Antipyretic

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AMNESIA

http://www.otomate.jp/amnesia/

前提が従来の恋愛ゲームとは異なっている。相手とはすでにそれなりの時間を共有していてある程度の進展があった中で記憶を失い、そこから空白を埋めていこうとするのがスタート地点。要するに恋人になっていく過程を眺めるのではなく、恋人になった過程や真相を遡っていくゲーム。

最初に攻略対象を選択するシステムは Vitamin シリーズ同様に共通ルートがなく、それぞれ独自の展開が繰り広げられる。主人公の記憶喪失設定も、関係が進展するきっかけになったり逆に付け込まれたりなど各ルートで展開が違っていて面白かった。ただ、キャラクタの関係までルートごとに変化するのは好みじゃなかった。関係が違うと別人だと認識するし、オムニバス形式の物語を読まされているような感覚になる。おかげでキャラクタにちょっと愛着が湧きにくいよーな……と言いつつどの子も好きにはなれたからそこはすごいと思うけど、こういう設定でなければもっと好きになれたのではないかなとも思ってしまう。確かにそれぞれのキャラクタにブレはなかったけど、関係も重要なのでコロコロ変えられると萎えるんよね。製作者は新鮮な気持ちでプレイしてもらいたかったんだろうけど、私は全部統一した状態でプレイしたかった。

絵に関してはキャラクタの腕の細さが気になってしまい、奇抜な服のほうはあまり気にならなくなる現象が起きていた。服がトランプをモチーフとした独特の世界観を演出するための要素になっているから、てのもあるかな。好みのデザインではないけどコンセプトがはっきりしていてわかりやすい。まともな衣裳だったらそれはもう『AMNESIA』じゃないよね、と思わせるのは結構すごいことですよ。線画にグラデーションをかけただけの背景も雰囲気があって良かった。ちなみに絵柄は好みじゃなかった。CG より立ち絵のほうが好きなことが多かった。でもアイキャッチを眺めるのは楽しかった。

システムは微妙。特にボタンレスポンスが最悪でもっさりした印象を受ける。スキップも遅い上にメールや電話のやり取りで止まるのが鬱陶しい。台詞や立ち絵が一部飛んでしまうバグもある。そして時間の経過を「n 週間後」とかならともかくいちいち「n 分後」と表記するのもダサい。そこは暗転させるだけで良かったんじゃないか。不自然な早口も気になる。本来ならあるはずの溜めや間がない。そういう演技指導でも入ったのか編集してあるのかは謎だけど、何をそんなに急ぐのか一気に畳みかけるように話す。ちなみにリップシンクが変だと散々 dis られてるけどそっちはあまり気にならなかった。他の乙女ゲーもこんなもんでは……それ以前に私は目パチ口パク不要派だけど。

色々書いたけど、それでもフルコンプ出来たのは自分でも意外だった。オトメイト作品はこれまで何作かプレイしてきたけど挫折するパターンが常で、私とは相性の悪いメーカだなという認識だった。けど『AMNESIA』は退屈な個所はあれど、どのルートでも謎(失われた記憶や真相)で引っ張ってくれたのでコンプ出来たのかなあと。それと攻略対象たちはすごい格好をしてるけど、ああ見えて中身は身近に感じられるような弱さや狡さを抱えていたのが面白かった。欠点はたくさんあるしオトメイトへの苦手意識を覆すまでには至らなかったけど、これだけ楽しめたのならプレイして良かったかなと思える。

主人公

記憶が蘇るまで一切喋らないが、代わりにほぼオリオンのラジコンと化す主人公。オリオンは一応ナビゲータという役割のつもりらしいけど正確に言うとナビでもない。主人公の行動は選択肢以外はほぼオリオンによって決まるし、その選択肢もオリオンの誘導によって辿り着いた分岐点で、選択後もやはりオリオンの意志が影響する。

おかげで私にとって、これまでプレイしてきた乙女ゲーの中で一番厄介な主人公になってしまった。私は主人公がしゃべらないゲームでも選択肢の内容や周囲の反応からある程度の主人公像を作っていくが、この主人公はそれがままらなず苦戦する羽目になった。主人公像を構築したいのに、ラジコンになってしまったのでは難しい。更に個性的な性格を持つオリオンの存在がそれに拍車をかける。そして記憶喪失を伏せた上でゲームを進めなければならず、主人公と攻略対象の両方の情報を探りながら読まなければならないのが厳しい。同時に楽々こなせるようなキャパを当方は持ち合わせてねんですよ。

