Antipyretic

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僕は天使じゃないよ

http://13cm.jp/130cm/games/notangel/

面白かった、というよりはツボだった。もちろん面白くもあるけど、それ以上に私好みの作品だった。クズでどうしようもない主人公と壊れていてどうしようもないヒロインの破滅へと堕ちていく様が、滑稽でありつつも独特の悲哀と美しさがあって美味だった。

ADV を私はゲームというよりも絵と音と演出が入る豪華な小説だと捉えているが、これは小説ではなく戯曲。まるで舞台の台本のような文章で最低限の描写しかないし、場面転換もあっさりしているし心理描写に至ってはほぼないといっていい。さすがに最初は面食らったが、慣れてくるとむしろこれこそが『僕天』の個性なのだとわかってくる。読者の想像に委ねる部分が多いし、描写が足りておらず悲劇のためのご都合主義を感じることもあるし、陰鬱なシナリオにはやはり心理描写が必須だという考えは今でも変わってない。そして半日もかからずフルコンプ可能なボリュームしかないこともあり、本音を言えばこの徹底した無駄の排除をもったいなく思う場面もないではなかったけど、それでもこの作品にはこの文章が合っていた。

所詮世間は舞台に過ぎぬ。
そうだ、お前もなにかの役を演じずにはおれぬ。
精々歌うがいい、踊るがいい――この物語に端役はおらぬ。

『僕天』はこのフレーズに釣られて買ったけど、この文章を見てもやはり「舞台」という形が重要で、作中でマスカレヱドの淫靡な世界の虜になっていた観客がいたように私も彼らのように『僕は天使じゃないよ』という舞台にのめりこんでしまったのだろうと。

絵も癖はあるもののさっぽろももこ氏の絵は前から好きだったし、退廃的な香りが漂うような官能がある。エロくはないけど官能的というか。そしてシナリオが短いことと描写があっさりしていることもあり、一瞬だけ表示して終了みたいな豪快な使われ方をしているのも特徴。音楽もサントラが欲しいレベルのクオリティなのに、発売されてないのが残念というかむしろ驚いた。発売されたら今すぐにでも買いたいくらいなんだけどな。あと各ルートの TRUE ED 後に流れるエンドロールの演出にぐっと来た。百合乃ルートだと火の粉が、柘榴ルートだと雪が、翠子ルートだと薔薇が、ローザルートだと蛍らしきものが舞う。そして小梅終章の後に、死んだ小梅の魂が空に還っていくかのような演出になっているのが胸にじんわり来る。おかげで陰鬱なシナリオなのに後味は悪くなかった。

システムは古い作品なので最低限のものしかないけれど、物語分岐図が便利すぎてあまり困らなかったなあ。ED の数は多いけど迷うのが難しいくらいに攻略は簡単。

SM 要素はそこまででもなかったけど、そっちは特に求めてないのでどうでもいい。それよりも BAD ED が好きな人間にとってはたまらない要素だけで構成されているのがツボ。サクッと気軽に悲劇を堪能したい人間向け。気軽すぎて物足りない部分やご都合主義的なあざとさを感じる時もあるけれど、好みに合致したのでもうそれだけで十分。これで私がこの作品を気に入らないわけがなかった。

北見市

クズ。実家は裕福だけど勘当されており、父親嫌いなくせに金に困れば親に無心する。小梅も売る。柘榴が働いてるのに自分は働きもせず酒浸り。百合乃が市蔵を信じて自分の痴態を告白すればそれをパクって雑誌社に寄稿する。人の忠告を聞かず逆ギレする。SM に対して変な美学を持っているけどそれも浅薄で、自分の美意識に反する人間を見下す。プライドだけは高い。そして毎回、出来もしないことを後先考えずにやろうとする。だから最後には因果応報が待ち構えている。この作品で大団円と呼べる結末が一切ないのは主人公にそこへと導けるだけの甲斐性がないからで、すべては至るべくして至った破滅。だからこそ『僕天』は面白い作品になった。この主人公にしか務まらない演目。

でも百合乃に自分みたいな男が関わり続けるのは良くないと思っていたのも本当だし、いずれマスカレヱドで殺されるだろう柘榴を思って必死になっていたのも本当で、そういうところからは彼の優しさが出ていた。でも市蔵は甘やかされて育った人間だから生活能力もないし何ができるわけでもなく、またどのヒロインも市蔵という人間を愛してくれているわけでもなく、結局ヒロインを助けようとしても助けられずに終わる。ああ無情。

