅力的だった。それと学のメタ人格との夜空の下での会話も妙に心に染みた。

「もし神様がいたら、きっと人間のことは嫌いなんだと思うな」

「そうかな、嫌いじゃないけど、好きでもないんだと思うよ。あんまり興味持ってくれてないんじゃないかな」

「そうだね。罰も与えてくれない。世界は愛してくれない」

「だけど……」

「だけど、私はこの世界が好きなんだ」

「そうだね」

「だから苦しい」

「片思いだ」

『CARNIVAL』は印象的な台詞が多かったけど、中でもこのやり取りが良かった。メタ人格は学の影になっているので出番は少ないけど、彼と理紗とのやり取りはどれも印象に残る。それと裏切られたのだと思い込んで学が理紗を殺す BAD ED も忘れられない。

「なんだかね、これって、ある意味カンペキなハッピーエンドだと思うんだ」

この時の理紗の言葉は、『グスコーブドリの伝記』について二人で幸福の捉え方について話していたことを考えるとぐわっと来るものがあった。

あと些細なことなんだけど、幼い学と理紗の CG が思った以上に用意されていてそのどれもが可愛らしかった。ショタ属性はまったくないが、どちらか単体ならともかく「男の子と女の子が一緒にいる光景」にはものすごーく弱いのかもしれない、と気付いた次第。

渡会泉 (CV:吉川華生)

大人しい子だと思っていたら好奇心旺盛で行動力もあって、なんというか奇妙にアグレッシブな子だった。別に死にたいと思っているわけでもないのに、小さな好奇心からリストカットを体験しようとしていたりとか。ああした自殺衝動から遠い位置にいる泉が自殺未遂を経験していて、近い位置にいる理紗が自殺未遂すら出来そうにない、という二人の違いがなんというかもう……。面白がって殺人犯の学に関わろうとするあたりも、痛いはずの話なのに悲壮感を感じさせない『CARNIVAL』の空気を作り上げることに貢献していたんじゃないでしょーか。これは学に恋をしていたから一緒にいたかった、てのもあるんだろうが、泉は他の子に比べると少なくても体を傷つけられたわけではないのでまだ助かったほうかも。好奇心は猫をも殺す――などという事態にならなくて良かった。

印象に残っているシーンはさり気なく学の疑心暗鬼の矛先を理紗に誘導するシーン。理紗を親友だと思っているのは確かなんだろうが、学のことも含めて何もかも叶わない理紗に対して抱き続けて来た劣等感がここで出てしまったのか。あとは学にキスをして告白するシーン。あそこはぐっと来たなあ。しかし普通は好きな子が殺人犯(まだ容疑者の段階だけど)だったら恋どころではなくなってしまうと思うんだけど、そんな学とすべてを捨てて逃避行をしようと持ちかける泉には驚いた。ずっと学を好きだった泉にとって、好きな人とたくさん話せる機会を得られたのは皮肉にも学が殺人犯になってからで、警察から逃げられている学に対して学本人より必死になってしまうのはわかるんだけど、そんなに学を好きだったのか、という衝撃が。ただ好奇心の強さを見るに、学への恋心だけじゃなくて「異様な状況での恋」への興味もあったのかもしれないけど。

学が理紗も武のことも全部捨てて泉と逃げるルートは、サブルートながらも結構面白かった。自由ではあるけど刹那的で、この二人の時間が長くは続かないことを思わせるのがいい。万馬券を引き当てた金をばら撒いた部屋での享楽的なセックスシーンも良かった。逃避行中に携帯で一度家族に連絡したし(その後携帯を捨てたけど)貯金も引き出してるしそこから足が着くだろうから、やっぱり泉との逃避行は突然終わるんだろうけど、それでも泉は後悔しない気がする。学はどうかなあ。しそうな気もするなあ。

志村詠美 (CV:白井綾乃) & 志村麻里 (CV:岩泉まい)

物語の起爆装置。詠美と三沢が何もしなければ話は変わっていたかもしれないし、あるいは変わらなかったのかもしれない。何せよ詠美が学にしていたことは看過されていいことじゃないけれど、ただちょっと学(というか武)の復讐が度を超えていてボロボロの詠美を見せられる頃には同情してしまう。終盤の理紗との会話は、理紗の壊れっぷりを知るためにも何気に重要。この時の詠美の台詞「あなた、狂ってるわ」はまさにその通り。

麻里は詠美の家庭事情に関しての情報を補強する役でしかないが、それはそれとして泣きわめく麻里を黙らせようとフェラをさせる学の行動には笑った。更に麻里のパンツを下ろすなどという突飛な行動に出た時は吹き出した。

高杉百恵 (CV:伊藤瞳子)

学に銃を与えるきっかけ役だけど、それにしても「淫乱」という言葉がこれほど当てはまるキャラを久々に見た気がするなあ。むしろレイプしている学のほうがドン引きしていたのは笑った。ただ、学は「被害者は表沙汰になることを恐れて泣き寝入りを決め込むケースが多いから大丈夫」という舐めた理由でレイプしまくっていたので、狙い通りに事が進まず呆気に取られる様を見た時は「ざまあみろ」と思ったな正直。

つーわけで淫乱ぶりだけが印象に残る婦警さんだけど、学と理紗に正義と秩序を熱く説いていたこともそれなりに記憶に残っている。

九条香織 (CV:長崎みなみ)

学の本質を見抜けるほど鋭いのに、夫が娘にしている仕打ちを知りながら見て見ぬ振りを決め込んだ母親。もしかしたら学のことをすぐ見抜けたのは、自分では助けられない(というか助けようとしない)娘を救ってくれる人間を見つける術に長けていたからなのか。つまり「娘を救う責任を押し付けられる誰か」を求めていた。

しかし BAD ED とはいえエロシーンがあるとは思わなかった。しばらくは家に帰らない予定なのに突然一人で帰って来るあたりから不思議だったけど、香織と遭遇する前に理紗の母親が帰ってきたらどうしようみたいなことを学が考えているので、あの一連のシーンは学の妄想かな。現実に予定より帰って来たのだとしても、理紗の弟がいないのは変。