じゃあどうすれば良かったのか。答えは簡単。主人公に喋らせてやれば良かった。主人公とオリオンが会話しながらゲームを進める仕様にするだけで印象もかなり変わったんじゃないかなあ。後半には主人公の人格も戻ってきて喋るようになるが、ルートごとに性格が違っているのも厄介。要するにこの主人公は個性がないのではなく、五重人格と捉えるほうが正しいんだろう。パラレルワールドの、ではあるけど。なので後半には各ルートの主人公は「それぞれが別タイトルの乙女ゲー主人公」と考えてプレイした。ちなみに主人公と同様の設定になっているのは他にワカさんがいるが、この二人だけこうなっているのはなんか意味でもあるのかなあ。なさそうだなあ。適当なのかなあ。

まあキャラクタ云々はさておいてビジュアルは可愛らしい。CG でもよく顔が出ていて眼福だったし、結構な巨乳で笑った。

しかしデフォルト名がないのは不便すぎる。名前を考えるのが面倒だった……。

シン (CV:柿原徹也)

シンルートは主人公の記憶喪失が早々にバレてシンやトーマがある程度の事情を察した上で協力してくれるので、主人公の項目で書いたようなこちらの負担が軽減されてプレイしやすかった。一周目にハートの世界を選択したのは正解だったらしい。

シンは「かっこいい」や「可愛い」より「正しい」という表現が真っ先に来る。それくらい真っ当。辛辣ではあるけどいつも主人公やトーマのことを思っている。シンは自分の言葉は相手のためになると信じているし、相手にも自分の本意が伝わると信じているんだろう。父親の過失致死傷罪という重い過去を持ちながらもここまでまっすぐでいられるのはシンが元々強いってのもあるんだろうけど、それ以上に主人公とトーマの存在が大きかったんだろうな。だからシンが主人公に惚れるのもトーマを大切にしているのもよく理解できた。そしてシンがこれほど正しくあれるのは、主人公とシンがすでに付き合っている状態で始まる乙女ゲーならでは。カウンセリングの必要がないから乙女ゲーでは滅多に出てこないタイプ。というわけでシンはゲーム開始時点で完成されているキャラクタで、だから話もミステリへとシフトしていく。しかしそれ以上に面白かったのがシンとトーマの対比で、犯人であるトーマの動機がまさにそこにあったのが素晴らしかった。

結局誰が悪かったのか、と問われたらトーマなんだけど、シンに糾弾されるまでトーマが犯行を伏せていた理由が狡い。トーマにとっても主人公にとってもシンにとっても狡い。トーマが犯人であることも主人公を突き飛ばした理由も薄々察せられたけど、トーマは我が身可愛さに自首していないのだと思っていたので、最後に「主人公に怪我を負わせた理由」以上に「犯行を伏せていた理由」を聞かされた時は驚いたと同時に狡いなと思った。そして二人の対比も面白かった。シンは大切な人を信じられる人で、だからトーマの気持ちと悪意を暴いた。暴いた後にトーマは前に進めると信じていたから。トーマは大切な人も信じられない人で、だからすべてを伏せようとした。主人公を信じておらず、主人公を傷つけると思い込んで全部一人で抱え込もうとした。この痛々しい対比が好み。そして私が感情移入したのはトーマだった。シンの正しさよりもトーマの狡さが魅力的に映った。それもあってシンの印象は薄い。シンも頑張ってるけど、初っ端から主人公の記憶喪失を見抜いたり事件の調査もほぼ一人でこなしたりと、攻略対象というよりは主人公っぽいのよなー。そして本来の主人公は何もしなかった。ほぼ傍観者だった。傍観者と言えばトーマの気持ちを暴いた後で自分を責めるシンに、主人公が「もういいよ」しか言わないのも萎えた。シンに責任があるというのならシンやトーマに曖昧な態度を取り続けた主人公も自分の言動を振り返るべきだろうに、一人だけ傍観者気分が抜けてないのがすごいなーこの子。私にはトーマよりも主人公のほうが狡く見えた。そもそもシンがあんなにがっつくのもトーマがあんなに狡くなったのも、全部主人公の態度に問題があったんじゃないか。これはシンルート道中でも感じていたけど、シンの SS を読んで更にそう思った。記憶を失った主人公が迫ってくるシンを拒絶するのは当然だと思うけど、記憶を失う前の主人公は彼女なんだからセックスしても良かったんじゃないの、とすら思ってしまった。まあそういう女の子を好きになったのはシンとトーマなんだけども。