醜男という設定も百合乃ルートで上手く活かされていたのが良かった。

丘百合乃 (CV:朝咲そよ)

一番まともそうに見えて一番歪んでいるのは結局百合乃だったんじゃないか。何かに依存せずにはいられないシスター。信仰を見失った百合乃のために、市蔵が支えようとする展開はもう結末がすぐに見えてしまってどんより来た。神にでもならないと百合乃に心からの安寧は与えてやれないのに、市蔵はやろうとした。いくらなんでも荷が重すぎる。これは市蔵でなくても無理だろう。だから百合乃からの依存心に押し潰されて疲れ果てていた市蔵が、思わず百合乃を絞め殺してしまうオフィーリアの死を思わせる「水辺の死」ED も嫌いではないんだけど、やっぱり私の好みだったのは最初に辿りつける「ピエタ」ED。浮浪者による突然の百合乃輪姦を経て、実は自分が輪姦を仕組んでやったことだったのに罪悪感で潰されそうになり、思わず百合乃に許しを乞おうとする浅ましい市蔵を救えて満足する百合乃が強烈すぎた。市蔵を抱きしめる直前に今まで帽子とマフラーで隠されていた市蔵の醜悪な素顔を見て一瞬戸惑い、それでも受け入れる場面はたまらない。最後の最後で明かされる、百合乃の妄想がエグくて最高だったからだ。

「ああゾッとします……ゾッとします。ゾッとする程、醜い。もっとよく見せて下さい……その醜い顔を。ああ嫌だ嫌だ嫌だ汚らわしい。だけど好き好き好き大好きなおじ様!! もっともっとよ。もっと苛めてもっと汚してもっと突き刺して下さい」

「素敵、素敵。百合乃はもう気持ち良くって死んでしまいそうです。わたしたちは、このままコマのように回るの。ぐるぐるぐるぐるまわるの。ズットズットズットズット――」

これで一気に『僕天』に惹き込まれてしまった。

一方、市蔵に見捨てられたのだと思い込んで百合乃が神の前で焼身自殺を図る「炎の檻」ED はちょっと印象が薄かった。これなら「水辺の死」ED のほうがしっくり来る。

柘榴 (CV:田中美智)

序盤の刺青を見せてもらうシーンが強烈。これなら市蔵が柘榴に一目惚れしてしまうのもわかるな、と思ってしまった。画面の前の私ですら感じ入ったものがあったんだから。しかし市蔵は柘榴に惚れて大金を払って手に入れてまで大事にしてやりたいと思うのに、柘榴は痛みしか感じられない人間だから痛めつけてほしいと思っている。このすれ違いにはもう悲劇しか見えなくて遣る瀬無かったなあ。

結末はどれも好きだけど、中でも気に入っているのは「氷の涯」ED。マスカレヱドにいると柘榴が殺されてしまうから小梅を売ってまで大陸まで連れ出したのに、自分のせいでマスカレヱドにいる時と同じ状況に陥る皮肉が良かった。生活能力がないから働く気も起きず、柘榴が働き出したら途端に働きもせず酒ばっか飲んで、そんな荒れた生活を送っているうちに体がボロボロになって市蔵は本当に働けなくなり、薬代が必要になるから柘榴は更に働かねばならず、それでも金が足りずに柘榴の体を兵隊に売るという展開がひでえ。市蔵が見ている前で次々と柘榴が犯されていくのがもう……。でもそれを招いたのは市蔵で、まさにクズの上塗り。そして市蔵も自己嫌悪に陥って俺の命をやろうとか言い出すんだけど、その時の柘榴の台詞が切なかった。

「わたしたちはともに寿命が尽きているようなものですから、どちらの身代わりにもなれません」

この静かで八方塞な感じがたまらなく心地良い。

その後はもうどう頑張っても不幸を重ねるだけだと今の状況を受け入れて、市蔵の体の治療も諦めて二人で死へと突っ走っていくことを決意するんだけど、ここからの二人がすごく晴れやかで印象的だった。自殺でも心中でもなく、二人で命尽きるまで氷原を駆け抜けるだけなのにすごくいいシーンだった。そして一瞬立ち止まった際に、氷原に佇む柘榴の姿に菩薩を見るシーンとか CG の力も相俟ってハッとする美しさがあった。ここで今まで痛覚しかなかったはずの柘榴が、寒さを感じて震えるのもぐっと来た。

他のルートだとマスカレヱドで嬲り殺されてしまうことが多いが、その死ぬ瞬間に舞台の上の柘榴と視線が合って怯える市蔵の場面もいい。

芳野翠子 (CV:涼森ちさと)