ハートの世界は GOOD ED が一番面白かったけど、矮小で狡いトーマの存在感が大きくてトーマのことばかりが印象に残っている。トーマが主人公に薬を盛る BAD ED も面白かった。主人公を傷つけるのはトーマにとっても本意ではないはずだから殺してはいないんだろうけど、昏睡状態にして眠り姫を愛でているのかもしれない。

(2013/07/01 追記)

シンルートでニールが叶えたのが、トーマの「主人公の歌が上手くなりますように」という願いだったのは皮肉で美味しい。シンは主人公が努力して歌が上手くなったことを大切に思っていてだからこそこっそりベースの練習まで始めたのに、主人公の歌が上手くなった背景には神の力という外的要因があったのだとしたら残酷。ニールの力で上手くなったことをシンは知らないからシンにとっては美談になっているが、私は知ってしまったから美談として見れなくなった。それがトーマの願いによるものだったことも、相手が何事においても真摯で努力を重視するシンだったことも皮肉に満ちている。しかし一人だけ願い事を何もしてないあたりはシンらしい。ほんとブレないなこの子。

イッキ (CV:谷山紀章)

一番面白かったのがイッキルートだった。イッキが主人公のことを真剣に好きなのは伝わるのに、イッキの行動がそれと一致しない違和感。イッキには何か理由があるんだろうとは思ったし、その原因がファンクラブにあるらしいことは察せられるのに、その具体的な理由に確信が持てない。ファンクラブの過激な攻撃から主人公を守ろうとしているのかなとは思ったけど、それならファンクラブと縁を切ればいいだけなのにイッキはそれをしない謎。そして問い詰めたくても、主人公は記憶喪失のことを伏せなければならないから出来ない。ここまで来ると、記憶を取り戻すことよりも単純にイッキの行動の謎のほうが気になっていくのが面白かった。リカも不穏な発言を残すから尚更。

結局、予想通りファンクラブの攻撃から主人公を守るためだったけど、ファンクラブと縁を切らなかったのはつまるところイッキが寂しがり屋の構ってちゃんだったからだった。告白してくる女の子の気持ちを重く感じながらも見捨てられないのが、イッキの弱さでもあり優しさでもある。それにイッキは自分が構ってちゃんだから、相手が構ってちゃんでも無下にはしない。これで自分に群がる女の子を「ウザい」と切り捨てていれば本気で最低最悪の男になってたんだろうな。イッキは根はものすごく優しい人だ。寂しがり屋ではあるけど、あの状況ならそれも仕方ないかなと思える。

目の能力はモテたくて星に願ったら叶った、と聞かされた当初は戸惑ったが、クリアした今ならニールのせいだと理解できる。主人公にだけ目の力が効かなかった理由も納得したけど、なんつーかそこまで絶対的な効果があるわけじゃないのねアレは。案外ファジーな能力だ……。しかしイッキは自分の能力のせいにするしかない生き方をして来たのに、実は相手の努力次第では目の力を撥ね退けられる、という事実はある意味残酷。イッキの弱さが招いたことでもあるが、それでも目の力で友人をなくし、女の子は問答無用で勝手に惚れてくれるから誰も自分を見てくれなくなって絶望して諦めて、そんな中で刹那的な楽しみを得ようとしていたイッキの弱さを否定できない。GOOD ED で幸せそうなイッキが見れた時は、だから安堵した。ファンクラブへの対応もイッキの覚悟と同時に彼の甘さと優しさが感じられて好きだな。主人公としては絶縁してくれたほうが嬉しかったんだろうけど、ファンクラブと縁を切れないところがイッキの短所であり長所でもあるから。

もう一つ面白かったのがファンクラブの実態。実はファンクラブのほうがイッキをペットのように扱っていた、という真実はさすがに予測できなかったなあ。序盤にあった日報の提出を求めるメールの伏線をきちんと回収してくれたのもスッキリした。しかし乙女ゲーでモテる男子は珍しくもないが、ここまで不憫なパターンは初めて見た。主人公に会うまでは同情できる背景があるとはいえ最低なことをして来たしイッキにも問題はあるが、不思議と嫌いにはなれない魅力がある。イッキはかなり好きになれたキャラクタだった。

イッキが本当に主人公が好きなのが伝わってくるのも萌えた。この作品はどのキャラクタも主人公に対して必死になるけど、イッキの必死さが一番ツボ。「早くもっと僕のこと好きになって……」と零すシーンなんてもう可愛い。主人公がダウンしたと聞いたらおかしな仮面を被ってまで部屋まで来たり、主人公の義兄であるトーマが主人公を看病していたことを知ったら堂々と嫉妬を剥き出しにしたり、ファンクラブの存在を重く感じて自己嫌悪して自棄酒をかっくらって主人公に思わず電話して愚痴ったり、みんなの前ではモテ男を気取ってるくせに主人公の前ではみっともなくなるイッキが可愛すぎる。

BAD ED も美味しかった。特に良かったのが「やるじゃない、神さま」ED。主人公が記憶喪失であることに気づいて何故教えてくれなかったのかとキレるんだけど、ようやく自分をちゃんと見てくれる女性が現れたと思ったのに、その人が一番不安な時に自分を信じてくれなかったんだからイッキの絶望は察するに余りある。でもこれはどちらの気持ちも理解出来た。主人公の立場ならイッキを信用するのは難しいだろうし、私の視点ではイッキはがどれほど主人公を大事にしていたかが伝わっていたのでイッキの悲しみもわからなくはなく。それからイッキが主人公に振られる「2人で住みたかったな」ED もケントに愚痴るイッキに萌えた。しかし記憶を失う前の主人公はイッキに惹かれている気配があったとイッキも言ってたし、記憶を失わなければ回避できた結末だと思うとイッキが気の毒すぎる。他に理由があるならともかく、好きになってもらえなかったという事実はどうしようもないのが無情。でもケントと二人で海に向かうのは和んだ。私がイッキとケントの関係が好きなのは、エロゲの男キャラのノリが漂ってるからなんだろうなー。

あとは NORMAL ED も別れる時のイッキの台詞が切なくていいんだけど、主人公が父親の元で暮らすことを選んだだけで重い空気になっているのがよくわからんな。電車で二時間の距離は悲観的になるほど遠いってわけでもないよーな……。

ケント (CV:石田彰)

合理主義者が理屈で割り切れない恋に溺れる姿に萌えるルート。最初はケントが喧嘩腰なので呆気に取られるが、険悪なまま記憶喪失になったんだから仕方ない。おまけに主人公がケントのいるテーブルとは別の席についたもんだからそりゃケントもいい気はしないだろう。主人公にも事情があるとは言え、こういうケースもあるんだからやっぱり記憶喪失を周囲に伏せたまま生活するのは基本的によろしくないよなーバイト先にも迷惑がかかるのだし。しかしオリオンはケントの言動を不満に思うらしくいちいち突っ込んでたけど、私は特に酷いとは思わなかった。普通じゃないですか?

ケントの可愛さは、例えば主人公の素直な反応に動揺したり、それをいちいち伝えてきたり、恋人半月記念と称してわざわざケーキを用意してきたり、イッキに嫉妬して髪をがしがし撫でたり、花火大会に行く約束を忘れていて全力疾走で待ち合わせの駅に来たり、主人公の水着姿を他の男に見せまいと隠そうとしたり、とにかくあの図体で主人公が好きで好きで仕方がない様がストレートに伝わってくる点にある。その上ケントは主人公に憎まれていると思い込んでいて、それでも主人公との距離を縮めようと必死になる。可愛すぎる。ケントは理屈屋だけど頭が固いばかりではなく、イッキのアドバイスを素直に受け入れたり自分に至らぬ点の指摘を求めるなど、ケントなりに周囲の人間の言葉もちゃんと聞いているのが良かった。オリオンとの筆談に至っては感動すらした。

何より美味しいのは、主人公の異常を薄々察していながらも穏やかな時間を壊したくなくて目を背けた弱さが伺える点。記憶喪失だと知り、記憶が戻らないことを期待してしまう弱さも。それはいけないことだとわかっていて、それでも割りきれなくて苦しむケントに萌えた。葛藤する男は元々大好物だけど、ケントみたいに何でも理屈を持ち出してくる男が「理屈」という武器を使えず、恋に振り回されて葛藤するのが美味しい。