最初に抱いた印象通り『Phantom』のクロウディアみたいな人だった。元々この手のキャラクタには弱いし復讐劇も好きな題材なので期待してたんだけど、展開自体は期待通りでツボだったのに描写の薄さが響いたのが残念。あと一歩届かない感があるというか。ローザを殺したかと思ったら殺し切れなかったところとか、翠子らしくなくて違和感が立ってしまったというか。そこらへんが翠子の甘さってことで愛でるべきなんだろうなあ。市蔵とくっついたのは市蔵を愛したからではなく古河の血を引く子供が欲しかったからなんだろうけど(その子を復讐に使うつもりだった)、結局お腹の子に愛着を持ってしまい、だからこそ同じく「子供」であるローザに対しても僅かな情が生まれ、それが致命傷へと繋がってしまったということなんでしょーか。そのローザのために薔薇の花を買おうとして実は生きていたローザに撃ち殺される「薔薇色の人生」ED は、いろんな意味で皮肉が効いていて好みの結末ではあった。あっただけに描写がもっとあればな、と思わずにはいられない。でも足りないなあとは思いつつこういうベタな結末は好みなので、もうそれだけで贔屓したい気持ちはある。血のような赤い薔薇は翠子にハマっていた。

それにしても中の人はいつ聞いても演技に圧倒される。翠子のキャラクタが立っていたのは涼森ちさとが演じていたからこそ、てのもあるよなー。素晴らしい。

ローザ (CV:森川陽子)

久しぶりの残虐ロリでした。一時期は残虐ロリ系は飽きたとか言ってたけど、久しぶりに見るとやっぱりこの手のキャラはけっこうツボなのかもしれない。ローザは見た目も人形のようで可愛くて好きだったなあ。ただ翠子はローザをサディストだと言っていたが、私はそうは思えなかった。別にローザの責め方が甘いとかこんなんでサドと称するなとか言いたいのではなく、単にローザが善悪の区別のつかない子だったから。ローザはサディストではなくサイコパス。だから外見は天使で中身は凶暴な獣で猫のように気まぐれで、でもそんなローザを手放せない市蔵にとっては危険な麻薬みたいな女の子だった。

結末はどちらも選べないくらいにツボだった。「天使の餌食」ED は誰かを殺さずにはいられないローザに殺しを禁じるもローザの中でフラストレーションが溜まり、それが爆発してそばにいる市蔵を殺してしまうんだけど、危険だとわかっていながら怪物をそばに置こうとする市蔵の愚かさが良かった。

一方、「そらにおちる」ED は翠子にローザを返すことを決意するも、翠子のところに向かう当日にローザが無邪気に猫を追いかけてその最中に窓から落ちて墜落死、という呆気ない結末なんだけど、これがもうぐっと来た。選べないとは書いたけど、一番好きなのはこの ED かもしれない。猫みたいだったローザが、猫を苛めて追いかけている最中に死んでしまうのがローザらしいと思ったし、その前の二人での海のデートも良かった。晴れでも雨でも嵐でもなく曇天の下の海ではしゃぐのが、この上なく『僕天』らしくて好きだったなあ。最後のローザの問いかけは意味深長だったけど、私は信じない派。

田辺小梅 (CV:佐々木あかり)

盲目設定なのにそんな感じもしないし、立ち絵の目にハイライトがあるという理由だけで実は見えているのではないか、と思ってたらやっぱりそうだった。市蔵とは異母兄妹だったことまではさすがに予想できなかったけど。

印象的だったのはやっぱり柘榴ルートの寝取らせ。柘榴ルートなのに何故小梅とのフラグが立っているのかわからず混乱してたらまさかのあの落ちで衝撃を受けた。小梅を散々甘やかして愛を囁きながら、小梅が盲目だから入れ替わって犯されても気づかれないだろうと他の男に売ってしまうのがひどい。しかも市蔵の見ている前で。私は小梅は見えてるだろうと思っていたから、彼女が市蔵に売られたことに気付きながらも市蔵のために見て見ぬふりをして受け入れてしまったとしか思えず遣る瀬無い思いで見てたんだけど、本当にその通りだったのがなあ……。こういうえぐい展開が来ても楽しめるタイプだけど、これは久しぶりにキた。終わった後の「小梅は……幸せです」がまた。市蔵を唯一、きちんと見てくれていた子なのになあ。なんて酷い展開なんだ……(褒め言葉)。

そして最後の最後で忘却を神の恩寵として受け入れていたのが、真理を突いているようで切なくもあり。でもどこか清々しいエンディングだった。