犬の件についてはもっとすごい過去が明らかになるんだろうと思って身構えていたので、真相を知った時は「え、それだけ?」と思ってしまった。まあでも間が悪かっただけでケントは間違ったことを言っているわけではないし、犬が邪魔だと願ってしまった件もニールが勝手に叶えてしまっただけでやっぱりケントが悪いわけでもないでしょう。でもケントは空気が読めないしそこが未熟ではあったけど、記憶を失った主人公と時間を共にすることで成長していったのは上手い展開だなあ。主人公が記憶を失ったからこそ二人は恋人になれた、てのがぐっと来るじゃないですか。オリオンがキューピッドをやってたのも可愛いし、サワやミネとのガールズトークがあるのもケントルートならでは。

が、GOOD ED は微妙。ケントが学会の発表を放り出して事故に遭った主人公のところに駆けつけるんだけど、留学を目標に頑張ってきたのにこんな安っぽい展開で台無しにされると萎える。ただ一方でケントは見ているこちらが心配になるくらいに主人公にメロメロだったので、学会を放り出してしまうのも納得は出来るんだよなあ。私の好みの展開ではなかったけど、彼なら放り出しかねないとも思える。主人公が気になって発表準備が滞っていたし、記憶思い出して嫌われたのではないかと不安になって家まで押しかけてくるくらいにケントの頭の中は主人公でいっぱいだったんだから。

私にとってのベストは NORMAL ED。発表を早めに終わらせて主人公のところに駆けつける展開のほうが自然だったし、短いメールを送ってばかりだったケントの「会いたい」という一言に、ケントの気持ちがこれ以上はないくらいに表現されていて効いた。メールが画面にでかでかと表示されるのはちょっと大袈裟に感じて笑ったけど。それにしてもこのゲームは開始時点ですでに攻略対象の主人公への好感度が最大値なのでそんな相手に冷たい態度を取るのが心苦しくなるんだけど、ケントに対しては特にそうだった。だってケントさんあんなに真っ直ぐなんだもんなあ……。罪悪感もすごかった。

というわけで面白かった。主人公が事故に遭う終盤や主人公とケントの仲が気まずくなった犬の事故死の件はしょっぱい展開だったけど、それ以外は納得できる流れだったしケントのキャラクタも良かった。イッキとケントのじゃれあいも楽しかったなあ。

トーマ (CV:日野聡)

他の登場人物がほとんど出てこないからものすごい閉塞感があった。まるでこのルート自体が檻のようですらある。大人しい主人公は人形みたいで妙な気持ちになるよ、とかトーマが言ってたけど、主人公は記憶どころか人格もない設定だから私にとっても人形のように思えていて、攻略対象にとってもプレイヤにとっても「人形」のようなヒロインってのが異様な乙女ゲーだな、とか序盤の時点で結構落ち着かない気分になっていた。

そして主人公はトーマの部屋に強引に連れていかれるが、イッキファンによる嫌がらせが悪質だったからトーマが主人公を保護しようとするのはわかる。ちょっと外出するだけでも危険な気配がするのに、なんのかんのと理由をつけて主人公を外に出そうとするオリオンにもイライラしたし、勝手に部屋を出ていった主人公にトーマが怒るのもよくわかる。この主人公、危機意識がうっすいからねえ……。だからここまではむしろトーマの気持ちのほうが理解できたし同情もした。他人の PC を見たり郵便物を見たりするのは問題があるけど、辛うじて「心配性にしては酷いなー」程度の認識だった。いやまあこれで「辛うじて」とか「程度の認識」とか書かざるを得ない時点でもうだいぶアレだけど。

が、睡眠薬を盛るようになってからはさすがに吹いた。もうこの時点ではすでに嫌がらせもエスカレートしていてシャレにならない状況になっていたのに、トーマは警察に連絡しない。シンの協力も拒否する。そして満を持して大型犬用ケージが登場。トーマと言えば檻だと聞いて期待していたので、このシーンでは思わずテンションが上がった。

が、檻に期待しすぎた。期待といっても私が一番期待していたのは「何故檻でなければならなかったのか」という点にあったので、それが最後まで読みとれなかったことに落胆した。トーマは主人公のために動いていたらしいけど、主人公を檻に入れておく必要はないような……。むしろ檻なんて用意するだけでも面倒だし邪魔にしかならない。これならまだ睡眠薬を盛ってた時のほうが理解できた。結局、檻はシナリオにインパクトを与えるためだけに作者が用意したオブジェにすぎなかったのか、という結論に落ち着いた。まあ私が勝手に「檻の必要性」に変な期待を寄せていただけなんですが。

トーマにとって主人公はお気に入りの大事な人形なんだろう。トーマは主人公を見ていない。主人公を守るためなら憎まれても構わない、と言い出すのも可哀想な自分に酔っているだけのように見える。主人公に何も言わずに全部一人でやってしまうのも、トーマがシンに言っていたように自分しか信用してないから。つまり主人公すら信用してない。だから自分のところに閉じ込めて一人で守ろうとする。でもトーマの矮小で嫌らしいところは嫌いになれない。嫌がらせの犯人を捕まえるにしても主人公を守るにしても他にもっと手段はあったし彼の行動には理解できない点も多いが、トーマのこうした弱さは好きだ。主人公がトーマを好きだとアピールしているのに予防線を張ってお兄ちゃん役を演じ続ける弱さも可愛い。そんなヘタレなトーマを相手にしなきゃならず苦戦を強いられる主人公には同情するが、この主人公はシンルートでシンを相手にこのルートのトーマと同じことをやってるよーなもんだからまあいいんじゃないですかバランスが取れて(?)。

しかし GOOD ED は主人公が元々トーマを好きだったから問題ないよね両思いだったねやったね、で終わったので吹いた。えっいいんですかそれで。一度トーマの部屋から脱出したのに外で怪我をしてまたトーマの部屋にのこのこ戻った時も「は?」だったけど大丈夫なのかこの子。その後はトーマがファンクラブを糾弾するんだけど、「謝ってすむことだと思ってる?」と言い出した時は盛大に吹いた。謝ってすまされないことをして、謝ってすまされたトーマが言うのか。それを。どういうコントだ。

一方で「ずっと、一緒だよ」ED はトーマの歪んだ思いが結実してしまう終わり方だったけど、今となってはありがちな内容でさっぱり印象に残らなかった。あーでも鎖を繋げてあったのは笑った。わざわざ買ってきてせっせと繋げて満足して悦に入ってたんだろうなあ。そう考えるとこのトーマは可愛いかもしれない。

シンが主人公を保護する NORMAL ED はつまらないエンディングだったけど、まあこれが一番真っ当な結末かもしれない。ところでシンが一度部屋にやってきた時にトーマはどうやって説得したのかが気になってしゃーない。

ランジェリーショップでの買い物はニヤニヤした。下着を試着してわざわざトーマに見せる主人公と店員がイカれているとしか思えないのでトーマには同情しつつも、それ以上に楽しかった。トーマさんは頑張ってください(肩に手をポンと置きながら)。

(2013/07/01 追記)

トーマルートプレイ中はトーマの行動原理が読めなくて不思議だったんだけど、トーマは実は嫌がらせ事件の解決を心底から望んではいなかったのではないか、と一通り感想を書き終えてから気付いた。何故なら「主人公が危険な目に遭っていて自分が守らなきゃならない状況」こそがトーマの求めていたものだったから。

トーマは主人公が好きだけど、臆病だから兄で居続けてきた。でも主人公を嫌がらせから守るうちに、今の状況なら主人公を独占できることと己の自尊心が満たされてしまうことに気づいてしまった。最初は本当に危険から守ろうとしただけだったんだろうし、事件を解決する気もあったんだろう。でも解決を望まない気持ちも否定できなかったんじゃないか。主人公が好きなのはイッキだと思い込んでいたトーマにとって、幼い頃の主人公と交わした「守る」という約束だけが唯一の縋れるものだったから。そしてイッキが「モテたい」と願って「モテる」という結果だけを与えられて苦しんでいたように、トーマは「主人公を守りたい」と願って「主人公を守る」という結果だけを求めるようになった。目的が摩り替わっている。だから誰も頼らない。解決もしたくない。しかし主人公を危険な目に遭わせるのも言語道断で、「危険な状況ではあるけど自分が守り続けていられる」という現状維持のためだけに動く。そのためなら主人公の意志も無視する。一歩間違えば取り返しがつかなくなるような危うい均衡を求めるトーマにとって、主人公も含めて他人の意志は自分の理想郷を壊しかねない要素でしかなかったから。でも解決すればイッキに主人公を返そうとしていたのも本気で、しかし本気だったからこそ解決を望まなかった。なんて酷い矛盾。彼にとって幼い頃の約束は、もはや呪いでしかなくなった。

このルートではリカが願ったことで嫌がらせがエスカレートしていったと見られているけど、トーマも「このままの状況が続くように」と願っていたんじゃないか。『Fate』で正義の味方に憧れる士郎に「明確な悪がいなければ君の望みは叶わない。たとえそれが君にとって容認しえぬモノであろうと、正義の味方には倒すべき悪が必要だ」と言峰が言う場面があったけど、トーマはまさにそれ。

解決しないと主人公を「ちゃんと守れない」、でも解決してしまうと「もう守れない」。この意味の違う二つの「守れない」にトーマは翻弄される。理性では解決しようとして本能では解決したがらない。だからあんなちぐはぐな行動に出た。そしてトーマも自分のこうした矛盾に気づいていなかった。トーマは自分のやってることがおかしいとは理解できても、自分が具体的に何をやっているのかは理解できてなかったんじゃないかな。だから寝惚けた時に檻に閉じ込められている主人公を見て、自分でドン引きした。

嫌がらせが更にエスカレートしていたら、主人公よりもトーマのほうが自分の中の矛盾に耐えられずおかしくなっていたのかもしれない。トーマは「主人公を守る」ことだけに囚われていて自分を冷静に見れないから、ある日突然理性の糸が切れてそう。

(2013/07/02 追記)

トーマの矛盾に檻の必要性を絡められるかな、とも考えた。事件を解決したくない、危険な目に遭わせたくもない、そばにいてほしい、俺に守られるお姫様でいてほしい、俺の宝箱に閉じ込められていて欲しい、だから最終的にトーマが主人公に求めたのは「何もしないでほしい」。そうして導き出されたのが檻なのかなあ。更に言えば、自分の情欲からも主人公を守る俺ってかっこいいよね的なささやかな自己満足もあったのかもしれない。あれ? そんな滑稽な魔王を演じるトーマがなんか可愛く思えてきたよーな? まあこれはさすがに強引なのでやっぱり檻の必要性には触れないほうがよさそう。

シンルートとは何もかもが対照的な作りになっていて、そこに気づくと面白い。主人公とは幼馴染みである点、事件を解決しようとする点で共通しているが、シンは犯人の真意を暴くことを決めていたから決着まで漕ぎ着けた。シンはシンで主人公に伏せていることもあったが、最低限のことは話しているし主人公の協力も仰ぐ。でもトーマは解決したいけど解決したくないという二つの相反する願いが衝突しているから、シンのように華麗な解決へと導けずグダグダになる。主人公にも何も話さないし信じてないし、効率的とは言えない手段を取る。ものすごくわかりやすい対比。それにしても主人公の気持ちを知った後でないと告白できないトーマさんはマジヘタレだなー。

ウキョウ (CV:宮田幸季)

オリオンが主人公と同化していた理由、八月なのに寒い理由、そしてウキョウ周辺の謎が一気に解けるんだけど、世界が帳尻合わせを行うためにイレギュラを排除しようとする展開はありがちなので私の中ではあまり盛り上がらなかった。ウキョウに関する伏線は隠す気ないだろと突っ込みたくなるくらいにわかりやすく、ほぼ想像通りだったしなあ。時間軸とかパラレルワールドとか整合性云々もどうでもいい。主人公は他のルートでも何度も死んだしウキョウルートでも死にまくるけど、死ぬ描写があっさりしてるので「あーまた死んだな」と軽く眺めるようになってしまって緊張感もなかった……けどこれは私が攻略情報を見ながらやってるせいか。ただ、事故死が出てくるのは面白かった。これまではウキョウに殺されてばかりだったけど、ここで初めて事故死が出てくることに重要な意味があったのは上手いな、と舌を巻いた。それと他ルートでの各キャラの願いが叶う原因も判明するが、何故ピンポイントに厄介な願いを拾ってくるのかニールは。

ウキョウについては、いちいち「俺には近づいちゃダメだからね!」「俺には気をつけてね!」と警告するのがシュールで面白かった。本人は真剣だから尚更。結構切羽詰まった状況だと思うんだけど、ウキョウがずっとこんな調子なので思わず和んでしまった。主人公がウキョウの警告を無視してホイホイ近づくのも、どこかシリアスになりきれない空気のせいもあったんじゃないか。まあ主人公はともかくウキョウに話を戻すと、彼の置かれていた状況はウキョウの勝手な願いとニールの浅はかな行動による自業自得でもあるが、それでも同情した。死への恐怖を抱くのは人間なら当然のことで、それも悲惨な死が何度も繰り返されれば恐怖は蓄積されるし、ウキョウがそれに耐えられなくなるのも理解できた。そうして蓄積された恐怖が二重人格という形で出てしまったのは、それでもウキョウが恐怖に耐えようとしていたからだろうし、主人公への愛があったからこそ。終盤、二人のウキョウが交互に出てくる場面はシュールコントにしか見えなくて笑ったけども。中の人は頑張っておられました。お疲れさまでした。

しかし最後のオリオンによる怒涛の解説は萎えた。こういうネタばらしは冷めるのでやめてくれんかなあ。あと時間を巻き戻せるのなら最初からそうしてりゃ良かったんでは、と思わないでもなかった。あ、これ言っちゃまずかったか。

結末は GOOD ED が一番面白かった。ニールやオリオンとの再会シーンがベタながらも感動的で良かった。最初は鬱陶しいと思っていたオリオンだけど、なんだかんだで最後には可愛いと思えたなあ……。それとウキョウは許されたけど、罪を綺麗さっぱり忘れてリスタートする展開じゃなかったのも良かった。自分の犯した罪はきちんと覚えていて、それを抱えたまま生きていくのがいい。

「また別の世界で殺しあおうぜ」ED も好きだけど、ニールとウキョウには別の世界へと渡る力はもう残ってないから別の世界で殺し合うことはないんだよな実は。主人公を殺した後にそのことに気づき、裏ウキョウが少し寂しがってたりしたら萌える。

でもぶっちゃけウキョウルートはトーマの BAD ED が一番印象に残った。一瞬であの表情差分が出てくるから爆笑してしまったでしょうが。あれはシュールすぎる。迷いがないと手段を選ばなくなる分シンよりも解決が早いのも面白い。

オリオン (CV:五十嵐裕美)

先にも書いたように最初は鬱陶しいとしか思えなかったけど、だんだん好意的に見れるようになり、ついには別れが毎回寂しくなるまでに至った。主人公にしか聞こえないのにご丁寧に毎度突っ込みを入れるオリオンは律儀。

しかしイッキやウキョウの服には突っ込みを入れるのに他のキャラクタの服を突っ込まないのは何か理由でもあるのか。たまたま?

サワ (CV:森谷里美)

可愛いしいい子なんだけど、テンプレ友達キャラすぎて影が薄い。ミネが色んな意味で輝いてたから尚更サワの印象が薄くなってる感。

ミネ (CV:阿久津加菜)

ミネはまずビジュアルが好みだったし、いい意味でも悪い意味でも嘘のつけないキャラクタで思ってることがそのまま表に出るのがいい。イッキにキャーキャー言いながらまとわりつこうとするのも店長に恋をして必死になっているのも可愛かった。

ワカ (CV:高橋英則)

シンルートではオネエ、イッキルートでは鬼軍曹、ケントルートでは無口、トーマルートでは常識人、ウキョウルートではアサシンになってたけど何故こんなに変化したのか。一番面白かったのはアサシンワカさんかな……。

リカ (CV:吉田聖子)

リカの描写はもーちょっと欲しかった。ファンクラブのリーダーとして色々やってんだけど、リカの描写がないに等しいのが残念。ところで何故一部のファンクラブ会員が同じような格好だったのかは知りたい。ユニフォームみたいなもん? 正直リカよりも同じようなキャスケット帽を被っている三人娘のほうが怖かった。

ウキョウルートのリカは味方になってくれるのは頼もしく可愛かった。リカは親友でも悪役でも好きなキャラだったな。悪役のほーが好みだったけど。